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目次
プロローグ
──あの日、決めたんだ。
おはよう。一緒に帰ろうよ。また明日。
昨日のことなんてろくに覚えていない、明日のことなんて想像もしてもみない、ありきたりで、当たり前で、平凡で、幸せな毎日。
考えても見なかった。
それがたった一瞬で、ガラガラと崩れていくなんて。
何かが消えた、何かが壊れた、何かを忘れた世界。
でも、嘆いてるだけじゃ変わらないから。
歯を食いしばって、手を握りしめて、涙を堪えて、立ち上がって。
この世界の|記録《レコード》を、|書き直《リライト》してみせる。
初投稿です!稚拙な文章ですがよろしくお願いします。
このプロローグを覚えとくと後で役に立つかもです。
じゃんじゃんファンレターいただけたらやる気出ます。
長編です。
第1話 告白、とみせかけて
朝の昇降口は、登校してきた生徒たちの活気で騒がしい。
あたしは、この体を包み込むような喧騒が好きだ。
「ハル、速すぎよ……」
後ろから息を切らした親友の|瑠璃乃《るりの》が追いかけてきた。額に汗の筋が流れている。
「ええ? 今日はちょっと遅めに歩いたつもりだったんだけど」
「あんたの遅めはもう走ってるのよ。自覚ないの?」
呆れたようにため息をつく瑠璃乃。
うーん、なんだかあたしの感覚って人とズレてるらしくて……まあ、いっか。
気にしないことにして、上履きを取ろうと、下駄箱の中に手を突っ込む。
いつもの上履きの、ちょっとかたい布の感触……と思ったら、何かカサッとしたものが指に当たった。
「ん?」
これ、紙?
手を伸ばして取り出してみる。
やっぱり、紙だ。小さく四つに折り畳まれてる。
あたしは急に胸がドキドキし始めた。
だって、だってこのシチュエーションって。
まさかの、
**──告白っ!?**
あたしは今更震えてきた手で、紙をゆっくりと開く。
現れた、流れるような滑らかな文字を目に入れた瞬間、息を呑んだ。
*『この手紙を受け取ったら、今日の放課後、旧校舎の四階の左から四番目の教室に来てください』*
「こ……これって……ほんとに……」
告白のテンプレじゃんっ!
「あ……あたしにもとうとう春がっ!?」
あたしは思わず叫ぶ。周りの生徒たちが一斉にこっちを見て、あたしは慌てて首をすくめる。
「うるさいわね……何があったの?」
瑠璃乃が眉をひそめて覗き込んでくる。
「見てよ、これっ!」
しばらく文面を見つめていた瑠璃乃は、興味なさげに視線を上げた。
「大袈裟すぎじゃない?」
「お、大袈裟って! あたしたち|JC《女子中学生》だよ? 青春真っ只中にいるんだよ!? 青春楽しもうよ! 瑠璃乃だって青春小説とか恋愛小説読んでるじゃん!」
瑠璃乃はツンとあごをそらして上を向く。
「それはあくまで小説の中だからよ。現実に私がすることには興味ないわ。私と小説の登場人物は別」
「ええええ〜」
あたしはガックリと項垂れる。
冷めすぎだよ……。あたしたち中1なのに……。
「でも」
瑠璃乃は首をこっちに向けてくれる。他の人にはわかんないかもしれないけど、あたしは見つけられる。その目の奥の優しい光を。
「応援はしてるわよ。ハルは告白されることが嬉しいんでしょう? ハルが喜ぶなら、私は背中を押すわ」
彼女の口の端が、ちょこっと上がった。
あたしの胸の中にじわぁっとあったかいものが広がっていく。
「る〜り〜のぉ〜!」
あたしは瑠璃乃に飛びついた。
「ちょっ、やめっ、重いっ」
「重いって、あたしそんなに重くないと思うんだけど」
瑠璃乃は冷たそうに見えて、実はすっごく優しくて、友達思いなんだ。
あたし、瑠璃乃のことが心からほんっとに大好き。
──それにしても、告白かぁ。
青春しようよなんて言ったけど、実はあたし、人を恋愛の意味で好きになったことがない。ましてや告白なんて、ゼロ回だ。ゼロ。みんななんだかんだ言って一回くらいはされてるのに。あたしは男友達は多いのに、お前はチンパンジーだから恋愛対象じゃないって言われるんだ。女の子に失礼だよね?
だからほんと初めての経験で、余計にドッキドキだ。
その日、あたしの頭の中を、ずっとあの手紙が支配していた。
授業中ぼーっとしてて、先生に笑われるし。
サッカー部では、シュート外すし。
「なんか今日、|明里《あけり》調子悪くないか?」
サッカー部の爽やかな二年の|速水《はやみ》先輩に言われてしまった。
そうだよね、自分で言うのもどうかと思うけど、あたしがシュートを外すのなんて滅多にないもん。
「いや……なんか告白の呼び出しらしき手紙もらったんですよね」
速水先輩は凍りついた。
「へ? 告白? へ、あ?」
しかもなんか青ざめて挙動不審だ。
「これから行ってくるんです!」
「お、おい、ちょっと待て!」
すいません先輩、今はちょっと待てません!
あたしは制服に着替えるべく校舎へ駆け出した。
今の所平和ですが、サブタイトル見て分かる通り……
第2話 待ち受けていた災厄
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第二話です。今までの話を読んでからお読みください。
薄暗い階段には窓がないから、光が差し込まない。そして長い間使われていなかったからか、埃っぽい匂いがする。
しんと静まった空間に、あたしが階段を登る音だけがやけに大きく響く。
「そういえば、旧校舎の四階ってきたことなかったな……」
あたしの通う朝比奈中の旧校舎は、ほとんど倉庫状態だ。昔は普通に使われてたらしいけど、なんせ築七十年。壁にはそこらじゅうに亀裂が走っていて、塗装はほとんど剥がれてるという見事なボロボロっぷり。もういっそある種の風格さえ醸し出している。今あたしたちが生活してるのは、築二十年くらいのまあまあ綺麗な新校舎だ。
物の出し入れとかで下の方の階は何回か入ったことあるけど、上の方はない。
なんか廃校舎のホラー映画とかに出てきそう。その辺からお化けがゆらゆらぁ……って。
あたしはぶるりと身震いをする。
まさか、いくらなんでもそんなはずはない……はず。
手紙をくれた人、なんでこんなとこを選んだんだろ。そりゃ、絶対誰も見てないとは思うけど、ロマンティック要素がゼロだよ。もうちょっとマシな場所、いっぱいあると思うんだけど……。
そんなことを考えつつも、あたしの足は前に進み続けていた。
階段の壁にかかれた、薄くて消えそうな「4」の文字。四階についたんだ。
一歩、足を踏み出した瞬間に、背中を悪寒が駆け上った。
なんだか、誰かにじっと、みられている気がして。
……ううん。そんなはずないよね。多分、ただの気のせいだ。
左から、四番目の教室。
引き戸の前で、大きく深呼吸をする。
そしたら、いまさらのように気づいた。
あたし、何て答えるか考えてなかったっ!
ま、まあ、誰なのかもわかんないしそそそれは告白されてからでいいよねっ!?
心の中で言い訳をして、あたしは引き戸に手をかける。
空いてる方の手で、無意識にネックレスを掴んでいた。
ガラガラガラガラ、と鈍い音を立てて、戸が開いていく。
──ハル!! ダメだ!!
頭の中で、誰かの絶叫が鳴り響いた。
心はギョッとするけれど、体は止まらない。
戸が完全に開け放たれた。
心臓がはち切れんばかりに鳴っているのを感じながら、あたしはそっと中に入る。
「……あれ?」
そこには、誰も、いなかった。
転がった段ボールに、黒ずんだ木の板。ただ見放された寂しい景色が広がっているだけ。
あたしは手のひらの紙に目を落として、
「……いたずら……だったのかな……」
そう呟いた途端、一気に肩の力が抜けた。
怒りっていうより、肩透かしを食らったっていうか。
まあ、そうかもね。あたしに興味ある人なんているはずないもん。
だけど、やっぱり悲しい。
「あーあ、変な勘違いしちゃった。早くかーえろ」
誰が聞いているわけでもないのにわざとらしくそう言って、あたしは教室を去ろうとした。
その瞬間。
**視界が、闇に包まれた。**
暗い。黒い。深い。
あたしが今までにみたどんな闇よりも。
逃げなきゃって思うのに、冷や汗が吹き出してるのに、あたしの意識は催眠術をかけられたみたいに朦朧としてくる。
知らない人の笑い声が聞こえる。
そのまま、あたしはゆっくりと、下に倒れ込んでいく。
脳裏に浮かぶ、泣きそうに顔を歪ませた誰か。その瞳に映るあたし。
キラキラ飛び散って舞う、光の破片だけが、最後に見えた。
第一話だとわかんなかったですよね。これは現代ファンタジーです。恋愛ものというジャンルではありません。恋愛も、入れるつもりではありますが。
第4話 目覚めたら朝でした
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第4話です。今までの話を読んでからお読みください。
あたしは頭痛と共に目が覚めた。
チュンチュン、鳥のさえずる声が聞こえる。
……背中も痛い。
体を起こすと、そこは殺風景な薄汚れた部屋。
……あれ? あたし何してたんだっけ?
どうしてこんなとこにいるんだろう?
あたしは今までの記憶を掘り起こす。
そうだ、確か告白らしき手紙でここに呼び出されて、来たら誰もいなくて、目の前が真っ暗になって……。
あたしは周りを見回す。
何も、変化はない。そのまんまだ。
多分、あの真っ暗なのは見間違い、気のせいだ。
はぁぁ、とため息をつきながら立ち上がる。
と、はたと気づいた。
今、何時だ!?
あたしは慌てて窓に駆け寄る。
東の空に燦々と輝く太陽……。
ま、まさか、
次の日の、朝っ!?
やばいやばいやばい!
ぶわっと全身から冷や汗が噴き出る。
チクタク、と音がして、見ると教室の黒板の上の立派な時計が、時を刻んでいた。
この部屋に不釣り合いな、アンティークな時計。
ずっと放って置かれていたはずなのに、ただ悠然と、時計は針を動かし続けている。
文字盤に目をやると、
「じゅ、十時ぃ!?」
ほんとにあたし、ここでずっと寝てたんだ……!
「て、ちょい待ち!?」
つまり、あたしは昨日家に帰っていないと。
うん。帰った記憶ない。
**「どええええええ!?」**
心配症のお母さん、警察に届出したりしてないかな!?
どうしようっ!
慌てふためいていると、あたしはハッとある事実に気づいた。
あたしの周りに割れて散らばった、透明なかけら。
ネックレスが割れてる!
唇を噛んで、あたしはかけらを拾い集める。
ずっとずっと、お守りみたいに大事にしてきたのに。
泣きそうになって、あたしは涙をグッと呑み込んだ。
かけらをハンカチで丁寧に包んで、ポケットに入れる。
……ひとまず、人のいるとこまでいかなければ。
本当は職員室に行くべきなんだろうけど、しょっちゅう先生に怒られている問題児には、あそこは教師の密度が濃いのです……。
だからあたしは、教室に行くことにした。
授業中で気まずいだろーけどしょうがない。
薄暗い階段を降りるあたしは、何かの始まりを感じていた……。
第3話 虹の夢
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第3話です。今までの話を読んでからお読みください。
これは夢だって、なぜかすぐにわかった。
あたしは、二人の子どもを見ていた。
周りを木や蔦に囲まれた、まるで秘密基地みたいな空間。
座り込んだ、まだ小さな少女は、ひとりの少年と向かい合っていた。
少年の顔は、彼がこちらに背中を向けているせいで見えない。
少年は、手にした何かを、少女の首にそっとかけた。
その、やはり小さな手は、わずかに震えている。
「これ、なに?」
不思議そうに尋ねた少女に、彼は言う。
「……お守りだよ」
その声はカサカサに掠れている。
「きれいだね……虹があるみたい」
その「何か」は、丸くて透明な、石だった。
透き通った、水槽のような中に、虹のような光が浮かんでいる。
「うん。そうだね。……お願いだから、これを大事にして」
少女は不安げな顔で彼を見上げる。
「わかった。……でも、ねぇ、今日なんか変じゃない? どうしたの?」
少年が息を詰まらせたような音がした。やがて彼はゆっくりと首を振る。
「なんでもないよ。……じゃあね」
彼は去っていく。その背中がどんどん遠くなる。少女は必死で手を伸ばす。
「待って! 待ってよ!」
それはあたしもだった。
行かないで! ……あたしを、置いてかないでよ!
それなのに、声が出ない。どこに手があるのかすら、よくわからない。
もどかしさに、胸がカッと熱くなる。
少年は、少しだけ振り向いた。
あたしは胸が跳ねる。どこかで、そんな顔を見たことがあるような気がしたから。
さっきの、感情のない笑顔とは違う。それは今にも泣き出しそうに歪んでいた。
少女は叫ぶ。
「……またね!」
無意味な幼い約束。
その途端、少年の瞳から涙が一粒、ポロッと溢れた。
あたしの胸は苦しくなる。
「……またな」
そして、少年はもう、振り返ることはなかった。
オパールです。
登場人物紹介
随時更新
▶︎|明里《あけり》ハル
中一。主人公。サッカー部。怪力&神レベの運動神経の持ち主。怪異の呪いによって、「存在を消された」。
▶︎|影宮《かげみや》|久遠《くおん》
中一。ハルのクラスメイト。怪異警察(下っ端)。体が弱い。強がりなところがある。ハルを唯一覚えている人。
▶︎|文月《ふづき》|瑠璃乃《るりの》
中一。ハルの親友。読書家。冷たいように見えて実はツンデレ。現在は「ハルのいなかった世界」で孤立中。
▶︎|王《キング》
ハルの守護霊の、ゆるい顔の虎。威張っている。口調が厨二病っぽい。通称キング。撫子に惚れている。
《寮の人物》
▶︎|若草《わかくさ》|花澄実《かすみ》
高一。寮でハルと同室の、植物が好きな優しい先輩。通称カスミン先輩。
▶︎|藤山《ふじやま》|撫子《なでしこ》
寮の救護室の美人なナース。怪異を倒す薬や怪異警察のアイテムの研究をしている。
▶︎|梨本《なしもと》|聡美《さとみ》
寮の職員の女性。元怪異警察。フリフリの服が好き。
▶︎|赤坂《あかさか》|尚太《しょうた》
五歳の、久遠を慕っている男の子。通称ショウ。
《朝比奈中》
▶︎|速水《はやみ》|翔《かける》
中二。サッカー部のキャプテン。心身ともに爽やかなイケメン。部員にも慕われている。
▶︎|小瀬川《こせがわ》りのん
中一。コミュニュケーション抜群で、誰とでも仲良くなれる。トレードマークはツインテール。
▶︎|松門《まつかど》|洸《こう》
中一。バスケ部。テンションが高い。ハルをしつこくバスケ部に勧誘する。ハルの男友達。
▶︎|坂浦《さかうら》|優太郎《ゆうたろう》
中一。サッカー部。今はまだサッカーはあまり上手くないが努力は得意。
▶︎|阿佐美《あさみ》|莉羽《りう》
中一。バスケ部。一軍の美人で気が強く、彼女に逆らったら底辺に落とされると言われている。
▶︎|紫村《しむら》|宗介《そうすけ》
一年一組のハルたちの担任。ミステリアスな雰囲気を纏っている。
《家族》
▶︎|明里《あけり》|百合葉《ゆりは》
ハルの母。心配性。
目次
読み飛ばしてもだいじょぶです。随時更新中。
プロローグ
登場人物紹介
目次
第1話 告白、とみせかけて
第2話 待ち受けていた災厄
第3話 虹の夢
第4話 目覚めたら朝でした
第5話 瑠璃乃の異変
第6話 消えた記憶
第7話 覚えていてくれた人
第8話 怪異の呪いと彼の秘密
第9話 怪異警察
第10話 結界破壊!
第11話 いるはずのない人
第12話 あたしにもやらせてよ
第13話 怪異との戦闘開始
第14話 終決の黒煙
第15話 散りばめられた星々
第16話 花咲く寮生活
第17話 朝の寮
第18話 あたしの守護霊さん
第19話 「あり得ない」が降り積もる
第20話 あたしが転校生になるまで
第21話 初めましてじゃないから
第22話 忘却シンドローム
第23話 残酷な世界
第24話 図書室の居場所探し
第25話 光の影でこぼれる涙
第26話 君といた証
第27話 悲痛のコーラス
第5話 瑠璃乃の異変
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第5話です。今までの話を読んでからお読みください。
あたしの教室、一年一組の前に着くと、ちょうど十分休みみたいだ。
良かった、これなら授業中より気まずくないっ。
瑠璃乃に呆れられそうだけど……しょうがないや。だって実際、あたしどうしようもないから。
……流石になんであんなとこで寝てたのかは不明だけど。
閉じていたドアをガラガラと開けて、中に飛び込んだ。
すると、みんなの視線が一斉にこっちを向く。
あれ、ちょっと元気よすぎた?
それとも、やっぱ騒ぎになってた?
なんだか気まずくて、あたしはヘラっと笑う。
みんなは、何も言わない。
静まり返った教室。
笑顔が引き攣る。
え、なにこれ。なんか怖いんですけど。
と、とりあえず瑠璃乃だ。
教室内に視線を巡らすと、見つけた。机に向かって黙々と文庫本を読む瑠璃乃の姿。
あたしは一直線に駆け寄っていく。
「瑠璃乃! ごめんねぇ! なんか騒ぎになった? あたし、旧校舎でなぜか寝ちゃっててさ……」
心臓がぞわっとした。
瑠璃乃は、思いっきり眉を顰めていた。
呆れ、なんてもんじゃない。
その瞳の中に温かさなんてかけらもなかった。
まるで、全然知らない人を見るような、そんな瞳……。
「る、りの……?」
瑠璃乃の唇が動くのが、やけにゆっくりに感じられる。
**「……あんた、誰?」**
今回は短めです。
更新するたびにファンレターくれるあさまるさん……。ありがたすぎる……。あなた神ですか拝みます
私はあとがきとかが妙にそっけない時がありますが特に機嫌が悪いとか感情を出さない人間とかそういうわけではありません。というかテンション高い方です。たまたまです、たまたま。あと忙しかったり。気にしないでくださぃぃぃ あと漢字テストで必死で頭がいっぱいなんですぅぅ(どうでもいいね)
第6話 消えた記憶
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第6話です。今までの話を読んでからお読みください。
──あんた、誰?
嘘だ。
嘘でしょ!?
ドクドクと鼓動が荒くなる。まるで血が止まってしまったように、体が冷たくなる。
あたしはぎゅっと指を握り込む。
だって。あたしの親友の瑠璃乃が。こんなはずは。
きっと何かのドッキリなんだよ。ただの冗談。きっと。
でも、親友だからこそあたしは知っている。瑠璃乃は生真面目だ。彼女は冗談を言わない。嘘はつかない。
じゃあ、だったら、何? なんなの?
やめてよ、その、冷たい目──!
