『最低』な私と、『異常』な君の物語。
『最低』だから、みんなは受け入れない。
みんなと同じになりたい。
そう願ったって、根本の考え方は変わってくれない。
だから、琉花は自分を偽った。
こうすれば良いはずでしょ…?
そんなとき、暗殺者の咲夜に出会った。
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目次
『最低』になった私
母は厳しい人だった。
「完璧じゃないと、だめよ」「なにもできないやつに、生きている価値なんてないのだから」
物心ついた時からずっと言われ続けたこと。その概念は、琉花の心にしっかり染みついた。
けれど、どうやっても『完璧』にはなれなかった。
なんで?母さんとなにが違う?
そう問うた時に一つの答えが浮かんだ。
優しい心があるから________?
人のために行動して、無駄な労力を使う。有限の時間を無駄にする。
そんなの、意味なくない?
だから、琉花は幼いとき、決めた。
優しい心なんてあっても、捨ててしまおう、と。
それからは簡単だった。取捨選択も早くなったし、勉強時間なども多く取れるようになった分、できるようになった。
まわりの人たちからは「すごい」「天才だ」「完璧ね」などと言われ、称賛された。
琉花は、これで正しかったのだと思うようになった。
五歳のときだった。
車の事故にあって母が死んだ。
ああ、こうなったら、あっけないものだな。
琉花は血まみれの母を見て、そう思った。
あれ?今、私なんて思った__________?
同時にそう思う自分が怖い、という感情が琉花の中で渦巻いた。
怖いなんて思っちゃだめよ。『完璧』な人は、そんなこと思わないよ。
心の中の琉花が言った。そのとき、理解した。
ああ、私は悲しむ心をなくしてしまったのだ。
前に父が死んだときには、涙が出たのに、今は一滴も出ない。
まわりの人達は、そんな琉花を見て怖がった。
当然だろう。『普通』の人は、涙を流すんだから。
琉花は、まわりの人たちの反応を見て、泣いた。母を亡くして悲しみに泣く子供の演技をした。
すると、まわりの人たちは、ほっとしたように息をつき、琉花を慰めた。
こうすれば、まわりの人たちは離れていかないだろう。いずれ、利用しやすくなる。
私はそう生きてきたんだから、今更考え方を変えるなんて、無理だよ…。
『最低』な私
「琉花ちゃん、またね」
笑顔で手を振るクラスメイト。最近、よく一緒にいるようになった。
けれど、正直、私は一緒にいたくない。
ばかなんかと。
「うん、またね」
琉花も笑顔で手を振った。決して、心の中で思っていることを表には出さない。
だって、後々利用できそうだもん。この子、人望は厚いから。
このクラスメイトは、クラスでの中心人物。ムードメーカーだ。いつもおおらかに笑っている。明るい人。
正直、ばかのどこがいいのか分からない。
…あーあ…
クラスメイトが見えなくなった途端に、笑顔を消す琉花。
笑うのは大変で、疲れる。
なのに、どうして大勢の人があんなふうに笑えるの?
昔はあんなふうに笑ってたかな?
…こんなこと考えても無駄か。
琉花は、一人で家までの帰路を歩いていく。琉花は部活に入っていないため、帰りのHRが終わると、まっすぐ家に帰る。
部活なんて、やっても無駄だ。勉強時間を削られるだけ。
琉花は五歳で母親が死んだあと、父親の弟の家に住むようになった。父の弟の家族構成は、妻、息子、娘の四人家族だった。
父の弟はおおらかな人だった。いきなり来た琉花をすぐに家族と認めて、笑顔を向けた。
けれど、琉花は家族だなんて思えなかった。
家族になんて、なれるわけないじゃん_____。
そう思った。
「これからは、なんでも頼れよ。家族なんだから」
そう笑顔を向けられたこともあった。それは、今でも変わらないけれど。
家族だからなに?所詮、他の人と同じ他人じゃん。
そんな人をどうやって頼るんだよ。
っていうか、家族って他の人とは違うの__________?
