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15話「ゲーム部の不可侵ドメイン」
俺たちは北側倉庫の修羅場を後にし、金成こいんの先導で学園の最深部へと足を進めていた。
「よっし、ここまで来ればもう安心だぜ! 景の野郎のクソAIも、俺の聖域には手出しできねえからな!」
ツンツンと跳ねた茶髪を揺らしながら、こいんは鮮やかな黄色のプルオーバーパーカーのポケットでジャラジャラとコインを鳴らし、誰も近づかない旧管理棟の地下へと続く、錆びついた鉄扉を蹴り開けた。
階段を下りた先に広がっていたのは、およそ学園の規則からは逸脱した、混沌とした秘密基地だった。
剥き出しのコンクリート壁。床一面に敷き詰められた、電磁波を完全に遮断するという特注の古銭や防電磁波コイン。部屋の中央には古びたポーカーテーブルが鎮座し、壁際には無数のトランプやダイス、そして最新鋭のタフブックがいくつも転がっている。
「へえ、ここがゲーム部。……AIの網の目が完全に『空振り』しているわ。私のスマホ、位置情報の同期が完全に止まってる」
神代玲奈が、息を整えながら室内を見回した。彼女の赤い瞳はまだ酸欠の余韻でネオンブルーに微かに揺れていたが、その綺麗な顔からようやく『絶望の歪み』が消え、安堵の表情が戻っていた。
「イェア!! この遮蔽空間、筋肉のストレッチにもってこいの最高の環境だぜフレンド!!」
身長2m21cmの巨軀を誇る樽巻拳殴が、丸太のような右腕で自らのスキンヘッドを叩きながら、小脇に抱えた新しいノートパソコンをポーカーテーブルにドサリと置いた。
「ドクター、ここなら生徒会のクソインフラに邪魔されずに、じっくりと次の『右ストレート』の仕込みができるな!」
「空気が、変わった……」
部屋の隅の影に、まるで染み出すようにして佇んだ斜藤あさひが、狐の面を外した素顔のまま、ピンク寄りの赤瞳をぱちくりと瞬かせた。
「ここは、景さんの作った色の匂いがしない。瑠璃色でも縹色でもない……もっと、ごちゃまぜで、温かい色」
「ははっ、そりゃあ戦利品の匂いだからな!」
こいんはポーカーテーブルの椅子を引いてどっかりと座り、胸元の【8212】の数字を眩く明滅させた。
「あのガチガチの会計さんをすっからかんにして奪ったスコアだ。これで俺たちの資金は一気に潤沢になった。なぁ、綾?」
こいんは悪戯っぽく笑いながら、手元で愛用の古銭を綺麗にスピンさせ、ポーカーテーブルの上を滑らせて俺の前にピタリと止めた。
「……上出来です、金成くん」
俺——御堂綾は、第一ボタンまでキッチリと閉めた制服の襟元に触れ、ガラスのようなライトブルーの瞳でそのコインを見つめた。眼の網膜の裏側で、過熱していた演算装置が急速に冷却され、静かな青いログへと落ち着いていく。
「これで生徒会四天王の一角、会計の御園生財務は完全に失脚した。学園の資産流通の半分は、僕たちのハッキングによって機能不全に陥ったはずです」
俺は椅子を引き、ポーカーテーブルの席に着いた。
「ですが、神代景がこのまま黙っているわけがない。システムを物理ロックしてまで時間を稼ごうとした男だ。会計が破産した時点で、彼は次なる『防壁』を起動させている」
「次なる、防壁……」
玲奈が華奢な肩を微かに震わせながら、俺の隣の席に腰を下ろした。その赤い瞳には、まだ兄である神代景へのドロリとしたトラウマが残っている。
「一ノ瀬のブラック・マーケット、如月院先輩の精神査定、そして御園生の絶対防壁。生徒会の外殻は次々と剥がしているわ。でも……景の側近には、まだ『情報部』の残党や、学園全体のインフラを監視している総務の影がある。あいつらは、これまでの小悪党とは比べ物にならないくらい、人の心を隠すのが上手い。……特に、あの総務の連中は」