「……瑠璃乃」
声が、震える。
「……あたしだよ? ハルだよ?」
「実はドッキリだったんだよ」なんて言ってくれる可能性は、ゼロに近いと、わかっていた。だけどその “ほんの少し“ に縋ってしまう。
けれどそんな淡い期待は瞬時に粉々に打ち砕かれる。
瑠璃乃の顔が険しくなったのを見て、ダメだったんだな、と知ってしまった。
「私はあんたなんか知らない。迷惑だから、あっち行ってくんない?」
凍りついていた教室の空気が溶け出すように動きだす。
「誰、あの子」「見たことないな」「私知らない」「先輩かな?」「や、でも上履きのラインが赤だよ」「ってことは一年か」「でも俺一年全員知ってるけどあんな奴いないぜ」「はぁ? じゃあなんでうちらの教室にいるわけ?」「ってかなんで文月なんかに話しかけてんの?」「それな。意味不明」
二学期になって、親しくなってきたみんなが、あたしを知らない目で見て、好き勝手にコソコソと話す。
**まるでみんなからあたしの記憶が消えてしまったみたいだ。**
あたしはゆらりとふらめいた。
ガッ。
誰かが立ち上がる音。
澱んだ言葉に沈みかけていた教室が、再び水を打ったように静まり返る。
みんな、驚いているのかもしれない。普段は話さないその人が、この状況で立ち上がったことに。
あたしだって意外だった。
“その人“は、ツカツカとあたしの元に歩いてくる。
「──なぁ」
あたしはビクッと震える。
そのまま、彼──|影宮《かげみや》|久遠《くおん》は、あたしの腕を掴む。
その細い腕からは想像もできないほどの強い力に、あたしはギョッとする。
彼の顔は長い前髪に隠れていて、表情が読めない。
影宮はあたしの耳に顔を近づけてきて、一言、囁いた。
「──行くぞ」
「え?」
ちょっと待って、どういうこと?
あたしは色んなことでいっぱいいっぱいで、頭が追いつかない。
その瞬間、掴まれたままの腕をぐいっと引っ張られる。
そしてそのまま、影宮はあたしを連れて、教室から抜け出した。
新キャラ登場です。
第7話 覚えていてくれた人
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第7話です。今までの話を読んでからお読みください。
影宮に腕を掴まれたまま、あたしたちは校門を抜け、商店街を抜け、住宅街を抜ける。
いったい、どこまで行くんだろう。
……影宮の腕を掴む力は強いけれど、あたしなら、簡単に振り払えるんだ。
でも、あたしはあえて、彼に連れられるがままでいる。
……もしかしたら、彼はあたしのことを覚えてるんじゃないかって希望を持って……。
それよりあたしは影宮が心配だ。
さっきから、ハアハアと荒い息を繰り返している。見える横顔も、顔色が悪い。そういえば影宮は、体育もだいたいは参加せずに見学していた。
体を痛めて走ってまで、あたしをどこに連れて行きたいんだろう。
「……ついた」
影宮が、やっと走るのをやめた。
あたしは目の前の建物を見上げる。
赤茶色の屋根と白い壁の、低層マンションみたいな洋風の建物だ。周りには綺麗に刈られた芝生が茂り、花壇には色とりどりの花が咲いている。
あたしたちが立っているのは、その可愛らしい庭の前にでんとそびえ立った、装飾の施された豪華な門だ。
影宮は、ほっとしたように体の力を抜いて、やっとあたしの腕を離した。
と思ったら、今度は肩を掴まれた。
至近距離で、あたしは影宮の目を初めて見て、思わず息を呑む。
それがあまりにも、綺麗だったから。
夜空のようだと呼ぶのがふさわしいだろうか。どこまでも深い。でも、昨日の闇のように恐ろしくはなかった。むしろ、散りばめられた星のような、美しい輝きも伴っている。
大ピンチの状態で、こんなこと考えてる場合じゃないってわかってるのに、あたしは動きを止めて見惚れてしまう。
彼の口が開く。
「──明里ハル」
心臓がどきんと波打って、あたしは逆に彼の胸を掴み寄せる。
「あっ、あたしの名前! 覚えてるの!?」
「当たり前だろ」
彼はなんてことないふうに言う。
「お前のことは、全部覚えてる。忘れてなんかない」
だけどその口調はちょっとだけ優しかった。
みんな、あたしのことを忘れてるみたいだった。親友の瑠璃乃でさえも。
でも、でもっ、目の前の|この人《影宮》は。
**覚えててくれたんだ──!!**
なんでみんながああなったのかも、どうして影宮だけ覚えてるのかも、わかんないけど。
あたしは真っ暗になっていた目の前が、ぱあっと開けて明るくなったような気がした。
落ちかけていた穴から引き戻されたような心地になる。
感謝を込めて影宮を見ると、彼は肩から斜めがけにしたボディバッグから黒い立派な虫眼鏡を取り出した。
そして、影宮はそれを覗いてあたしを観察し始める。
意味不明。
じろじろ見られて気持ち悪い。
「……何やってんの?」
感動が半減だ。
困惑するあたしをそっちのけで、影宮は大きく息をつく。
「……やっぱりな」
小さなつぶやきも、あたしは聞き逃さない。
「やっぱりって?」
「お前、やけに耳がいいな」
あたしは運動神経が良くて、目も鼻も良くて耳もいい。
「そんなのどうでもいいでしょ。あたしはどういうことなのか聞いてるんだよ」
しばらく考え込むように黙っていた影宮は、意を決したようにあたしを見据えた。
「お前は──」
風が吹いて、影宮の前髪を揺らす。
あたしを見つめる彼の瞳の強さに、ゾクっとする。
**「怪異の、呪いをかけられてる」**
投稿が遅くなってしまいました……っ。見てくれている方すみません!
私は結構焦って書いている(=親に隠れながら書いている)ため、(&ドジなため)誤字があるかもしれません。見つけたら気兼ねなく教えてくれるとありがたいです!この前も誤字があったみたいで、教えてくれた方ありがとうございます!
第8話 怪異の呪いと彼の秘密
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第8話です。今までの話を読んでからお読みください。
何を言われたのかよくわからなかった。
カイイ? っていうのはよくわかんないけど、呪い?
常識なら到底信じられないようなことだ。
前までのあたしなら、冗談でしょって絶対笑い飛ばしてた。
だけど、呼び出されたら目の前が真っ暗になったり、みんなに自分のことを知らないと言われたりした今、笑い事にはできない。
でも、すぐには信じられないのは確かだ。
「えっと……カイイって、何?」
影宮は目をむいた。
「そんなのも知らないのか?」
「馬鹿にすんなっ。で、教えてよ。カイイって何なの?」
影宮は呆れ顔で盛大にため息をつく。
めちゃくちゃ馬鹿にされてるみたいで、とても、とても、ムカつく。
瑠璃乃にそういう顔されるのと、あたしを半ば強制的にここに引っ張ってきた、よく知らん意味不明男子の影宮にされるのとでは違う。
いくらあたしの成績が悪いからって、その態度はやめてください。つーかそういうオカルト系?(多分)の言葉って成績関係ないでしょ。
あたしはむくれて頬を膨らませる。
「あのな、怪異っていうのは、|妖《あやかし》みたいなもんだ。いや、お前は妖も知らないか。つまり、妖怪だよ。簡単に言うとお化け。そんな生やさしいもんじゃないけどな。漢字は妖怪の怪に異質物の異だ」
すごーく舐められてる気がするけど、影宮の易しい説明のおかげで、あたしも理解できた。
あたしは、お化けにヤバい呪いをかけられたと。
ありえないような話だけど、このおかしなことの連続は、確かにそういう事じゃないと説明がつかないかもしれない。
「あたし、呼び出しの手紙をもらって旧校舎に行ったら、急に目の前が真っ暗になって倒れたの。その時に、みんながあたしのことを忘れちゃう呪いをかけられたってこと?」
あの暗すぎる闇を思い浮かべただけで、身震いがする。
あれは、怖い。
何よりも、怖かった。
「だから、教室に来なかったのか。……知ってたか? みんながお前のことを忘れた、ってだけじゃない。|お前の存在自体が無いことになっていた《**・・・・・・・・・・・・・・・・・・**》んだ。今朝俺が学校に来たら、お前の席がなくなってた。変だと思って見て回ったら、席だけじゃなくてお前が一学期に書いた自己紹介カードも、下手くそな美術の絵も、全部、消えてた。それなのにみんな、何も違和感を感じてないみたいだった」
存在自体が。
無いことになっていた。
その言葉の意味を理解した瞬間に、あたしは体の芯までもが冷たくなった。
それって、みんながあたしのことを忘れるよりももっともっと、恐ろしいことじゃない?
「でも、直接そういう呪いをかけた訳じゃないような気がするんだ。お前にかかってるのはかなり強い呪いだが、そんな呪術を使えるのは上級の意思を持ってる怪異だけしかいない。合理的な奴らが、こんな意味不明な呪いをかける利点が俺にはよくわからない。どちらかというと、|もっと強い呪いが弱められて今の呪いになった《**・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・**》、って感じがする。この虫眼鏡じゃ呪いの詳細までは見えないから、あくまで憶測だけどな」
あたしは頭を高速(光速)フル回転させて影宮の難易度が高くなってきた話を整理する。
あたしにかかってる呪いは、もっと強いやつの弱くなったバージョンってこと?
今のよりもっと強い呪いってどんなの?
背筋が凍る。
そして、ふと、疑問が浮かんできた。
「ってかさ、何で影宮は呪いとか怪異とか、そういうのだってわかるの? 霊感とかある?」
「いや、違う。多分俺には霊感はないな。この虫眼鏡のおかげだ」
影宮が掲げてみせた呪いが見えるっぽい虫眼鏡。
絶対そんなの常人は持ってないよね?
「そうじゃなくてさ、何でそんなの持ってるのかってこと」
「ああ、そうか」
影宮はあっさりと言った。
**「俺が、怪異警察だから」**
終わり方が前回とおんなじようなのになっちゃったのが納得いかぬ
第9話 怪異警察
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第9話です。今までの話を読んでからお読みください。
「怪異警察ぅ?」
声が裏返ってしまった。
呪いがどうだとか怪異がどうだとか、それだけでも訳わかんないのに、影宮が、怪異警察?
「えっと……そういう組織があるの?」
「ああ。怪異から一般人を守る役割を担ってる。で、俺もその一員だ。下っ端だけどな」
下っ端なんだ……強そうなのに。でも、体が弱いっぽいのがダメージなのかな。
「じゃあ、さっきの虫眼鏡も怪異警察の道具?」
「うん、俺は普通に虫眼鏡って呼んでるけど、正式名称は|呪視《じゅし》|鏡《きょう》だ」
おお……なんか強そうな名前。
「怪異警察ってどんなふーに戦うの? あとどうやってなるの? 影宮は何で怪異警察になったの? ってか何であたしをここに連れてきたの? ここどこ?」
続けさまのあたしの質問に、影宮はちょっと嫌そうな顔をする。
しつこいかもしれないけど、気になるんだもん。
「それは……」
渋々といった感じで影宮が口を開いた、その時。
**ビビビビビビビビビ!!!**
影宮のポケットから大音量の、耳をつんざくブザーみたいな音がした。
耳のいいあたしは鼓膜が割れそうで、パンっと耳を両手で塞ぐ。
「やべっ」
影宮は慌てた様子でスマホを取り出した。
**「下級怪異警察・影宮久遠へ告グ。|秋桐《アキギリ》町3丁目ニテ怪異ガ発生。今スグ出動セヨ」**
機械音声みたいな無機質な声が、大声でがなりたてる。
「チクショ……ッ」
彼は悔しそうに舌打ちした。
「俺は任務に行ってくる。お前はここで待ってろ」
「えっ? ……やだよそんなの。あたしも行く!」
だって質問したかったことが全部わかるかもしれないじゃん。
助けてもらって何もしないでいるのもやだし。
振り向いた影宮は、鬼みたいな険しい表情だった。
「ダメだ。一般人は関わらせられない」
「行く。なんだかんだいって色々助けてもらって説明してもらってるのに悪いもん」
「そういう問題じゃない」
「それだけじゃないよ。だって影宮さ……」
あたしは影宮の瞳を探るように見つめる。
「体力、限界でしょ?」
影宮は喉を詰まらせた。
「そんなんで怪異と戦って大丈夫なの?」
彼はぐしゃりと顔をしかめる。
迷うように自分の手のひらを見つめたあと……、いきなり後ろへ飛び退いて、両手をあたしに向かって突き出した。
目の前の一帯が、白く光り輝く。
あたしがあっけに取られているうちに、影宮は背を向けて歩き出した。
「ちょっ! 待ってよっ!」
追いかけようとするけれど、途中でボヨン、と何かにぶつかって跳ね返された。
ゼリーみたいな、スライムみたいな質感。
「何だこれっ」
何回やってみても、あたしを拒絶するかのように跳ね返される。
透明な壁があるみたいだ。
すぐそばにいるはずの影宮に手が届かない。
影宮の声が、まるで水の中にいるみたいにくぐもって聞こえる。
「結界張っといたから。出ようとしても無駄だぜ。俺が帰ってくるまで大人しく待ってろ」
「そんなの……っ!」
あたしの叫びが、影宮に届いたのかどうかもわからない。
影宮は今度こそ振り向かなかった。
彼が進むたびにその背中はどんどん離れて小さくなって、……見えなくなってしまった。
膨大すぎるプロットとヤバすぎる伏線がまとまらぬ
第10話 結界破壊!
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第10話です。今までの話を読んでからお読みください。
無駄だと影宮には言われたけど、あたしは透明な壁を蹴ったり殴ったり、何とかしてここから出ようと試みる。でも、全部ボヨンボヨンと跳ね返されるばかりで、手応えがない。
あたしの周りに円を描くように結界が貼ってあるみたいで、あたしは360度どこに行こうと出られない。
「くそぉ! 影宮あいつ許さない!」
悪態をついてから、急に心細くなってきた。
……影宮。
帰ってくるよ、ね?
もしももしも帰ってこないなんてことがあったら、あたしはここから出られない。
それってすっごく怖いけど、それだけじゃない。
ひとりで怪異を倒しにいった、あの背中を思い出す。
ねぇ、影宮。確かにあんたは怪異警察なのかもしれないけどさ。
結局は、あたしとおんなじ中学生でしょ?
どうして、ひとりで全部背負おうとしてるみたいな顔するの?
……どう考えても、彼の体力は限界だった。
あたしを走ってここまで連れてきて、それだけで苦しそうだった。顔色も心配になるくらい悪かった。学校の体育でさえ見学してるくらいなのに。
それなのに、さらに怪異を倒しに行くの?
それじゃあ、壊れちゃうよ。
……やっぱり、あたしはここから出たい。出て、影宮のところに行きたい。
ううん、行きたいじゃなくて、行くんだ!
そう決めたら、全身に力がみなぎってくるのを感じた。
円の直径は大体15mくらいかな。
十分な助走距離はある。
あたしは円の端っこまで行って、大きく息を吸う。
そして、思いっきり助走をつけて、透明な壁へ向かう(突進する)!
**「スーパーウルトラハルキーックー!!!!!」**
某パンのヒーローの「アンパンチ」みたいな咄嗟に考えた決め台詞を叫びながら、あたしは壁を、全身の力を込めて蹴った。
ずぼっ。
「!」
今、確かに、足が壁を突き抜けた感覚があった。
あたしは足を抜いて、恐る恐る足が貫通した部分に手を伸ばしてみる。
腕は跳ね返されなかった。
「やったあ!」
あたしは歓喜の声をあげる。
ここから出られる!
あたしはその部分に頭を突っ込む。
かなり小さいみたいだったけど、スライムみたいな質感だからか、ぐにゅりと変形して広がった。
あたしは穴から悠々と出る。
秋の風があたしの頬を掠めていった。
思いっきり伸びをする。
あの機械音声みたいな声は、秋桐町3丁目って言ってたよな。
そこで、今、影宮が戦ってる。
一刻も早く行かなきゃ!
あたしは全速力で駆け出した。
第11話 いるはずのない人
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第11話です。今までの話を読んでからお読みください。
俺はザラザラした灰色のブロック塀の壁に背を押し付けて、息を殺す。
……すぐそばに、怪異の気配を感じる。
俺は下っ端で、戦闘が苦手なのに、なぜか怪異の気配には異常に敏感になる。
気配。
それは近づくと、頭痛のように不愉快になる。
それとともに、あいつの言葉が、頭に浮かんできた。
──体力、限界でしょ? そんなんで怪異と戦って大丈夫なの?
見抜かれていた。
もっと浅はかで……言い方が悪いが、考えなしのやつだと思っていたのに。
普通に立っているだけで息切れがする。
意識がどこかふわふわしていて、いざ戦う時にまともな判断を下せるかもわからない。
今回の|任務《ミッション》で出動命令を下されたのは、おそらく、俺ひとり。
体力のない俺は、大体グループでのミッションで|防御《バリア》を受け持っていた。
実際に怪異と直接戦ったのは、あまりない。
戦ったことがあるのも、今までは下級中の下級、下の下の怪異だった。
だけど、気配から感じるに、これは|違う《**・・**》。
下級であることには間違いなくても、俺がひとりで倒すには、かなり、
……手強そうだ。
「クソ野郎……」
それは怪異に向かってか、それとも俺に向かってか。自分でもよくわからない。
なんで、なんで、俺はこうなんだ?
込み上げる悔しさに、歯を食いしばって耐える。
──あたしも行く!
強い瞳で言ってきた明里。
馬鹿か、と思う。危険なところにわざわざ自分から、確証もないのに突っ込んでく奴がいるかよ。
あんなに散々な目に遭ったばかりなのに。
第一道具もなしで、怪異には常人は歯が立たない。
……結界の中で、あいつはどうしているんだろうな。
結界の外からはあいつの姿は見えないし、声も聞こえない。あいつは俺が戻るまであそこで待つことしかできない。はず、だ。
常に動いていないと気が済まなそうな明里には悪いことをしたが、これもあいつの安全のためだ。
ただでさえ怪異に狙われたのだから、放しておいたらどうなるかわからない。
流石に暴れ疲れて大人しくしているだろうけど。
大きく息をついた、その時。
「影宮!」
俺の名を叫ぶ声が聞こえた。
俺は目玉がこぼれ落ちそうなぐらい目を見開く。
「あたし、来てやったから!」
**ここに絶対にいるはずのない人が、いた。**
来ました影宮目線でーす!
短いですがどうぞお楽しみください。(何様だ?)
第12話 あたしにもやらせてよ
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第12話です。今までの話を読んでからお読みください。
俊速で振り向いた影宮のすごい顔。まるであたしが来るなんて想像もしてなかった、って感じ。
影宮には悪いけど、あたしはちょっと笑っちゃった。
影宮、あんたあたしを舐めてるな。
あたしは結界の中で何もできずに大人しく待ってるようなやつじゃないの!