琉花は家族が特別だなんて、思っていなかった。
でも、『普通』の人は違うらしい、ということが分かった。
「おかえり、姉ちゃん!」
「おかえり、お姉ちゃん」
今日も、唯斗と玲愛はこんな笑顔を向けてくる。なんでだろう?
琉花もすぐに、にこっと笑った。
「ただいま、みのるさんは?」
『みのるさん』とは、父の弟の妻だ。仕事にはついておらず、家で家事をしている。
「お母さんなら、買い物に行った!」
「そっか」
笑顔で応えた唯斗に、笑顔でうなずく琉花。
すると、急に唯斗が目の前に何かを出した。
「見てみて、姉ちゃん!今日、返ってきたテスト、百点だったんだ」
満面の笑みを浮かべながら、答案を見せる唯斗。そこには確かに「100」と書いてある。
小学校のテストで百点なんて当たり前でしょ。
琉花は、にこっと笑い、唯斗の頭に手を置いた。
「すごいね、唯斗」
確かみのるさんは、こうしていたはず。
もし、なにかやらかしてこの家を追い出されたら、めんどうくさいことになる。それは、避けたい。
「ありがとう!姉ちゃん」
唯斗は満面の笑みで笑った。
多分、これであってた。
---
自分の部屋で、一人になったらやっと少し安心する。
ずっと笑顔を作り続けるのは、とっても疲れる。
琉花は、勉強机の椅子に座った。ふう、と息をつく。
『完璧じゃないと、だめよ』
いつもいつも脳でこだまする母の声。もう何年も昔の話なのに、忘れさせてはくれない。
あの声がなかったら、もっと優しくなれたのかな?
そんなこと考えたって、意味なんてない。勉強に時間をあてた方が、よっぽど良い。
琉花はスクールカバンから取り出した教材を開いた。
今日も疲れた。
『最低』な私 2
「ねえねえ、知ってる?」
いつもの朝。登校してきてすぐの琉花に、近づいてきたクラスメイト。
なんで、すぐ近寄ってくるんだろう。話すの結構疲れるから、やめてほしい。
「|橘《たちばな》さんと|木原《きのはら》くん、付き合ってるんだって!」
そう言うクラスメイトの瞳は輝いている。
橘さんは、琉花のクラスの女子生徒で、木原くんは隣のクラスの男子生徒だ。
琉花は情報として、ほとんどの生徒の名前を覚えていた。
付き合う…は、確か恋人のことだ。
これも一般知識として、覚えている。
「いいなぁ。わたしも彼氏ほしいよぉ」
彼氏、よく分からない。何がいいんだか。
「そっか。ユリちゃん、可愛いから、すぐできるよ」
琉花はにこっと笑って、言った。
クラスメイトは「そうかなぁ」と首を傾げ、すぐにきらきらした瞳で琉花のほうを見た。
「琉花ちゃんは?付き合ってる人とか、好きな人とかいないの?」
「いないよ」
笑顔のままで、両手を振る。
クラスメイトは少し残念そうに「そっかぁ」と言った。
「でもさ、琉花ちゃんは美人だから、モテるよね」
もてる…?
内心、少し首をかしげたが、すぐに意味を理解して、また両手を振った。
「全然だよ」
「ほんと?絶対、モテてると思ってたけど…」
「ほんとだよ。全然、モテてないよ~」
あまり男と関わっていないのに、なんでモテるって思ったんだ?
