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魚
一度めには、痩せた白猫のように見えた。
二度めには、途方に暮れた子供に見えた。
三度めは、四度めは、会うたびに女の印象は変わっていった。優しいふり、夏の妖精、K-POPアイドル、なにかえたいの知れないもの、溶けかけたプリン、転がる箸、およぐ小魚、そんなもののように。
小魚を猫が捕まえて、女は痩せた白猫に戻った。
風俗で知り合った女だった。名前をユメと言った。
他の女たちと同じように、ユメは胸元がほんの少し見える、きわどい服を着ていた。
けれどもユメのからだは欲をさそうとは言いがたく、小学生のように小さくて平坦だった。髪が真っ白で、あちこちに跳ねていた。顔は、うつくしかった。
捨て猫のような女だった。指名すると、数秒かたまってこちらの顔をじっと見つめる。それから、おずおずともしずしずともとれるような動きで、卓に向かってくるのだった。
ユメの髪は、あまいにおいがした。金木犀と無花果が混ざったようなにおいだった。
ユメは、客が話していれば、いくらでもきいた。すなおに、健気に、やや身を乗りだしていつまでもきいていた。自分の話をしろと言うと、こまったように口ごもった。
「わたし、自分の話をするのって、きらい」
ユメは小さい声で言った。水をはじいたような声だった。
ユメの客は少なかった。物好きか、なんでもいいか、顔しか見ていない連中。あるいは、多少の小児性愛の気がある者。ユメを見ていると、幼いなにかを相手にしているような気持ちになるのだった。
「彼氏はいるの」
いつか、そうきいてみたことがある。ユメはびっくりしたようにかたまって、唇をふるわせ、慎重にことばをえらび、答えた。
「いないけど、同居している男の人はいる」
それを彼氏っていうんじゃないの、という顔を、彼女の隣にすわっていた女の子が、した。ユメはうつむいていた。
「そのひとは、どんな男のひとなの」
ふたたび問うと、ユメは小さくガイジンさん、と答えた。酒をつくっていたハーフの女の子が、ちらりとユメを見、すぐにそらした。
「外国人?ふうん、どこのうまれ」
「たぶん、イギリス」
「背は高い?顔は?」
「高いわ。顔は——すっごくきれい」
すっごくきれい、と言ったユメの表情は、とろけなかった。惚気ているようには見えない。あいかわらず、途方に暮れた子供、溶けかけたプリン、そういったものの顔をしていた。
ユメの瞳のなかに、無数の魚が泳いでいた。ユメの灰色がかったうすみずいろの瞳の奥で、すいすいとながれていた。魚は金木犀を食べ、無花果色に染まって、ゆっくりと沈んでいった。
ハーフの女の子が、酒をはこんできた。ユメの前に置いたとき、蜜色のそれがほんの少しこぼれた。ユメはさりげなくおしぼりで隠した。
それからは、自分の話をした。ユメはほっとしたように、あるいは何も感じていないように、聞き役に徹した。もう瞳に魚はいなかった。かわりに、鏡のように、透明な水のように、目の前のものをただ映しだしていた。
帰りぎわ、ユメは、また会いにきてねと、彼女にしてははっきりした声で言った。瞳がゆれていた。また来るよと言ったら、桜が咲きこぼれるように笑った。
それきり、店に行っていない。