あたしはドヤ顔をしてみせる。
「明里……」
影宮が掠れた声で言う。
「どうやって結界から出たんだ?」
「スーパーウルトラハルキックで穴開けてきた」
彼は自分の額に手を当てる。
「つまり……蹴り破ってきたってことか? 自力でか?」
「当たり前じゃん。誰が助けてくれるって言うの」
「嘘だろ……」
「嘘じゃないよ」
信じられないものを見る目をする彼に、あたしはにっと笑う。
「まさかそんなことがあるわけは……絶対に一般人はあの結界を破れないはずなのに……しかも道具も使わずに蹴って出るなんで……そんなのあり得るのかよ……?」
影宮がぶつぶつ何か呟いてるけど、それより、|あれ《**・・**》だ。
「影宮。怪異倒すの、あたしにも手伝わせて」
「ダメだ。だからわざわざ結界まで張ってったのに」
とりつく島もないけれど、あたしは藁にも縋る気持ちで喰らいつく。
「ダメって言われてもあたしはやるよ。あたしね、自分で言うのもなんだけど、すっごく運動神経いいんだよ?」
「だからって」
反論も、あたしは遮る。言わせてやらないから。
「全日本柔道大会小学生の部準優勝。全日本柔道大会中学生の部優勝。全国小学生サッカー大会優勝チーム・ジェネル元所属選手。握力測定不可能。ソフトボール投げ100m。50メートル走5秒。100m走10秒。朝比奈中サッカー部エース」
ペラペラと喋るあたしに、影宮はポカンとして目を瞬く。
「これがあたし。全部、あたしだよ。それであたしは自慢がしたいんじゃなくて」
あたしは前のめりになって、影宮を視線で射抜く。心の中の想いを全部吐き出す気で叫ぶ。
「だから、あたしは手伝う! 役に立てると思う!
**──お願い! あたしにもやらせてよ!!**」
影宮は呆然とする。
「そんなデカい声出したら怪異が……っ、」
**ガァァァァァァァ!!!**
鋭い、耳をつんざくような──でも、あの着信音とはまた違う、おぞましい音が響き渡った。
同時に感じる、──ゾッとする、不快感。
固まったあたしと影宮の前にゆっくりと姿を現したのは──、
あたしたちと同じくらいの大きさで、血みたいな真っ赤な眼の、**……カラス。**
とうとう怪異登場!
シリーズ名「レコード・リライト!」は、略して「レコリラ」と読んでもらって大丈夫です。
第13話 怪異との戦闘開始
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第13話です。今までの話を読んでからお読みください。
**……怪異だ。**
だらだらと冷や汗が垂れる。
巨大な、カラス。
頬をつねってみる。痛い。
……確かに目の前に異常なカラスが、怪異がいる。
たまたまデカくなっちゃったカラス、なんてもんじゃないのは、この不快感が教えている。
真っ黒な羽。でも艶やかさなんてない、かといってボロボロなわけでもなく、分厚くて妙に重くもったりしている。
似てる。
あの闇に。
ガァァッッともう一声鳴いて、カラスは血みたいな目をギョロリと動かし、あたしたちを見た。
キリみたいに鋭いくちばしの切先がこっちを向く。心臓をそのくちばしにブスッと突き刺されたような気分に、あたしはなる。
あんなのに刺されたらどうなるんだろう?
あたしたちなんてひと突きだ。
考えただけで鳥肌が立つ。
「こっちに行くぞっ」
影宮を追いかけて民家の影に逃げ込んだけれど、いつ見つかるかはわからない。多分そんな長くは隠れてられない。
「か、影宮……、あれ、怪異だよね?」
「ああ。……お前がさっきデカい声出したから俺たちに気づいて出てきたんだろうな」
えっ、つまりあたしが悪いってこと?
「まあ、下級怪異だけどな」
「……これでも下級なの?」
想像してた怪異とは違った。
あたしが想像してたのは、アニメとかにいるような、もっとわかりやすくおかしくて、気持ち悪いの。
でも、あのカラスだって充分やばい。
カラスなんてしょぼいじゃん、って他人事だったら思ったかもしれない。
だけど、目の前で見たら。
怖くてたまらない。
「怖気ついたか」
顔を上げると、影宮が感情の読めない瞳であたしを見ていた。
「だったら、帰れ。今ならまだギリギリお前を逃がせられる」
「……帰らない」
戦うって決めたはずなのに、声が小さくなってしまう。
ふと視線を落とすと、影宮の手が小さく震えているのに気づいた。
それを見て、あたしはむしろ安心した。
人間じゃないみたいな精神してて、怪異警察で、カッコつけてる影宮でも、あたしとおんなじで、ちゃんと怖いんだなって、わかったから。
「帰らないよ」
あたしはもう一度、はっきりと言う。
影宮はあんなのとひとりで戦うつもりだったんでしょ。
だったら、尚更だよ。
影宮はため息をつく。
……すぐ近くに、怪異の気配がする。
「……気づかれるのも時間の問題だな。しょうがねーな、行くぞ。あっちにいきなり襲われるよりは、こっちから行った方がいい」
足音を忍ばせて、怪異の元へ向かう。
あたしたちに気づいたカラスは、今までで一番大きい鳴き声をあげた。
影宮はすぐさま、ボディバッグから何かを取り出した。
「じゅ、銃!?」
怪異警察には銃刀法違反は関係ないのでしょうか……。
影宮が引き金を引いて、パンッと鋭い発砲音がする。
でも、弾は羽を掠っただけで、カラスにダメージは与えなかった。
「くそっ」
影宮は悔しげにうめく。
カラスは空に飛び立つ。
でもそれは、あたしたちを襲うのを諦めたってことじゃなくて、むしろあたしたちの手の届かない空中から狙いを定めてるって感じがする。
太陽の光を背に受けて、巨大な黒いシルエットになったカラスは、そのまま急降下してきた。
そのギラついた眼が見据えるのは──、影宮!
何か考える前に、体が動いた。
あたしは咄嗟に影宮の前に滑り込み、彼を突き飛ばして、くちばしが目の前に迫ってきたところを間一髪で横にかわす。
**ドスゥゥン!!!!!**
カラスは勢いを殺しきれずに、地面に激突した。
あたしは後ろへ飛びすさった。
心臓がバクバク波打ってる。
「あ、危なかったぁ……」
「大丈夫か?」
影宮があたしの顔を覗き込んできた。
……その眉間の皺はなんでしょう?
なんか、悔しそうだ。
攻撃がカラスに直撃しなかったから?
それだけ?
「大丈夫。影宮こそ体力大丈夫なの?」
「俺はだ、」
「うん。正直に言おうか影宮クン」
「……あともう少しで限界だ」
「やっぱそうでしょ!? 絶対無理しちゃダメだからね。さっきだって危なかったじゃん!」
語気が強くなる。
影宮ってば、ほんとにひとりで行ってたらやばかったじゃん!
「……悠長に話してる場合じゃない」
見ると、カラスが体を起こしていた。
まだ言いたいことはたくさんあるけど、あたしはひとまず口をつぐむ。
いつカラスが襲って来てもいいように、戦闘体勢をとる。
すると。
**カラスが、分裂した。**
いや、分裂とは少し違う。
本体は少しも小さくなってない。
だけどその輪郭はグネグネと揺れ動いて、そこから、小さいけれど赤い眼のカラスが、たくさん生まれてくる……っ。
言葉を失っているうちに、**あたしたちは、カラスに取り囲まれた。**
戦闘って書くの難しい……。
〈お知らせ〉
プロローグを少し修正しました。大規模な修正ではないですが、一応確認していただけると幸いです。
また、「いるはずのない人」では怪異が「低級怪異」になっていたと思うのですが、そこを「下級怪異」に修正しました。
辻褄合わせや表現の向上のため、これからも一部修正することがあります。その時はできるだけここでお知らせしますね。
I’m escaping from my homework.(私は課題から逃走中。)
第14話 終決の黒煙
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第14話です。今までの話を読んでからお読みください。
終決といっても完結ではありません。まだまだ続きます。
あたしたちを取り囲む数多のカラスと、巨大な怪異の化けガラス。
それが同じタイミングで、一気にあたしたちに向かってくる。
あたしは地面を蹴って空中に飛び上がり、ミニガラスを蹴り飛ばす。
グニっとした感触のあと──、カラスは遥か彼方まで飛んでいき、最後はキランと光って見えなくなった。そのまま戻ってこない。
どうやらあたしの蹴りは怪異のカラスにも効くようなので、あたしはひたすらカラス共を蹴り飛ばし続ける。
後ろでは影宮が銃でカラスを撃ち落としてる。弾に撃たれたカラスは、じゅうっと湯気が消えるみたいにあっという間にいなくなった。
だけど巨大カラスは今この瞬間も新しいカラスを何羽も生み出し続けている。
いくら蹴散らしても、また生まれてくる。無限ループの繰り返し。
終わりが見えない……!
「影宮ぁっ! これじゃいつまでも終わらないよっ! なんか作戦考えて! その間あたしがカラスから守るから!」
口を動かしても、足は止めない。動きを止めた影宮を確認しながら足を振り上げる。
……あたしの運動神経が、こんなふうに役に立つ日が来るなんて思いもしなかった。
「はあっ……ハア……」
いくら体力無限大と言われるあたしでも、ここまで動き続けたら流石に少しは息があがってくる。少しでも気を抜けば自分が、影宮が、怪異にやられてしまう危機一髪の状況も相まって。
目の前で、明里が信じられない運動神経でカラスたちを制圧している。
おかげで、俺の元まではカラスがやってこない。
でも、よく見ると少しは息切れをしているようだ。
俺は頭を超速でフル回転させる。
考えろ。思いつけっ! 思いつくんだ!
俺は、怪異警察なんだから……**あんな目には、もう遭いたくないんだよ……!**
ふと、カラスを生み出し続ける巨大カラスの背後に目がいった。
背後までは意識が向かないようで、すっからかんのその空間。
そして、カラスを生み出すことで体力を消耗するのか、巨大カラスにはほとんど動きがない。
その瞬間、閃光のように頭に走った思いつき。
俺は在らん限りの力を込めて叫ぶ。
「──明里!」
あいつ絶対バカだが伝わるだろうか。
「……|了解《ラジャー》」
俺の策を聞いた明里はにっこり笑った。理解できたのか?
「頼む!」
明里はもう、俺の視界からいなくなっていた。
あたしは影宮とは全然違う方向に走る。
巨大カラスの意識がこっちにそれたのがわかった。
それと同時に、ミニガラスたちもあたしの方に一斉に向かってくる。
あたしが蹴るのを中断した分、倍増したカラスの黒い群れ。
戦いで考えている暇がなかった恐怖心が再び湧き上がってくる。
お願い、影宮……!
巨大カラスの背後に回り込んだ影宮の姿が見えた。あたしに意識を持っていかれたカラスは影宮に気づいていない。
そのまま影宮は、手にした煌めく銀色のナイフを、
**怪異ガラスに、突き刺した。**
あたしは思わず目を覆いそうになる。
すると……、カラスから、じゅうっと羽と同じ色の、黒い煙があがる。
あたしを狙っていたミニガラスたちは、気づけば跡形もなくなっていた。
あたしは影宮の元に駆け寄る。
黒煙が完全に掻き消えると──、
そこにいたのは、ただの一匹の、普通のカラスだった。
つぶらな瞳は赤くなく、真っ黒。
羽にも艶やかさがある。
「へ……ただのカラスだったの? あの怪異が?」
無事だとわかると、一気に体の力が抜けて、あたしはヘナヘナとその場に崩れ落ちる。
「あたし……生きてる……影宮も……」
影宮は何も答えない。
「?」
彼はいきなりあたしに倒れ込んできた。
あたしは咄嗟に受け止める。
気を失ってるみたいだ。
あたしはそっと彼を隣に横たえて、座り込んだまま空を見上げた。
変わらない空は、限りなく、青かった。
第15話 散りばめられた星々
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第15話です。今までの話を読んでからお読みください。
──あんた、誰?
瑠璃乃の言葉が響く。
やめて、もうやめてよ。お願いだから……。
胸が絞られたように痛い。
それなのに、声さえも出ない。身動き一つ取れない。
ぐわんぐわんと、その言葉はひたすら反響し続ける。
まるで何もできないあたしを嘲笑うかのように──。
「……り。明里!」
ぱっと視界が明るくなった。
「あれ……お母さん!? あたし寝坊した!?」
布団を吹っ飛ばす勢いで跳ね起きる。
真っ白い天井。薄く漂う、薬みたいな知らない匂い。
そしてあたしを覗き込むのは、心配そうに眉を下げた影宮と、黒髪をお団子に纏めて白衣を着た、びっくりするほどの美人だ。お母さんよりずっと若い。
あたしはすとんとベッドに座る。
……そっか。夢じゃなかったんだ。
全部、夢じゃなかった。
みんなに、忘れ去られてたのも。
影宮と、カラスの怪異と戦ったのも。
「明里。体調は大丈夫そうか?」
「大丈夫。てかあたし寝てたの?」
「ああ、俺が目を覚ましたら、俺の横で寝てた」
うそお……いびきとかかいてないよね? かいてないと信じたい。
「影宮こそ平気なの?」
「俺は今度こそ大丈夫だ。まあ、まだ全回復とまではいってないが、だいぶ疲れは取れたぞ」
「ならよかった」
顔色も随分良くなってて、強がりじゃないみたいで安心した。
……そういえば、ここ、どこだろう?
あたしは周りを見回す。
真っ白い天井に真っ白いベッド。棚にずらりと並んだ薬品らしきもの。薄いベージュのカーテン。
まるで学校の保健室みたいだ。ただ、薬品の量が多い気がする。
「ここ、どこ?」
あたしが尋ねると、影宮の代わりに美人が答えてくれた。
「怪異警察志望の子供や、怪異の被害を受けた子供が住む寮の救護室です。私はナースの|藤山《ふじやま》|撫子《なでしこ》です」
思わず聞き入ってしまう、涼やかな声だった。
「俺がお前を連れてきたあの赤い屋根の建物な」
影宮が補足する。
あの可愛い建物か。寮だったんだ。
影宮は怪異警察志望だからこの寮に住んでるんだろうな……。
「多分、お前は当分、ここに住むことになる」
影宮の言葉に、あたしは目を瞬かせた。
「え、でもあたしにはお母さんが……。絶対心配してるよ! 早く帰らなきゃ!」
すると、彼は目を伏せた。
「……帰らないほうがいい」
意外な言葉に、頰がカッと熱くなる。
「なんで!?」
「……明里が寝てる間、この寮の職員の|梨本《なしもと》さんって人がな、お前の親に会いに行ってくれたんだ。そしたら」
影宮はそこで口をつぐむ。
その次の言葉を、なぜか聞きたくなかった。
「うちには娘なんて……いませんって……」
あたしは言葉を失った。
心配性だけど、あたしを誰よりも大切にしてくれたお母さんが。
そんな、ことを。
信じられない。
信じたくない。
「お母さん……嘘、だよね……」
ようやく絞り出した声は、震えていた。
わかってる。嘘じゃないことは。
影宮は、本当だ、とは言わなかった。
無言の優しさに、あたしは心の中で感謝する。
窓際まで歩いていった影宮は、窓の外を指差した。
「明里。星が超綺麗だぜ」
「え、なになに?」
あたしはわざと笑って、影宮の元へ向かう。
影宮は窓を開け放った。
あたしは息を呑む。
そういえばここのところしばらく星なんて見てなかったけど。
静かな夜空いっぱいに、宝石箱をひっくり返したような星々が、白く強く煌めいている……!
「外で見たいなぁ……」
あたしがつぶやくと、影宮が撫子さんに確認をとってくれた。
「俺ら、ちょっと外に出てあの星見てきてもいいですか」
「いいですよ。ただ夜ですし怪異が出たら危ないので、早めに戻ってきてくださいね」
撫子さんの了承を得て、あたしたちは寮の庭に出た。
……必死で堪えたはずの涙が、また溢れそうになるくらい、美しい星空。
あたしは目を手でごしごしこする。
影宮は何かに気づいたようにハッとした顔をする。
「……ひとりで見たかったか?」
落ち込んだあたしがひとりになりたいかと思ったのかもしれない。
だけどあたしの今の気持ちは真逆だった。
「ううん。ここにいて」
影宮は声を出さずに頷いて、あたしと一緒に空を見上げた。
影宮の前髪が揺れる。見えた彼の目。
夜空と同じ色だと気づいた。
「……あたし、影宮のこと名前で呼んでもいい? そっちの方が、なんかしっくりくるんだ」
影宮の下の名前は、久遠。
すごく素敵な名前だと思う。
「え、いい……けど」
ギョッとしたように声を上擦らせる影宮、ううん、久遠。
「じゃあ、あたしのことも、ハルでいいよ」
「ハル……さん?」
「なんで急にさんづけなの気持ち悪い」
「いや俺女子のこと名前で呼んだことないんだけど」
言い合いながら、また星を見る。
うん。
みんながあたしを忘れても、ひとりだけでも、久遠が覚えてくれてる。
そして一緒に怪異と戦った仲間でもある久遠は、今、あたしの隣にいる。
ままならない、苦しいことばかりだけど、今だけはそれを忘れてもいかなと思った。
大丈夫。あたしはひとりじゃない。
久遠がいるから。
一番さみしくて、一番輝いている、夜だった。
第16話 花咲く寮生活
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第16話です。今までの話を読んでからお読みください。
庭から帰ってきたあたしは、撫子さんにあたしがこれから過ごす部屋を案内された。2階の端っこの部屋。「212号室」ってプレートがかかってる。
撫子さんは外に備え付けられたインターホンのボタンを押す。
「ナースの藤山です。これからこの部屋でかすみさんと同じ部屋になる明里ハルさんを連れてきました」
「はーい。どうぞー」
柔らかい声がして、ガチャっとドアが開いた。
顔を出したのは、あたしよりもいくらか年上に見える、肩ぐらいまでの茶色い髪にカチューシャをはめた女の子だった。
「かすみさん、ハルさんをお願いしますね。かすみさんはすごくしっかりしていてお優しいので、私も安心できます」
「やだ、そんなことないですよ。でもありがとうございます。ハルちゃん、わたしこそよろしくね」
彼女はあたしにわざわざ手を差し出してくれた。
すっごくいい人だ!
あたしがとった彼女の手は、白くて柔らかくてすべすべしている。
いろんな運動しまくったせいで日焼けしてかたくなってるあたしの手とは大違いだ。
「かすみさん、ハルさん、何か困ったことがあったらすぐ言ってくださいね」
「はーい!」
「わかりましたー」
あたしたちは返事をして、部屋の中に入る。
中は、両際にそれぞれベッド。備え付けの机にクローゼットに棚。その他には冷蔵庫など。奥のドアは水道とかトイレかな。
この寮の間取りは知らないけど、見た感じキッチンはないから、別に食堂があるのかな。あと、一階にお風呂屋さんみたいな暖簾があったから、お風呂も別か。
でも、部屋は思ったより広かった。
彼女は左側の、花柄のバッドカバーがかかったベッドに腰を下ろした。
あたしが立ったままでいると、「隣に座りなよー」と言ってくれる。
あたしはおずおずと隣に座った。
「初めましてだね」
「あ、はい……あたし、明里ハルです。あの、夜遅くにすみません」
時刻は見てなかったけど、あんなに空が暗くて星が光ってたんだから、結構遅い時間のはずだ。
あたしは人見知りはしないタイプだけど、なんか申し訳なくて、そしてこれから二人部屋で一緒に過ごす相手となると、声が小さくすぼんでしまう。
「あはは、緊張しなくていいよ。わたしもこの寮に入ってきた時はガッチガチだったけど、じきに慣れてくるから。わたしは高一の|若草《わかくさ》|花澄実《かすみ》。かすみは、お花の花に水が澄むの澄むに、木の実の実で、かすみって読むの。名前の通り花とか植物が大好き」
確かに彼女の机の上には、花瓶に入れられたオレンジ色のコスモスが飾ってある。多肉植物が植えられた小さい鉢もいくつかある。
「カスミンって呼んでもいいよー」
「……じゃあカスミン先輩。素敵な名前ですね。めちゃくちゃ似合ってます」
このふんわりした先輩にピッタリマッチした名前だ。
先輩ってつけるんだえらいねーでもタメ口でもいいからね? とカスミン先輩は花が咲いたような笑みを浮かべる。
スポーツの世界に生きてきたあたしは年上の人を呼ぶ時はどうしても先輩ってつけたくなるし敬語になる。
「ありがとう! ハルちゃんもすごく素敵な名前だと思うよ? めっちゃキラキラパワーみたいなんが溢れてる気がする」
はて、キラキラパワーとは。
とりあえずあたしは、同室がこの先輩ですごく安心した。
フツーに自分の家で過ごしてきたあたしには、いきなり寮生活とかわけわかんなくて、不安だったから。
「あたし、同室がカスミン先輩でよかったです」
「えー、ほんと!? 嬉しい!」
そのタイミングで、あたしのお腹がぐぅっと鳴った。
あたしは恥ずかしくて真っ赤になる。
カスミン先輩はあらあらと笑った。
「お腹空いた?」
また、お腹の虫がぐうと鳴いた。
「……はいっ。空きました!」
「これから食堂で夕食が出るよ。メニューは確か、唐揚げ定食だったかな」
「かっ、唐揚げ!」
あたしは叫んでしまう。
あたしのっ、大好物っ!
