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殺人
おさななじみが、人を殺したらしい。朝の報道番組でそうながれてきて、食べたばかりの目玉焼きが胃のなかでひっくりかえるような心地がした。
かれが殺したのが、かれの母親であるということにも、おどろいた。かれとかれの母親は、血がつながっていないけれど、仲はよかった。ネットでは「義理の母親だから愛せなかったのでは」もしくは「(母親に)愛されなかったのでは」などと憶測がとびかっていたが、とんでもない、かれは母親を愛していた。愛せないどころか、むしろやや過剰なまでに、母親に執着していた。母親はきれいなひとだった。とてもきれいだけれど、いつもどこか心ここにあらずといった表情をしているひとだった。
かれは殺したあと自首し、いまは拘置所にいるらしい。私はかれに会いにいくことにした。
「ひさしぶりだね」
そう言ってゆるく片手をあげたかれは、ぜんぜん変わっていなかった。人を殺したからとつぜん目つきがするどくなったとか、爪や腕がぼろぼろになっているとか、そんなところはひとつも見あたらなかった。髪はあいかわらず羨ましいほどつやつやだったし、やせ型の体型もそのままだった。顔色だけはわずかに青白い気がしたけれど、それは一面コンクリートむきだしの無愛想な部屋のせいかもしれなかった。
じっとりと重たい監視官の視線を感じながら、私はきいた。
「なんで、おかあさんを殺したの」
部屋の空気が一瞬、とまった。でも、息を詰めたのは監視官だけで、かれはとくに動じたふうではなかった。それでもだまっていたので、私は、愛していたんじゃないの、おかあさんのこと、とつけくわえた。
「愛していたよ」ようやくかれは口をひらいた。なつかしむような表情だった。私はすこし、かれのことがこわくなった。
「愛していたなら、どうして」
「愛していたからこそ、だよ」
かれは私のことばに重ねるようにして言った。ぱちりと瞬きして、つづけた。
「愛していたから、殺したんだ」
部屋の空気が、今度こそ完全にとまった。私は息を吸った。のどがふるえていた。
「意味が、わからない」
「みんなそう言うよ」
かれはちいさく息をついた。口角がかすかに持ちあがっていたから、笑っているのだと、一拍おくれて理解した。
「でも、ぼくには、みんなの方が理解できない。愛しているのにどうして、殺したくならないのか」
言いおえたとき、かれはもう笑ってはいなかった。かわりに、頰が杏のようにあかく紅潮していた。瞳孔がくっきりと見える色素のうすい瞳は、ガラスで隔たれた私の手のあたりを見つめていたけれど、たぶん本当は、なにも見ていなかった。かれの心は、ここにはなかった。かれの母親のように。
かれの顔はきれいだった。それで私は、自分がかれに恋をしていた時期があったことを思い出した。
「私、もう帰る」
「そう。また来てよ。どうせ他にはだれも来ないからさ」
かれは顔をあげ、ひきつれたような笑みをつくった。その笑みでさえ、うつくしかった。
帰りみち、スーパーに寄りながら、もし私が、かれを好きだから殺させてほしいと言ったら、かれは了承してくれるだろうかと考えた。私にはそんなこと、とてもできないけれど。