玲奈が言葉を紡ぎ終えた、その瞬間だった。
部屋の隅、コンクリートの影に溶けていた斜藤あさひが、静かに、本当に衣服の擦れる音すら立てずに、俺たちの背後へと歩み寄ってきた。
「うん、玲奈さんの言う通り。景さんの網は、優しくて、絶対に逃がさない」
あさひの声は、いつものようにどこか詩的で、ひどく平坦だった。
だが、その響きの中に、先ほどまであったはずの「怯え」や「迷い」の澱みは一切存在しなかった。
「え……? あさひちゃん……?」
玲奈が奇妙な違和感に気づき、振り返る。
あさひは、腰まで伸びた純白の美しい髪をサラリと揺らし、ポーカーテーブルの上に、外していたはずの『白い狐の仮面』をコト、と静かに置いた。
「虹は、空が泣いた後の笑顔だけど……」
あさひのピンク寄りの赤い瞳が、冷徹な三日月形に細められる。
「人工の光で無理やり作られた虹はね、プリズムを壊せば、一瞬で真っ暗な闇に溶けて消えちゃうんだよ」
その瞬間、御堂綾の『眼』が、あさひの胸元のデジタルバッジを捉えた。
スコア【0】。最底辺の「家畜」を示すその数字が、まるでバグを起こしたかのように激しく明滅し、一瞬にして書き換わっていく。
【斜藤あさひ:学園スコア 0 → 8500】
「なっ……!? スコア、8500……!? 四天王の御園生よりも高い……!?」
玲奈が悲鳴のような声を上げて椅子から立ち上がった。
「イェア……!? おいおいフレンド、冗談だろ!?」
樽巻先輩がサングラスの奥の目を剥き、ポーカーテーブルを叩いて立ち上がろうとする。しかし、巨軀を揺らした瞬間、先輩の顔が苦悶に歪んだ。
「な、んだ……身体が、動か……ッ」
「筋肉で耐えられるだろ、って? ダメだよ樽巻さん。さっき私が渡した『生明(あざみ)へのお土産のお菓子』……あれ、楊磊くんに特注で作ってもらった、強力な神経弛緩剤入りのクッキーだから」
あさひは淡々と、まるで明日の天気を語るような口調で言った。
「君たちが倉庫で戦っている間に、私が空気になって、みんなの飲み物やストレッチ用の水に混ぜておいたの。体中を巡るまで、だいたい15分。……ちょうど、今くらい」
「ガ、ハッ……!!」
丸太のような筋肉を誇る樽巻先輩が、そのまま床へと崩れ落ちる。
「あ〜、えっと? どういうことだ? ……あさひ、お前、景の野郎のスパイだったのか!?」
こいんが黄色の瞳を驚愕に染め、パーカーのポケットからコインを掴み取ろうとする。
「動かないで、ギャンブラーくん。君の『勘』は凄いけど、引き金を引く指の筋肉が弛緩してたら、コインを弾くことすらできないでしょ?」
あさひは冷酷に笑い、こいんの動きを言葉だけで封殺した。
俺は、じっと座ったままだった。
第一ボタンまでキッチリと閉めた制服の襟元に手を添え、ガラスのようなライトブルーの瞳で、目の前の少女を見つめる。
あさひの呼吸、1分間に14回。脈拍、64。
完全に安定している。
最初から、俺たちに救出された瞬間から、彼女のバイタルには「嘘」の揺らぎがなかった。なぜなら彼女は、心から「自分は無害な被害者であり、景のために動くのが絶対の正義だ」と、精神の根底から信じ込んでいたからだ。
他人の嘘を100%見抜く俺の『眼』の、完全な死角。
「……やってくれましたね、斜藤さん。僕としたことが、天然の『自己欺瞞』を見落とすとは」
「ふふ、驚いた? でも、本当に景さんから聞いてた通りだ……!」
あさひは嬉しそうに微笑み、スマホの画面をタップした。
ウィィィィン——ッ!!!
