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2話「共犯の境界線」
放課後の喧騒が去った、夕暮れの旧校舎。錆びついた水道の蛇口から、
**…トツ…トツ…**
と不規則に落ちる水音が、静まり返った廊下に響いていた。
「見事なハメ技だったわね、御堂くん。いえ——スコア『742』の新しい貴族様、と言うべきかしら」
背後からかけられた声は、鈴の音のように澄んでいたが、同時に凍りつくような冷たさを孕んでいた。
振り返ると、そこにいたのは神代玲奈。
ほんの1週間前まで、その圧倒的な美貌と財力で学園の頂点近くに君臨していた、元・女王だ。現在の彼女のバッジは、俺と同じく完全な無光——スコア【0】を示している。
「……何の用ですか、神代さん。家畜同士、傷の舐め合いでもしに来たんですか?」
俺は冷淡に突き放す。だが、俺の眼はすでに彼女の細部を捉えていた。
呼吸、1分間に16回。完璧な深呼吸。制服の裾を握る指先が微かに白い。——怯えている。でも、逃げるための恐怖じゃない。獲物を前にした捕食者の緊張だ。
彼女は、新道を壊した俺の『狂気』に怯えながらも、同時にそれを利用しようと近づいてきている。
「舐め合い?まさか。私は私のモノを全部奪い返しに来ただけよ」
神代玲奈が、ゆっくりと俺との距離を詰める。夕日の赤が、彼女の鋭い瞳を血のように染めていた。
「あなた、新道のコインの動きをスロー映像で確認するなんて言ったけれど、あれはハッタリね。あの教室の監視カメラは、先月のシステム更新でフレームレートが下がっているわ。スローにしても、指先の細かな小細工なんて映るはずがない」
俺の口角が、自然と上がった。
「気づいていましたか」
「当然よ。でも、新道は怯えて自滅した。あなたはカメラの仕様ではなく、彼の『罪悪感』と『恐怖』を完璧にハックして、自白させたのよ。……おぞましい男」
神代玲奈はそう言いながら、俺の胸元にそっと手を置いた。
細い指先から、彼女の狂おしいほどの憎悪の体温が伝わってくる。
「私を裏切って、私のスコアをすべて奪った男がいるの。現在の生徒会書記——一ノ瀬。来週、あの男が主催する『|学園オークション《ブラック・マーケット》』があるわ。……私と組みなさい、御堂綾。あなたのその悪魔のような眼を、私に貸して」
裏切り。そうだ、この学園はそれだけで出来ている。
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かつて俺を『0』に査定したあの『神』も、俺の最も信じていた存在だった。
『ごめんね、綾。君が優秀すぎるから、私は怖かったんだ』
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胃の奥からせり上がる黒い記憶を、強引に飲み干す。
目の前の元・女王も、俺をただの便利な道具としか思っていない。
いつでも裏切る準備はできているはずだ。
「いいですよ、神代さん。組みましょう」
俺は彼女の手を、少し強めに握り返した。
「ただし、僕を裏切ろうとした瞬間、あなたのその綺麗な顔が絶望でクシャクシャに歪むことになる。……それでもいいなら、僕の共犯者にしてあげます」
神代玲奈は一瞬、息を呑んだが、すぐに妖艶な笑みを浮かべた。
「ええ、望むところよ。地獄の底まで付き合ってあげる」
ピピッ——
二人のバッジが、微かに共鳴するように青く光る。学園AIが、俺たちの『共犯契約』を、歪んだ最適解として処理したのだ。
査定更新。被検体:神代玲奈。危険度、上昇。——共犯関係、成立。
元・女王という最強のパーツを手に入れた。
次の標的は、生徒会書記・一ノ瀬。学園を統べる『偽神』への階段を、俺たちは一段ずつ、血と嘘で塗り潰しながら登り始める。
—— 本日の観測終了。共犯者の獲得を確認。次なる査定の舞台へ移行します。
次回、3話「学園オークション」