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第19話 「あり得ない」が降り積もる
今日は一日中部屋でゴロゴロして過ごすのかと思ったら、寮のスタッフの梨本さんがやってきた。
なぜかキングはベッドの下に隠れた。
この人、元怪異警察なんだっけ。
ちょっとふっくらしてて色白で、丸い顔に穏やかーな笑みを浮かべてて、全然怪異警察って感じがしないんだけど。
「初めましてー。あなたが新入生の明里ハルちゃんね? 私は寮のスタッフの梨本|聡子《さとこ》。困ったことがあったらどんどん話しかけてね。よろしくねぇ」
「久遠に聞きました。元怪異警察なんですよね。すごいです」
「ええ、知ってるの? 恥ずかしいなぁ」
梨本さんは初心な乙女みたいに頬を染めた。
「怪異警察って言っても、そんな役に立ってなかったわよぉ? しかももう引退したから、『元』だしね。もう今はただの40代の寮のおばさんよ」
そう言うと、梨本さんはあたしが何か言う前にあたしの手を取った。
「じゃあ、出かけるわよ。服は、とりあえず私の服でいいかしら。ハルちゃんにはぶかぶかかもしれないけど……しょうがないわね」
「え……どこに?」
あたしの疑問に、梨本さんは満面の笑顔で答える。
「決まってるじゃない。ハルちゃんのものを買いに行くのよ」
梨本さんはあたしを町のショッピングモールに連れて行った。
ここにはお母さんや友達と何回もきたことがある。
あたしにはあんなにいろんなことがあったのに、見慣れた景色は変わらない。
「ハルちゃん、服は好きに選んでいいのよ。絶対遠慮してるでしょう? そんな安いのじゃなくてもいいの。ほら、これとか似合うんじゃない?」
あたしが500円のTシャツを持ってくると、梨本さんは顔をしかめて即座に否定し、2万円くらいする、ピンクのフリフリレースがいっぱいついてスカートが広がった、なんか魔法少女が着てそうなワンピースを手に取った。
梨本さん。お気遣いは嬉しいけど、それあたしに絶対似合わないし、センスも……よくはないと思います。
「いえっ、大丈夫ですっ。お気遣いなく」
「そお?」
梨本さんは残念そうだ。
「費用は本当に心配しなくていいから。国が出してくれるのよ」
「……税金ってことですか? 怪異警察って国とも繋がってるんですか?」
ってことは、国は怪異の存在を知ってるってこと?」
「バリバリ繋がってるわよ。パニックにならないように、今の所一般市民には伏せてあるけどね。万が一見てしまった人には、絶対に言わないようにいい含めてあるわ。まあ、隠しておけるのも時間の問題かもしれないわね。今はSNSがあるから、あっという間に広まってしまう」
「そ、そうなんですか……」
あたしも怪異がいるなんて信じても見なかったけど……国の偉い人たちは知ってたんだなぁ。
絶対に言わないようにいい含めてあるって……なんか怖い。脅迫かな。
しばらくして、あたしと梨本さんの両腕には紙袋やレジ袋が大量にぶら下がっていた。全部、あたしの服や生活必需品。なんだかお金は国が出してくれると言っても申し訳なくなってしまう。梨本さんが「もっと! もっと!」ってひたすら勧めてきたことは確かだけど。
一方の梨本さんはにこにこ、聖母マリア様の顔だ。
「よかったわねぇ、ハルちゃん」
「あ……はい」
車の中で、あたしは買ってもらったものをひとつひとつ見る。
全部無難なものだ。大体無地。とーってもいい人だけどかなり……少女趣味? な梨本さんはひたすらフリフリを選ばせようとしたけどそれだけは必死で抵抗した。
今は九月、あたしは朝比奈中の制服の夏服を着てたから夏服はあるけど、冬服はない。それもあとで買ってくれるそうだ。ちなみに朝比奈中の女子制服はセーラー服だ。
「今日は本当にありがとうございました!」
寮の玄関先で、あたしは梨本さんにお礼をする。
「全然、むしろ私こそ楽しかったわよー」
神のようなお言葉をありがたくいただき、あたしは部屋に戻ろうとする。
と、ガッと肩を掴まれた。
誰かは、見なくてもわかる。
あなた人の腕とか肩いきなり掴むの癖なんでしょうか?
