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優しい嘘と、ふたりのパパ —君に繋がる青空の記憶—
リビングの隅にある古い木製のチェスト。その一番下の引き出しの奥から、つむぎは一枚の古びた写真を見つけ出した。
大切そうに両手でそれを持ち上げ、ソファに座る母親のもとへと駆け寄る。
「ねえ、ママ」
幼い声に促されて顔を上げた母親は、つむぎの手の中にある写真を見て、わずかに息を呑んだ。
「……どうしたの、つむぎ?」
「この人、誰?」
つむぎが首をかしげながら指差した写真に写っていたのは、柔らかく微笑む、若かりし日の木村柾哉だった。太陽の光を浴びたその横顔はどこか儚く、そして眩しかった。
母親は、ゆっくりとその写真を受け取り、懐かしむように優しく指先でなぞった。
「……彼はね、あなたのパパだよ」
「えっ」
つむぎは目を丸くし、自分の胸に手を当てた。
「この人がパパなの?」
「そうだよ。彼が若い頃。とてもかっこよかったんだよ。……そうでしょ?」
母親の瞳には、愛おしさと、ほんの少しだけ切ない光が揺れていた。
けれど、つむぎは納得がいかない様子で首を横に振り、リビングのキッチンの方へ視線をやった。そこでは、今日の夕飯の支度をしている西洸人の背中が見えている。
「でも……ママ。パパはこの人でしょ?」
つむぎがバッグから引っ張り出してきたのは、今朝一緒に撮ったばかりの、穏やかに笑う現在の父親・洸人の写真だった。
母親は優しく微笑み、二枚の写真を並べるようにして言った。
「ううん、違うの。それは今のお父さん。あなたのお父さんはね……」
言いかけた言葉を、つむぎのまっすぐな瞳が遮った。
「じゃあ、パパはどこに行ったの?」
幼い問いかけに、部屋の空気が少しだけ静まり返る。
母親は小さな我が子の頭をそっと撫でると、窓の外、茜色に染まり始めた夕空を見上げた。
「……お空で、私たちを見守ってくれてるの。すごく素敵な場所だよ」
「お空……」
つむぎは母親の視線を追いかけて窓の外を見つめ、小さなあごに手を当てて、何かを一生懸命考えるように少し黙った。
やがて、ぽつりと言った。
「パパは、今幸せかな?」
その純粋すぎる問いかけに、母親の胸がキュッと締め付けられる。けれど、彼女はすぐに穏やかな笑顔を作り、つむぎの小さな手を両手で包み込んだ。
「うん。……ママは想ってるよ。パパは、きっと幸せだって」
リビングの向こうから、「そろそろご飯できるよー」と、洸人の明るく気さくな声が聞こえてきた。その声に合わせるように、つむぎはパッと顔を輝かせる。
「お腹すいた! お父さんのお手伝いしよっと!」
つむぎが元気よくキッチンへと駆けていく後ろ姿を見送りながら、母親はもう一度、手の中の柾哉の写真にそっと目を落とした。
――ねえ、見守っていてね。私たちは今、こんなにも温かい場所にいるよ。
心の中でそう呟きながら、彼女は写真をそっと胸に引き寄せた。