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失敗作少女
かいりきベアさんの『失敗作少女』の曲パロです。
前書きで謝ります。うまく行きませんでした。ごめんなさい。
2026/05/20 失敗作少女
静まり返った教室の中で私は冷や汗が背中をつたるのを感じていた。
「いや、そーいうんじゃないでしょ…。」
クラスメイトの女の子は形の良いくちびるを引き攣らせて言う。また私は選択を間違えてしまったらしい。何回目だろう、昨日もやった気がする。
なんで、と声に出そうとして、ぎりぎりで抑えた。ここでなんでと言ってしまったら空気の読めない子になる。私はそれがわかる。
でも、それはわかるけど、彼女がこんな反応をした理由は全く理解できなかった。彼女たちが不登校の子のことを話していたから便乗しただけなのに、同意する方向で意見を述べただけなのに。私はいつも相手を肯定しているのに。なぜうまくいかないんだろう。
「ねえ、桜木さんもっと考えた方がいーよ。発言とかね。」
彼女は自身の手を口元にやって眉尻を下げ笑った。あ、萌え袖だ。かわいいな。などと場違いなことを考えながら、けれど心臓がどっどっどっと音を鳴らし続けていた。
「そ、そうだね…ごめん。」
笑顔を作ろうとしたがうまくいかなかった。視線を揺らして両手をお腹の前で組んだり解いたりしていると、教室のドアが開き数学の先生が入ってきた。半分くらいのクラスメイトがそれを合図に自分の席に散っていく。私も汗をかきながら席に腰掛けた。
机の下で、まだ手をもちゃもちゃさせる。私は自分の世界に集中している時にこうする癖があるらしい。何年か前に当時の友達に教えてもらった。気になるからやめて、とも言われた。
チャイムが鳴り響く。日番が「きりーつ。」とだるそうな声をあげて教室は椅子を引く音でぎゅうぎゅうになる。私は少し出遅れた。「礼、ちゃくせーき。」立ち上がれたかと思えばもう座らなきゃいけないらしい。
私はいつも遅れている。それを誤魔化す術だけが磨かれていく。磨かれていくと言っても、得意、では決してない。それでもみんな、見て見ぬふりしてくれるから、指摘されたことはない。上手に見て見ぬ振りできるみんなが羨ましくなる。器用な子ばかりが望まれる世界で私が望まれることはないんだと思う。
数学の先生は最初の数分だけ雑談していたが、それが終わると「じゃ、前回宿題にしたプリント出してー。」と話を変えた。
え、プリントて、なにそれ。顔をきょろきょろと左右に動かすとクラスメイトたちは各々ファイルや教科書の間から茶色のプリントを取り出していた。
「プリントの問1を桜木、解きに来て。」
先生が自身の持っているプリントに視線を落としたまま、私を指名した。困った。とりあえず席を立って黒板に歩きチョークを手に取ったが、どうしようもなくてただフリーズした。数秒して先生が顔を上げこちらを見やる。プリントは?と訊かれ、私はチョークを置いてくちびるを動かした。「わすれました。」
頬に熱が集中しているのがわかる。先生はため息をつき注意したあと、別の子を指名した。席に戻りながら顔を上げられない私は、なんとなく自分のみぞおちあたりのカーディガンをにぎりしめた。
無能さをむき出しにしてしまった。と泣きたくなるような自分。それでも誰にも知られないため、表面上だけでも平気を装いたくなる自分。それすら失敗していたら、自分はより滑稽だけど。と強がりの無意味さを追求してしまう自分。いろいろあったけど、正直そんなのどうでもよくて、ただ呼吸がうまくできなくて死にそうだと感じた。何度も経験した痛みは、しかし慣れることはきっとなかった。
転んだ。
掃除の時間だった。濡れ雑巾で廊下を拭き終わった私は、汚れた水の入ったバケツを手に取り立ち上がった。「捨ててくるね、水。」とクラスメイトに告げて歩きだしたときだった。
たぶん、あれがだめだった。雑巾をあんまりしっかり絞らなかったから廊下がびちゃびちゃだった。普通に考えれば当たり前なんだろうけど、私は気づかなくて、思い切り滑った。