「久遠?」
それはいつの間にか帰ってきていた久遠だった。
「まだ俺の話は終わってない」
あたしたちはまた寮のミーティングルームへ。
久遠の顔に疲労が見える。
「先生に怒られた?」
あたしが聞くと、彼は深く頷いた。
「うん、担任はあんま言わなかったけど、学年主任がやばかった。ガチで鬼。お前のこともあの女子は誰だって根掘り葉掘り聞かれた。言うわけにはいかないから言い訳考えんのもマジで苦痛」
「た、大変だったね……。なんかごめん」
「いやまあ別にいいんだけどな。俺は怪異警察だし」
あたしの動きが止まる。
久遠は怪異警察だから。
……そうだよね。
あたしを助けてくれたのも、色々良くしてくれてるのも、それは、久遠が怪異警察だから。
優しいのは元から。
そんなのわかりきったことだ。
それなのにどうしてか、あたしの胸は、ズキっと僅かに痛む。
「で、俺が言いたいのはそれじゃない。本題は」
もう朝に十分聞いたつもりなんだけど……まだ何かあるのかな。
「お前はとにかく、色々と**あり得ない**ってことだ」
──それも、何重もあり得ない。
久遠はひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
まずひとつ目。
結界は、物理的に破れるものではないのだという。
久遠は手首に黒いリストバンドをつけていた。
これも怪異警察の道具で、使用する人の奥に眠る能力を引き出すことができるのだという。
久遠は防御系だから、そのリストバンドで防御能力を引き出す。特に結界を張るのは得意なのだそうだ。
それを一般人のあたしが蹴り破るなんて想像もできなかったって。
「あたしの運動神経がすごいからじゃない?」とあたしが言うと、久遠は強く首を振った。
「だから運動神経の問題じゃないんだっつーの。まず物理的に破れないんだ」
ふたつ目。
怪異警察の道具なしで怪異を蹴散らすのも無理なことらしい。
本来なら一般人の蹴りなんて怪異には効かないはず。
しかもあたしに飛ばされたミニガラスが帰ってこなかったのは、相当ダメージを受けたってこと。
だからあたしが怪異と戦ったって聞いた時カスミン先輩はびっくりしてたのかと、あたしは納得する。
「……というわけで、お前はひたすらあり得ない。例外中の例外中の例外」
「ふうん」
怪異の存在さえこの前知ったばっかりのあたしはいまいちピンとこない。
「もういっそ、俺はお前は某パンのヒーローの転生体なんじゃないかって思ってるくらいだ」
……久遠の口からそのキャラが? せめて海賊王になりたい麦わら帽子の人とか、鬼を倒すアニメの人とかじゃないの?
あっ、もしかして、実は好きだったり? ハルトくんと一緒に見てたりするのかな?
「……久遠とパンヒーロー、似合わな……。意外……」
あたしが一歩身を引いて言うと、久遠はきょとんとした後、顔をぼんっと噴火させた。
「バッ、バカっ! んなわけねーだろ! ハルトが好きだから一緒に見てやってたんだよっ! それ以外には何もない!」
「ほ〜んと〜かなぁ〜」
「マジで!」
どうだろうね、そこは。あのアニメ大好きな可能性も否めない。
まあ、あたしも意外と好きなんだけどさ。
スーパーウルトラハルキックもアンパンチを参考にさせていただいたし。
「ってか、敵があんなザコくて、一瞬で倒れたらどんなにいいか……」
「ん?」
その響きが妙に切実に聞こえて、あたしは久遠の方に首を巡らしたけど、久遠は「別に好きじゃねぇしあんなガキのアニメ!」と顔をりんごにしたまま叫んでるだけだった。
あたしはしっかり脳内にメモしておくことにしよう。影宮久遠は某パンのヒーローアニメが好きかもしれないと。メモメモ。忘れっぽいあたしは、こう言うことは絶対忘れない。
部屋に入ると、キングが布団で爆睡していた。
クークーと、やけに可愛い寝息を立てている。到底真の王には見えない。
守護霊って寝るんだ。
そのゆるい寝顔を眺めながら、あたしはふと思った。
そういえばキング、なんで隠れたんだろうな?
まあいっか。
あたしはまたさっきの騒動を思い出し、口元をにやけさせた。