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20 剣士アキレス
「おい、大丈夫か!?」
これは最後の警告みたいなものだった。これに反応がなかったら扉を蹴り破って突入しようと思っている。けれども案の定、返事は返ってこない。
キリンジは足を後ろに振りかぶった。そして、足の筋肉をしならせて、鞭のような素早い蹴りを扉にぶちかます。バコン、と強烈な音が扉のつがいごと破壊して後ろに倒れた。
家の中はとても暗いが、外の日差しが射したおかげでまだマシに見える。外から見えた唯一の窓には木の板がびっしり打ち付けられており、絶対に外の世界からシャットアウトしてやるという執念さえ感じた。こんな部屋に籠っていたら、一か月くらいで頭がおかしくなりそう。
しかし、おかしいのは家の暗さだけではない。傷だ。家中のそこかしこに剣の傷が刻まれているのだ。これもアキレスが言っていた『《《もう一つの人格》》』のせいだろうか。だとしたら、凶暴すぎる。キリンジの背中に嫌な汗が流れた。凶暴な動物が閉じ込められた檻にお邪魔したような感覚。
家の隅っこにアキレスはうずくまっていた。倒れていると思ったので安心と不安が両立する。アキレスは小刻みに震えながら、誰にも聞こえない声で何かを呟いていた。壁を見ながら、ずっと。
「おい、大丈夫か?」
キリンジがアキレスの肩に手を置いた。
その時__**シャン**、銀色の軌跡が目の前を裂く。体を反らしたおかげでまともには当たらなかったが鼻の先っぽが少しだけ斬れて、床に落っこちる。鼻からポタポタと血が流れた。この状況を理解するのにしばらく時間がかかった。
「何ッ……!」
斬られたことに気付いた瞬間、鼻がズキズキ痛む。キリンジが、自分の鼻からアキレスに視線を移した。驚愕、アキレスは片手に剣を持っている。刀身の中央には鮮血が染みついていた。
全身からドバッと汗が流れ出す。さっきの斬撃があまりにも速すぎたせいだ。あのキリンジが斬撃に当たるなんて珍しすぎる。
「こいつが『もう一つの人格』ってわけか……。なるほど、麒麟族を滅ぼしただけある……」
即座に四足歩行の態勢を取る。アキレスが再び、キリンジの後頭部目掛けて後ろに腕を振りかぶり、斬る__ズォン、空気と後頭部がたやすく一刀両断される。
斬られた後頭部は、おぼろげに揺らめいた。もちろん残像である。
__その頃、既にアキレスの真上でキリンジはかかと落としの態勢を取っていた。
コンパクトに足を振り上げる。威力は出ないが、当てるのが大事だ。最低限の動きで振り落とされたかかと、まだアキレスは気づいていない。
ガタン、床が揺れた。自身でもさっきのかかと落としは充分な威力ではなかったとは感づいていたが、たやすく左手で受け止められた。
「おいおい……力もあるのか」
アキレスはかかとを握って離さない。バランスを崩したキリンジは背中を床に打ち付けた。
アキレスの右手の剣が日差しに当たって、銀色にきらめく。
その時だった。アキレスの右腕が根本から黒く変色し始めたのだ。やがて指先まで黒くなったかと思えば、次第にそれは、水気がある黒い絵の具を紙に垂らしたように剣をも染め上げていく。
キリンジの本能が思わず唸った。次に来る攻撃は絶対にヤバい。避けなきゃ死ぬ。
脳内を様々な危険信号が駆け抜けた。
かかとは尋常ではない握力により離れない。もがく、もがく。
アキレスが剣を振りかぶる__ザゴン、三日月のような黒い斬撃が飛び、床を貫通した。
明らかに人を殺す威力。果たしてキリンジは生きているのか。
「ハァ……ハァ……」
どうやら寸でのところで掴まれていた右足の靴を脱いだおかげで、回避することができたようだ。しかし、ぶっ壊れた床を見るなり、乱れた息が止まらなくなる。
キリンジには、アキレスが怪物に見えた。
もはや一言も喋ることなく、尋常じゃない速度と力で目の前の全てを壊そうとする。まるで殺戮マシーン。
「オレは……こいつに勝てるのか?」
命がいくつあったとしても、それらを残らず刈り取ってきそうな過剰な殺意。
キリンジは身震いした。
キリが良いので、この話からしばらく休暇とります!
しばらくしたら再会するので、お気に入り登録を忘れずに!