汚水が、廊下にあふれた。地面に尻もちをついた私の上靴、靴下、スカートに水がどんどん染み込んでいく。急いで体勢をなおしたとき、1番に気になったのは周囲からの視線だった。
「ちょっと…なにしてるのっ。」
クラスメイトが声をあげて駆け寄ってくる。「最悪なんだけど…。」
なんで水をこぼしたのは私であなたに非はないのに、あなたが最悪な気分になるんだろう。数秒思考を回して、ああ手間が増えたからか、と納得する。私はひゅ、と浅い息をしながら何か言おうとした。言うべきことはいろいろあったはずだ。ごめん、とか。ああ、ごめん、だけか。なのに声が出なかった。相手への申し訳なさより、自分のだめさが突きつけられたことが、どろどろしてて嫌だった。怖かった。死にたくなった。
「はあ…先生呼んでくる。」
クラスメイトはあからさまに眉をしかめて先生を呼びに行った。彼女が踵を返す直前に小さく落とされた、「まじで何がしたいわけ。」と言う言葉を私の耳は逃さなかった。
何がしたいの。その通りだと思った。何やってもダメなのに…なんて自嘲。自分を守るための自虐。意味はない。
膝がにぶく痛むことに気づいた。転んだ時にすりむいたらしかった。何回目だろうと指折りで数えようとしたが記憶なんて曖昧で諦めた。
ただ、じんわりと赤くなった膝を見てようやく、ごめんね、と思った。何に対してかはよくわからなかった。クラスメイトにかもしれないし、先生かもしれないし、自分自身にたいしてかもしれない。
上靴の中がびちゃびちゃで気持ち悪かった。脱ぎたいな。脱がないけど。
ふいに気になって、私は体をすこし動かして教室の中の様子をさぐった。そこに広がるにはあまりにも普通の光景。廊下のこれなんてなんにもしらないような普通の表情で、普通に友達と雑談して、普通にこれからの予定を立てて、普通に笑う同級生たちは、あまりにも素敵に映った。私は何も考えずに放とうとしていた「だれか、雑巾ちょうだい。」を肺の底に押し込んだ。
先生が雑巾を持ってやってきた。制服を汚水に濡らした私を見て、驚いたような表情を浮かべたあと「保健室に行きなさい。」と言った。
「あ、はい。」
掃除しなくていいのかな。こぼしたの、私なのに。だけど先生に言われたのだから良いのだろう。
歩き出そうと一歩を踏み出したとき、くら、と来た。また転けそうになった。壁に手をつき顔を上げて、視界がゆらゆら歪んでいることに気づく。なんでだろう。ともかく保健室に向かわなくては。私は階段を降りる。一段一段、間違えても踏み外さないように慎重に。先ほど肺に押し込んだものが詰まったのか息ができなくて、口内につばが溜まった。そんなだからカラカラなわけないのに、カラカラだ、と思った。
保健室のある1階までたどり着いて、スカートから濁った水滴を落とし、足を引き摺るようにして動く私は、側から見たらなんなんだろう。すれ違う生徒が私と目が合うたびに顔をしかめる。普段は生徒で溢れかえっている廊下を歩くと必ず避けきれなくてぶつかるのに、今は誰かと肩が触れ合うことすらなかった。
私はどうやら、ただの無能より下の存在になってしまったらしい。
乏しい語彙力から私に似合う言葉を探した。ダメ人間、出来損ない、欠陥品、いくつか浮かんだけど、失敗作が1番似合う気がした。1番シンプルでどうしようもないのは、たぶんそれ。
保健室についた。ドアを何回かノックしようと手を伸ばしかけたが、やめた。特に行きたい場所もなかったができるだけ人の少ないところを目指して歩を進み、中庭についた。お昼休みは生徒に人気な中庭に、あえて放課後に来る意味なんてまずない。当然誰もいなかった。
ベンチに座って、私は上靴を脱いで放り投げた。草と土のくすぐったい感触がぬるい靴下越しに伝わってくる。靴下まで脱ぐのは面倒だったから湿った気色悪さを眉を寄せながら受け入れる。
ぼんやり、空を眺めて、私は無宗教だけど、都合の良い時だけ神様に祈ろうと思った。たとえば、次は愛される子になりたいな。と。普通の真っ当な人間がいいな。生まれ変わりとかわかんないけど。明日は笑いたいな。明日があるのか、知らないけど。
太陽はだんだん色を変えている。私は目を閉じる。オヤスミナサイと言う。