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4話「黒い副会長」
「生徒会室へようこそ、御堂綾くん。……それから、おかえりなさい、神代玲奈さん」
重厚なマホガニーの扉の向こう側。
出迎えたのは、豪奢な革張りの椅子に深く腰掛けた少女——如月院 夜空だった。
彼女の長い黒髪が、月光を浴びて妖しく濡れたように光っている。胸元のデジタルバッジに浮かぶ【8500】という数字が、圧倒的な質量となって俺たちの精神を押さえつけてきた。
「一ノ瀬をハックしたあの『秘密』、私にも詳しく聞かせてくれないかしら?」
如月院は優雅に微笑みながら、デスクの上に奇妙な形をした二つのヘッドセットを置いた。
金属製のフレームに、不気味に明滅する赤いセンサー。それが何を意味するのか、俺の眼は一瞬で理解した。
「……ただの話し合いではなさそうですね、副会長」
「ええ。これは学園AIが開発した『|精神査定判定機《ライ・ディテクター》』。ルールは簡単よ。今から私とあなたが交互に質問をし合うの。もし『嘘』をついたり、精神の動揺をシステムに検知されたら——」
如月院がパチン、と指を鳴らす。直後、デスクの金属プレートからバチバチッと激しい青白い火花が弾け飛んだ。
「強い電気ショックが脳を突き抜けるわ。脳が焼き切れる前に降伏するか、スコアが『0』になるまで終わらない、楽しい尋問面接ゲームよ」
狂っている。
これまでの頭脳戦とは次元が違う。イカサマやハッキングをする前に、肉体が、神経が、物理的に破壊される恐怖。
隣に立つ神代の呼吸が、一瞬で浅くなるのが分かった。
呼吸、1分間に32回。速い。瞳孔が開いている。——神代さんは、過去にこの部屋で同じ目に遭っているな?
神代のトラウマを刺激し、俺たちの連携を根底から狂わせる。それがこの女の狙いだ。
「御堂くん、やめておきなさい。この女は本物の怪物よ……!」
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神代が俺の袖を掴み、青ざめた顔で首を振る。
——耳を劈く電気音。体にまとわりつく、肉が焦げるような嫌な匂い。
『耐えるんだ、綾くん。君の脳がAIの限界を超える瞬間を、私は見たいんだよ』
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「いいですよ、如月院先輩。そのゲーム、俺が買いましょう」
俺は神代の手を優しく払い、迷わずヘッドセットを頭に装着した。
「ただし、僕の精神を査定しようとしたこと、後悔しないでくださいね」
如月院の目が、驚喜にギラリと形を変える。
「素晴らしいわ。やっぱりあなた、壊れているのね」
ピ———
システムが起動し、俺と如月院の意識が一本の『電流の鎖』で繋がれた。
勝てば生徒会の中枢へ、負ければ脳の崩壊。
嘘が許されない極限の尋問戦が、今、始まった。
「それじゃあ、私から質問させてもらうわね、御堂綾くん」
如月院夜空が、愉悦に満ちた瞳で俺を見据える。ヘッドセットのセンサーが、俺たちのこめかみで不気味に赤く明滅していた。
「あなた、この学園の人間じゃないわね? ……いいえ、言い方を変えましょう。あなた、本当は人間(プレイヤー)の形をした、この学園のシステムそのもの——『AI』なんじゃないかしら?」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
あまりにも突拍子もない、けれどこの作品の根底を揺るがすメタ的なハメ質問。
背後で神代がハッと息を呑む。センサーが一瞬、俺のわずかな脈拍の乱れを検知した。
**バチバチバチッ!!!**
「ぐっ……!」
激しい電流が脳を突き抜け、視界が一瞬、真っ白に染まる。肉体が引きちぎれるような痛みが全身を襲った。しかし、俺は奥歯を噛み締め、無理やり口角を吊り上げて笑ってみせた。
「……何が、おかしいのかしら? 嘘をつけば、次はもっと強い電流が流れるわよ」
「おかしくて、笑うしかないんですよ。如月院先輩。……今の質問に対する僕の答えは『NO』です。僕は血の通った人間だ」
ピピッ——。
警告音は鳴らない。電流も流れない。システムが、俺の言葉を『真実』と判定したのだ。
「なるほど、人間であることは確かなのね。じゃあ、今の電流は何の動揺かしら?」
「あなたのその、底の浅い『推測』に呆れただけです。……さあ、次は僕の番だ。先輩、あなた——学園のトップである『生徒会長』に、狂ったような劣等感と、エグいほどの執着を抱いていますね?」
その瞬間、如月院の端正な顔が、ピキリと凍りついた。
