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13 大根おろし
キリンジは指に付着した謎のスライムに苦しんでいた。
「エノコ、早く逃げろ。すぐに戻ってくる」
「で……でも、私だけが逃げるなんて……」
「__黙れ、早く逃げろ」
冷徹に言い放ったキリンジ。
エノコは顔を曇らせる。
「……私のせいだ」
キリンジにはギリギリ聞こえない声量で呟くと、そそくさと階段を登って行った。
「さてと、二人きりになったな。いや、お前は人じゃないか……」
左手で頭を抑えながら、キリンジは壁にもたれかかる。
両手で脳をかき混ぜられるような激痛がずっと続いていたせいだろう。
こんな痛みが更に続けば、意識がどうのこうのされる前に、まず意識を失ってしまうだろう。
だが、意識を失うのだけは絶対にマズい。
そう直感したキリンジは無理に力んで意識を保つ。
こんなスライムに負けてたまるかと、異常とも思える負けん気だけが最後の砦だった。
しかし、スライムも負けじと、右手の指先からゆっくりと登ってきている。
対するキリンジも、スライムをこれ以上近づけさせまいと左手で掴もうとしたが__
「うぐっ……!」
激痛が増幅して、視界が一瞬ブラックアウトする。
__それと同時、キリンジの記憶の一部が消えた。
どんな記憶が消えたのかは不明だが、もしかしたら忘れてはいけない記憶だったかもしれない。
ただ、確実なのは、消えた記憶は最近のではないということのみ。
「……くそっ」
スライムは第二関節まで迫る。ナメクジが葉っぱを進むように、のろのろと。
「ヤバいな……これ」
キリンジがかつてないほど弱々しく呟いた。
まるで今までのキリンジらしくない口ぶり。乗っ取りが進んでいる証拠だ。
スライムが手の甲までたどり着く。
気持ち悪いほどにヌメヌメした触感がキリンジを絶望の淵に追い詰めた。
そんな状況にも関わらず、キリンジの目は一切死なない。
ましてや、不敵な表情まで浮かべ始めた。
「なあ……大根おろしの作り方って知ってるか?」
唐突に何を言い出したかと思えば、キリンジは、スライムが付いている手の甲を壁に押し付ける。
「……おろし器で擦り下ろすらしいな」
次の瞬間__物凄い速度で手の甲を左右に擦り始めた。
あまりの速さにビュンビュン風を切る音が部屋中に響く。
壁に擦られまくったスライムは凄まじい摩擦で水分が失われていき、ついには石ころのように硬くなった。
同時、キリンジを蝕んでいた激痛が止む。
それでもキリンジは擦るのをやめない。
硬くなったスライムを更に壁で擦りまくる。
大根おろし宜しく、壁でゴシゴシ擦り下ろされたスライムは粉末となって、床に降り積もった。
「……スライムおろし、完成だな」
深くため息を吐き、キリンジが手の甲を見る。
壁に擦りすぎたせいか、皮膚がざっくり剥けていた。
「確か、大根は擦り下ろす前に皮をピーラーで剥くんだっけか。全く……惨い冗談だな」
そして、キリンジは逃げるように階段を四足歩行で登っていった。