超絶空腹の今、唐揚げのカリカリした衣とジュワーっとしみ出る肉汁を想像しただけでよだれが出そうだ。
「寮のご飯はみんな美味しいよ。一緒に行こうか」
「ハハハハハハイ! やったあああああ!」
あたしはお腹の虫を黙らせるべくカスミン先輩にひょこひょこついて行くのだった。
ネクリジェみたいな、うちだったら一生着なかったような可愛いパジャマはカスミン先輩が貸してくれた。
あたしは急にこの寮に来たから、服とかは特に準備されていないらしい。これから色々揃えてくれるそうだ。
お風呂に入ってさっぱりしたあたしは、右側のベッドに入る。
「ハルちゃん、今日は疲れたよね。ゆっくり寝な」
向こう側のベッドから聞こえるカスミン先輩の声が、優しい。
カスミン先輩は中学生だけど、お母さんみたいだ。
彼女はあたしに何も聞かない。
きっとあたしを気遣ってくれてるんだろうな。
あたしも、彼女のことは何も聞かないことにする。
家のベッドとは違う感触のベッドで、あたしは瞼を閉じた。
今度は、悪夢は見なかった。
唐揚げはとある短編カフェをやっているリア友との今日の会話から着想を得ました
第17話 朝の寮
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第17話です。今までの話を読んでからお読みください。
あたしが目を覚ますと、目の前にうふふと笑うカスミン先輩の顔。
「うわぁっ!? 先輩っ!」
「ふふ、びっくりしすぎ。あのさ、ハルちゃん、寝相やばいね」
「へ?」
あたふたと自分のいる場所を確かめると。
反対向きになってるし、体は半分ベッドからずり落ちてるし!
「わっ! み、見ないでくださいカスミン先輩!」
「大丈夫だよ、わたしも寝相悪いから」
絶対悪くないと思います、カスミン先輩みたいな上品でお淑やかで優しくて可愛い女の子は。
その瞬間、あたしのお腹の虫が自己主張を始める。
「ハルちゃん、すごく食いしん坊だね?」
「あ……はい……」
朝は毎日死ぬほどお腹が減っている。
色々恥ずかしいやらなんやらで、あたしは顔を赤くしながらも、カスミン先輩と食堂に向かう。
「いただきます!」
寮のみんなでパチンと手を合わせる。
朝ごはんのメニューは、ご飯に油揚げの味噌汁、秋刀魚の塩焼きにほうれん草のおひたし、里芋の煮っ転がし。そして麦茶。
典型的な日本の朝食だけど、実際ははこんな豪華なご飯が忙しい朝に食べられるのって珍しい。
「幸せそうだねぇ」と隣でカスミン先輩が出汁のきいた味噌汁をすすりながら笑う。
「はい!」
感動しながら秋刀魚を味わっていると、後ろから「おい」と声をかけられた。
「ん?」
振り向くと、もう食べ終わったらしく、空の食器の乗ったトレイを手に立つ久遠。
「何?」
「飯食い終わったら、一階のミーティングルームに来い。話したいことがあるから」
それだけ言うと、久遠は食器を片付けにいってしまった。
「ハルちゃん、久遠くんと知り合いなんだ?」
「クラスメイトなんで。あと昨日怪異と一緒に戦いました」
「──? ハルちゃんって怪異警察なの?」
意外な反応。
目を見開いて、カランと箸を取り落としたカスミン先輩。転がる箸。
「え? 違いますよ。怪異の存在昨日初めて知りましたし」
「じゃあどうやって戦ったの?」
「……蹴ったり、なんだり、です」
すごくはちゃめちゃな女子だと思われそうで恥ずかしかったけど、カスミン先輩はそっちより別のことが気になるみたいだ。
「本当に?」
「ほんとです」
しばらく硬直したあと、カスミン先輩は気を取り直したように箸を持ち直す。
「……あとで撫子さんに事情を聞いてみよう」
「撫子さん?」
「ううん、なんでもない。ハルちゃん、あそこにおかわりあるよ?」
「やったぁ!」
あたしは飛び跳ねて、ご飯のおかわりをもらいに席を立つ。
そこで初めて気づいた。みんなの視線があたしに集まってる。
「ねぇ、新しい子ってあの子?」「そうらしいよ、カスミンの部屋だって」「割と可愛いじゃん」「元気系女子だな」「噂なんだけどさー、昨日影宮さんと怪異を撃退したらしいよ」「マジ? 普通に一般人でしょ? そんなことありえる?」「俺も知らんわ」
囁かれる言葉の数々。
そっか、転校生みたいな感じで、みんなも興味しんしんなんだろうな。
早く久遠やカスミン先輩以外の人とも仲良くなれるといいな。
そんなことを考えながら、あたしはお茶碗にご飯を山になるまでよそい、口いっぱいに頬張った。美味しい。
「久遠、来たよー」
初めて入ったミーティングルームは広くて、色とりどりの可愛い椅子やクッションが置いてあって華やかだ。窓が大きいせいか、部屋全体も日の光で明るい。部屋の端には、でっかいテレビも置いてある。
久遠は端の方の席に座っていた。横に座った5歳くらいの小さい男の子と話して、笑っている。
あたしはなんだか意外だった。久遠は教室でもいつもひとりだったのに。それも仲間はずれにされてるとかじゃなくて、自分からひとりでいようとしてる感じだったから。
だけど男の子はすごく楽しそうだ。
久遠って、実は寮ではすごくいいお兄ちゃんなのかもしれない。
教室じゃわかんない性格ってあるんだなあ。
あたしは久遠の正面の席に腰掛ける。
「あ、ハル、来たか。ごめんなショウ、俺これから話があるから、違うことして遊んでてくれるか」
「えーっ、もっとくお兄と遊びたかったぁ」
口を尖らせる、ショウという名前らしい男の子。
めっちゃ慕われてるんだなぁ。
「俺はくお兄じゃなくて、久遠だっつうの」
訂正しながらも、その目は優しい。
あたしに向き直った久遠は笑みを消し、真面目な顔になる。
「お前も色々気になってることあるだろ。それで俺も色々言いたいことがある」
「あー、そう! 聞きたいこといっぱいある! 怪異警察がどうやって戦うのかはわかったけど、それ以外はさっぱり」
「だろうな」と呟いて、久遠は人差し指を立てる。
「まず、この寮の話からだ。どんな子供が過ごしているかは藤山さんから聞いたと思うが、ここはいわゆるそういう子供の “安全地帯“ なんだ」
「安全地帯?」
「詳しく言うと、この辺には怪異に嗅ぎつけられないように包囲網が張ってある。そして、寮には中級以上の怪異警察が2、3人、週交代で常駐してる。スタッフの梨本さんや|井手上《いでうえ》さんだって元怪異警察だ。さっきの藤山さんだって、怪異のことにすごく詳しくて、怪異を倒したり弱めたりする薬の研究をしてる」
ええ……!
あの超美人の撫子さんが!
「す、すごい……」
「あと、この寮の小中学生はここから一番近い朝比奈中や朝比奈小に通うことになる。一度狙われた子供は、まだ怪異に目をつけられてる可能性が高い。でも流石に学校までは見張れないから、その二つの学校は怪異の被害に遭う可能性が必然的に高くなってしまうんだ。一般生徒には悪いが」
難しい話。
あたしの頭はパンク寸前だ。
でも、あ、とひとつ思いついたことがあった。
「だから、あたしは怪異に狙われたってこと?」
あたしを狙う理由が全然わかんないけど。
「そうだな。それもあるかもしれない。だけどお前の場合は**特殊なんだ**」
遅くなりましたぁ
〈お知らせ〉
花澄実の学年を高一に変更しました
余談ですが明日諸々の理由により東京にいって来るので多分投稿ができません! ごめんなさい
第18話 あたしの守護霊さん
これはシリーズ「レコード・リライト!」の第18話です。今までの話を読んでからお読みください。
「特殊?」
単に告白だと思って騙されて引っかかって呪いかけられただけの情けない馬鹿じゃないの?(考えたら悲しくなってきた)
久遠は一息置く。
「少し話がズレるが、カラスの怪異は最後ただのカラスに戻ったろ?」
「うん、そうだったね」
あの時は、怪異がいきなり普通のカラスに戻ったからびっくりしたんだ。
「正確に言えば、あの時出た黒い煙が怪異なんだ。中級怪異までは、怪異は『取り憑くもの』で、形は保っていない。形があって、意思を持つのは上級怪異だけ。怪異に取り憑かれた物や生き物は、怪異に変貌する」
あたしは心の中で取り憑かれたカラスに同情する。
「うえっ、怖っ……。怪異って人にも取り憑くの?」
「ああ。下級怪異は人には取り憑きづらいみたいだが、中級ならできるっちゃできる」
あたしは震え慄く。
それじゃあ、突然取り憑かれて怪異になっちゃいましたってこともあり得るってことじゃん……。
「だけどお前の場合、上級怪異が直接呪いをかけたって感じがした。呪いが弱められてるってのも合わせて、あくまで俺の勘でしかないけどな。結構、俺の勘って鋭いらしいから。正確なのは今調べが入ってるけど」
「……それって特殊なの?」
「ああ。特殊だ。上級怪異は滅多なことがない限り、自ら人を襲ったりしない。大体、手下みたいな下・中級怪異を生み出して、その辺のものに取り憑かせて襲わせるんだ。襲わせるも何も、適当に怪異をばら撒いて取り憑かせて、街が荒れるのを楽しんでるみたいなタチの悪いやつもいるけどな。多分さっきのカラスはそういうやつの怪異だ。
まあとりあえず、上級怪異が自ら呪いをかけるような理由が、何かしらお前にはあったってことだ」
……自分が特殊なケースだってことはわかったけど。
あたしは何よりも、上級怪異に腹が立ってきた。
下級怪異のカラスだって、あんなに恐ろしかったんだ。人なんて簡単に殺せちゃうに違いない。
そんなのをばら撒いて、罪のない物や生き物を怪異にして、人をいっぱい虐殺して面白がるなんて。
最低だ。
お腹の底から、どろりとした気持ちが湧き上がってくる。
「ってことで、お前はめちゃめちゃ狙われてる可能性が高い。だから、守護霊をつける」
「ふぇ?」
声がひっくり返った。
「守護霊ぃ?」
「お前を常に見守ってくれる霊だ。開発したのは藤山さんな」
な、なんか撫子さん色々すごい。それはいいとして。
「どんな感じなの?」
「まあ、マスコットキャラみたいな見た目だな。魔法少女のパートナーのふわふわの動物みたいなやつとかいるだろ。そんな感じ。あんなキラキラの派手じゃないけどな。主人のイメージに似た姿になるんだ」
へえ……そんなのつけてもらえるんだ!
あたしはワクワクしてきた。
「まあ……あたしみたいにキュートな女の子なら、守護霊はうさぎとかリスみたいな可愛い動物でしょう!」
久遠はギョッとした顔になる。
「お前がうさぎ? リス?」
「うん」
「絶対にない。そんなことがあったら世界が終わる」
真顔で言われると傷つく。女子に失礼すぎる。
キュートじゃないのはわかってるけど、そこまであたしってやばいかなあ……。
凹んでいると、久遠が何かをあたしに差し出した。
「これを握れ。|守護霊創造球《スピリット・オーブ》だ」
手のひらサイズの透明な|球《たま》。
言われるがままに、あたしは握る。
すると、球が光を放った。
あたしの拳ごと、白い光が包み込む。
何かが体の中から抜けていくような感覚。
光はだんだん弱くなり、ついにおさまった。
「もう放していいぞ」
久遠に言われて、恐る恐る握っていた手を開いた。
**ボムンッ!!**
白い煙が上がって、あたしは飛び上がる。
そして、あたしの手のひらに乗っていたのは、球ではなく。
球と同じくらいのサイズの、ゆるい顔の、黄色い、**虎。**
「とっ……とらぁ……?」
あたしは目がまんまるになる。
「あ、あたしのイメージって、虎なのぉ!?」
叫ぶ。
いくらなんでも、虎はなくない!? |I’m girl《あたし女子》!!(なはず)
「ふは……あはははっ!」
横を見ると、久遠がお腹を抱えて、身をよじって爆笑していた。
目に涙まで浮かんでるし。
「たっ、確かに……。ハルは虎かもな……。藤山さんの守護霊創造球、すごいな……ふはっ……」
久遠の珍しい姿は見れたものの、面白くてよかったですねとは言えない。
あたしの手のひらの上でふんぞり返った虎(ミニサイズ・顔がゆるい)は顔をしかめて言う。
「せっかく我が出てきてやったと言うのに! 虎は百獣の王と言われるライオンよりも強い、真の王の動物! それを笑い冒涜するとは何事だ!」
あたしと久遠はきょとんとする。
反応は二種類。
あたしは虎を睨みつける。
「あたしあんたの主人なんじゃないの!?」
「それはあくまで表面上の事実。我は仕方なく出てきてやったにすぎない!」
久遠は再び爆笑モードに。
「おかしいな……守護霊って普通礼儀正しいんだけどな……なんでこんな厨二病っぽい威張ってるやつが……ウケる……」
虎は偉そうに言った。
「我に名前をつけろ! そこで契約が正式に成立するのだ! さあ、早く! 我に一等素晴らしい名前を!」
「え……虎之助」
「ダメだ」
「虎二郎」
「ダメだ」
「しましまタイガー」
「ダメだ」
「ふんぞりかえり虎太郎」
「ダメに決まっているだろう! 真面目に考えろ!」
叱られて、あたしは腕を組んで考え込む。
名前って、あんまりつけたことがないからわかんないんだよな。
──虎は真の王の動物!
不意にさっきの虎のセリフが蘇る。
よし、これだったらいいんじゃない!?
「|王《キング》は?」
あたしがその名前を口にすると──、虎は重々しく頷いた。
「ふむ。まあ、それでもいいだろう。寛大な我は妥協してやるぞ」
妥協と言いつつも、随分気に入っていらっしゃるようで、虎ならぬキングは口元をにやけさせている。
「……まあ、いざという時はその虎がお前を守ってくれるぞ」
必死で笑いを堪えている様子で久遠が言う。
「こいつがぁ?」
「こいつとは失礼な! 我は真の王だぞ!」
「……あ、やべ。俺学校行かないと」
久遠は時計を見て、慌てたようにつぶやいた。
「あ、そっか……」
久遠は怪異警察だけど、もちろん中学生。
あたしはもうなんなのかもわからないけど……。
「ってか、久遠昨日学校抜け出したよね? あたしはいないことになってるからまだしも……大丈夫なの?」
久遠は諦めたようなため息をついた。
「大目玉確定だな。めっちゃ電話鳴ってたけど昨日は色々テンパってて出てる余裕なかった」
「……なんか、ごめん」
「いや、いい。しょうがないことだからな」
考えてみれば、あたしは学校っていけるのかな……。
気分が沈む。
あたしはそのまま、キングと共に、部屋に戻って学校の支度をする久遠を見送った。
あたしはキングを部屋に連れて帰る羽目になった。
部屋に入ると、カスミン先輩はもう高校に行っていていなかった。
ひとりの部屋はがらんとしていて、寂しい。
あたしはベッドに倒れ込む。
……学校。
瑠璃乃。友達になったみんな。あたしの机。頑張って下手くそな似顔絵を描いた自己紹介カード。
あたしからは、それが全部消えちゃった……。
「あたし、ひとりぼっちかぁ……」
ぽつりとつぶやく。
「戯言を言うでないぞ。我の存在を忘れるでない!」
「あっ……」
あたしはキングを頭の下敷きにしていた。
モゾモゾ動いてやっと這い出てきたキングは警告色のヨレヨレの毛玉となっている。
「出てきてやったばっかりなのにいきなり死ぬかと思ったぞ!」
「いや守護霊なのに避けられないそっちが悪い!」
「なんだと!」
あたしたちの怒鳴り合いが部屋に響く。
充満していた暗い空気は薄まって、あたしは少し、救われた気分になった。
英語苦手だ嫌いだ
国語得意だから試験の科目は全部国語でいい
I don’t need English! Because I’m Japanese! I don’t like studying English!
(……文法合ってるよね?)
