公開中
夏のプラザと、とびきり甘い奇跡
セミの声がジリジリと響く、夏休みの小学校。
静まり返った校舎の一角、開放的なプラザのベンチに、小学六年生のわかなとりんかが腰掛けていた。
「ねえ、ちょっと聞いてよ、わかな!」
りんかが突然、リュックのポケットからゴソゴソと何かを取り出した。得意げな顔をしてわかなの目の前に差し出されたのは、光沢のある硬いカード――人気アイドルグループ『INI』の木村柾哉のブロマイドだった。
「……なにこれ?」
「昨日買ったやつ! 柾哉くん、今回のビジュアル神がかってない?」
ブロマイドに写る木村柾哉は、ふんわりとした髪型に、優しく包み込むような甘い笑顔を浮かべていた。
わかなは最初、「またりんかの推し活が始まったな」と冷ややかに見つめていた。しかし、じっと見ているうちに、その整った顔立ちや、カメラ越しに見つめられているような吸い込まれそうな瞳に、ふと心臓が跳ねた。
(あれ……? この人、なんか……めちゃくちゃカッコよくない……?)
ジワジワと、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。わかなの目が真剣な色に変わったのを見逃さず、りんかは素早くブロマイドを引っ込めた。
「ちょっと! なんだその目は! 取られるのは困るからね!」
「待って待って、もう一回見せて! 今、私の中で何かが目覚めかけたから!」
「やだ! わかな、最近すぐ私の推しに浮気するんだからダメ!」
「ケチ! 少しぐらい見せてよ!」
あつい夏の空気が漂うプラザの真ん中で、二人はブロマイドを片手に「ちょうだい!」「やだ!」とキャッキャッと引っ張り合いを始めた。どちらも一歩も引かない、小六女子の本気の攻防戦だ。
その時、背後から足音が近づいてきた。
「こら、そこ。プラザで走り回ったり、大きな声を出したりしない!」
ピシッとした声に、二人はビクッと肩を揺らして動きを止めた。振り返ると、そこには先生が立っていた。
そして、その先生の隣には、もう一人――見慣れない、あまりにもスタイルの良すぎる大人の男性が立っていた。
「二人とも、ちょうどいい。今日からこのプラザに、新しい補助員の先生が来てくれることになった。紹介するから」
担任の先生がそう言って横を譲ると、見慣れないその男性がフッと優しく微笑み、二人に軽く手を挙げた。
「はじめまして、木村柾哉です。今日から数日間、ここで一緒にお手伝いすることになったから、よろしくね」
……ん?
きむら、まさや?
わかなとりんかは、目の前にいる人物の顔と、さっきまで手の中で争奪戦を繰り広げていたブロマイドの顔を、交互にものすごいスピードで見比べた。
目の前にいるのは、今まさに自分たちが名前を呼んでいた、本物の木村柾哉その人だった。
「「…………えっ!?」」
プラザの天井に、二人の絶叫が重なって響き渡る。
「「ウソ……だよね……?」」
魂が抜けたようにその場で固まる二人を見て、木村柾哉はくすっと笑った。
「うわ、それ俺のブロマイドじゃん。持っててくれてありがとう」
ひょいと差し出された手元を見ると、さっきまでりんかが持っていたカードそのものだ。至近距離で見ると、スマホの画面で見る何倍も顔が小さくて、圧倒的なオーラが漂っている。でも、笑い方は動画で見た通りの、あの優しい太陽のような笑顔だった。
「あ、あの……! 私、りんかです! 本物……本物ですよね!?」
「うん、本物だよ。りんかちゃんだね。よろしく!」
「わ、私はわかなです……! あの、ほんとに、どうしてここに……?」
震える声で尋ねるわかなに、柾哉は少ししゃがんで目線を合わせてくれた。
「だからさ、先生になってみたかったんだよね。INIの企画で『それぞれやってみたいことをやる』ってなって、俺、『学校の先生になって子どもたちと過ごしてみたいな』って話したんだ。……で、さっき二人、何をあんなに盛り上がって争奪戦してたの?」
柾哉がイタズラっぽく首をかしげると、りんかとわかなの顔が一気に真っ赤に染まった。
よりによって、本人たちの前で「このブロマイドかっこいい!」「渡さない!」と揉めていたところを見られていたなんて、恥ずすぎて穴があったら入りたい。
「い、いや、これはその……!」
「あはは、そんなに照れなくてもいいよ。嬉しかったから、もっと大事にしてね」
そう言って柾哉がりんかの頭をポンと軽く撫でたものだから、りんかはその場で気絶しそうなほどの衝撃を受け、わかなは(いいな……!)と猛烈にうらやましい気持ちでいっぱいになった。
そこからの夏休みは、これまでの退屈な学校生活とは180度違う、魔法のような時間に変わった。
プラザに響くのは、二人の黄色い歓声と、子どもたちに囲まれて笑顔でジャンケンをする木村柾哉の声。
「先生、ドッジボールしよう!」
「いいね、本気で投げるから覚悟してよ?」
汗を拭いながら爽やかに笑う柾哉の姿に、わかなとりんかはすっかりメロメロだ。
さっきまでブロマイドを奪い合っていたライバル同士だったはずが、今では「今のかっこよかったよね!」「うん、やばい、推し変しそう……いや、元から推しだった!」と、すっかりガッチリと手を取り合う最高の仲間になっていた。
夕暮れ時、校門の前で「また明日ね!」と手を振って去っていく背中を見送りながら、二人は心に誓った。
「「この夏休みのことは、一生の宝物にしようね!」」
西日に照らされたプラザには、いつまでも二人のはしゃぐ声と、甘い余韻が温かく残っていたのだった。