電磁波を完全に遮断していたはずのゲーム部のスピーカーが、突如として強制起動し、あの耳障りなソロバンの音ではなく、今度は美しくも残酷なハーモニーを奏で始めた。
壁のモニターが一斉に起動し、学園のシステムインフラを司る『生徒会総務』の冷徹なロゴが浮かび上がる。
それと同時に、自動ロックされた鉄扉の外側から、大勢の生徒会執行部の足音が旧管理棟の地下へと近づいてくるのが聞こえた。
「この部屋の防電磁波コインの配置、空気になって歩き回りながら、少しだけ隙間を作っておいたんだ。そこから景さんのインフラを呼び込んだの」
あさひは再び白い狐の仮面を顔に当て、そのピンク寄りの赤瞳を仮面の奥に隠した。
「私は、無害だよ? 私を潰したって、何も変わらない。——今すぐ帰って、あの人たちに伝えよう。ネズミの巣を見つけたって」
狐面の奥から、冷たい嘲笑が響く。
完璧な隠れ家だったはずの「ゲーム部」は、一瞬にして、逃げ場のない「処刑場」へと変貌を遂げた。
「ねぇ、景さん?」
ゲーム部の中にあるモニターが点滅を始める。
ざり、と歪んだ砂嵐のノイズを吐き出しながら、冷徹な蛍光灯の白に染まっていた画面が、一瞬にして禍々しいほどの「漆黒」へと塗り潰された。
その中央に浮かび上がったのは、この私立栄華学園の頂点に君臨する絶対的な『偽神』——生徒会長・神代 景(かみしろ けい)の、冷酷極まりないシルエットだった。
「——よくやってくれたね、あさひ。君の『空気』としての価値は、やはり私の計算通り、いや、それ以上だったよ」
スピーカーから響いてきたのは、まるで世界そのものをあらかじめチェス盤の上から見下ろしているかのような、絶対的な強者の声音。
その冷たい声が狭い地下室に落ちた瞬間、空気の温度がさらに数度、一気に氷点下まで叩き落とされたかのような錯覚に陥る。
「お兄……様……っ!?」
床に崩れ落ち、身体を震わせる玲奈の赤い瞳が、恐怖と憎悪でネオンブルーに激しく明滅した。
「どうして……どうしてここに……! ここは電磁波も、あなたのAIの眼も届かない、完全な隔離空間のはずよ……!」
「完璧な防壁など、この箱庭には存在しないよ、玲奈。君は相変わらずロジックが甘い」
画面の向こうの影が、静かに首を振る。
「金成くんの敷き詰めた古銭のロジックは確かに優秀だった。だが、斜藤あさひがその配列をほんの数ミリずらし、さらに衣服に仕込んだ「微弱インフラ中継器」を起動させた時点で、この部屋は我が生徒会総務の『完全な支配下』に落ちたのだ。……価値なき反逆者たちの巣窟としてね」
「あ〜、クソが……! 俺の『勘』、こういう時に限って、最悪の『大ハズレ』を掴まされたって、脳ミソの裏側でドラム叩いてやがる……!」
こいんが黄色の瞳を悔しさでギラギラと燃え上がらせ、動かない右腕を必死に床に擦り付けた。
「他人の嘘を見抜くドクターの眼がありながら、俺の、確率を超越するはずの勘がありながら……こんな、顔も隠した女の子一人に、全員すっからかんにハメられるなんてなぁ……っ!」
「だから言ったでしょ、ギャンブラーくん。私は無害だよ。君たちの敵でも、味方でもない。ただの、景さんの空気だもん」
あさひはポーカーテーブルの上に置いた白い狐の仮面を、ゆっくりと両手で拾い上げた。そのピンク寄りの赤い瞳は、完全に虚無に染まり、目の前で倒れ伏す仲間たちを、まるで床のゴミを見るかのような冷徹さで見下ろしている。
「嘘つきたちの最高峰を決めるカースト・ゲーム、なんて。御堂くん、君の『眼』は確かに特別だったけれど……『景さんのためなら、自分の命もスコアも、明日見る空の色さえもどうでもいい』って心から信じてる人間の心を、君のシステムは【偽り】だと叫んでくれた?」
「……いいえ」
俺——御堂綾は、椅子に深く腰掛けたまま、第一ボタンまでキッチリと閉めた制服の襟元に手を添えた。ガラスのようなライトブルーの瞳を、モニターの黒と、あさひの赤へと静かに向ける。