私の作品を応援した時のお礼メッセージで「有難き幸せ」が出たらレアです(31分の1の確率)。
第19話 「あり得ない」が降り積もる
今日は一日中部屋でゴロゴロして過ごすのかと思ったら、寮のスタッフの梨本さんがやってきた。
なぜかキングはベッドの下に隠れた。
この人、元怪異警察なんだっけ。
ちょっとふっくらしてて色白で、丸い顔に穏やかーな笑みを浮かべてて、全然怪異警察って感じがしないんだけど。
「初めましてー。あなたが新入生の明里ハルちゃんね? 私は寮のスタッフの梨本|聡美《さとみ》。困ったことがあったらどんどん話しかけてね。よろしくねぇ」
「久遠に聞きました。元怪異警察なんですよね。すごいです」
「ええ、知ってるの? 恥ずかしいなぁ」
梨本さんは初心な乙女みたいに頬を染めた。
「怪異警察って言っても、そんな役に立ってなかったわよぉ? しかももう引退したから、『元』だしね。もう今はただの40代の寮のおばさんよ」
そう言うと、梨本さんはあたしが何か言う前にあたしの手を取った。
「じゃあ、出かけるわよ。服は、とりあえず私の服でいいかしら。ハルちゃんにはぶかぶかかもしれないけど……しょうがないわね」
「え……どこに?」
あたしの疑問に、梨本さんは満面の笑顔で答える。
「決まってるじゃない。ハルちゃんのものを買いに行くのよ」
梨本さんはあたしを町のショッピングモールに連れて行った。
ここにはお母さんや友達と何回もきたことがある。
あたしにはあんなにいろんなことがあったのに、見慣れた景色は変わらない。
「ハルちゃん、服は好きに選んでいいのよ。絶対遠慮してるでしょう? そんな安いのじゃなくてもいいの。ほら、これとか似合うんじゃない?」
あたしが500円のTシャツを持ってくると、梨本さんは顔をしかめて即座に否定し、2万円くらいする、ピンクのフリフリレースがいっぱいついてスカートが広がった、なんか魔法少女が着てそうなワンピースを手に取った。
梨本さん。お気遣いは嬉しいけど、それあたしに絶対似合わないし、センスも……よくはないと思います。
「いえっ、大丈夫ですっ。お気遣いなく」
「そお?」
梨本さんは残念そうだ。
「費用は本当に心配しなくていいから。国が出してくれるのよ」
「……税金ってことですか? 怪異警察って国とも繋がってるんですか?」
ってことは、国は怪異の存在を知ってるってこと?」
「バリバリ繋がってるわよ。パニックにならないように、今の所一般市民には伏せてあるけどね。万が一見てしまった人には、絶対に言わないようにいい含めてあるわ。まあ、隠しておけるのも時間の問題かもしれないわね。今はSNSがあるから、あっという間に広まってしまう」
「そ、そうなんですか……」
あたしも怪異がいるなんて信じても見なかったけど……国の偉い人たちは知ってたんだなぁ。
絶対に言わないようにいい含めてあるって……なんか怖い。脅迫かな。
しばらくして、あたしと梨本さんの両腕には紙袋やレジ袋が大量にぶら下がっていた。全部、あたしの服や生活必需品。なんだかお金は国が出してくれると言っても申し訳なくなってしまう。梨本さんが「もっと! もっと!」ってひたすら勧めてきたことは確かだけど。
一方の梨本さんはにこにこ、聖母マリア様の顔だ。
「よかったわねぇ、ハルちゃん」
「あ……はい」
車の中で、あたしは買ってもらったものをひとつひとつ見る。
全部無難なものだ。大体無地。とーってもいい人だけどかなり……少女趣味? な梨本さんはひたすらフリフリを選ばせようとしたけどそれだけは必死で抵抗した。
今は九月、あたしは朝比奈中の制服の夏服を着てたから夏服はあるけど、冬服はない。それもあとで買ってくれるそうだ。ちなみに朝比奈中の女子制服はセーラー服だ。
「今日は本当にありがとうございました!」
寮の玄関先で、あたしは梨本さんにお礼をする。
「全然、むしろ私こそ楽しかったわよー」
神のようなお言葉をありがたくいただき、あたしは部屋に戻ろうとする。
と、ガッと肩を掴まれた。
誰かは、見なくてもわかる。
あなた人の腕とか肩いきなり掴むの癖なんでしょうか?
「久遠?」
それはいつの間にか帰ってきていた久遠だった。
「まだ俺の話は終わってない」
あたしたちはまた寮のミーティングルームへ。
久遠の顔に疲労が見える。
「先生に怒られた?」
あたしが聞くと、彼は深く頷いた。
「うん、担任はあんま言わなかったけど、学年主任がやばかった。ガチで鬼。お前のこともあの女子は誰だって根掘り葉掘り聞かれた。言うわけにはいかないから言い訳考えんのもマジで苦痛」
「た、大変だったね……。なんかごめん」
「いやまあ別にいいんだけどな。俺は怪異警察だし」
あたしの動きが止まる。
久遠は怪異警察だから。
……そうだよね。
あたしを助けてくれたのも、色々良くしてくれてるのも、それは、久遠が怪異警察だから。
優しいのは元から。
そんなのわかりきったことだ。
それなのにどうしてか、あたしの胸は、ズキっと僅かに痛む。
「で、俺が言いたいのはそれじゃない。本題は」
もう朝に十分聞いたつもりなんだけど……まだ何かあるのかな。
「お前はとにかく、色々と**あり得ない**ってことだ」
──それも、何重もあり得ない。
久遠はひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
まずひとつ目。
結界は、物理的に破れるものではないのだという。
久遠は手首に黒いリストバンドをつけていた。
これも怪異警察の道具で、使用する人の奥に眠る能力を引き出すことができるのだという。
久遠は防御系だから、そのリストバンドで防御能力を引き出す。特に結界を張るのは得意なのだそうだ。
それを一般人のあたしが蹴り破るなんて想像もできなかったって。
「あたしの運動神経がすごいからじゃない?」とあたしが言うと、久遠は強く首を振った。
「だから運動神経の問題じゃないんだっつーの。まず物理的に破れないんだ」
ふたつ目。
怪異警察の道具なしで怪異を蹴散らすのも無理なことらしい。
本来なら一般人の蹴りなんて怪異には効かないはず。
しかもあたしに飛ばされたミニガラスが帰ってこなかったのは、相当ダメージを受けたってこと。
だからあたしが怪異と戦ったって聞いた時カスミン先輩はびっくりしてたのかと、あたしは納得する。
「……というわけで、お前はひたすらあり得ない。例外中の例外中の例外」
「ふうん」
怪異の存在さえこの前知ったばっかりのあたしはいまいちピンとこない。
「もういっそ、俺はお前は某パンのヒーローの転生体なんじゃないかって思ってるくらいだ」
……久遠の口からそのキャラが? せめて海賊王になりたい麦わら帽子の人とか、鬼を倒すアニメの人とかじゃないの?
あっ、もしかして、実は好きだったり? ショウくんと一緒に見てたりするのかな?
「……久遠とパンヒーロー、似合わな……。意外……」
あたしが一歩身を引いて言うと、久遠はきょとんとした後、顔をぼんっと噴火させた。
「バッ、バカっ! んなわけねーだろ! ショウが好きだから一緒に見てやってたんだよっ! それ以外には何もない!」
「ほ〜んと〜かなぁ〜」
「マジで!」
どうだろうね、そこは。あのアニメ大好きな可能性も否めない。
まあ、あたしも意外と好きなんだけどさ。
スーパーウルトラハルキックもアンパンチを参考にさせていただいたし。
「ってか、敵があんなザコくて、一瞬で倒れたらどんなにいいか……」
「ん?」
その響きが妙に切実に聞こえて、あたしは久遠の方に首を巡らしたけど、久遠は「別に好きじゃねぇしあんなガキのアニメ!」と顔をりんごにしたまま叫んでるだけだった。
あたしはしっかり脳内にメモしておくことにしよう。影宮久遠は某パンのヒーローアニメが好きかもしれないと。メモメモ。忘れっぽいあたしは、こう言うことは絶対忘れない。
部屋に入ると、キングが布団で爆睡していた。
クークーと、やけに可愛い寝息を立てている。到底真の王には見えない。
守護霊って寝るんだ。
そのゆるい寝顔を眺めながら、あたしはふと思った。
そういえばキング、なんで隠れたんだろうな?
まあいっか。
あたしはまたさっきの騒動を思い出し、口元をにやけさせた。
第20話 あたしが転校生になるまで
リリリリリリ!
目覚まし時計ががなりたてる音。
「ふぁぁ〜、まだ眠いよ……って、今日、あれか」
起き上がって、今日は|あの日《**・・・**》だったんだと思い出した。
おはようございますとカスミン先輩に挨拶をし、あたしはベッドから降りる。
寮で暮らすようになってから三週間。
だいぶここの生活にも慣れてきた。
いつもなら起きあがれなくて二度寝して、カスミン先輩に叩き起こされるんだけど、(カスミン先輩、優しい笑顔で意外とそういうことする。叩くって言っても痛くはないんだけど地味に怖い)今日はそういうわけにもいかないのだ。
なぜならばっ! 今日はっ!
**あたしが転校生になる日だから!**
そう。あたしは、学校に行ける。朝比奈中学校に通う。
──まあ、今まで通りとは、ちょっと違うんだけど。
あたしは、転校生として。
今日、朝比奈中一年一組に転校する。
久遠曰くあたしは「存在しないことになっている」らしいから、戸籍とかそういうのないし、大丈夫かなって思ったんだけど。
怪異警察は、国と繋がってるから、色々手続きすれば学校に通わせてもらえるって。
その「手続き」はあたしがやれることじゃないから、梨本さんが奔走してくれたらしい。本当に梨本さん、ありがたい。
「これはありがたくないけどな……」
あたしはクローゼットを覗いて、苦笑い。
あたしの無難な服に朝比奈中の制服に、……その中ですごく浮いてる一着。
……フリルやリボンがふんだんにあしらわれた、さらにラメでキラキラしてる、ピンクのワンピース。梨本さんが勧めてきたやつの中で、一番派手。
いや……、パーティとかならいいかもしれないけどさ(それでもあたしには似合わなそうだけど)、これが普段着ってナイよね……?
無論、選んだのは梨本さんである……。
ショッピングモールに買い物に行った日、あたしはなんとかフリフリは回避したと思ったんだけど……梨本さん、あたしの知らない間に勝手に買ってた。袋の奥深くに入ってたから、部屋で全部出してみるまで気づかなかったんだよね……。
……買っちゃったもんはしょうがない。あたしがお金出したんじゃないし。
あたしは制服を取り出す。朝比奈中の制服はセーラー服だ。夏服は、襟とプリーツスカートが群青色。リボンスカーフは赤。
クリーニングに出してくれた制服は、新品みたいにパリッとしてる。あたしは制服を着て、鏡の前に立つ。久しぶりに着た制服の、背筋がしゃきっと伸びるような肌触り。
嬉しいな。
今までは毎日当たり前に、それどころか「だるいなぁ」なんて文句を言いながら行ってたけど、今の「当たり前」が消えちゃったあたしには、学校に行けるようになったことが、奇跡みたいに感じられる。
久遠があの時助けてくれなかったら、あたし、本当にどうすればいいかわかんなかった。
久遠にも、梨本さんにも、カスミン先輩にも、撫子さんにも、……キングにも……、あたし、いろんな人に助けられてる。キングは人じゃないけど。
多分「ありがとう」だけじゃ全然足りない。
あたしは何をすれば、みんなに恩返しできるんだろうな。
そんなことを思いながら、あたしは髪の寝癖を、水をつけて直そうとする。しかし、あたしの手強いツンツンの寝癖はちっともおさまってくれない。
しょうがない、と諦めて髪を結ぼうとして、気づく。
あたし、髪を結べない。
髪ゴムを握ったまま、あたしは途方に暮れる。
……恥ずかしながら不器用なあたしは、中一にもなって自分で髪を結べない。
お母さんが毎朝結んでくれてたんだ。
基本的にポニーテールだったけど、時には三つ編みポニーテールにしてくれたり、くるりんぱをしてくれたり、リボンを結んでくれたり。
あたしはお母さんが髪を結んでくれる時の感触が、ちょっとくすぐったくて、そして好きだった。
だけど、そうやって丁寧に髪を結んでくれた心配性で優しいお母さんは、
──誰ですか?
**もう、あたしのお母さんじゃなくなっちゃった。**
思い出したくもない。
だけど脳裏にまざまざと浮かぶ、お母さんのあの表情。
────────────────
──うちには娘なんて、いませんって。
寮に入って一週間ほど経った日、あたしはあの久遠の言葉を……お母さんが言っていたという言葉を、頭の中でリピートさせていた。
瑠璃乃たちがあたしを忘れちゃったのは、この目で見た。
だけどお母さんには、あれからずっと会ってない。見てもない。
もしかしたら。覚えてるんじゃないかって。
……今まで何度もそう思って、その度に絶望の淵に叩き込まれたくせにね。
あたしは賢くないから、それでもそう思いたくなっちゃうんだ。
「あたし、お母さんに会いに行く」
意を決して久遠に告げると、久遠は顔を真っ青にして、必死の形相で止めてきた。
──そんなことしたって、ハルが傷つくだけだ。やめとけ。そんなことしたって後悔しか残らないから。
わかってるよ。わかってる。あたしだってそれくらいわかるんだよ。
でも、あたしはこんな時は馬鹿になりたい。
傷つかない方法を選べない馬鹿になるしかない。
あたしは久遠が学校に行ってる間に、こっそり寮を抜け出して、あたしの家に行った。
震える手で、外壁に備え付けられたインターホンを押す。
しばらくして……女性の声が聞こえた。
『……なんのご用でしょう?』
それは確かにあたしのお母さんの声、だけどあたしの知らない声色。
それだけであたしは挫けそうになるけれど、なんとか踏みとどまる。
「あの。……家の外に出てきてくれますか!?」
ブチっと通話が切られた音がした。
ああ、ダメだったかと拳を握りしめた時。
ガチャっと音がして、ドアがわずかに開いた。
あたしの心臓が飛び上がる。
お母さんはあたしの姿を見とめて……顔を険しくさせた。
「誰ですか?」
誰、ですか……。
──あんた、誰?
瑠璃乃に言われたのと同じ。
**お母さんも、忘れちゃったんだ……。**
わかりきっていたはずのことなのに、ショックが電流のように、体中を駆け巡る。
言葉が出てこないあたしに、お母さんは眉間の皺を深くする。
「いたずらですか? だったら迷惑なのでやめてください」
……ピシャリと、あたしの目の前で、ドアが閉められた。あたしの前に、あたしのお母さんは、もういない。
ううん。違う。
**あたしの前に顔を出したお母さんは、もう、あたしの大好きなお母さんじゃなかったんだ。**
────────────────
思い出したくなかったのに、くっきりはっきり、まるで映像を見ているかのように、思い出してしまった。
胸がズンと重くなる。
「お母さん……」
小さな声で呟く。
あたしは髪ゴムを握りしめて鏡の前に立ったまま、動けなくなってしまった。
「──わたしが結ぼうか?」
柔らかな声がして、ギギギギッと首を無理やり動かして振り向くと、カスミン先輩が立っていた。
返事をする前にカスミン先輩はあたしの手から髪ゴムを取り、クシであたしの髪をとかし始める。
あたしは泣きたくなってしまう。
これだ。この感じ。この優しい感じ。
カスミン先輩は、まだ高一だけど、まるでお母さんみたいだ。
きっと先輩はあたしを気遣ってくれてるだけだ。それに彼女はお母さんの代わりにはならないし、しない。
だけど、どうしようもなく、安心する。
どうしようカスミン先輩。ダメだよカスミン先輩。あたし、泣きたくないんだよ。
泣いたらもう、二度と立ち上がれなそうで……。
奥歯を噛んで、涙を堪える。
「はい、できた」
カスミン先輩が手を離した。
あたしの頭には三つ編みがカチューシャみたいにぐるりと巻きつけられ、端っこは水色のリボンで結んである。後ろのポニーテールはあんなにハネてた髪が嘘みたいに、おとなしく綺麗になってる。
「ハルちゃんはおろしても可愛いと思うけど、いっぱい動きそうだからポニーテールの方がいいかなって。わたし、器用でしょ?」
おどけてみせる先輩。多分あえてだ。
「はい、先輩。ありがとうございます……」
カスミン先輩はあのふんわりとした笑い方をした。
やっぱり彼女は、あたしに何も聞いてこない。あたしは、彼女がどこまで知ってるのかも知らない。
でも、カスミン先輩に、大丈夫だよ、と言われているような気がした。
あたしは背筋を伸ばす。そして、
パアンッ!
自分の両頬を、思いっきり叩いた。
目を覚ませ、明里ハル! あんたは、こんなのでめげるような弱っちいのじゃない!
眠気は覚めたけど、あたしが覚めなきゃいけないんだ!
「ハ、ハルちゃん?」
「自分で自分に喝を入れました。あたし学校初日、頑張ってみせます」
あたしはキリッとした表情を作って言う。
カスミン先輩は戸惑いつつも、頑張ってね、と優しく言ってくれた。
最近3000文字超える……。いいのか悪いのか
登場人物紹介は新キャラが出たり新情報が出るたびに更新してるのでよかったら見てください。文章内では出されてない名字や本名がわかるかもしれません。
投稿が遅くなります。多分2〜5日に一回。すみません(^_^;)
《お知らせ》
ハルトの名前をショウに変更しました。ハルと完全に被っていることに気づいたので。
キングがご無沙汰ですが忘れているわけではないのでご安心を。
第21話 初めましてじゃないから
カスミン先輩は電車で通う遠さの高校に行ってるから、あたしより先に寮を出る。先輩を見送ってから、あたしはベッドの下に声をかけた。
「キーンーグ、出てこーい」
すると、ベッドの下からのそのそと這い出てきた、警告色の毛玉。
「この物体の下は狭いな。我をこんな場所に入れるなど真の王への侮辱だぞ」
「真の王真の王うるさいな。毛布敷いたじゃん。それにキングが隠れたいって言うからでしょ。一番いい隠し場所はそこなの」
キングはどうしてか、あたしと久遠と撫子さん以外の人の前には出てきたくないらしい。
自由自在に消えられるのかと思ったら、できなくはないけど大量のエネルギーを使うからやりたくないって。
……いやさ、消えるぐらい楽勝そうじゃない?
もしかしたらこのキング……真の王とか言っといて結構……ザコいのでは?
思っても、流石に口には出さないけど。
あたしもそろそろ学校に行く準備をしなきゃ。
買ってもらった黒いかっこいいリュックに、事前にもらった教科書を詰める。
そして、キラキラしたかけらが入った小瓶のキーホルダーをつけた。
この小瓶、蓋を開けて中身を入れられるやつで、中のキラキラは、あの日、割れちゃった、あたしのペンダントの石の破片。
割れちゃったのはすごく悲しかったけど、こうすれば、また身につけられる。
あたし、これをお守りみたいに大事にしてて、持ってると何故か安心するんだ。
……誰にもらったのか、覚えてないんだけどね。前、お母さんがくれたんだと思って聞いたら、違うって言われた。
「まあ、それはいいか」
あたしは最後の準備に取りかかった。
あたしは中がクッションみたいな気持ちいい素材になってるポシェットのチャックを開け、キングをその中に入れた。
「……乱暴に扱うでないぞ。我はお主を守るためについて行ってやるんだからな。こんな狭いところに入ってまで」
キングはポシェットの中から恨めしげな顔で見上げてくる。
「わかったよっ、でもさ、多分このポシェットの中極上の居心地だよ?」
いろんな店を、このポシェットのために探し回ったんだ。でもこっそり人に見えないように連れて行ったキング様のお気に召すものはなかったらしい。
そしたら、梨本さんが作ってくれた。裁縫が趣味なんだって。久遠の怪異警察道具が色々入ってるボディバッグも梨本さん作だって言ってた。
梨本さんのいるスタッフルームに行くと、フリフリの魔法少女服が飾ってあった……。自作らしい。到底梨本さんが着れるサイズじゃないけど、見てるだけで楽しいのかな。ほんとにあの人元怪異警察って感じしないけど、久遠曰く現役時代は怪異警察の中でも結構すごい人だったらしい。
何に使うのってちょっと不思議そうに聞かれたけど、なんとなく誤魔化しといた。
そして、中が超絶気持ちいいこのポシェットが出来上がったと。
それにしても、このしょぼそうな虎、あたしを守る守護霊だって言うけど、ほんとに守れんのかなぁ?
