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10 麒麟の少女
突如、迫って来たナイフを掴んで受け止めたキリンジ。
手が血まみれになりながらも力を入れる。
「お前、何者だ? 何故オレを狙う?」
悍ましいほどに真っすぐな敵意を視線に乗せて、目の前の少女に浴びせた。
肝心の返答は静かな怒りと共に返って来た。
「あなた、もしかして自分の家に侵入者がやって来ても、何もしないわけ?」
「オレは自分の家を持ってないから分からんが、この館、お前の家なのか?」
「そうよ。見た目は悪いけど、私の立派なお家。勝手に入って来た人間は全員返り討ちにしてるの」
「……そんなに入られたくないんだったら『ちゃんと住んでます』って看板でも建てときな」
ナイフを掴みながら、キリンジが堂々と言ってみせた。
この少女を絶対に逃すまいと、痛みに耐えながら強がっている。
「離して」
少女の語気が荒んだ。
同時にナイフに力が込められ、キリンジの手のひらにぐいぐい食い込んでいく。
キリンジは苦痛に口を歪ませた。
「悪いが離せない。オレはまだ死ねないんだ」
「人間のくせに、生きたがりなのね」
ますます、ナイフに掛けられる力が強くなる。
それでもキリンジは表情を崩さす、この状況を打開する方法を考えていた。
「……どうせ、あなたも宝物につられてやってきたんでしょ?」
少女は蔑むような視線でキリンジを睨む。
キリンジは虚を突かれた顔を見せた。
「宝物だと? オレはそんなものよりも格段大事な使命を抱いて、ここにやって来た。ナイフを下ろしてくれ」
「もし、無理だと言ったらどうするわけ?」
まるで挑発するような口ぶりで少女は言う。
ほんの一瞬だけ、キリンジは鬼気迫る顔でナイフを押し返した。
「こっちも本気で迎え撃つ」
計り知れないほどの強烈な威圧感が少女を丸呑みにする。
これには流石の少女もギョッとして、とりあえずナイフを下ろしてしまう。
「……信じるわ、嘘をついているようには見えなかった」
「話は早くなかったが、助かる」
キリンジが抉れた手をポケットにしまう。
「オレはキリンジだ。お前は?」
「……私は、エノコ」
唇をあまり開けることなく、少女はエノコと名乗った。
「それじゃあ、エノコ、何でこんな館に住んでるんだ? あと、お前、まだ子供だろ。親はいないのか?」
エノコはキリンジの質問に表情を陰らせる。
どうやら聞いちゃいけないことを聞いてしまったか、キリンジが話を変えようとしたが、エノコは虫の鳴くような声で答えた。
「ここに住んでるのは国が滅んだから……パパとママは殺されたの。人間のせいで」
国が滅んだ。人間のせい。
これらの言葉に聞き覚えがあったキリンジの頭に電撃が走る。
少し前、ゴブリンやルパンが言っていた、9年前に人間によって滅ぼされた国。
目の前の少女の種族を絞り込むには最適な判断材料だった。
「……まさか、お前、麒麟族か?」
「そうだけど……?」
キリンジの顔がパッと明るくなる。
「やっぱりッ! でも、本当に麒麟なのか? 麒麟にはもっと獣らしさがあると思ってたが……」
「えーと……私、疑われてる?」
キリンジが麒麟に抱いていた理想はいとも容易く打ち砕かれた。
しかし、まだ諦めないのがキリンジ。
本当に少女が麒麟なのかを詰問していく。
「自分が麒麟だという証明はできるか?」
「うーん……色々あるけど、この角が一番の証明ね」
エノコは金髪から飛び出す立派な一本角を見せつけた。
キリンジが少し探りを入れたが、それは取って付けただけの物でもなく、根本からちゃんと生えている角だと判る。
「これで満足した? ってか、何でそんなに私が麒麟かどうかに固執してるわけ?」
「それがオレの使命に関係しているからだ」
「使命? どういうの?」
その時、暗かったはずの館が突如として明るくなった。
シャンデリアはずっと壊れているはずなのに、この館内だけがパッと明るくなった。
明かりの正体はエノコだけが分かった。
「麒麟を救いに来た」
「ど……どういうこと?」
キリンジは今までの経緯をエノコに説明する。
「__というわけだ」
「嘘でしょ? って言いたいけど、とてもそうには見えない……」
「そりゃそうだ。オレは人生で一度も嘘をついたことがなかったからな」
「……そういう機会が無かっただけじゃ?」
「正論はやめてくれ」
すると、エノコはかすかに微笑んだ。
あの時から、ずっと警戒心を持っていた人間という種族。
その中でも特に人間からかけ離れているキリンジを、僅かながらにも信じた瞬間でもあった。
「まあ、大体分かった。あなたの事、信じる。確か……キリンジだっけ?」
「ああ、よろしく。エノコ」