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夏休み
草を、むしる。
無心で、汗を垂らしながら、ぶちぶちとむしる。
繊維が引きちぎれる暴力的な感触。たちのぼる土の匂いと草いきれ。足を、腕を、むきだしの肌を刺すように生え茂った植物の群れを、壊して、むしりとる。
蝉が鳴いている。ジュワジュワシュワシュワミーンミンミーンミン。鼓膜から染みこんだ合唱が頭のなかで反響する。脳みそが蝉の声でみたされる。
体が溶けるんじゃないかと思うくらい、暑い。太陽はたかく、苛立ったみたいにぎらぎらとひかっている。視界を白く染め抜き、頭がぐらぐらしてくる。
汗がひっきりなしにふき出し、ぱたぱたと音をたてて地面に落ちる。目に入った一粒は、とてもしみた。
それでも手は止めない。土だらけの掌でむしり続ける。指先に草の匂いがうつり、肺が青苦く充ちる。むせかえるように濃厚なみどりの酸素で口の中が熱く、熱くなる。火照った頬を汗が滑り落ちて、ひりひりと痛んだ。
むしる、むしる、むしる。草を、花を、むしる。
腕を伸ばすたびにシャツが背中に張り付く。汗を吸いすぎた下着がじゅっ、とこすれて、火をつけられたみたいに熱を持つ。暑い、暑い、それでも。
もっと、もっと。むしって、ちぎって、壊して。
「ねえ、麦茶入れたわよお。あがってきなさい」
もったりと間延びした声が、がつんと頭を殴る。我に返って見あげると、二階の窓から母さんが顔を出していた。汗ひとつかいていない、涼しげなまん丸の顔。
立ちあがり、手を洗ってから二階へあがる。ぬるい水道水で、青苦い匂いはたちまち溶け消える。
「もおあんた、汗でびしょびしょじゃない。シャワーあびたら?」
うちわを使いながら母さんにそう言われ、曖昧に頷く。壊れかけのクーラーと風量の弱い扇風機で、汗がすうっと冷えていく。
ちゃぶ台に、ふたり分のお茶と、山盛りの落雁が載っていた。お茶には半透明の氷が三つ、浮いている。
母さんはぱたぱたと忙しくうちわを振りながら、落雁に手を伸ばす。一つ、二つ、三つ。口の周りに砂糖がくっついて、咀嚼のたびにちゃぶ台に落ちる。
お茶の入った湯呑みを両手でくるむと、ひんやりとした快い感触が伝わってきた。
見ていないような目で、そっと見やる。まだ長いままの煙草の吸いがらが、ざっと5本。甘くて煙たい匂いが鼻をつく。
湯呑みを見つめる視界の端で、母さんの喉がひっきりなしに動く。
暴力的な摂取。どこか生々しくて、直視できない。
たっぷりの煙草とお菓子。甘い烟と砂糖の塊に、母さんは依存している。
そこにはなにか危うい違和感が、とてもいやだという濃い手ざわりだけがあるけれど、言葉にはできない。したいとも思えない。
きっと母さんも、それにすがらなきゃ生きていけなかったんだろう。今までも、たぶんこれからも。
ごきゅごきゅと音をたてて母さんはお茶を呑み干す。そして、砂糖がついたままの口元をきゅっと歪ませて、僕に言う。
「一休みしたら、また草むしりお願いね」
ぼくはなるべく目を逸らしながら、でも逸らしていることが分からないように、こころもち顔を俯けて答える。
「うん、任せてよ」
はじまったばかりの、青苦いぼくの夏休み。