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4 四足歩行
キリンジが一人になって、しばらく経過した。
特にやる事もないのでぐったり横たわっていると、二匹のゴブリンがキリンジの檻に近づいてくる。
「人間、儀式の時間だ。ついてこい」
落ち着いた口調のゴブリンが檻の扉を開けた。待ちわびたと言わんばかりにキリンジは立ち上がっる。泥まみれのロン毛が黒スーツの背中に沿って垂れた。
一匹のゴブリンが、持っていたロープをキリンジの両手首に近づける。
「おい人間、両手を出せ」
「いらない。自分で行ける」
「フン、人間ごときが反抗するんじゃねぇ!」
怒りに狂ったゴブリンがロープを大きく振りかぶった。
ロープが大きくしなり、頭目掛けてロープが叩きつけられる__寸前、キリンジは凄まじい速度で首を反らし、頭への殴打を回避。
空気を切る音だけがその場に響いた。
「傷がついてもいいのか? オレは生贄だぞ」
キリンジは冷ややかに言い放つ。
ロープを空振りしたゴブリンは怒りが己の中で限界突破したのか、歯をきつく食いしばったまま、もう一回ロープを振りかぶろうとした。
だが、もう一匹のゴブリンがそれを静止する。
「おい離せッ!! この野郎、舐めやがって!!」
「__だから落ち着け! 気持ちは分かるが、この人間の言う通りだ! ボクたちの役割は生贄の護送! 儀式前の生贄に傷が付いたらボクたちが罰せられてしまうッ!」
落ち着いたゴブリンがしばらく説得を続けるうちに、口調の荒いゴブリンはやっと落ち着きを取り戻す。
「あとはボクがやるから、キミは先に帰れ」
「……悪いな。任せた」
面倒事を避けるためか、口調の荒いゴブリンは先に帰され、残ったゴブリンがキリンジを村まで案内することになった。
「気を取り直して、人間、ついてこい」
キリンジは従順な態度でゴブリンの後ろを付いていく。
やがて村の中に入るなり、生贄の入場を待ち構えていたであろうゴブリンたちの視線がキリンジに集中した。その視線からは限りない憎しみがビビっと感じられる。
それほど麒麟族を滅ぼした人間の事が憎いのか、とキリンジは口に出さないながらも心に秘めていた。
しばらく歩いた先に待ち構えていたのは、2mほどの鉄柵に囲まれた檻のような広場。
案内のゴブリンがここで歩みを止めたので、キリンジは思わず問う。
「なあ、また檻に入るのか?」
「違う、ここは祭壇だ。今からお前はここでヤツと戦ってもらう」
「ヤツって?」
「今から連れて来る、それまで中で待ってろ」
「分かった。それで、一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「ヤツに勝った人間はいるのか?」
一瞬だけ、場の雰囲気が一変した。
「……人間、何を考えている?」
「興味があるだけだ」
ゴブリンは深くため息をつき、まるでこの質問が愚問であるかのように返す。
「……ヤツに勝った人間は一人もいない。例え武器を持っていたとしてもだ」
「へぇ、そうか、分かった」
果たしてゴブリンが言うヤツとは何なのか。
そんな疑問がキリンジの胸の内でシャボン玉のように浮かんで、プカプカして、パンと割れる。
いつの間にか、観衆のゴブリンたちが柵の周りを隙間なく囲み、儀式の瞬間を今か今かと待っていた。対するキリンジも早く始まらないか、と空を見上げながらぼんやりしている。
すると、その時____ブオーッ、貝を吹く音が村中に響いた。
キリンジの向かいの柵が雑に開かれ、白い猛獣が柵の中へ解き放たれる。
猛獣はまるでトラのような見た目。かといって名前にトラが入ってるのかは分からないが、トラのような獣であることは間違いなかった。四足歩行で、尻尾あり。鋭い牙に、鉤爪あり。
獣はガルルと威嚇するかのごとく唸り、牙を剥く。
対するキリンジも何故か、目一杯開いた両手を地面に付け、まるで短距離走のクラウチングスタートのような態勢を取った。
しかし、何故、キリンジはこのような行動を取ったのか。
実の話、これが《《キリンジの戦闘態勢》》なのだ。
麒麟に心から憧れたが為に現実世界で社会性の代わりに習得した、キリンジだけが扱える最強最速の技術。二足歩行で戦うのはもはやキリンジにとっては古すぎる。
時代は**『四足歩行』**なのだ。
「やっぱり生贄はやめだ」
キリンジが呟いた、
__直後、獣が待ちきれんばかりにキリンジへ飛び掛かる。
獣は人間を遥かに凌駕する大きさ、下敷きにされたらひとたまりもない。
なのに、何故キリンジは動かないのか。
クラウチングスタートの態勢のまま微々とも動かないキリンジに、殺戮オーラ丸出しの鉤爪が迫る。だが動かない。何故動かない。まさか死を選んだとでもいうのか。
刹那、鉤爪がキリンジの背中を切り裂いた__ように見えた。