「意外!」
少し驚いたような表情をするクラスメイトは、すぐに笑顔に戻った。そして別の話を話し始めた。
ほんとによく表情が変わるなぁ。
「あ!ゴミが落ちてる。もう、誰だろ~」
クラスメイトは、少し怒ったふうに言いながらも、迷わずそのごみを拾った。すぐ近くにあったゴミ箱に捨てる。
なんで、あんな汚いものを拾うんだろう。メリットなんてないのに。
本当は琉花は、もっと前にゴミに気づいていた。けれど、特に困ることはなかったうえ、めんどうくさかったからそのまま、放置したのだ。
多分、こういう子が優しくていい子。
なんか、遠くの人みたい。これはいつも思っていたことだ。
この子だけじゃない。
まわりの人が笑ったり、泣いたり、一つ一つの行動を見るたびにどこか別の世界にいるみたいに思える。自分だけ違うものみたいな感じ。
ああ、もうなんだろう。…帰りたい。
けれど、学校はいつも通りにあるのだ。
『最低』な私と『異常』な君~出会い~
「『異常』な君」は、犯罪者です。
「琉花、今日の帰りに卵を一パック買ってきてくれる?」
朝、学校に登校する前にみのるさんに言われたこと。
正直めんどうくさい。
けれど行かなかったら、印象が悪くなるかもしれない。
そうしたら、いつ追い出されるか分からない。
私がこの家にいていいのか、追い出すのかを決めるのは、この家の『家族』だ。私じゃない。
家に一番近いスーパーは、琉花がおつかいを頼まれた時にいつも行く場所だ。
いつも大勢の人でにぎわっている。今日も多くの人がいた。主婦が一人で買い物をしていたり、制服を着た学生が、学校帰りに友達と買い物に来ていたり。
琉花は、まっすぐに卵が置いてあるところに向かう。
卵はこのスーパーの奥の方にある。何回も来たから、覚えてしまった。
人にぶつからないように気をつけながら、歩いていく。
「お母さん、これ買って~」
「だめよ、もう今月のお小遣いはあげたでしょう?」
「これ、可愛くない?」
「うん!めっちゃ、可愛い~」
「あっ!これ欲しかったやつ!」
「どれどれ~?…ぶっ、なんだよそれ~」
「でね、息子が…」
「分かるわ~、年頃の男の子って大変よね~」
駄々をこねる子供の声、はしゃぐ女子の声、はしゃぐ男子の声。談笑する主婦の声。
話し声。笑い声。
話し声も笑い声も嫌いだ。特に笑い声。
やめてよ、話さないで、笑わないで。耳障りだよ。
聞くたびに、寒くなるんだよ。この感覚は、嫌い。
話すのも笑うのもやめて。
…せめて、私のいないところにして。
琉花は、心の中で悪態をつきながら、少し歩くスピードを上げた。
そのときだ。
「きゃああ!」
耳をつんざくような悲鳴が、店内中に響いた。琉花のすぐ近くにいた女性が、悲鳴を上げたのだ。
うるっさい!
琉花は少し顔をしかめて、まわりを見回す。刹那、琉花は目を見開いた。
だって、そこには死んでいる女性の姿があったから。
胸から大量の血を流して倒れている女性。女性のまわりには、血だまりができている。
そしてその隣には、黒いフードをかぶった人がいた。その右手には、血の付いた短剣を持っている。黒いフードの人が女性を殺したのは、誰の目から見ても明らかだった。
血、人、死んでる…?黒フードに殺された…?
