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第15話 散りばめられた星々
──あんた、誰?
瑠璃乃の言葉が響く。
やめて、もうやめてよ。お願いだから……。
胸が絞られたように痛い。
それなのに、声さえも出ない。身動き一つ取れない。
ぐわんぐわんと、その言葉はひたすら反響し続ける。
まるで何もできないあたしを嘲笑うかのように──。
「……り。明里!」
ぱっと視界が明るくなった。
「あれ……お母さん!? あたし寝坊した!?」
布団を吹っ飛ばす勢いで跳ね起きる。
真っ白い天井。薄く漂う、薬みたいな知らない匂い。
そしてあたしを覗き込むのは、心配そうに眉を下げた影宮と、黒髪をお団子に纏めて白衣を着た、びっくりするほどの美人だ。お母さんよりずっと若い。
あたしはすとんとベッドに座る。
……そっか。夢じゃなかったんだ。
全部、夢じゃなかった。
みんなに、忘れ去られてたのも。
影宮と、カラスの怪異と戦ったのも。
「明里。体調は大丈夫そうか?」
「大丈夫。てかあたし寝てたの?」
「ああ、俺が目を覚ましたら、俺の横で寝てた」
うそお……いびきとかかいてないよね? かいてないと信じたい。
「影宮こそ平気なの?」
「俺は今度こそ大丈夫だ。まあ、まだ全回復とまではいってないが、だいぶ疲れは取れたぞ」
「ならよかった」
顔色も随分良くなってて、強がりじゃないみたいで安心した。
……そういえば、ここ、どこだろう?
あたしは周りを見回す。
真っ白い天井に真っ白いベッド。棚にずらりと並んだ薬品らしきもの。薄いベージュのカーテン。
まるで学校の保健室みたいだ。ただ、薬品の量が多い気がする。
「ここ、どこ?」
あたしが尋ねると、影宮の代わりに美人が答えてくれた。
「怪異警察志望の子供や、怪異の被害を受けた子供が住む寮の救護室です。私はナースの|藤山《ふじやま》|撫子《なでしこ》です」
思わず聞き入ってしまう、涼やかな声だった。
「俺がお前を連れてきたあの赤い屋根の建物な」
影宮が補足する。
あの可愛い建物か。寮だったんだ。
影宮は怪異警察志望だからこの寮に住んでるんだろうな……。
「多分、お前は当分、ここに住むことになる」
影宮の言葉に、あたしは目を瞬かせた。
「え、でもあたしにはお母さんが……。絶対心配してるよ! 早く帰らなきゃ!」
すると、彼は目を伏せた。
「……帰らないほうがいい」
意外な言葉に、頰がカッと熱くなる。
「なんで!?」
「……明里が寝てる間、この寮の職員の|梨本《なしもと》さんって人がな、お前の親に会いに行ってくれたんだ。そしたら」
影宮はそこで口をつぐむ。
その次の言葉を、なぜか聞きたくなかった。
「うちには娘なんて……いませんって……」
あたしは言葉を失った。
心配性だけど、あたしを誰よりも大切にしてくれたお母さんが。
そんな、ことを。
信じられない。
信じたくない。
「お母さん……嘘、だよね……」
ようやく絞り出した声は、震えていた。
わかってる。嘘じゃないことは。
影宮は、本当だ、とは言わなかった。
無言の優しさに、あたしは心の中で感謝する。
窓際まで歩いていった影宮は、窓の外を指差した。
「明里。星が超綺麗だぜ」
「え、なになに?」
あたしはわざと笑って、影宮の元へ向かう。
影宮は窓を開け放った。
あたしは息を呑む。
そういえばここのところしばらく星なんて見てなかったけど。
静かな夜空いっぱいに、宝石箱をひっくり返したような星々が、白く強く煌めいている……!
「外で見たいなぁ……」
あたしがつぶやくと、影宮が撫子さんに確認をとってくれた。
「俺ら、ちょっと外に出てあの星見てきてもいいですか」
「いいですよ。ただ夜ですし怪異が出たら危ないので、早めに戻ってきてくださいね」
撫子さんの了承を得て、あたしたちは寮の庭に出た。
……必死で堪えたはずの涙が、また溢れそうになるくらい、美しい星空。
あたしは目を手でごしごしこする。
影宮は何かに気づいたようにハッとした顔をする。
「……ひとりで見たかったか?」
落ち込んだあたしがひとりになりたいかと思ったのかもしれない。
だけどあたしの今の気持ちは真逆だった。
「ううん。ここにいて」
影宮は声を出さずに頷いて、あたしと一緒に空を見上げた。
影宮の前髪が揺れる。見えた彼の目。
夜空と同じ色だと気づいた。
「……あたし、影宮のこと名前で呼んでもいい?」
影宮の下の名前は、久遠。
すごく素敵な名前だと思う。
「え、いい……けど」
ギョッとしたように声を上擦らせる影宮、ううん、久遠。
「じゃあ、あたしのことも、ハルでいいよ」
「ハル……さん?」
「なんで急にさんづけなの気持ち悪い」
「いや俺女子のこと名前で呼んだことないんだけど」
言い合いながら、また星を見る。
うん。
みんながあたしを忘れても、ひとりだけでも、久遠が覚えてくれてる。
そして一緒に怪異と戦った仲間でもある久遠は、今、あたしの隣にいる。
ままならない、苦しいことばかりだけど、今だけはそれを忘れてもいかなと思った。
大丈夫。あたしはひとりじゃない。
久遠がいるから。
一番さみしくて、一番輝いている、夜だった。