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第5話「鬼人のみ知る病」
元鬼狩りという衝撃に隠れていたが、遅れてやってきた事実に私は目を見開いた。
思い返すのは、暗い通路で私を抱き上げた力強い腕。雪原を迷いなく踏みしめる足取り。そして、固く鍛え上げられた掌。どこをどう見ても武芸に秀でた青年だと信じて疑っていなかった。男社会だと思い込んでいた鬼狩りの精鋭の中に、まさか女性が混ざっていたとは。
混乱で頭がどうにかなりそうになっていると、土間から静かな足音が近づいてきた。カチャリ、と控えめな音を立てて戸が開く。
「ただいま。……ココ、ラヴ殿は目を覚まされたか?」
入り口に姿を現した主を見て、私はさらに息を呑んだ。
そこにいたのは、明らかに女物の普段着に身を包んだ女性だった。牢獄では暗色無地の衣を重ねて着ていたが、今はゆったりとした薄着になっている。すっと伸びた背筋と佇まいはあくまで凛としていながらも、家に溶け込むような穏やかな空気を纏っていた。
彼女は私とココの間に漂う緊張感を一目で察し、申し訳なさそうに眉を下げて足を止めた。
「……ココから、私の過去を聞かれましたか」
ナナヤは逃げることも、弁明する素振りも見せず、私と正対した。静かに膝をつき、牢獄の時と同じように、私の目線まで高さを合わせる。女物の裾が、静かに床へと広がった。
「騙すような形になり、申し訳ありません。元鬼狩りである私が貴女に触れることすら、おぞましいと感じられるでしょう。私をどう咎めていただいても構いません。ですが、どうか先に、トワを診てはいただけないでしょうか」
その瞳には、私をあの泥底から引き上げた時と同じ、真っ直ぐで嘘のない光があった。元鬼狩りへの確執、目の前の真摯な態度。ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情をどうにか押し殺し、私は深く息を吐き出した。
「……案内してください。その、トワという子のところへ」
ナナヤに導かれ、奥の狭い部屋へと足を踏み入れる。
小さなベッドの上で、まだ幼い少年が浅い息を繰り返し、真っ赤な顔でうなされていた。額に触れると、熱が手に伝わってくる。だが、彼の喉元から漏れ出る特有のヒューヒューという呼吸音、そして角の根元が僅かに変色している様子を見た瞬間、私は肩の力が抜けるのを感じた。
「……ナナヤさん。これは『|角熱《つのねつ》』です。鬼人の子供が成長期に一度はかかる、ごくありふれた風邪ですよ。人間の体に合わせた薬など効くはずがありません」
不安そうに眉を寄せるナナヤに向き直り、私は呆れと苦笑が混ざった息を漏らした。
「角熱、ですか……? 命に別条は……」
縋るような目で見つめてくる。かつて鬼人を狩っていたはずの冷徹な剣士が、ただの知識不足な保護者の顔をして、子どもの熱に本気で狼狽えている。その滑稽で、あまりにも拍子抜けな構図に、胸の奥の重荷が少しだけ軽くなるのを感じた。
「冷やした薬草を角の根元に当てて安静にさせれば、数日で下がります。……元鬼狩りともあろう方が、そんなことも知らずに、私を脱獄させたのですか」
私の言葉に、ナナヤは心底ほっとした様子で胸をなでおろした。