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『最低』な私と『異常』な君 ~出会い~ 2
「琉花ちゃん、どうしたの?具合、悪い?大丈夫?」
琉花は、はっとして、いつもの笑顔を作った。心配そうな顔をしているみのるのほうを見る。
ぼーっとしているように見え、心配しているのだ。
「ううん、全然平気!」
明るい声で言うことを心がけながら、心の中では叱責する。
しっかりして。いつものように笑って。演技して。
知られたらだめ。
死にたいということを__________。
「それならいいけど…」
そう言うみのるは、まだ心配そうにしている。
当たり前だ。昨日、あんな事件があったのだから。
目の前で死んでいる女性を見て、殺人鬼を見た。
普通の人なら、恐怖でいっぱいだろう。
そんな人と普通に接するのは難しく、心配もするものだろう。
「今日はゆっくり休んでね」
みのるは、まだ心配そうな顔をしている。
琉花は、心の中でため息をついた。
どうして、そんなに他人の心配をするの?
他人の心配をするなんて、めんどうくさいでしょう?
自分の心配だけしてなよ。
こっちはそんな顔されると疲れるんだよ。
…。心配ってなに…?
琉花は、家の壁にかかっている時計を見た。
九時三十七分を指している。
もうすでに学校が始まっている時刻だ。今日もそれは例外ではない。
今頃、一限目が行われているだろう。
けれど、琉花は今、家にいる。今日は学校を休むことにしたのだ。
みのるの提案で、学校を休むことにした。
最初は行こうと思っていたが、あまり元気すぎてもおかしいと思われるだけだと思ったからだ。
琉花は、リビングのソファに座っている。みのるもその隣に座っていた。
その行動は、琉花を一人にしないように心がけているように見える。
さっさとどこかに行ってよ。
一人じゃないと、疲れるんだよ。
琉花はそう思ったけれど、三時間たっても、琉花から離れる様子はなかった。
だから、自分から口を開いた。一人になりたかったから。
「私、自分の部屋に戻るね」
「そっか…。…なにか用があれば呼んでね」
みのるは、優しく笑う。けれど、どこか心配そうな雰囲気が感じられた。
その表情は、なに…?
琉花は、いつものように笑った。
「うん、分かった」
琉花は自分の部屋に着くと、勉強机の椅子に座った。
昨日のことが、浮かんでくる。
初めて自分の気持ちが分かった。
私は、死にたかった。この世界から、消えたかった。
でも…。
昨日の夜、包丁を握ったときの手の冷たさがよみがえる。氷のように冷たかった。
緊張したときに手が冷たくなる。前に調べたら、そう書いてあった。
私は、死ぬことに緊張していたんだろう。
死にたかったのに、消えたかったのに、なにを緊張してたんだか。
昨日の私は、変だったんだ。
琉花は、引き出しの中から包丁を取り出した。昨日と同じもの。
昨日、死ぬことができなかったあと、そのままこの引き出しに入れたのだ。
両手で、包丁を握る。
包丁の先を自分の首に向けた。
琉花は、穏やかな表情だ。
よし、大丈夫。
今日は、殺せる。
刺そうとする。
けれど、昨日と同じで包丁が首にあたることは、なかった。
琉花は、目を見開く。
なんで…。
昨日と同じ。手が冷たくなり、小刻みに震えている。
なんで…。
死にたいんだよ。
楽になれるんだよ…!笑わなくていいんだよ…!
いくら心の中で叫んでも、なにも変わらない。包丁は動かないし、手は冷たい。
なんで、なんで、なんで…。
しばらくして、机の上に包丁をおいた。
琉花はうつむいた。そして、自分の膝の上に手をのせ、ぎゅっと握る。
なんでかは分からないけど。
やっぱり、私は私を殺せないんだ__________。
そのとき、窓に何かが当たった。石だ、小石が当たったのだ。
琉花はゆっくりと水色のカーテンを開け、外を見る。
刹那、琉花は目を見開く。
黒いフード、そこから覗く赤い目。
楽しそうに細められた目が、向かいの歩道から琉花を見ていた。
あれは…!