あたしを守るために学校にも連れて行ったほうがいいって撫子さんと久遠は言うんだけど。
あたしとしては、どちらかというと犬猿の仲の友達みたいな雰囲気なんだけど。
「我はあの美しい|女人《にょにん》に会ってから行くぞ」
「あーはいはい、撫子さんね? 確かに超綺麗だけど、その言い方は気持ち悪い」
気持ち悪いとはなんだ!? ってキングが怒鳴ってるけど、気にしない気にしない。
あたしは救護室に向かう。
「撫子さーん、いますか?」
「ええ。キングさんもご一緒なんですね」
キングは無言だ。
見ると、黄色い顔を赤く染めてる。
こいつ、わかりやすい。
キングは撫子さんに初めて会った時、一目惚れしたらしい。
あの美しい女人は誰だって大騒ぎしてうるさかった。
誰だも何も、君の生みの親みたいなもんですよ……。あの|守護霊創造球《スピリット・オーブ》なんてすごい名前のアイテム作ったの撫子さんなんだから。
撫子さんだよって教えたら、まさに美しいナデシコの花のような女人とかキザなセリフ言い出してちょっとキモかった。
「ハルさん」
顔を上げると、撫子さんがあたしを見て微笑んでいた。
「頑張ってください。私は応援していますよ。ハルさんならきっと大丈夫です」
言われずとも、なんのことかすぐにわかった。
「はい!」
「ハル?」
玄関のところで、久遠に声をかけられた。
「……俺も一緒に行く」
「え、いいの? ってかあたしなんかと一緒に行ったら目立っちゃうよ?」
だって教室での久遠は気配を消してて、いかにも目立ちたくありませんって感じだったのに。
「別に。怪異も心配だしな」
ああ、そういうことかってあたしは頷く。でもなんか悲しい。
あたしたちは寮を出る。
自転車もあるけど、それじゃ喋れない。なんとなく久遠と喋りながら行ったほうが安心できる気がして、学校までは少し遠いけど、徒歩で行く。
徒歩って言っても、あたしは超スローで歩いてる気分だ。だけどこの速さじゃないと、どんどん久遠と距離が離れちゃうんだよね、何故か。久遠にお前の歩きは走ってるみたいな速さだって言われた。そんなこと瑠璃乃にも言われたことがある気がする。
「キングは連れてきたのか?」
「うん、ここに。ついて行ってってやるんだから乱暴にするなとか色々小言言ってきたけど」
あたしは肩からかけたポシェットをポンっと叩く。中からうげっとうめく声がした。
どうしてか、久遠の視線は上を向いている。上ってか、あたしの頭だ。
あ、髪型?
「これね、カスミン先輩が朝やってくれたんだ。カスミン先輩ほんと器用だよね」
あたしがそう言うと、久遠は「……そうか」と呟いて、微妙に視線を逸らした。
何、その反応?
あたしが久遠の顔を覗き込もうとすると、手で阻止された。
「えー何、ひどい」
「うるせっ」
そんなふうにやりあってる間に、もう学校が見えてきた。
学校。懐かしい。
あたしはそれだけで胸がいっぱいになる。
すると、今度は久遠があたしの顔を覗き込んできた。
「えっ、何っ?」
「……や。ハルは大丈夫なのか?」
言わんとすることはすぐにわかった。
みんな、あたしのことを忘れてるからってことだよね。しかも学校に勝手に入ってきて久遠に引っ張られてった意味不明な乱入者扱いになってるっぽい。
久遠は開いたスマホの画面を見せてきた。(※朝比奈中ではスマホは禁止です! だけど久遠はないと怪異警察の仕事に困るからってバレないように持ってる。物静かな優等生に見えて、校則違反のよくない子の久遠さん)
メッセージアプリのトーク画面っぽい。
『噂なんだけど今日転校生来るらしいよー』『マジ?』『(熊が目を丸くするスタンプ)』『えーめっちゃ気になるんだけどー』『私はイケメンがいいー』『(イケメンのスタンプ)』『お前ほんとイケメン好きだよな笑』『俺は美少女がいい』『それ堂々と言うなよ笑』『まあとりあえず私は問題児じゃなければなんでもいいよ』『この前の乱入女子みたいなのだったら困るよなー』『つかあの女子ほんとなんだったん?』『知らね』『影宮知ってそうだけど話しかけづらいんだよね』『(共感する虎のスタンプ)』
画面を埋め尽くす、元クラスメイトでこれからクラスメイトたちになる人たちの勝手な会話。
あたしは苦笑する。
ザンネンナガラ、あたしはイケメンでも美少女でもアリマセンネ。それどころか特大の問題児です。
**この前の乱入女子、まさにその人でゴザイマス……。**
「……まあ、クラスだとこんな感じになってるんだよ。で、俺の質問に対する答えは?」
大丈夫か、ね。
正直大丈夫|だった《**・・・**》かと言われると微妙だ。
でもね、|もう《**・・**》平気。
「大丈夫!」
久遠は不安げな顔をした。
「……ほんとにか?」
「うん! あたし、自分に喝を入れてきたから」
久遠は「……喝?」と呟きながらも、納得してくれたみたいだ。
「……何かあったら、俺を頼っていいから。力になれるかは別として」
その言葉が、あたしはやけに嬉しかった。
あたしたちはとうとう、学校の敷地内に足を踏み入れる。
大丈夫ではあるにしても、流石に心臓がばっくばくだ。
あたしは職員室に向かい、そこで久遠と別れる。
「失礼します。明里ハルです。|紫村《しむら》先生はいらっしゃいますか?」
そう呼びかけると、若い男の先生がやってきた。
「明里さんですね。僕はこれから明里さんの担任になる紫村|宗介《そうすけ》です。これから教室まで案内しますね」
あたしの元担任であり、これから担任になる先生である紫村先生は、なんだかミステリアスな雰囲気を纏った人だ。
あたしは先生の後ろにひょこひょこついていく。
転校生って、最初に自己紹介するよね。
あたしは、もう言う言葉は決めた。
一年生の階へたどり着く。一番手前の教室が、一年一組だ。
ドクンと心臓が鳴る。
今になって、不安が押し寄せてきた。
すると、ポシェットがわずかに動いた。
キングが何か言ってる。
どうしてか、あたしには聞こえた。
──怖気つくでない! お主はめげるような弱っちい輩ではないのだろう!?
──それとも|所詮《しょせん》、逃げ回るだけの弱者か? なら我の|僕《しもべ》だな。
キングに喝を入れられた。煽り付きで。
くそっ、キングめ。
あたしは俄然元気が出てくる。
あんたなんかには絶対負けないからね!
先生がガラリと教室の引き戸を開けた。あたしは力強く、教室の中へ一歩踏み出す。
教室が一気にざわめきの渦に呑まれた。
「ちょっと待って、この前の乱入女子じゃね?」「間違いない」「どーゆーこと?」「あーめんどくさそうなやつが来たー」
棘を纏った囁きを聞いても、あたしは挫けない。
「では、自己紹介をお願いしましょう」
紫村先生にそう言われて、あたしは黒板にチョークで自分の名前を書く。
明里ハル。ふりがなは、あけりはる。
あたしはみんなの方に向き直る。
初めまして、なんて言わない。確かに一回乱入した時に会ったけど、それだけじゃない。だってみんなは、あたしの、クラスメイトだったんだから。あたし、全員の名前を知ってるよ。
みんなが忘れても、あたしは忘れてない。
久遠はまっすぐあたしを見てる。
それだけで応援された気分になった。
久遠。あたし、大丈夫だからね。
視線を彷徨わせて、瑠璃乃に目が止まった。
興味なさそうに、本を読んでいる瑠璃乃。
瑠璃乃。瑠璃乃があたしを忘れても、あたしは覚えてる。
**絶対また、親友になってやるから!**
あたしは口を開く。
「明里ハルです。得意なことは運動で、柔道とサッカーが特に好きで得意です。
**──これからも、よろしくお願いします!**」
──だって、初めましてじゃないから。
とうとう4000文字超えてしまったのだが……。
読者様。読みにくいと思います。どうかお許し下さい。できるだけポップな文体にし、改行を多くして読みやすくしたつもり、つもりです。(改行のせいでやけに縦に長い)
第22話 忘却シンドローム
※超長いです。
……|これからも《**・・・・・**》?
って感じで、みんなの頭に?が浮かんだのが見えた気がする。
あたし、早速トンデモ発言かな。
でもさ。どうしても、言いたかったんだよ。あたし、今まで散々みんなにお世話になってきたんだから。
キングがポシェットの中で「よくやった」って言ってる。
「明里さんありがとうございましたー。みなさん、明里さんと仲良くしてくださいね。席はあそこです」
先生が指差した席は、あたしのために用意されたであろう教室の窓際の角隅の席。
隣は久遠、前は瑠璃乃。
サイコーじゃん!
あたしが席に着くと、久遠があたしを見た。ぎゅっと眉をしかめてる。変なこと言うなよってことか。
瑠璃乃は相変わらず、俯いて本を読んでる。
流石に興味ゼロパーセントのその態度は傷つくけど、絶対、あたしのこと好きになってもらうからね!
決意を胸に、あたしは背負っていたリュックを下ろす。
朝のHRが始まり、終わり、先生が出ていくと、途端に教室がざわざわし始めた。
なんかみんな、遠巻きにあたしを見てる感じ……。
ソウデスヨネ、ハナシカケヅライデスヨネ。アハハハハ。
転校生って、席についた瞬間にみんなに取り巻かれるイメージだったんだけどな……。
まあ、あたしは色々みんなにとって意味不明のことばっかりしてるし自業自得かな。悲しいけど。
あたしは久遠と顔を見合わせて苦笑い。
するとみんなは「ほらやっぱ影宮と知り合いなんじゃん!」とコソコソ話し始める。
埒が開かないなあ……。
とりあえずリュックの中身の教科書を机の中に詰め込んでいると、場違いに明るい、ちょっと間延びした声がした。
「ねーねー、ハルちゃんー?」
頬杖をついてあたしを見てるのは、斜め前の席のツインテールの女の子。
「うち、|小瀬川《こせがわ》りのんって言うんだー! りのんって呼んでね! よろしくー!」
ええ、名乗らなくても、あなたのことはしっかり知ってます。
小瀬川りのん。あたしは忘れられる前は呼び捨てでりのんって呼んでた。明るくてサッパリしててコミュニュケーション能力抜群の彼女はクラスのムードメーカーで、いつでも誰かと楽しそうに喋ってる。
「よろしくね」
あたしは彼女が差し出した手をぎゅっと握った。
よろしく、りのん。これからも。
そして、好奇心旺盛でもあるりのんは、無邪気な瞳で問う。
「なんかさー、うち見てないからわかんないんだけどー、ハルちゃん一回クラスに乱入したって聞いたんだけどほんとー?」
痛いところだけど、あたしは寮で久遠と苦し紛れの言い訳をばっちり考えてきた。
「アハハハハハ……。いやー転校前に一回学校に来て先生とかと話したんだけどトイレに行こうとしたら迷っちゃってさぁ……」
みんなは顔を見合わせる。
うん。苦し紛れにも程があるな。
いくら馬鹿でもトイレに行きたいのに人がいる教室に乱入して「瑠璃乃ぉ!」なんて叫ぶ奴がいるわけない、うん。
だけど単純?っぽいりのんにはなんとか通用したっぽい(多分)。
「あーそうなんだぁー! ドンマイドンマイ! うちの学校なんか複雑だもんねー! そのうち慣れるよ!」
「そ、そう? あ、ありがと?」
うちの学校って複雑でしたっけ……。普通な気が……。
とりあえず納得してもらえたみたいでよかった。
あたしはほっと胸を撫で下ろす。
りのんが話しかけたことで話しかける勇気が出たのか、何人かのクラスメイトが近づいてくる。
まだどこかよそよそしいけれど、また元の関係に戻ってやるから!
……とはいえ、まずは瑠璃乃だ。
あたしには到底読めないような細かい字の文庫本を、首を俯けて読んでいる瑠璃乃に声をかける。
「ねー、その本面白いの?」
「……」
……無視。
「どんな内容? 表紙綺麗だねー」
……………。
うむ。ガードが鉄壁であるな。破れそうにない。
「さっきも自己紹介したけど、あたし明里ハル。よろしくね」
数秒の沈黙のあと、瑠璃乃はゆっくりと顔を上げた。
温度のないその瞳に、背筋がすっと冷たくなる。
瑠璃乃は小さく唇を動かした。
「……うるさい」
「……っ、」
あたしが固まっている間に、瑠璃乃は何ごともなかったように読書を再開してしまった。
「ねえ、あれひどくない?」
また囁きのさざめきが起こったと思ったら、それは瑠璃乃に向けてだった。
りのんがやれやれといった感じで首を振る。
「ハルちゃん、あの子は|文月《ふづき》瑠璃乃って言うんだけど、いつもあんな感じだから気にしなくていいよ」
|いつもあんな感じ《**・・・・・・・・**》?
あたしは目を瞬く。
違う。
確かに前も、瑠璃乃はいつも冷たさを感じるほどクールだった。
でも、その奥にはいつも優しさがあって、あたし以外の友達も何人かいた。
あたし知らないよ……**こんな、全部どうでもいいみたいな、ひとりぼっちの瑠璃乃は!**
久遠にどういうことか聞こうとしたら、指で小さいバツを作られた。
今はダメってこと? なんで?
訳がわからないまま、あたしは口を閉じた。
瑠璃乃に話しかけられず、久遠にも聞けないまま、1時間目、2時間目と時間が過ぎていき、3時間目は体育だった。種目はバスケ。
ちらっと久遠を見ると、珍しく今日は体育に参加してる。……大丈夫かな。なんで参加する気になったんだろ。今日は体調がいいのかな。
サッカーや柔道じゃないのが残念だけど、ここはあたしの腕の見せ所だっ。
練習試合で、あたしは仲間からのパスをぱしっとキャッチし、爆速のドリブルで敵の間を縫うように駆け抜け、試合開始からものの数秒でスリーポイントシュートを決める。
ネットを潜り抜けるボール。
わあっと味方のみならず敵チームからも歓声があがり、どこからともなくパチパチと拍手の雨が降る。
「ありがとー!」
そう言って笑ってみせると、バスケ部の男子が目を輝かせて近づいてきた。
「明里だっけ? お前すげーな! バスケ部入ってるオレよりずっと上手いじゃん! バスケやったことある?」
「うーん、バスケは体育の授業ぐらいしかないかな」
「マジで!? それでこれってありえねー! あ、オレは男バスの|松門《まつかど》|洸《こう》。なあ、バスケやらねーか!?」
「うーん……まず男バスに女子は入れないよね?」
どっと周りから笑いが起こる。
「いや! 顧問と部長を説得してみせるから!」
真剣な顔の松門に、あたしもプッと噴き出す。
「ごめん! あたしサッカー部に入るって決めてるんだ」
うちの学校のサッカー部は女子も入れるんだよね。
どおんっ。
見ると、松門が床に倒れていた。
……大袈裟じゃない?
「ええええ〜……ガチかよぉ……一生恨むぞサッカー部……!!」
松門は倒れた状態のままサッカー部の男子、|坂浦《さかうら》を睨みつけたけど、睨まれた本人はその必死の睨みもものともせず、ぱああっと笑顔になった。
「え、入ってくれんの? 歓迎するよ。キャプテンが人数が足りないって嘆いてたからさ、きっと喜ぶよ」
……キャプテンって、
「……速水先輩?」
「え、なんで知ってんの?」
驚いた顔の坂浦。あたしは慌てて誤魔化す。
「ううん、噂をこの学校の子から聞いただけ」
咄嗟に言い訳が思いつくあたし、すごい。言い訳に影宮の怪異説明理解に、この数週間で頭の回転が格段に速くなった気がする。
「そういうことか。確かにキャプテンイケメンだし性格もいいしな!」
そういえば速水先輩、あたしが告白らしい手紙もらったって言った時やけに挙動不審だったな……なんでだろ。
ま、いっか。
あたしは自分の運動神経に心から感謝する。
松門も坂浦も、もともとかなり仲の良かった男友達だ。
またこうして話せるようになって、良かったなあ。
……松門はいまだに床にうずくまったまま、坂浦を呪い殺しそうな般若の形相でいるのだけれども……。それだけ悔しかったの? いいような悪いような。
そうこうしている間に、コートでは次の試合が始まっていた。赤いビブスのチームと緑のビブスのチームが戦ってる。
赤の方には、瑠璃乃がいる。
あたしは思わず、その一挙一動を凝視する。
瑠璃乃の方に、女バスの|阿佐美《あさみ》さんのパスが飛んできた!
……そういえば。
瑠璃乃って背が高くてスタイルがいいから運動神経良さそうに見えるけど。
実は運動音痴なんだった……。
コートの隅で下を向いていた瑠璃乃がはっと顔を上げ、ボールに気づいた時には──すでにボールは敵チームに取られていた。
阿佐美さんが顔を歪めて、チッと舌打ちをした。
試合終了のホイッスルが鳴る。高く鋭い、体育でもサッカーでも何百回も聞いてきたはずのその音は、あたしの心をめちゃくちゃに掻き回す。
阿佐美さんは刺々しい声で、いつもつるんでた一軍女子数人と会話をする。
……あたしのことじゃないのに、怖くて、見れない。声だけが、耳から勝手に入ってくる。聞きたくないのに。
「あーもう、ほんと鈍臭い! 今の超チャンスだったのにさぁ! ほんとさー、文月ってうざいよね。ぜんっぜんやる気ないしさ。こっちもモチベ下がるっつの。文月じゃなくて**ゴミ月かなぁ**」
瑠璃乃を嘲笑う彼女たち。
──ゴミ月? 瑠璃乃が?
頬がカッと熱くなる。
何か考える前に、体が動く。
一歩、大きく前へ踏み出したあたしの腕を──、誰かがつかんだ。
「久遠! 離して!」
「離さない」
久遠は静かに言う。
「今お前がムキになっても、もっと今の状況が悪くなるだけだ」
ふっと、あたしの腕から力が抜ける。
奥歯をギリギリと噛み締めて、あたしはなんとか踏みとどまった。
……そうだね、あたしは後先考えない馬鹿かもしれない。
でもさ、いくら「元」だとしても……**親友を馬鹿にされて、何もできないで見てるだけなんて、嫌なんだよ……!**
あたしの「新たな」学校生活のスタートは、順調だと思ったのに……そうじゃなかった。
正確に言えば、あたし自身は、あのバスケの時からいろんな人に話しかけてもらえて、転校する前に恐れてた、孤立するってことはなかった。
だけどっ、瑠璃乃、瑠璃乃……っ!