「僕の網膜の裏側の演算装置は、君の言葉を終始『100%の真実』だと判定し続けていました。自分の精神すらも神代景のロジックで書き換えた、天然の自己欺瞞防壁。……見事なチェックメイトです、斜藤さん」
「ふふ、合格。……でも、もう遅いよ」
あさひは、そのサラサラの白い髪を揺らしながら、再び白い狐の仮面を顔へと当てた。パチリ、と衣服の裏で、生徒会総務のアクセスキーがロックされる音が響く。
「じゃあね、みんな。氷が飲み物に溶けていくように、私も空気に溶けていく。……景さん、あとの処理は、総務の執行部部隊に任せていいよね?」
『ああ。ご苦労だった、あさひ。君のスコア【8500】に見合うだけの特等席を用意して待っているよ』
モニターの向こうの神代景が冷酷に告げると同時に、ゲーム部の鉄扉の外から、ザツ、ザツ、ザツ、ザツと、完全に統率された生徒会執行部の足音が、すぐそこまで迫ってきた。その数は、少なくとも30人以上。
「おいおいフレンド……筋肉の、出力が、まだ……10%も戻らねえ……ッ!」
樽巻先輩が2m21cmの巨軀を軋ませ、サングラスの奥で歯を剥き出しにして悔しがる。
「ドクター……俺たち、ここでポイっと、ポイントみたいに消されるのか……!?」
「……まさか」
俺は静かに椅子から立ち上がった。
第一ボタンまで閉めた襟元を一度緩め、再びキッチリと締め直す。ガラスのようだった俺のライトブルーの瞳が、一瞬にして、ドロリとした底知れぬ「バイオレット」の狂気へと変色していく。
「神代景。お前は確かに完璧なプロット(脚本)を組んだ。だが、お前は大きな計算違いをしている」
「ほう? 破産が確定したゴミチップが、まだ何か面白い嘘を吐くのかい、御堂くん」
「嘘ではありませんよ、偽神」
俺は、倒れ伏す玲奈たちの前に立ち、迫り来る鉄扉の足音を正面から見据えた。
「斜藤あさひの裏切りによって、僕たちの完璧な隠れ家は失われた。だが、それと同時に——僕たちがこれ以上、お前の敷いたルールの内側で、綺麗に『ゲーム』を演じてやる義理も、完全に消滅したということだ」
俺の『眼(レンズ)』が、ゲーム部の壁の裏側、生徒会総務がハッキングのために無理やり繋いできた高圧インフラ回線の、たった一箇所の「脆弱性」を完全にロックした。
勝てば天国、負ければ奴隷。
ルールをハックされる恐怖を、今度はそちらが味わう番だ。
俺の左目——網膜の裏側に埋め込まれた視覚演算システムが、限界を超えてオーバードライブを開始した。ライトブルーだった光彩は、網膜の毛細血管が焼き切れる寸前のドロリとしたバイオレットへと完全に変色し、世界のすべてを強制的な「コード」として解読し始める。
「ほう。諦めの悪い家畜の、最後の悪あがきか。見苦しいね、御堂くん」
モニターの向こうで、神代景のシルエットが冷徹に、そして心底退屈そうに告げた。
「悪あがきかどうか、その傲慢なAIで計算してみるがいい」
俺は右手を伸ばし、ポーカーテーブルの上に残されていた樽巻先輩のノートパソコンを、指先だけで乱暴に引き寄せた。
「た、樽巻先輩、タイピングを……一秒だけ、あなたの『加速』を俺の指にハックさせてください」
「……イェ、ア……ッ。俺の、筋肉の駆動コードは……『Bulk-Up』、だ……ドクター……っ!!」
床に倒れ伏した樽巻先輩が、濁った声を絞り出す。
俺の『眼』がそのパスワードを認識した瞬間、俺の脳内システムと、先輩のノートパソコン、そしてゲーム部の壁裏を通る高圧インフラ回線が、一本の不可視のラインで直結した。
あさひが電磁波遮蔽コインをずらし、生徒会総務のインフラをこの部屋に呼び込んだ。それは確かに完璧なトラップだ。だが、それは同時に、これまで決して表に出てこなかった神代景の『中央管制サーバー』への物理的な回路が、この部屋に直に剥き出しになったということに他ならない。
侵入経路(ドア)を開けたのはそっちだ。なら、ここから先は俺のゲームだ。
バラララララララララララララララララララララッ!!!!
