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第16話 花咲く寮生活
庭から帰ってきたあたしは、撫子さんにあたしがこれから過ごす部屋を案内された。2階の端っこの部屋。「212号室」ってプレートがかかってる。
撫子さんは外に備え付けられたインターホンのボタンを押す。
「ナースの藤山です。これからこの部屋でかすみさんと同じ部屋になる明里ハルさんを連れてきました」
「はーい。どうぞー」
柔らかい声がして、ガチャっとドアが開いた。
顔を出したのは、あたしよりもいくらか年上に見える、肩ぐらいまでの茶色い髪にカチューシャをはめた女の子だった。
「かすみさん、ハルさんをお願いしますね。かすみさんはすごくしっかりしていてお優しいので、私も安心できます」
「やだ、そんなことないですよ。でもありがとうございます。ハルちゃん、わたしこそよろしくね」
彼女はあたしにわざわざ手を差し出してくれた。
すっごくいい人だ!
あたしがとった彼女の手は、白くて柔らかくてすべすべしている。
いろんな運動しまくったせいで日焼けしてかたくなってるあたしの手とは大違いだ。
「かすみさん、ハルさん、何か困ったことがあったらすぐ言ってくださいね」
「はーい!」
「わかりましたー」
あたしたちは返事をして、部屋の中に入る。
中は、両際にそれぞれベッド。備え付けの机にクローゼットに棚。その他には冷蔵庫など。奥のドアは水道とかトイレかな。
この寮の間取りは知らないけど、見た感じキッチンはないから、別に食堂があるのかな。あと、一階にお風呂屋さんみたいな暖簾があったから、お風呂も別か。
でも、部屋は思ったより広かった。
彼女は左側の、花柄のバッドカバーがかかったベッドに腰を下ろした。
あたしが立ったままでいると、「隣に座りなよー」と言ってくれる。
あたしはおずおずと隣に座った。
「初めましてだね」
「あ、はい……あたし、明里ハルです。あの、夜遅くにすみません」
時刻は見てなかったけど、あんなに空が暗くて星が光ってたんだから、結構遅い時間のはずだ。
あたしは人見知りはしないタイプだけど、なんか申し訳なくて、そしてこれから二人部屋で一緒に過ごす相手となると、声が小さくすぼんでしまう。
「あはは、緊張しなくていいよ。わたしもこの寮に入ってきた時はガッチガチだったけど、じきに慣れてくるから。わたしは中3の|若草《わかくさ》|花澄実《かすみ》。かすみは、お花の花に水が澄むの澄むに、木の実の実で、かすみって読むの。名前の通り花とか植物が大好き」
確かに彼女の机の上には、花瓶に入れられたオレンジ色のコスモスが飾ってある。多肉植物が植えられた小さい鉢もいくつかある。
「カスミンって呼んでもいいよー」
「……じゃあカスミン先輩。素敵な名前ですね。めちゃくちゃ似合ってます」
このふんわりした先輩にピッタリマッチした名前だ。
先輩ってつけるんだえらいねーでもタメ口でもいいからね? とカスミン先輩は花が咲いたような笑みを浮かべる。
スポーツの世界に生きてきたあたしは年上の人を呼ぶ時はどうしても先輩ってつけたくなるし敬語になる。
「ありがとう! ハルちゃんもすごく素敵な名前だと思うよ? めっちゃキラキラパワーみたいなんが溢れてる気がする」
はて、キラキラパワーとは。
とりあえずあたしは、同室がこの先輩ですごく安心した。
フツーに自分の家で過ごしてきたあたしには、いきなり寮生活とかわけわかんなくて、不安だったから。
「あたし、同室がカスミン先輩でよかったです」
「えー、ほんと!? 嬉しい!」
そのタイミングで、あたしのお腹がぐぅっと鳴った。
あたしは恥ずかしくて真っ赤になる。
カスミン先輩はあらあらと笑った。
「お腹空いた? そうだ、怪異と戦ってきたんだっけ」
この寮の人たちはあたしの事情をどこまで知ってるんだろうか。そしてこの先輩はあたしのことをどこまで聞いたんだろう。
また、お腹の虫がぐうと鳴いた。真面目な考えも空腹には抗えない。
「……はいっ。空きました!」
「これから食堂で夕食が出るよ。メニューは確か、唐揚げ定食だったかな」
「かっ、唐揚げ!」
あたしは叫んでしまう。
あたしのっ、大好物っ!
超絶空腹の今、唐揚げのカリカリした衣とジュワーっとしみ出る肉汁を想像しただけでよだれが出そうだ。
「寮のご飯はみんな美味しいよ。一緒に行こうか」
「ハハハハハハイ! やったあああああ!」
あたしはお腹の虫を黙らせるべくカスミン先輩にひょこひょこついて行くのだった。
ネクリジェみたいな、うちだったら一生着なかったような可愛いパジャマはカスミン先輩が貸してくれた。
あたしは急にこの寮に来たから、服とかは特に準備されていないらしい。これから色々揃えてくれるそうだ。
お風呂に入ってさっぱりしたあたしは、右側のベッドに入る。
「ハルちゃん、今日は疲れたよね。ゆっくり寝な」
向こう側のベッドから聞こえるカスミン先輩の声が、優しい。
カスミン先輩は中学生だけど、お母さんみたいだ。
彼女はあたしに何も聞かない。
きっとあたしを気遣ってくれてるんだろうな。
あたしも、彼女のことは何も聞かないことにする。
家のベッドとは違う感触のベッドで、あたしは瞼を閉じた。
今度は、悪夢は見なかった。
唐揚げはとある短編カフェをやっているリア友との今日の会話から着想を得ました