とても楽しく話すなんて気分じゃなかったけど、放課後にりのんたちに呼び止められ、松門にバスケ部に勧誘されたので、笑顔を作って数言会話をし、階段を全力で駆け降りて校門へ向かう。すれ違う人全員が、あたしをぎょっとした顔で見るけど気にしない。
校門では、久遠が待っててくれていた。
「久遠……」
口を開いたものの、あたしはなんて言ったらいいかわからなくなってしまった。
「とりあえず、歩きながら話そう」
久遠に促されて、あたしは足を動かす。冷たくなってきた風が、肌をすうっと冷やしていく。
「……瑠璃乃! 瑠璃乃、いつもああなの!? あたしの知ってる瑠璃乃は違かった! それに阿佐美さんたち、あんな酷いこと、」
声がヒートアップしてきているのを感じ、あたしは口をつぐむ。
「……これから説明する。辛いかもしれないが、聞いてくれるか」
あたしは黙って頷いた。
「ハル。お前が消えたことで、今までの文月瑠璃乃の人生には、『明里ハル』は存在しなかったことになった。そのことで、今の世界に歪みが生じたんだ。いわゆる|後遺症《シンドローム》か」
あたしはまた頷く。それがどう関係するんだろう。
「お前はどうやって文月と仲良くなったんだ?」
あたしは大事な記憶を掘り起こす。
「……瑠璃乃とは小学校も一緒で、3年の時、瑠璃乃がひとりで本読んでて話しかけたの。頭良さそうでかっこいいなって思ったから。瑠璃乃もはじめは無愛想だったけど、だんだん仲良くなって、親友になって」
「そうだろ? お前がいなかった時は、文月はひとりだったんだ。じゃあもしお前が現れなかったら、文月はどうなってたか」
あたしははっとする。
「……ずっと、ひとりだったかも……。そういうこと? あたしがいなかったから、瑠璃乃はひとりぼっちになっちゃって、今みたいになっちゃったってこと?」
久遠は目を伏せる。
「……俺はハルを覚えてるから、ハルがいなかった世界は知らないけどな。俺が思うに、おそらくそういうことだと思う。しかも、中学となればそんな曲がったやつはほっとかれない。ありとあらゆる意味で。
──見たろ、阿佐美たちの文月に対する態度。わかるか」
久遠は、あたしを傷つけないために、あえて自分では言わないんだ。
──ゴミ月かなぁ。
あたしは唇を震わせる。
あたしの存在が消えたことによる、|後遺症《シンドローム》。
それは、世にも愚かな、
「……いじめ」
はい? はい?
ただいま自分が信じられなくなっている桜良です、なんか5000文字超えてるんですけど。
ああああああ……いろんなこと詰め込んだらとんでもないことに……
いじめが出てきましたが、グロい描写などはしないので、ご安心を。
第23話 残酷な世界
──いじめ。
自分で口に出した言葉の恐ろしさに、|慄《おのの》いた。
……あたしがいなかったから。
瑠璃乃にとって、あたしの存在は、そんなに大きなものだった?
「だけど、な。今お前がムキになって突っ走っても、余計に大事になるだけだ」
「……わかったよ。でもどうすればいいって言うの……」
声が窄まる。
残酷だ。なんてこの世界は残酷なんだろう。
あたしの存在が消えて、傷つくのは、せめてあたしだけでいいのに。
どうしてあたしの親友が、瑠璃乃が、あんな目に遭わなきゃいけないの……!?
「それを一番知ってるのはお前だ」
と、久遠はあたしの目を見据えて言った。
「は?」
「ハル、お前は、文月と親友に戻りたいんだろ?」
うん、とあたしは深く頷く。
「何言われたって、諦めないよ」
久遠は唇の端を持ち上げる。
「だったら、ハルの思うようにしたらいい。今の文月は、ハルが文月と仲良くなった時よりガードが固いかもしれないけど、それでも、あの時みたいに、仲良くなりたいって気持ちをぶつけたらいいんじゃないか」
言葉が、すうっと胸に沁み入ってくる。
「……まあ、こんな俺が言えることじゃないかもしれないけど」
クラスでいつもひとりの久遠は苦笑する。
「ううん。ありがとう。確かにそうだね」
残酷な言葉に、残酷な事実にめげそうになってたけど、見失いかけてた目的をちゃんと思い出した。
**あたしは、瑠璃乃の親友に戻りたいんだ。**
そうだあたし、絶対また親友になってやるって決めたじゃん。
いつの間にか止めていた足を、大きく振る。
前に進んでやる!
地を蹴って走り出す。
耳元で、風が唸る。髪がなびく。日は光り、世界を照らす。あたしの進む道を、眩しいほどの強さで。
あたしのいなかった世界も、変わらず厳しくて、美しい。
「おいハル、待てよ!」
後ろから久遠の叫ぶ声が聞こえる。足を止めた。
そこはもう、寮。
カスミン先輩。撫子さん。梨本さん。──久遠。
みんなに忘れ去られて、ひとりぼっちになったあたしにも、居場所ができた。みんなのおかげで。
あたしも──瑠璃乃の居場所に、なれるかな。
──きっと、なれる。あたしはあたしと、瑠璃乃を信じる。
追いついた久遠が、「急に走るなよ……」と睨んできた。
あたしは笑う。
「前に進みたかったの」
今までが異常に長かったせいか知りませんが、やけに短いですね……。
最近小説家になろう始めてこの作品も連載してみたんですが、「うーん……」って感じです。見てくれる人はいっぱいいるんですが、リアクションは少ない。短編カフェは見ている人はなろうよりはだいぶ少ないとは思いますが人が温かい感じはします。コメントは涙を流しそうな勢いで読んでます。(ただ特定の人って感じはするからコメントもっとじゃんじゃん送ってー!)(何様だ笑)
あと登場人物紹介大改造しましたー(大?かはよくわからないけど)
第24話 図書室の居場所探し
文月瑠璃乃が世界で一番好きなものは、本である。
瑠璃乃の栄養分はほとんどが本だと言っても差し支えはないだろう。もしも世界から本が消えたら自分は栄養失調で死んでしまうだろうと自覚している。本があるから、瑠璃乃は生かされているのだ。
本を瑠璃乃と同じぐらい愛している女子大生が本のない世界に転生し、その世界で本を作るという某ラノベがあるが、瑠璃乃は彼女に感服した。自分なら本がないという事実を知った瞬間に絶望で死んでいただろう。もし生き永らえたとしても、瑠璃乃には周りの人と協力しながら本を作れるようなコミュニュケーション能力はない。
文月瑠璃乃が世界で一番嫌いなものは、|現実《リアル》に生きる人間である。
瑠璃乃は本の中の登場人物は、心から愛している。本を開いた瞬間に、彼女はもう瑠璃乃ではない。登場人物と一心同体となり、精巧に作られた美しいフィクションの世界を駆け回っているのだ。
物語の世界の彼らは、瑠璃乃を裏切らない。
しかし、瑠璃乃は現実の人間を軽蔑している。
万物の霊長とはなんだ。どこまで自らを|驕《おご》れば気が済むのか。神が地球の生き物を創ったならば、人間こそ最大の失敗作ではないか。
人間は賢く、深く豊かな感情を持っている──そんな言葉を聞くたびに、瑠璃乃は吐き気がする。賢い? どこが。この醜い生き物のどこが。無駄な感情を持ち合わせたせいで、人間は互いを無意味に傷つけ、嘲笑う。溢れ出る気持ちを制御しきれるほどの知能は人間にはない。賢いどころか世界一愚かな生き物だと、瑠璃乃は薄く笑みをを浮かべる。瑠璃乃が嘲笑うのは、特定の人ではなく|人間《**・・**》だ。そして人間である、自分自身のことも。
両親はまだマシな方かもしれない。大学で古典文学の教授をしている父は、瑠璃乃の理解者だった。瑠璃乃が本を好きになったのは父の影響もあるかもしれない。大手出版社の編集者をしている母は仕事ができ料理が上手く、人間にしては賢いほうだ。しかし夫婦仲はそこまで悪くはなくても良くはなく、瑠璃乃はたびたび起こる夫婦喧嘩を傍観しながら、所詮は父も母もこんなものかとどこか冷めた目で悟っていた。また二人とも、忙しさに家にいないことが多く、瑠璃乃が心からの思いを打ち明ける相手とはならなかった。
瑠璃乃を生かす栄養分を作るシェフとも言える「作家」はとてつもなく崇高で素晴らしい存在だ。だが瑠璃乃が敬愛するのは、「本を書く人間」ではなく「作家」としての彼らである。その作家の作品は調べても、その作家について知ろうとはしない。母から担当する作家の愚痴を聞かされているうちにわかった。作家も結局はただの人間だ。ならば余計なことを知って、瑠璃乃の中の崇高で潔白で清廉な神のような作家のイメージをわざわざ壊す必要はない。
日本の戦争は終わった。しかし、人間の中でも愚かで無知で残酷な子供が無差異に詰め込まれた学校の中は、戦争のようだとも言えよう。勝ち抜かなければ上に上がれない。弱者は圏外や三軍や隠キャと呼ばれ、ひっそりと、目立たないように、逃げ回るネズミのように生きるしかない。
「上」の彼らは──明らかに、瑠璃乃を弱者を見る目で笑った。彼女は馬鹿らしいと思った。上がなんだ。下がなんだ。そんなものを作ることでしか、お前たちは自分の居場所を確保できないのか。
私は弱者ではないと、瑠璃乃は思っている。影口を叩かれようと、避けられようと、手を洗われようと──瑠璃乃は自らの顔になんの感情も浮かばせない。悲しさや怒りさえ、すでに瑠璃乃の中にはない。瑠璃乃はいつからか知らないが、どこか遠くから世界を見ている。やっぱり人間は愚かな生き物だと、静かに思うだけだ。
学校という残酷さの塊の中で、瑠璃乃が唯一好きな場所は図書室である。
放課後、閉まった引き戸を開けると、ふわりと紙の匂いがする。中は空いていて、カウンターに図書委員が二人と、司書の先生が座っているだけ。瑠璃乃は思う。学校の中で、ここの空気だけは澄んでいると。
図書委員に本を差し出し、返却の手続きをしてもらう。図書委員は事務的にバーコードを読み取り、本を預かる。それだけだ。なのに──夕焼けの絵が描かれた表紙を最後に見た刹那──思い出してしまった。
──どんな内容? 表紙綺麗だね。
明里ハル。
いきなり教室に乱入してきて、知っているはずもないのに「瑠璃乃!」と叫んだ、瑠璃乃の読書を意味不明な方法で妨げた少女。
その彼女が──今日、転校生として瑠璃乃のクラスにやってきた。
おかしな転校生なんぞに興味はない。
それなのになぜか、彼女の言葉に本を読むふりをしつつも聞き耳を立ててしまった。
なんでも、一度親と転校予定のこの学校にきた時にトイレに行こうとして迷ったらしい。
聞いていた女子は素直に納得していたが、そんなわけはないだろう。いくら馬鹿でも、教室に飛び込むなんてあり得ない。
それにあの女子は私の名前を叫んだのだ──瑠璃乃、と。
一瞬で皆と仲良くなって見せた彼女──それだけで彼女は瑠璃乃とは無縁。
で、あるはずなのに、瑠璃乃はなぜか、彼女のことを考えている。クラスメイトの名前などひとりも覚えていないのに、はつらつとした声で挨拶をした彼女の名前ははっきりと覚えている。
明里ハルです。得意なことは運動で、柔道とサッカーが特に好きで得意です。
──これからも、よろしくお願いします!
これからも?
**明里ハル──彼女は一体、誰なんだ?**
ゴン、と頭に衝撃が走って、瑠璃乃ははっと我に返った。考え事をしていたら壁に激突したようだ。
私は何を考えているんだろう。人間のことを考えたって、時間の無駄になるだけなのはわかりきったことなのに。
瑠璃乃は苦笑し、棚の本に手を伸ばす。
「ねえ、文月さん」
後ろから突然声をかけられ、瑠璃乃は危うく本を落としそうになる。
ゆっくりと後ろを振り向くと……そこにはショートボブの髪に丸メガネをした女子が立っていた。上履きのラインの色は青だ。二年か。
“ゴミ月“ に、何の用だろうか。
「わたし二年の|浪江《なみえ》|京子《きょうこ》。図書委員の委員長だよ、覚えてる?」
覚えているはずがない。確かに瑠璃乃は図書委員だが、クラスメイトの名前さえ覚えていないのに、ましてや委員会の委員長の名前なんて。
瑠璃乃が答えぬ間に、彼女は勝手に喋り続ける。
「居場所が欲しいの?」
瑠璃乃はギョッとして手元の本を見る。その本には確かに、「居場所のつくりかた〜悩む人々へとっておきの五つの方法を〜」といかにも胡散臭いタイトルが書いてあった。こんなのを読んで居場所ができる人がどこにいるのか。
しかし瑠璃乃は少なからず動揺していた。背中を冷や汗がつたう。言い訳がましく、瑠璃乃は考える。そう、私はたまたまこの本を手に取っただけ、それだけ。まだ読んだことがなかったから。
瑠璃乃の返事を待たずに、浪江はとっておきのことを言うように、声をひそめた。
「教えてあげる。──居場所っていうのは、そんなの読まなくたって、思いがけないところからできるものなんだよ」
彼女は言い終えて満足したのか、踵を返し図書室から出ていってしまった。図書室の入り口のところで彼女を待っていたらしい、わずかに足を引きずっている男子に話しかけられ、嬉しそうに笑っている。
瑠璃乃は唖然として突っ立ったままだった。今だけは──本を読む気分にもなれなかった。
私は居場所なんていらない。絶対にいらない──できるはずかない──なぜか明里ハルの顔が頭に浮かぶ。
いつか誰かが、瑠璃乃に言った。
──青春楽しもうよ!
私はそんなものに興味は──ない。
そう……そのはずなのだ。
明里ハルが自分の唯一無二の親友であったことを文月瑠璃乃は忘れていた、しかし確かに彼女の心はどこかで──。
瑠璃乃目線ですね。
ハルと久遠以外の人物目線は三人称で行きます。
書き方が違いすぎ……ます?
まあ、瑠璃乃がこういう人なので(誤魔化した)
浪江京子と足を引きずっている男子については、私の短編集「青の欠片」の「飛べない小鳥と、遥かなる空の色」を読めばわかりますよ!(宣伝)
第25話 光の影でこぼれる涙
──あたしが一年一組に「転校」してきてから約一週間が経つ。
神レベと言われる運動神経のおかげで、あたしの学校生活は|あることを除けば《**・・・・・・・・**》意外にも順調にスタートした。
りのんや松門、坂浦をはじめとしたクラスメイトはあたしが黙っててもあっちから積極的に話しかけてきてくれる。おかげで、こちらからも話しかけやすい。
本当に、怪異と戦った時も今回も、自分の運動神経にこんなに感謝する日が来るなんて思ってもみなかった。サッカーで鮮やかにシュートを決めた時、柔道で華麗に一本勝ちした時、自然に歓声が湧き上がり、チームメイトやお母さんや友達はあたしをベタ褒めする。周囲には天才と囁かれる。それは決して悪い気分ではない……けれどあたしは知っている。あたしの手にするトロフィーを見つめながら、こっそり唇を噛んで歯を食いしばっている人を。誰にも見られないようにひっそりと泣いている人を。そして汗を流して、息切れして、それでも努力し続ける人たちの存在を。……それなのにこんなあたしがいとも簡単に負かしてしまう彼らを。
特に、あたしは努力してトロフィーを手にしたわけじゃない。こんなこと言うと鼻持ちならないやつだと思われそうだけど、あたしは何もしなくても全部できてしまう。流石に多少の練習は必要だしそれは真面目にやるけど、それだけで、あたしの手にはトロフィーが収まる。努力の結晶を持たないあたしには眩しすぎるくらいに。
でも──これは勝ち負けじゃない。あたしの力が、あたしに居場所をくれる。
怪異警察だって、勝つか負けるかじゃなくて、倒せるか倒せないか、救えるか救えないかの問題だ。
だからこうして──真っ向からあたしの運動神経をぶつけられて、あたしは、嬉しかった。
「なあ、サッカーしよーぜ!」
声をかけられて顔を上げると、そこにはサッカーボールを抱えた坂浦が嬉々として立っていた。
今は昼休み。生徒たちは思い思いの好きな時間を過ごしている。
そういえば坂浦もそうだったな、と思い出す。あたしがサッカー部にいた頃、あたしがシュートを決める横で、坂浦は黙々とリフティングやドリブルの練習をしていた。坂浦は初心者なそうで、正直に言うとそんな上手くない──だけど何もない手を握りしめて立ち上がって、いつかその手に割に合う輝きを持てる人。
坂浦たちの後を追いかけて教室を出て行くときに、少し瑠璃乃を振り返った。
あることって言うのは、もちろん瑠璃乃のこと。
瑠璃乃は元から寡黙なほうだ。たくさん話しかけられるのが好きじゃないのも知っている。だからあたしはあれから、少しずつ、タイミングを見計らって話すようにしている。あとは阿佐美さんがわざと落とした瑠璃乃の本を拾ったり、プリントを届けたり。
ひとりで本を読む瑠璃乃。長い黒髪が垂れて、彼女の顔を覆い隠して影を作っている。
小3の時、あたしが瑠璃乃と友達になった時、彼女はやっぱりこうして本を読んでいた。あのときに戻ってしまったみたいだ。ううん、戻ったどころじゃない、もっと……寂しそう。
瑠璃乃はたくさん話しかけられるのが好きじゃないけど、いつもひとりでいたい人じゃないこともわかってる。
あたしの言葉はいまだに拒絶され続けてるけど……瑠璃乃の無表情の中には、何が隠れているんだろう。
言葉の通り、拒絶だけなのか。それとも、こうやって話しかけていることを少しでも嬉しいと思ってくれているのか。それとも──。
それ以上のことは、あたしには想像できない。
「明里ー? やんねーの?」
気づいたら廊下のど真ん中で立ち止まっていた。通行人たちはあたしをじろじろと迷惑そうに見て通り過ぎていく。
「ううんごめん! ちょっとぼーっとしちゃった! 今行くよ!」
あたしは口角を持ち上げて、下駄箱へ走る。
──あたしって、こんなに笑うのが上手かったっけ。
喧騒の中で、あたしには自分の足音だけがやけに大きく響いて聞こえる。
放課後、久遠はいつも校門のところで待ってくれている。その度に、あたしはほっと息が抜ける。
学校では、あたしと久遠はあまり話せない。久遠は言った。
「朝比奈中は、必然的に怪異に狙われやすい。ってことは、生徒の中に怪異が混ざってる可能性も否定できない。俺が怪異警察であることもすでにバレてるかもしれない。だとしたら、そんな俺とお前が不自然に知り合いだったら、怪しまれるだろ」
確かにそうかもしれない。
だけどあたしは、唯一あたしを覚えてくれてる久遠と、教室の中では知らない人のふりをするのが悲しかった。
だから話しかけられない代わりに教室での久遠を見てて、思ったことがある。
**……久遠って、今の瑠璃乃と似てる。**
ひとり、だ。
瑠璃乃みたいに避けられたりいじめられたりはしていない。けれどひとりだ。それも、自分から気配を消そうとしているような、そんな感じがする。
自分から嫌われるキャラを作る瑠璃乃と、自分から気配を消す久遠。
あたしは教室の二人を見てると、たまらなく胸が痛い。
あたしの知ってる久遠は、みんなを救う怪異警察で、ぶっきらぼうだけどなんだかんだ言って優しい人。
だけどあたしは等身大の久遠を知らない。
久遠。あたしの光のような君の裏にどんな想いが隠れているのか、あたしは知らない。
「……久遠」
あたしは久遠を見上げる。こうやって並ぶと、久遠って意外と背が高いんだなと思う。あたしが小さいだけかもしれないけど。
「久遠は、どうして、ひとりでいようとしてるの?」
久遠ははっと息を呑んで、それから痛いものを堪えるみたいに、顔をしかめた。
「別に。他人と関わんのがめんどくさいだけ」
「……ほんとに?」
「……うん」
そっけないその返事は、久遠の本心ではないと思った。
でも、この様子だと教えてくれそうにないな……と、あたしは顔を背けて、こっそり小さくため息をついた。
あたしはまだ、久遠が抱えているかもしれない痛みを受け止められる相手では、ないのかもしれない。瑠璃乃にとってあたしが前のような居場所ではないのと同じように。
「合唱コンクールに向けて」
黒板にチョークででかでかと書かれた文字を、あたしは読み上げた。
「そうなの、今合唱コンの時期なんだよねー。でもさうちのクラスへったくそで困ってんだよねー」
あまり本人は困っていなさそうな様子でりのんは言う。
あたしがいた九月上旬でも、合唱コンの準備は少しずつ始まってた。
課題曲は誰もが知ってるような有名なやつで、自由曲は……「君といた証」だったっけな。あたしとりのんはソプラノだ。瑠璃乃はアルト。
クラスの半分くらいは、あくびをしたりこそこそ喋ったり、瑠璃乃なんかは本を熟読してて、やる気ナシの様子。
教壇に立った阿佐美さんは、鬼気迫る表情だ。
「ねえみんな、優勝したいでしょ!? 目標にしたじゃん、優勝って。でもマジでみんなやる気ないのなんなの? うちのクラスにいるからにはちゃんとやってくんない? 今だってそうじゃん。そういういかにも『ダルいですー』って態度ウザいんだけど!」
口調がどんどん強くなっていく。
阿佐美さんは瑠璃乃の件で許せないけど、全てが悪い人ではない。
リーダーシップはあるし、行事には全力だ。うちのクラスは阿佐美さんのそう言うところに引っ張られているところはある。
だけど熱が入りすぎて……こういう感じになる時がある。
あたしは窓の外を眺めた。鳥が空高く飛んでゆく。
学級委員長と先生に宥められてどうにか落ち着いたらしい阿佐美さんは、自由曲のCDをかけた。
しっとりした雰囲気の曲が流れ出す。
まだあたしがいた頃にも聞いたはずだ。
なのに今のあたしは、「君といた証」を聞いた途端、ガタンと派手な音を立てて立とうとして、椅子をひっくり返らせた。
なんなの……この曲。
批判より驚嘆。
今のあたしの心情全てを表す曲だった。
題名にはいろんな意味が込められていまーす!何種類か
合唱コンで課題曲の伴奏やってるんですけど今日完全にミスった……しばらく回復できそうにないぜ
あと昨日間違えて反対方向の電車乗った。どうにか無事だったけど親の怒りが
最近謎に運が悪い
曲の題名は自作です。だから著作権法は大丈夫。
第26話 君といた証
※歌詞のせいで縦に長いです。おそらくスクロール大変です。すみません。
椅子が派手な音を立てて倒れる。
みんなが一斉にあたしを見て、不審げな顔をした。
阿佐美さんの鋭い声が飛んでくる。
「ちょっと何してんの!? 音聞こえないじゃん! 変な行動やめてよ!」
「あ、ごめん……」
あたしは蚊の鳴くような声で返事をして、ふるふる震える手で倒れた椅子を起こし、すとんと座った。
そんなことをしてる間に、曲は流れ終わって止んでしまった。
だけどそのリズムは、メロディーは、……あたしの頭の中に焼きついてる。
あたしは恐る恐る合唱曲集を開いた。薄いページがめくりづらい。さくいんで「き」を探す。すぐに見つかるはずなのに、気が急いてなかなか見つからない。
「あった……」
小さく呟く。
「君といた証」。
さくいんが示すページをゆっくりとめくると、現れる五線譜に並んだ黒い音符たち。
あたしは楽譜なんて全然読めないけど、歌詞を見た瞬間に、あたしの中には、その曲がそっくりそのまま、まるで直接聞いてるみたいに、
レコードが、流れ出した。
『君といた証』 作詞・作曲:不明 編曲:|神楽宮《かぐらみや》マサト
夕焼けの帰り道、二人で歩いた日のことを
君は今も覚えてるかな
流れ出す思い出のレコード
落書きしたノートに 皺のよった制服
黒板の隅の相合傘 屋上の秘密基地
今この手にはなくとも あの日々は色褪せはしない
すみっこのガラクタは宝物になる
過ぎ去った記憶は宝物になる
心の陽だまりも 小さな痛みも
全部君といた証
君が忘れても覚えていよう
さよならは言わない
いつか会う日のために「またね」
青空の放課後、水をやった芽は
小さなつぼみをつけました
光り出す明日への道標
どうすればいいの? 出口なしの迷宮
信じる道を進めばいい いつかの君の言葉
全部君といた証
あの日々抱きしめて
力振り絞って進もう
愛しい思い出
振り返ってもいいんじゃない?
