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#9 涙を忘れた少年は
口を濯いでくるよう言われた。
まただ。またやってしまった。
やっぱり僕は無能なんだ。
僕はこれ以上失敗しては行けないと思った。
口を濯ぎ終えると部屋に入る。
ここでじっとしていれば失敗することはないはずだ。
部屋の中。静かなのに誰かが僕を責めているような気持ちになった。
ごめんなさい、ごめんなさい。
心のなかでそう呟きながらぬいぐるみを抱く。
モコッと温かいぬいぐるみを抱くとちょっとだけ気持ちが落ち着いた。
そうしてしばらくの間一人、自分を責め続けていると、ドアがノックされた。
誰だろう。怒られる?追い出される?でも、それだけのことはしちゃったし。
『壱くん?大丈夫?体調悪い?』
お兄ちゃんの声。
優しいはずなのに、今の僕の心に鋭く突き刺さった。
返事、しなきゃ。はくはくと意味もなく口を開けては閉じる。
『入るね?』
静かにドアが開きお兄ちゃんが入ってくる。
パチリと部屋の電気をつけたお兄ちゃんは僕を見つけてホッとした顔をした。
そして僕の近くに来て屈む。
「壱くん、体調はどう?しんどい?」
本気で心配しているような顔をするお兄ちゃん。
これ以上は迷惑はかけられないから首を横に振る。
それをみてお兄ちゃんは心底安堵したような顔をした。
「今日は疲れてたんだね。頑張ったね」
別に、頑張れてない。
まだ、頑張れてない。
こんなに失敗ばっかりしちゃった。
「お母さんもお父さんも心配してた。壱くん大丈夫かなーって」
そんなわけない。
きっと僕を恨んでるはずだ。
僕のことが嫌いになったはずだ。
「だから大丈夫だよ。怖がらなくても。」
怖がっ⋯てる?言われてみれば僕の体は震えていた。
気づかなかった。一人で少し驚いていると、お兄ちゃんの手がサッと近寄ってくる。
そのまま、僕の頭の方へ⋯
「っ⋯!」
「⋯!?」
僕は思わずお兄ちゃんの手を噛んでしまった。
怖かったから。でも、噛みついてハッと我に返る。
やっちゃった。全身から血の気が引いていく。
また失敗しちゃった。
お兄ちゃんの手から血が垂れていくのがわかる。
鉄の味がする。
お兄ちゃんは驚いた顔をしていた。
けれど、顔を優しく作り変えていく。
「壱くん。大丈夫だから。ゆっくり口、開けられる?」
どうしよう。どうしよう。
怪我させちゃった。変に力が入って口が開かない。
一人でパニックに陥っていると、お兄ちゃんがもう片方の手で頭を撫でた。
「大丈夫だよ。怖かったね。ごめんね。」
優しい手に緊張が溶けてサッと噛んでいた手が口から離れる。
歯型がくっきりついてしまった手から血が垂れている。
痛そう。痛いのは怖いよね。ごめんなさい。
「ごめっなさい⋯」
お兄ちゃんは驚いた顔をしている。
僕も少し驚いていた。目から水が溢れてきたから。
お兄ちゃんはその水を優しく拭ってくれる。
夜の星たちがキラキラと温かく僕達を照らしていた。