琉花は部屋を飛び出し、玄関のドアを開けた。みのるの「琉花ちゃん?」という声は聞こえていない。
黒フードは、琉花が出てきたことを確認すると、急に走り出した。
琉花も黒フードを追って走り出す。
黒フードは早かった。
学校一、足が速い琉花が見失ってしまうほどに。
けれど琉花が見失いそうになると、立ち止まって待っていた。何度も何度も。
黒フードが止まったころには、琉花は息切れしていた。
琉花が息切れしたのは、母が生きていた時以来だ。
ここは、琉花の家からニ十分ほどの小さな公園。休日は多くの子供でにぎわっているが、今日のような平日は、誰一人としていない。
公園だけでなく、このあたり一帯、|人気《ひとけ》がなかった。
息切れが収まった琉花は、黒フードに穏やかに笑いかけた。
「殺しに来てくれたの?」
これで死ぬことができるんだ。
そう安心したとき、黒フードは笑顔で首を振った。
途端に琉花は、笑顔を消す。
こいつは、私を殺してくれない…?
死ねない…?
消えることが、できない…?
「どうして!殺してよ!」
大きな声で、必死な声で、叫んだ。顔を大きくゆがめている。
醜いよ__________。
心の中の琉花が言った。
こんなの『完璧』じゃないでしょ?
喚き散らしても、誰かにすがっても、隙を見せるだけだよ。
こんなの、バカがすることだよ。
さあ、笑って。
演技で利用しよう。
琉花はそれに応えるように、すぐにこっと笑った。琉花の”いつもの”笑顔だ。
その様子を見て、黒フードは笑う。
とても愉快そうな、楽しそうな、嬉しそうな笑い声があたり一帯に響いた。
なにがそんなに面白いの?
昨日もそうだった。
こいつも、わけがわからない。他のバカが意味不明なのと同じ。
「哀れ?可哀想って言うのかな?そういう人が大好きなんだ!」
嬉しそうな瞳。あの時と同じ笑み。
やっぱり理解ができない。
琉花は笑顔のままで、黒フードが言ったことを心の中で繰り返す。
哀れ?可哀想?
自分を可哀想と言ったことも気になったけれど、琉花にはそれ以上に気になることがあった。
大好き…?
哀れと可哀想に、大好き…?
今まで会った『普通』の人は、こんなこと言わないはず…。
優しい=好き
最低=嫌い
これが、今までの経験の中で作った琉花の方程式だ。
そして、
可哀想、哀れ=同情
決して『好き』なんかじゃない。
同情は、自分のことのように思うこと。
可哀想な人に、哀れな人に、笑ったりしない。
そういえば、昨日もおかしなことを言っていたな。
昨日は死ぬことができることに安心して、気にならなかったけれど、今日はなぜか気になった。
よく考えたら、こいつは。
今まで会った『普通』の人とは違う、『普通』じゃない人。
私と似てる、そう思った。
それと同時に疑問が浮かんだ。
生きづらくは、ないのかな__________?
琉花はすっと笑顔から、真顔になった。目の前の黒フードをじっと見つめる。
目の前にいる黒フードはフードにより、口しか見えないけれど、とても愉快そうに笑っていることが容易に分かった。
『普通』じゃないのに、どうしてそんなに楽しそうに笑っているの__________?
そう思った。
一瞬、自分と同じで演技をしているのかと思ったけれど、瞬時に否定する。
この笑顔が偽物には見えなかったから。
なんで?
琉花は、真剣に黒フードを見つめる。
「なんで、そんなふうに笑えるの…?」
これは、琉花の心からの問い。
黒フードは笑うのをやめた。
一気に静かになる。
その静かな空間に風がふき、フードが取れた。
見えたのは、笑顔。
「楽しいからだよ」
よく見かける、いつもは嫌な気持ちになる『普通』の笑顔だった。
読んでくれて、ありがとうございます⭐