まわりの人たちも女性に気が付き、騒ぎ始めた。
「きゃああああ!」
「人が殺されたぞ!」
「逃げろ!」
黒いフードの人から逃げるように走っていく人々。
その中で琉花は、その場から動かなかった。琉花自身も何故かはわからない。
すぐに琉花のまわりから人がいなくなった。入口の方に逃げていったから。
その場には、琉花、散乱した商品、死んだ女性。それと、黒フードの人だけになった。
琉花はまだその場に立っている。その表情からはなにも読み取れない。
「君は逃げないの?」
急に黒フードが急に口を開いた。声から男だということが予測できる。
黒フードは、琉花の方は見ていない。血の付いた短剣を、口角を上げて見ている。
その姿は、『狂気』この言葉がふさわしいだろう。
「殺されちゃうよ?」
殺される…。
琉花は、心の中で繰り返す。
それは、死ぬ。いなくなるってこと…。
琉花は静かに口角を上げた。
その表情は、どこかほっとしたように見える。
「逃げないよ。疲れるから」
「君は死にたいの?」
黒フードは、初めて琉花のほうを見た。
琉花はその言葉に目を見開いた。
私は今、殺されそうになっている。
死にたくなかったら、逃げるんでしょ?さっきここにいた『普通』の人たちみたいに。
けれど私は、逃げようとしない。
それどころか、なぜか安心してる。
そのとき、琉花は理解した。
ああ、私はこの世界から消えて、楽になりたかったんだ__________。
この世界に住む『普通』の人たちとの関係を断って、楽になりたかったんだ。
毎日しないといけない笑顔から、演技から
大勢の人たちが笑うたびに感じる”孤独感”から
開放してほしかったんだ。
なんで気づかなかったんだろう。
琉花は穏やかに笑った。心から安心した笑みだった。
「うん、死にたい」
これで楽になれる。
「でも、痛くないように殺してよ。痛いのは嫌だから」
思い出すのは、幼いころに骨折したとき。あれは、痛かった。
まわりの人には「痛くない、平気だよ」って、笑ったけど…。
あの時はバカだったな。人をかばって、痛い思いをするなんて。
この世界はバカばっかりだった。
人のために行動したり、不必要に笑ったり…。私にはとても理解できなかったなぁ。
バカのくせに、くだらないことだと思っているのに、私の心の中をざわめかせたこの世界の『普通』の人。
気づかないふりをしていたけど、何回も思ってた。
もし、私が『普通』だったら…。
私は、バカに、バカなんかにあこがれていたんだろうか。
でも、もういい。いいんだ。
消えたら、『普通』を見てあんな気持ちになることはなくなる。
よかった。
こんなにも安心したのは、いつ以来かな。
…思い出せないや。
「あははは!」
急に琉花の耳に笑い声が響いた。黒フードが笑っているのだ。
それを認識すると、琉花は心の中で首をかしげる。
なんで、笑ってるんだろう?
そういえば、この世界も意味が分からないことだらけだっけ。
そんなことを考えている琉花の前に、黒い服を着た男子が現れた。
さっきの黒フードが、一瞬で琉花の前に来たのだ。その揺れのせいで、フードが外れている。
赤…。
赤い目。黒フードの男子は、赤い目を持っていた。その目が心底嬉しそうに細められている。
「僕、君みたいな子が大好きなんだ。この世界に失望したような、そんな表情する子」
その表情は、無邪気な子供みたいな笑顔。欲しかったおもちゃをもらった時の子供のようだった。
この世界には、いろいろな趣味の人がいるなぁ。全く理解できないけど。
他の人たちを見る目とあまり変わらない琉花。
『普通』も『普通じゃない』も、どちらも琉花にとってはあまり変わらない。
どちらも理解できない未知のもの。
そのとき、パトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。
店内にいた誰かが警察を呼んだのだ。当たり前だろう。
黒フードは、フードをかぶった。また顔が見えなくなる。けれど、口元だけは見えた。
その口元は、まだうれしそうに笑っている。
「警察来たから、行くね~。ばいばい」
短剣を持っていない方の手を軽く振り、琉花の前から去っていった。
琉花は、パトカーのサイレンの中、穏やかな表情をしていた。
殺してくれなかった。
でも大丈夫、自分の気持ちが分かったから。
---
警察に保護され、家に帰った琉花。
その夜、寝静まった台所にいた。
目当てのものが入っている棚から、目当てのものを取り出す。
それは、包丁だ。
その包丁の先を、自分の首元に向ける。
そして、首元に突き刺す、…その予定だった。
手が震える…震えている…。
琉花の手は小刻みに揺れて、狙いが定まらない。
なんで…。
もう一度、刺そうとするが、手が動かない。震えているだけ。
冷汗が流れ、手も冷たい。
…そっか…。
琉花は、包丁を床に置いた。ふう、と息をつく。
怖がってる…?
死ぬのが、怖い…?
