公開中
『最低』な私と『異常』な君~出会い~
「『異常』な君」は、犯罪者です。
「琉花、今日の帰りに卵を一パック買ってきてくれる?」
朝、学校に登校する前にみのるさんに言われたこと。
正直めんどうくさい。
けれど行かなかったら、印象が悪くなるかもしれない。
そうしたら、いつ追い出されるか分からない。
私がこの家にいていいのか、追い出すのかを決めるのは、この家の『家族』だ。私じゃない。
家に一番近いスーパーは、琉花がおつかいを頼まれた時にいつも行く場所だ。
いつも大勢の人でにぎわっている。今日も多くの人がいた。主婦が一人で買い物をしていたり、制服を着た学生が、学校帰りに友達と買い物に来ていたり。
琉花は、まっすぐに卵が置いてあるところに向かう。
卵はこのスーパーの奥の方にある。何回も来たから、覚えてしまった。
人にぶつからないように気をつけながら、歩いていく。
「お母さん、これ買って~」
「だめよ、もう今月のお小遣いはあげたでしょう?」
「これ、可愛くない?」
「うん!めっちゃ、可愛い~」
「あっ!これ欲しかったやつ!」
「どれどれ~?…ぶっ、なんだよそれ~」
「でね、息子が…」
「分かるわ~、年頃の男の子って大変よね~」
駄々をこねる子供の声、はしゃぐ女子の声、はしゃぐ男子の声。談笑する主婦の声。
話し声。笑い声。
話し声も笑い声も嫌いだ。特に笑い声。
やめてよ、話さないで、笑わないで。耳障りだよ。
聞くたびに、寒くなるんだよ。この感覚は、嫌い。
話すのも笑うのもやめて。
…せめて、私のいないところにして。
琉花は、心の中で悪態をつきながら、少し歩くスピードを上げた。
そのときだ。
「きゃああ!」
耳をつんざくような悲鳴が、店内中に響いた。琉花のすぐ近くにいた女性が、悲鳴を上げたのだ。
うるっさい!
琉花は少し顔をしかめて、まわりを見回す。刹那、琉花は目を見開いた。
だって、そこには死んでいる女性の姿があったから。
胸から大量の血を流して倒れている女性。女性のまわりには、血だまりができている。
そしてその隣には、黒いフードをかぶった人がいた。その右手には、血の付いた短剣を持っている。黒いフードの人が女性を殺したのは、誰の目から見ても明らかだった。
血、人、死んでる…?黒フードに殺された…?
まわりの人たちも女性に気が付き、騒ぎ始めた。
「きゃああああ!」
「人が殺されたぞ!」
「逃げろ!」
黒いフードの人から逃げるように走っていく人々。
その中で琉花は、その場から動かなかった。琉花自身も何故かはわからない。
すぐに琉花のまわりから人がいなくなった。入口の方に逃げていったから。
その場には、琉花、散乱した商品、死んだ女性。それと、黒フードの人だけになった。
琉花はまだその場に立っている。その表情からはなにも読み取れない。
「君は逃げないの?」
急に黒フードが急に口を開いた。声から男だということが予測できる。
黒フードは、琉花の方は見ていない。血の付いた短剣を、口角を上げて見ている。
その姿は、『狂気』この言葉がふさわしいだろう。
「殺されちゃうよ?」
殺される…。
琉花は、心の中で繰り返す。
それは、死ぬ。いなくなるってこと…。
琉花は静かに口角を上げた。
その表情は、どこかほっとしたように見える。
「逃げないよ。疲れるから」
「君は死にたいの?」
黒フードは、初めて琉花のほうを見た。
琉花はその言葉に目を見開いた。
私は今、殺されそうになっている。
死にたくなかったら、逃げるんでしょ?さっきここにいた『普通』の人たちみたいに。
けれど私は、逃げようとしない。
それどころか、なぜか安心してる。
そのとき、琉花は理解した。
ああ、私はこの世界から消えて、楽になりたかったんだ__________。
この世界に住む『普通』の人たちとの関係を断って、楽になりたかったんだ。
毎日しないといけない笑顔から、演技から
大勢の人たちが笑うたびに感じる”孤独感”から
開放してほしかったんだ。
なんで気づかなかったんだろう。
琉花は穏やかに笑った。心から安心した笑みだった。
「うん、死にたい」
これで楽になれる。
「でも、痛くないように殺してよ。痛いのは嫌だから」
思い出すのは、幼いころに骨折したとき。あれは、痛かった。
まわりの人には「痛くない、平気だよ」って、笑ったけど…。
あの時はバカだったな。人をかばって、痛い思いをするなんて。
この世界はバカばっかりだった。
人のために行動したり、不必要に笑ったり…。私にはとても理解できなかったなぁ。
バカのくせに、くだらないことだと思っているのに、私の心の中をざわめかせたこの世界の『普通』の人。
気づかないふりをしていたけど、何回も思ってた。
もし、私が『普通』だったら…。
私は、バカに、バカなんかにあこがれていたんだろうか。
でも、もういい。いいんだ。
消えたら、『普通』を見てあんな気持ちになることはなくなる。
よかった。
こんなにも安心したのは、いつ以来かな。
…思い出せないや。
「あははは!」
急に琉花の耳に笑い声が響いた。黒フードが笑っているのだ。
それを認識すると、琉花は心の中で首をかしげる。
なんで、笑ってるんだろう?
そういえば、この世界も意味が分からないことだらけだっけ。
そんなことを考えている琉花の前に、黒い服を着た男子が現れた。
さっきの黒フードが、一瞬で琉花の前に来たのだ。その揺れのせいで、フードが外れている。
赤…。
赤い目。黒フードの男子は、赤い目を持っていた。その目が心底嬉しそうに細められている。
「僕、君みたいな子が大好きなんだ。この世界に失望したような、そんな表情する子」
その表情は、無邪気な子供みたいな笑顔。欲しかったおもちゃをもらった時の子供のようだった。
この世界には、いろいろな趣味の人がいるなぁ。全く理解できないけど。
他の人たちを見る目とあまり変わらない琉花。
『普通』も『普通じゃない』も、どちらも琉花にとってはあまり変わらない。
どちらも理解できない未知のもの。
そのとき、パトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。
店内にいた誰かが警察を呼んだのだ。当たり前だろう。
黒フードは、フードをかぶった。また顔が見えなくなる。けれど、口元だけは見えた。
その口元は、まだうれしそうに笑っている。
「警察来たから、行くね~。ばいばい」
短剣を持っていない方の手を軽く振り、琉花の前から去っていった。
琉花は、パトカーのサイレンの中、穏やかな表情をしていた。
殺してくれなかった。
でも大丈夫、自分の気持ちが分かったから。
---
警察に保護され、家に帰った琉花。
その夜、寝静まった台所にいた。
目当てのものが入っている棚から、目当てのものを取り出す。
それは、包丁だ。
その包丁の先を、自分の首元に向ける。
そして、首元に突き刺す、…その予定だった。
手が震える…震えている…。
琉花の手は小刻みに揺れて、狙いが定まらない。
なんで…。
もう一度、刺そうとするが、手が動かない。震えているだけ。
冷汗が流れ、手も冷たい。
…そっか…。
琉花は、包丁を床に置いた。ふう、と息をつく。
怖がってる…?
死ぬのが、怖い…?
…分からない。けど…。
私は自分で自分を殺せない。
読んでくださり、ありがとうございます💖