公開中
7話「神代家の因縁」
神代景が学園の闇へと潜伏してから、数日が経過していた。
基幹システムが半分物理ロックされた生徒会室は、本来の機能を失い、どこか冷え切った電子の墓場のような静けさに包まれている。
「ねえ、綾くん……本当に大丈夫なの……?」
傍らに立つ神代玲奈が、祈るように、そしてひどく怯えた様子で俺の顔を覗き込んできた。
艶やかな黒髪は微かに乱れ、意思の強かったはずの真っ赤な瞳は、焦燥感で細かく小刻みに震えている。
俺はポーカーフェイスのまま、第一ボタンまでキッチリ閉めた制服の襟元に触れ、ガラスのようなライトブルーの瞳を彼女に向けた。眼(レンズ)が彼女の呼吸数と、1秒間に120回を越える異常な心拍を正確にスキャンしていく。
「何がですか、神代さん」
「何がって……景のことよ! あいつ、システムを凍結して逃げたのよ!? 3月の卒業式までにシステムを修復されたら、私たちの仕込んだウイルスは消されて、今度こそ私たちが『家畜』のどん底に落とされるのよ……!」
玲奈は恐怖のあまり、その綺麗な顔をクシャクシャに歪めて俺の腕にすがりついてきた。
プライドの高かった元・女王のこの絶望顔は、いつ見ても極上の査定材料になる。だが、今の彼女の怯え方は、単なるゲームの敗北を恐れているのとは少し違っていた。
「神代さん。お前がそこまであの男を恐れる理由は何です? 音声データの改ざんという『ウソ』はすでに暴いた。お前を嵌めた駒(一ノ瀬)も、すでに僕がハックして潰したはずですが」
俺が冷淡に問い詰めると、玲奈はハッと息を呑み、唇を血がにじむほど強く噛み締めた。そして、絞り出すように「神代家」の歪んだ血の歴史を語り始めた。
「……神代家はね、この高度育成学園のAI査定システムを裏から資金援助し、牛耳っている巨大財閥なのよ。あの家の家訓はただ一つ。『完璧(カンスト)であり続けること。査定の低い者は人間ではない』」
玲奈の赤い瞳に、ドロドロとした過去のトラウマが浮かび上がる。
「半年前、私はあいつの罠にかかってスコアを奪われ、最底辺へ叩き落とされた。その瞬間、実の親からも、親族全員からも『ゴミ』のように扱われたわ。存在そのものを否定されて、家の中の籍すら消されそうになった。景はね、実の妹である私を徹底的に踏み台にすることで、自分が神代家の正当な後継者(カンストの神)であることを証明したのよ」
玲奈の指先が、ガタガタと音を立てて震える。
「もし……もし3月の卒業式までに景を完全に引きずり下ろせなければ、あいつは『完璧な勝者』として神代家を継ぐ。そうなれば、私は一生、光の当たらない闇へ葬られる。あの男は、そういう血の中に生きている化け物なのよ……!」
実の兄妹でありながら、AIの数値一つで人間かどうかを査定される、歪みきった財閥の血脈。
**チカッ、チカチカッ——**
その時、生徒会室のメインモニターが突然ノイズを走らせ、赤い警告灯が不気味に回転し始めた。
「——相変わらず見苦しいね、玲奈」
スピーカーから響いたのは、紛れもない神代景の声だった。
画面に映し出されたのは、学園の地下、あるいは旧校舎の隠し部屋と思われる、薄暗い電子機器に囲まれた部屋に潜伏する景の姿。その胸元のスコアは、先日の暴落からわずかに回復し、【4120】という不気味な数値を表示していた。
「景……ッ!?」
玲奈が悲鳴のような声を上げ、一歩後ずさる。
「学園の全インフラの半分は、まだ僕の脳波と同期している。玲奈、君がいくら新しい『神』にすがりつこうと、神代の血に流れる『完璧への執着』からは逃れられない。卒業式のあの日、君たちの存在そのものを本当の地獄へ査定してあげるよ。……じゃあ、良い冬休みを」
プツン、と通信が途絶え、画面が再び暗転する。
景の圧倒的な執念を前に、玲奈はその場に膝をつき、完全に絶望の淵へと突き落とされていた。
「神代の血脈? 完璧の証明?」
俺は冷徹に言い放ち、一歩、前へ出た。
前髪の隙間から覗く、俺のガラスの瞳が、これまでにないほど冷酷なバイオレットの電子色にギラリと輝く。
「……くだらない。お前たちが崇めるその『血のシステム』ごと、僕がすべて書き換えて(ハックして)あげますよ」
「え……?」
玲奈が涙目のまま、呆然と俺を見上げる。
「今の通信、神代景は僕たちを脅すために繋いできたつもりでしょうが、あまりにも浅はかだ。音声データの暗号化のラグ、そして割り当てられたIPのルーティング経路のミリ秒単位の遅延――そのわずかな隙から、彼が潜伏している『第一の隠しサーバー』の座標をすでに逆探知(スキャン)しました」
俺は手元のスマホをタップし、画面に一つのマップを表示させる。赤く点滅しているのは、旧校舎の地下深く。
「3月まで待ってあげる必要なんて、最初からありません。さあ、僕の共犯者。……偽物の神をハントしに行きましょうか」
——本日の観測を終了。戦闘は新しいフェーズへと移行します。
次回、「光属性」