…分からない。けど…。
私は自分で自分を殺せない。
読んでくださり、ありがとうございます💖
『最低』な私と『異常』な君 ~出会い~ 2
「琉花ちゃん、どうしたの?具合、悪い?大丈夫?」
琉花は、はっとして、いつもの笑顔を作った。心配そうな顔をしているみのるのほうを見る。
ぼーっとしているように見え、心配しているのだ。
「ううん、全然平気!」
明るい声で言うことを心がけながら、心の中では叱責する。
しっかりして。いつものように笑って。演技して。
知られたらだめ。
死にたいということを__________。
「それならいいけど…」
そう言うみのるは、まだ心配そうにしている。
当たり前だ。昨日、あんな事件があったのだから。
目の前で死んでいる女性を見て、殺人鬼を見た。
普通の人なら、恐怖でいっぱいだろう。
そんな人と普通に接するのは難しく、心配もするものだろう。
「今日はゆっくり休んでね」
みのるは、まだ心配そうな顔をしている。
琉花は、心の中でため息をついた。
どうして、そんなに他人の心配をするの?
他人の心配をするなんて、めんどうくさいでしょう?
自分の心配だけしてなよ。
こっちはそんな顔されると疲れるんだよ。
…。心配ってなに…?
琉花は、家の壁にかかっている時計を見た。
九時三十七分を指している。
もうすでに学校が始まっている時刻だ。今日もそれは例外ではない。
今頃、一限目が行われているだろう。
けれど、琉花は今、家にいる。今日は学校を休むことにしたのだ。
みのるの提案で、学校を休むことにした。
最初は行こうと思っていたが、あまり元気すぎてもおかしいと思われるだけだと思ったからだ。
琉花は、リビングのソファに座っている。みのるもその隣に座っていた。
その行動は、琉花を一人にしないように心がけているように見える。
さっさとどこかに行ってよ。
一人じゃないと、疲れるんだよ。
琉花はそう思ったけれど、三時間たっても、琉花から離れる様子はなかった。
だから、自分から口を開いた。一人になりたかったから。
「私、自分の部屋に戻るね」
「そっか…。…なにか用があれば呼んでね」
みのるは、優しく笑う。けれど、どこか心配そうな雰囲気が感じられた。
その表情は、なに…?
琉花は、いつものように笑った。
「うん、分かった」
琉花は自分の部屋に着くと、勉強机の椅子に座った。
昨日のことが、浮かんでくる。
初めて自分の気持ちが分かった。
私は、死にたかった。この世界から、消えたかった。
でも…。
昨日の夜、包丁を握ったときの手の冷たさがよみがえる。氷のように冷たかった。
緊張したときに手が冷たくなる。前に調べたら、そう書いてあった。
私は、死ぬことに緊張していたんだろう。
死にたかったのに、消えたかったのに、なにを緊張してたんだか。
昨日の私は、変だったんだ。
琉花は、引き出しの中から包丁を取り出した。昨日と同じもの。
昨日、死ぬことができなかったあと、そのままこの引き出しに入れたのだ。
両手で、包丁を握る。
包丁の先を自分の首に向けた。
琉花は、穏やかな表情だ。
よし、大丈夫。
今日は、殺せる。
刺そうとする。
けれど、昨日と同じで包丁が首にあたることは、なかった。
琉花は、目を見開く。
なんで…。
昨日と同じ。手が冷たくなり、小刻みに震えている。
なんで…。
死にたいんだよ。
楽になれるんだよ…!笑わなくていいんだよ…!
いくら心の中で叫んでも、なにも変わらない。包丁は動かないし、手は冷たい。
なんで、なんで、なんで…。
しばらくして、机の上に包丁をおいた。
琉花はうつむいた。そして、自分の膝の上に手をのせ、ぎゅっと握る。
なんでかは分からないけど。
やっぱり、私は私を殺せないんだ__________。
そのとき、窓に何かが当たった。石だ、小石が当たったのだ。
琉花はゆっくりと水色のカーテンを開け、外を見る。
刹那、琉花は目を見開く。
黒いフード、そこから覗く赤い目。
楽しそうに細められた目が、向かいの歩道から琉花を見ていた。
あれは…!
