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初夏、思案する
2026/05/16
「陽キャとか陰キャとかいう言葉はね、思考停止しているように感じるのね。馬鹿に見えるからあたしはなるたけ使いたくないんだけど、でもみんなが使うから、あたしも使わなきゃいけないのかな? みたいな気になっちゃうのよ。この風潮、ほんと嫌。ねえ紗央里、なんとかしてくれないかしら。」
私は卵焼きをお箸でつんつん突きながら首を横に振る。安藤美姫は急に黙り込んだ。どうしたのだろうと顔を上げると彼女は私の手元を見つめていて、私が「何?」と訊くと口を開いた。
「それ、お行儀悪いから、やめたら?」
「…あ、知ってる。」
本当は完全に無意識にやっていたので、知った上であえて、ということではないけれど、そうだねごめんなんて素直に答えることはなぜかできなくて、そう言っておはしを置いた。つつきまくった卵焼きはなんとなく色褪せて全く美味しくなさそうだったが、安藤美姫はまだそれから視線を外さなくて、ここで私が卵焼きを食べなければまた指摘されるだろうか…と思い至った私は、置いたばかりのお箸に手を伸ばす。卵焼きを摘むと口に放り投げて数回咀嚼しただけで飲み込んだ。空っぽになったお弁当箱の蓋を閉めた時、安藤美姫は「それでね…、」と先ほどの陽キャやら陰キャやらの話を再開した。本当にどうでもいいその話に、私は適当な相槌を打って聞き流していた。時々時計を確認して、5時間目の科目の教科書を机の上に出したりしながら。数分してふと、彼女は話を止める。
「…何。」
ついさっきも同じようなことがあったな、と考えながら安藤美姫の様子を伺うと、彼女の瞳は私の理科の教科書に向けられていた。なんの変哲もない、強いていうのなら名前欄の字が少し汚いような私の教科書の何を見ているのだろう、と再び安藤美姫の瞳に視線を向ける。もしかして、「あなたって意外と字が汚いのね。教養がなさそうに見えるから、できるだけ丁寧に書いた方がいいんじゃない?」などと言ってくるつもりだろうか。
私がもう一度、何、と訊ねると、安藤美姫は顔をこちらにやった。
「いや、なんでもないわ。」
私の教科書についての言葉は何もなく、あのどうでもいい話が彼女の口から延々流れてきて、私は思わず「いや、なんだったの、今の虚無の十数秒は。」などと追求したくなったが、考えてみれば小動物でも犬猫でも急に動きを止めてなんでもないところを見つめることはよくあるし、彼女のこれもその類のものなのかもしれない。まるで納得できない理論で私は追求の言葉をグッと押し込めた。それよりも、安藤美姫の話があまりにもつまらないことの方が問題だ、と思った。どうすれば安藤美姫を傷つけずに、あなたの話が死ぬほどつまらないことを伝えられるだろうか…。教室の壁にかけられている時計の秒針を目で追いながらそう思案する初夏。
こーいうなんにもないの好き