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16 剣のち、変神
ちょい遅れた
湖の底に剣があるのを見つけたエノコ。
「なにあれ……剣?」
「みたいだな」
キリンジも沈んでいた剣を見つけるなり、眉をひそめた。
「ということは……オレたち、あの剣の出汁が染みてる水で傷口を洗ったのかよ」
しかし、そんなことよりも、自然をこよなく愛するキリンジにとって、それが剣であったとしても、ポイ捨ては許されざる行為。
「全く、湖が泣いてるぞ」
どういう理屈か湖に感情移入したキリンジは、スーツを着たまま綺麗な姿勢で湖に飛び込んだ。
足をピッタリ合わせ、粘度のある水を搔きまわすように底へ底へと潜っていく。
地上では凄まじく速いキリンジも、流石に水中では速度が落ちていた。
だが、そこまで変わらない。カレイとヒラメの違いぐらい変わらない。
無事に湖の奥底まで潜ったキリンジ。
水中でゆっくり息を吐き、剣を拾い上げると、じっくりと剣を舐めまわすように観察し始めた。
剣身、鍔などを見ていても、特にこの剣に変わった部分は見られない、と思ったのも束の間。
柄の部分に、おそらく、この剣の所有者であろう人の名前『アキレス』と、そのアキレスという人の詳細な住所≪ジン国 D-09≫が丁寧に彫られていたのだ。
キリンジは底知れぬ違和感を覚える。
この世界の事をまだまだ分からないので、文化の違いは当然あるだろうが、自分の剣に名前と住所を丁寧に彫るヤツなんて、この世界の中でも結構変わってるヤツだろう。
キリンジは剣を抱えて、湖から上がった。
ロン毛もスーツも全部びしょ濡れで身体が重かったが、キリンジはエノコに事情を説明する。
別に、ここまではよかった。湖に剣が沈んでいて、それを地上まで持ってきたということまでは。
話はこれからで、キリンジが剣の柄に彫られていた名前『アキレス』を口にした瞬間、エノコの顔が明らかに曇る。
「アキレス……」
エノコが反復する。
「知ってるのか?」
「うん……どこかで聞いたことある名前。私の記憶の中に、この名前を耳にした瞬間があったはず。それも《《嫌な記憶の中》》に……」
「嫌な記憶?」
「そう……麒麟の国が滅ぼされる頃。私はその名前を聞いた。それで、多分、私の記憶が間違ってなければ……」
エノコが剣を凝視しながら、粛々と言った。
「アキレス__確か、《《麒麟の国を滅ぼした勇者の一人》》だった」
キリンジが取り乱す。
「**何だとッ!?** つまり、この剣はそいつの物なのか……!?」
「記憶が間違ってなければね……」
剣をまじまじと見つめる二人。
どれだけの間、この剣が湖に沈んでいたのかは分からない。
だが、今も剣は妖しく光っていた。
「じゃあ、話は早い」
「え?」
エノコの素っ頓狂な声。
キリンジは既に剣を抱えていた。
「オレはそいつに会いに行って、真実を聞きたいと思っている」
瞳は燦々と輝いていた。
更なる麒麟族に起きた真実を知れる機会が到来して、キリンジの元々持っている貪欲な精神が、今すぐにでも真実を欲したいという気持ちで膨張していく。
「本当に、行くの?」
エノコがか細いながらも、芯のある声で呼び止めようとする。
「ああ」
返事は一瞬だった。
「エノコも、ついてくるか?」
「私は……」
返事は滞った。
「……やめとく」
「分かった。じゃあ、行ってくる」
そして、キリンジは剣に彫ってあった住所≪ジンの国≫に視線を向けた。
__その時だった。
ポツポツ、雨が降り出す。
次第に快晴は黒雲に巻き込まれ、曇天に支配された。
「マズい……」
早く行かないと雨で足場が悪くなってしまう、キリンジは即座に四足歩行の態勢を取った。
両手を地面に構え、つま先を濡れた地面に引っ掛ける。
大きく深呼吸、右手がかすかに痛んだ。
両手に重心を傾け、つま先に力を込めて出発__と気持ちよく行きたかったものの、それはキリンジを呼び止める男の爽やかな声に遮られた。
「……せんぱ~い!」
エノコの声ではない。
声は進行方向から聞こえた。
キリンジが首を起こして、前方を見る。
明らかな嫌悪感が表情全てに滲んだ。
「……マジか。なんでアイツがいるんだよ……!?」
切羽詰まられたような感覚に陥る。
「せんぱ~~い!!」
その声は、雨の中でも鮮明に聞こえてくる。
キリンジが今すぐにでも逃げ出そうと、その場を飛び出そうとしたが、
__**ドゴォン!**
唐突で強烈な雷鳴が、稲光と同時にキリンジの行く手を阻んだ。
偶然にも、落ちた雷がキリンジを檻のように閉じ込める。
この雷が誰の仕業か、既に分かっていた。
「……あのアホ。この世界でもオレにつきまとうつもりか?」
四足歩行の構えを解き、雷の檻の中で、こちらに向かってくる男に睨みを飛ばす。
男はキリンジの睨みを物ともせず、逆に嬉しそうに、そして躍るようにこちらに向かってくる。
「せんぱ~い!! ずっと会いたかったんですよ~!」
やがて、男が雷の檻の前まで近づいてきた。
男は上に黄色のパーカーを着ており、それに合わせるような黄色のポニーテールが左右に揺れている。
「オレは一生会いたくなかった」
「もう、そんなこと言わないでくださいよ~!」
嬉しそうにくねくねと再会を喜ぶ男、いったい何者だろうか。
おそらく、変人ということには変わりなかった。