呼吸、1分間に14回から28回へ急上昇。
指先が、デスクの下で自分の太ももを血が出るほど強く掻き毟(むし)っている。
完璧だった彼女の『嘘の仮面』が、一瞬で剥がれ落ちるのを、俺の眼は見逃さなかった。
**バチバチバチバチッ!!!!**
「あぁっ……!!!?」
如月院の短い悲鳴が、防音の生徒会室に響き渡る。
彼女の脳に、俺が受けたものの数倍の電流が容赦なく叩き込まれたのだ。髪が激しく揺れ、彼女はデスクに両手を突いて激しく呼吸を乱した。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ! あなた、何を……根拠に……!」
「根拠? あなたの身体すべてが叫んでるんですよ。一ノ瀬をハックした僕の『秘密』を欲しがったのも、それを使って会長を引きずり下ろしたいからだ。違うレベルの強者に勝つために、手段を選ばなくなっている」
俺はヘッドセットを指でトントンと叩き、さらに冷酷に追いつめる。
「システムは正直だ。あなたの『会長への嫉妬』は、脳が焦げるほどの真実らしい」
如月院は、乱れた前髪の隙間から、憎悪と、それ以上の恐怖を孕んだ目で俺を睨みつけた。
完璧な絶対強者だった副会長が、今、俺という最底辺の怪物の前で、ただの『被検体』に成り下がっている。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
デスクに両手を突き、肩を激しく上下させる如月院夜空。
ヘッドセットから漏れる赤い光が、彼女の乱れた黒髪を不気味に照らしている。スコア「8500」を誇る絶対強者のプライドは、すでに俺の言葉の毒によってズタズタに引き裂かれていた。
「認めなさい、如月院先輩。あなたは生徒会長——あの『偽神』を恐れ、同時に心の底から憎んでいる」
「黙りなさい……ッ! あなたごときスコアゼロの家畜が、あの人の何を、知っているというの……!」
如月院が狂ったように叫び、デスクの上のスイッチへと手を伸ばした。
「こうなったら相打ちよ!システムの出力を最大にするわ!次の質問で嘘をついた方は、本当に脳が焼き切れて廃人になる!……さあ、最後の一問よ、御堂綾!!」
ヘッドセットのセンサーが、血のように真っ赤な光を放ち、
キィィィン
と耳を劈く高周波の駆動音が室内に響き渡る。
最大出力の電流。受ければ間違いなくタダでは済まない。
「やめて、如月院! そんなことをしたらあなただって!」
神代が悲鳴のような声を上げるが、如月院の耳にはもう届いていない。彼女の瞳は、狂気と執念で完全に濁りきっていた。
「御堂綾! あなたの目的は何!?一ノ瀬をハックし、私をここまで追い詰めたあなたの『本当の狙い』を言いなさい!!」
一瞬の沈黙。 俺はゆっくりと目を閉じ、そして、静かに開いた。
脳裏に浮かぶのは、あの白く冷たい部屋。俺から全てを奪った、あの男の笑顔。
「僕の目的ですか。決まっているでしょう」
俺は一歩、如月院の目の前へと歩みを進め、その狂気に満ちた顔を真っ正面から見据えた。
「学園の頂点にいるあの男。僕の人生を『0』へと査定した生徒会長——『|神代《かみしろ》——』を引きずり下ろし、この歪んだ格付けシステムごと、完膚なきまでに叩き潰すことです」
ピピッ——
電子音が鳴る。電流は流れない。 システムが弾き出した判定は、完全なる『真実』。
「……っ!? か、神代……? なぜ、あなたがその名前を……」
如月院の顔から、今度こそ完全に血の気が引いた。その瞳に宿ったのは、怒りではなく、底なしの「恐怖」だった。
「神代……? 御堂くん、今、なんて言ったの……?」
背後で、神代玲奈の声が震える。
そう、この学園を統べる『神代』の苗字は、俺の隣にいる共犯者と同じ。
これまで意図的に伏せられていた、俺の過去のトラウマ。そしてヒロインの失脚の裏に隠された、学園最大のタブー。
その強烈な破片が、ついにこの部屋で繋がったのだ。
「査定終了。被検体:如月院夜空。……完全敗北です」
俺が告げると同時に、如月院のヘッドセットからプツンと光が消えた。
彼女は糸が切れた人形のように、その場に力なく崩れ落ちる。胸元のバッジの数字が、凄まじい勢いで俺のバッジへと流れ込んできた。
【如月院夜空:スコア8500→0】【御堂綾:スコア742→9242】
学園第2位のスコアを手に入れ、名実ともに生徒会の喉元へと刃を突き立てた瞬間だった。
崩れ落ちた如月院を見下ろしながら、俺は冷徹に、次の戦場を見据える。
査定完了。次の標的——生徒会長
——本日の観測終了。如月院夜空の無力化を確認。スコア『9242』への到達を記録。
次回、「歪んだ血脈」