地下室に、鼓膜を破らんばかりの凄まじいタイピング音が炸裂した。
樽巻先輩の固有能力『身体動作の加速』を、俺の視覚演算が一時的にハックし、指先へと全出力を強制転送したのだ。常人には視認すら不可能な速度で、キーボードの文字が、液晶の光が、爆発的な熱量を帯びていく。
「何、を……してるの……!?」
白い狐の仮面を顔に当て、部屋を立ち去ろうとしていたあさひが、初めてその足をピタリと止めた。仮面の奥のピンク寄りの赤瞳が、驚愕に激しく見開かれる。
「斜藤さん、君の書いた裏切りのプロットは、あまりにも無害で、あまりにも綺麗すぎた」
俺はキチリ、と第一ボタンまで閉めた襟元を指先で弾き、エンターキーを親指で叩き割るようにして押し込んだ。
「だから——致命的なバグが、一文字足りていない」
ドガァァァァァン————ッ!!!!
次の瞬間、ゲーム部全体のスピーカーと、神代景の映る黒いモニター、そして壁裏の配電盤が一斉に、凄まじい火花を散らして爆発した。
「なっ……!?」
画面が完全にブラックアウトする直前、あの絶対的な偽神・神代景のシルエットが、初めて小さく揺らいだのを、俺の眼は見逃さなかった。
あさひが呼び込んだ総務のハッキング回線を逆流させ、生徒会総務のシステムそのものを、このゲーム部の高電圧インフラごと内部から「強制ショート」させたのだ。
「あ、あ、あああ……っ!! 景さんの、景さんのインフラのメロディが……壊れて、いく……!?」
あさひが頭を抱え、仮面の奥で悲鳴を上げた。
彼女がこの部屋の防電磁波を壊すために仕込んでいた『衣服の微弱インフラ中継器』が、逆流した超高電圧によってショートし、その胸元からバチバチと青い火花が飛び散る。
「ガハッ……! つ、ついでに、身体に回ってた変な薬の、電磁成分も……一緒に焼き切れた、みたいだぜ……っ!」
こいんが黄色の瞳にネオンの光を蘇らせ、ガタガタと震えながらも、ポーカーテーブルを掴んで力ずくで立ち上がった。彼の胸元のバッジには、奪い取った【8212】の数字が、荒々しく再起動のログを刻んでいる。
「イェアアアアア!! 筋肉の出力、30%回復!! これだけあれば、ドアの前の雑魚どもを右ストレートで消し飛ばすには十分だ!!」
樽巻先輩がサングラスの奥の目を血走らせ、2m21cmの巨軀を咆哮とともに弾けさせた。
「行きましょう。ここはもう、僕たちのドメインではない」
俺は、まだ力の入らない玲奈の細い身体を容赦なく横抱きに抱え上げ、完全にロックが壊れて火花を噴き出す鉄扉へと歩みを進めた。
「御堂、くん……君は、やっぱり……」
狐の仮面の奥から、あさひの震える声が響く。彼女は胸元の中継器を焼き切られ、スコア【8500】の明滅を激しく乱しながら、コンクリートの壁にへたり込んでいた。
「斜藤さん。君をここで殺しはしない。……いや、『生かしておく価値もない』。お前の大好きな景さんのロジックが、僕たちの狂気に引き裂かれていく様を、その仮面の奥から指を咥えて見ておくといい」
俺は一度も振り返ることなく、バイレットの瞳で暗い通路の先、執行部部隊の影がうごめく修羅場を見据えた。
完璧な隠れ家は消滅した。仲間の一人は最悪の裏切り者だった。
だが、俺たちの胸の内に灯った、偽神の首を狩るためのドロリとした復讐の炎だけは、何者にもハックできはしない。
通路の奥から、執行部たちの怒号が響き渡る。
本当の地獄の泥仕合が、今、ここから始まるのだ。
——本日の観測を終了。斜藤あさひの完全なる離脱、およびゲーム部ドメインの崩壊を確認。共犯者チーム、生徒会総務の包囲網を突破し逃亡フェーズへ移行。
次回、16話「敗者のバイタル・サイン」