琉花は部屋を飛び出し、玄関のドアを開けた。みのるの「琉花ちゃん?」という声は聞こえていない。
黒フードは、琉花が出てきたことを確認すると、急に走り出した。
琉花も黒フードを追って走り出す。
黒フードは早かった。
学校一、足が速い琉花が見失ってしまうほどに。
けれど琉花が見失いそうになると、立ち止まって待っていた。何度も何度も。
黒フードが止まったころには、琉花は息切れしていた。
琉花が息切れしたのは、母が生きていた時以来だ。
ここは、琉花の家からニ十分ほどの小さな公園。休日は多くの子供でにぎわっているが、今日のような平日は、誰一人としていない。
公園だけでなく、このあたり一帯、|人気《ひとけ》がなかった。
息切れが収まった琉花は、黒フードに穏やかに笑いかけた。
「殺しに来てくれたの?」
これで死ぬことができるんだ。
そう安心したとき、黒フードは笑顔で首を振った。
途端に琉花は、笑顔を消す。
こいつは、私を殺してくれない…?
死ねない…?
消えることが、できない…?
「どうして!殺してよ!」
大きな声で、必死な声で、叫んだ。顔を大きくゆがめている。
醜いよ__________。
心の中の琉花が言った。
こんなの『完璧』じゃないでしょ?
喚き散らしても、誰かにすがっても、隙を見せるだけだよ。
こんなの、バカがすることだよ。
さあ、笑って。
演技で利用しよう。
琉花はそれに応えるように、すぐにこっと笑った。琉花の”いつもの”笑顔だ。
その様子を見て、黒フードは笑う。
とても愉快そうな、楽しそうな、嬉しそうな笑い声があたり一帯に響いた。
なにがそんなに面白いの?
昨日もそうだった。
こいつも、わけがわからない。他のバカが意味不明なのと同じ。
「哀れ?可哀想って言うのかな?そういう人が大好きなんだ!」
嬉しそうな瞳。あの時と同じ笑み。
やっぱり理解ができない。
琉花は笑顔のままで、黒フードが言ったことを心の中で繰り返す。
哀れ?可哀想?
自分を可哀想と言ったことも気になったけれど、琉花にはそれ以上に気になることがあった。
大好き…?
哀れと可哀想に、大好き…?
今まで会った『普通』の人は、こんなこと言わないはず…。
優しい=好き
最低=嫌い
これが、今までの経験の中で作った琉花の方程式だ。
そして、
可哀想、哀れ=同情
決して『好き』なんかじゃない。
同情は、自分のことのように思うこと。
可哀想な人に、哀れな人に、笑ったりしない。
そういえば、昨日もおかしなことを言っていたな。
昨日は死ぬことができることに安心して、気にならなかったけれど、今日はなぜか気になった。
よく考えたら、こいつは。
今まで会った『普通』の人とは違う、『普通』じゃない人。
私と似てる、そう思った。
それと同時に疑問が浮かんだ。
生きづらくは、ないのかな__________?
琉花はすっと笑顔から、真顔になった。目の前の黒フードをじっと見つめる。
目の前にいる黒フードはフードにより、口しか見えないけれど、とても愉快そうに笑っていることが容易に分かった。
『普通』じゃないのに、どうしてそんなに楽しそうに笑っているの__________?
そう思った。
一瞬、自分と同じで演技をしているのかと思ったけれど、瞬時に否定する。
この笑顔が偽物には見えなかったから。
なんで?
琉花は、真剣に黒フードを見つめる。
「なんで、そんなふうに笑えるの…?」
これは、琉花の心からの問い。
黒フードは笑うのをやめた。
一気に静かになる。
その静かな空間に風がふき、フードが取れた。
見えたのは、笑顔。
「楽しいからだよ」
よく見かける、いつもは嫌な気持ちになる『普通』の笑顔だった。
読んでくれて、ありがとうございます⭐