心の陽だまりも 小さな痛みも
あふれこぼれる笑いも 静かな涙も
全部君といた証
全部僕を作ってる
泣いてもいいよ
だからまた前を向こう
諦めないでと君は言った
さよならは言わない
いつか会う日のために「またね」
君といた証 抱きしめて
希望の水をやり続けたら
小さなつぼみも
いつか花を咲かせる
その日に君に会えますように
忘れてないよと 言えますように
この想いは全部、
君といた証だから
君といた証が、
僕を作ってるから
─────────────────
ぷつっと音を立てて、踊り歌う音符が消える。鳴り響いていたレコードがやむ。
手はいまだに小刻みに震えてる。
語りかけるような優しいバラード。一年生が歌う割にはどちらかというと卒業ソング的な雰囲気。
だけどあたしが気にしてるのはそこじゃなくて、
**これ、あたしじゃないの?**
全部見透かされてるみたいで、怖くなる。
みんなと過ごした証を、「あたしのいなかった」残酷なこの世界で立つための支えにしてるあたし。
なんとなく過ぎてったはずの日々は──、今やあたしにとって、今はないけど、決して手放せない何よりも大切な宝物。
『君が忘れても覚えていよう
さよならは言わない
いつか会う日のために「またね」』
みんながあたしを忘れても……、あたしはみんなを覚えてる。はっきりと。
さよならなんて、あたしは言わなかった。
そう、
**“あの日“ も、あたしは、言わなかった。**
その代わり──、
「またね!」
あたしの脳内で、誰かが叫んだ。
どうしても“あの人“に伝えたいと、必死に手を伸ばして。
朦朧と浮かび上がる、いつか見た風景。ひしめき輝く緑。
ここ、どこ?
懐かしくて、でも寂しくて、切なくて──。
「……ハル? どうしたんだ?」
「うえっ!?」
思わず飛び跳ねた。
久遠が心配そうにあたしの顔をのぞいてる。
「あ、あれ? あたし…‥」
曲があたしのことを言ってるみたいで衝撃的で、それで……なんだっけ?
もやがかかってるみたいで思い出せない。
その瞬間、ぐうっとお腹が鳴った。
「やばっ」
赤面すると、久遠がクスッと笑った。
「お前、ほんとに腹減りすぎだろ」
「だって! 空くでしょ!? 久遠すかないの!?」
「んー……そーでもないな」
「ええ……!? ねえ久遠、あんた今絶賛成長期じゃないの!? 食べないと背ぇ高くならないよ!」
「お前親かよ……。俺は問題ない。一学期だけで6センチ伸びた」
「うっそぉ! あたしほんのちょっとしか伸びてないのにいい!」
嘆くあたしに「うるさいなもうちょっと静かにしろ」と注意する久遠。
学校ではみんながあんま見てない時にこれくらいしか喋れないけど、やっぱこの時間は嬉しいし楽しい。
そうかあたし美味しい給食の幻想でも見てたのかもしれないな。カスミン先輩にもしょっちゅう「食への執着心がすごいね」って言われてるし。お腹空くだけなんだけどなあ……。
相変わらず本を読む瑠璃乃が目に入って……思い出す。
『信じる道を進めばいい いつかの君の言葉』
久遠は……あたしが瑠璃乃がいじめられてる事実を知った時に、そんなようなことを言った。
あたしはブルリと身震いする。
多分偶然だ。合唱って、こんなようなこと言ってる曲多いもの。
それにしてもこの曲、なんだか空恐ろしくて…‥、
**あまりにもいい曲だ。**
あたしは立ち上がる。
いつの間にか授業は終わっている。
「給食♪ 給食♪」
「ハルちゃんほんと給食好きだねえ」
りのんにまで言われてしまった。
「ここの給食美味しいじゃん? 今日麻婆豆腐だってさ、楽しみすぎる!」
あたしはにかっと笑う。
給食もまた食べれるようになってよかったなあ。前も美味しいと思ったけど食べるのがあたりまえだったけど、今は毎回死ぬほど感動してる。
……今のあたしにわかるのは、あたしはあの歌を歌いたいということ。
頭の中では、いまだにあのフレーズが流れている。
優しく痛いレコードが、何百回、何千回。あたしに語りかけるように。
今この手にはなくとも あの日々は色褪せはしない
すみっこのガラクタは宝物になる
過ぎ去った記憶は宝物になる
心の陽だまりも 小さな痛みも
全部君といた証
君が忘れても覚えていよう
さよならは言わない
いつか会う日のために「またね」
王こと虎こと守護霊ことキングは怒っていた。ハルがなかなか自分をポシェットから出さないからだ。ずっとチャックを閉められたままでは息も詰まるというものだ。
確かにこのポシェット、王様の天蓋付きベッドで寝ているような最上級の居心地なのだが……たまには外の空気も吸いたい。頭のネジが抜けた不甲斐ない無礼な主こと明里ハルがどんな奴らと話しているのかもわからない。
キングは思う。我が寛大で立派な守護霊で真の王だからこそ奴を守ってやるために外に出たいのだ。決して、なんか学校という場所が面白そうだから見てみたいという訳ではない。給食を食べてみたい訳ではない。……多分。
まあ、見られないように連れて行けと言ったのはキング自身なのだが。
なぜか他人に見られてはいけないと守護霊的本能がキングに教えているのだ。理由は本人にも不明である。
とりあえずポシェットで暇を持て余しているキングにも、音は聞こえてくる。
キングも、「|黄身溶いた明石焼き《君といた証》」なる題名の曲を聞いた。
その瞬間、脳に穴が空いているのではないかというほど馬鹿な主は後ろにひっくり返りかけた。ドーンという衝撃。ポシェットのキングも巻き添えである。舞ったポシェットは床に激突し、キングも脳天衝突である。はなはだ迷惑な行為だ。真の王への無礼として、許されるものではない。
しかし──キングの頭も、そのど派手な音と同じぐらいの衝撃に支配されていた。
あの曲──何かが、おかしい。
守護霊の本能が、おかしいと告げている。
まるで主に起こったことをそのまま曲にしたようではないか。
主が経験した心臓をちぎられるような出来事の数々を全て知るものは、主本人と影宮久遠と自分以外はいないというのに。
いや、知るとしたら、あやつらなら……。
奴らは記録のも、
「……むむ? なんであったか……」
さすが主と同じくネジの外れたキング、即座に何を考えていたのか忘れた。
しかも外からは濃厚で塩気のある、旨み成分たっぷりの匂いが漂ってくる。
「こ、これがまぁぼぉどーふなる食い物……」
キングはごくりと唾を飲み込む。
見えないが、さぞ美味なのだろうっ……。
守護霊は食事は必要ないが、食べることはできる。
キングはかっこつけた言い方をすると美食家である。
主め、真の王の我に食事を貢がないなんて無礼者……ッ!
キングはギリギリと犬歯を歯軋りさせるのであった。
曲の歌詞考えるの大変だった(全て自作、駄作)
今回は誠に勝手ながら超おすすめ短編カフェ小説を紹介させていただきます。
「探偵部!」
私のリア友あおちゃん(ユーザーネーム:あお)が書いてる小説なんです! いやもうこれが面白くて面白くて面白くて、私は一日に30回更新確認しています。
スキルっていう超能力がある世界線の学校の探偵部ですね。
不穏がマシマシで……伏線らしきものも……色々ヒヤヒヤさせられる、そしてそれが超面白い……。
キャラも個性が強くてすごくいいです。
あおちゃんの前作の「転生したら元王女でした」と繋がりがあるので、そっち読んでからの方がいいかな?
とりあえず伝えたいのは、
ものすごくものすごくものすごく面白いので、絶対に読めッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!
ということです。
ちな、本人もものすごくいい子で、優しくて、面白くて、頭良くて、運動神経もいいという神様みたいな人ですよー!!!!!
第27話 悲痛のコーラス
この頃、合唱練習が続いている。
朝学校に来たら曲が流れてる。音楽は絶対合唱練習、学活や道徳も合唱の話、昼休みも練習、放課後も隙間時間を使って練習。
あたしは別に歌は上手いわけでもないし歌うのがそんな好きなわけでもないから嬉しくはないのだけど、それ以上に、あの曲が、自由曲が──「君といた証」が流れるたびに、あたしはなんだか体の芯がムズムズする。心のどこかを掴まれて強く揺さぶられているような、そんな感じ。決して心地いいもんじゃない。だけどあの曲に、あたしは異様に惹かれてしまうところがある。なぜだかは、よくわかんないけど。
あたしはソプラノだけど高音域がきつい。女子にも一応声変わりってあるみたいだ。普段の声には何も変化を感じないけど、こうして歌ってみると微妙に変わってるのがわかる。
男子は……うん、松門の声めっちゃ聞こえる。ちょっとズレてるけど。タイミングも音も。あいつらしい。坂浦は割と上手いかな。久遠の声は何も聞こえない。
伴奏者はりのんだ。ポロンポロンと、せわしなく動く彼女の指先から澄んだ音がこぼれ出していく。りのんとは小学校が違うから、彼女がピアノを弾けるのをあたしは知らなかった。あんまり似合わないような気がしたけど、椅子に座るりのんの目は真剣で、いつもと違う雰囲気を醸し出していた。
阿佐美さんは仕切ってるだけあって、流石に上手い。
瑠璃乃は、とそろそろと目をやる。死んだような目でぼんやりと立つ彼女の口はほとんど動いていない。
……あたし、瑠璃乃が歌上手いの、知ってるんだけどな。小学校の合唱、響き渡る瑠璃乃のしっとりしているけれど芯のあるアルトはきっと聞いた人の心を掴んだと思う。元から表情の変化が乏しい瑠璃乃が、笑顔で歌っていたのを覚えてる。心から、楽しそうに、微笑んで。
もう聞けない? もう見られない? あの歌は。あの笑みは。
ううん。そんなことない。
あたし、もう一度瑠璃乃の親友になるって決めたんだから。
口を動かしながら、あたしは拳を握りしめる。
だけど何度こうやって決意し直しても、結局今のあたしと瑠璃乃の関係は平行線のままだ。
そんなふうに、なんの変哲もなく、あたしの毎日は過ぎていく。
朝起きて学校に行って久遠と帰ってカスミン先輩におかえりを言って寝る、時々瑠璃乃をチラチラ見て気にする、そんなふうに。また怪異が現れたりするようなこともなかった。久遠は数回怪異警察の任務に行ってたけどグループ任務で、そんな大変な仕事じゃなかったそうだ。
事件が起こったのは、十月末、乾燥した風が吹き|荒《すさ》ぶ日のことだった。
この時期、風邪気味の人も多い。さらに今日は紫村先生が休みだった。そのせいで今日の合唱は音のボリュームも小さくやる気もない人が多くて、阿佐美さんがキレた。
「あのさあもうすぐ本番なんだよ自覚あるの? やる気なさすぎじゃね!?」
彼女は教卓で頬杖をついて、いらいらと舌打ちをする。
顔を見合わせたみんなの間に「またかよ」って感じのうんざりした空気が流れ始めたその時、阿佐美さんが瑠璃乃のところにツカツカと詰め寄ってきた。無意識にあたしは体を固くする。
阿佐美さんはリップを塗った綺麗な唇の端を少しだけ持ち上げて、瑠璃乃を見据えてうっすらと笑った。
あまりにも冷酷な笑みに、ゾッとする。
「特にあんた。口ほとんど動いてないよねえ? ウザいのそーゆーやる気ありませんオーラ。確かにあんたなんていらないけどさあ、ウチのクラスにいるからにはちゃんとやってもらいたいんだよね。こっちのモチベ下がるんだよ。わ・か・っ・た? ゴミ月。あー間違えた、文月なんだっけ」
教室の空気が一気に凍りつく。
あたしは自分の体が小刻みに震えているのがわかった。
許せない。我慢できないよ! 先生がいないからって好き勝手に。こんな、みんなの前で、瑠璃乃を、あたしの親友を……!
今すぐ阿佐美さんに飛びかかって、胸ぐらを掴み上げてしまいたい。
……久遠が目線で、耐えろって訴えてる。切実な顔で。
あたしがムキになったって意味はない。みんなからしたら、あたしは完全に部外者なんだから。そうやって自分に言い聞かせて、今まで必死で我慢してきた。真っ黒などろどろを溜め込んできた。
でも流石に、もう、**無理っ……!**
あたしが前へ一歩踏み出そうとした、その時。
**ガンッ。**
あたしはひっと小さな悲鳴をあげて後ろへ飛び退る。
その音で、熱くなっていた頭を殴られて冷やされたようになったあたしは、しばらくして瑠璃乃が椅子を蹴り飛ばしたのだと理解した。
阿佐美さんは唖然として魚みたいに口をぱくぱくさせる。
「あ、あんた、何を、」
**「──うるさいっ! 黙れ!」**
それはあたしが初めて見た、瑠璃乃だった。
鼓膜をビリビリ震わすような声で、在らん限りの力を込めたような叫び。絶叫。その痛みをあたしにまで移されたような気がして、思わず胸を押さえる。
いつも無表情の瑠璃乃の顔が──、わずかに、ぐしゃりと歪んだ。すっと通った切れ長の目が、ちょっと泣きそうに細められる。
誰も、喋らない。痛いほどの沈黙がゆっくりと降りてくる。
呆けたように突っ立つあたしたちに背を向け、瑠璃乃は教室から出て行ってしまった。
はっと我に返ったあたしは、彼女を追って駆け出す。
暗い廊下で、瑠璃乃に追いついた。
「瑠璃乃!」
叫んでから、あたしは自分の頭の中が空っぽなことに気づく。
なんて言えばいいの?
いじめられたことなんてないあたしは、絶対に瑠璃乃の抱える痛みを理解することなんてできないのに。
しかも今の瑠璃乃からしたらあたしは、ただの転校生なのに──。
その瞬間、ドンっと体に衝撃が走る。
あたしはふらりとよろめいて、床に手をつく。
あたしを見下ろす瑠璃乃の表情は、影になって見えない。
数秒遅れて、あたしは知る。
そうか。今のは、瑠璃乃があたしを突き飛ばしたんだ。
「──来んな!」
それだけ言って、瑠璃乃は踵を返して去って行ってしまった。
あたしは立ち上がることもできずに、その場にへたり込んでいた。
非力で運動音痴な瑠璃乃に突き飛ばされたって、本来のあたしなら倒れたりしない。
だけど、あたしには、親友に突き飛ばされたっていう事実が、重くて、重くて、
──来んな!
何よりも鋭い針で突き刺されたような気分に、あたしはなる。
戸が開け放たれたままの教室から久遠が駆け寄ってきた。
「ハル! 大丈夫か!?」
あたしは何も言えなかった。
ただ、遠ざかっていく親友の背中を、呆然と見つめることしか、できなかった。
やっと事件に入ったー!!(ここまで来るのが長かった……。だらだら長いのは改善せねば)
今実際に合唱コン時期だから書きやすい
応援した時のメッセージで「有難き幸せ」出たことある人います?