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巣立ち
「別に不良でもぐらついてても、碌でもなくても、現状維持でいいと思う。更生もしなくていい。
ただ成長することは止めちゃいけない。それで止まれば現状維持どころか、衰退するだけ。
私はそう思うよ」
驚きと戸惑いとやけに現実離れした発言に嫌気がさすも、感動というには青臭すぎる言語化しきれない感情が全身に浸透していく。そんな風に言ってくれる人なんて、今までいなかった。嬉しいってよかったって思ってしまった。光だった。ずっと誰かに否定されないことを求めてた私に理解されなくても、拒まれないならそれでいいって諦めていた脳に。何の不純物も混ざらずに真っ直ぐ向いている目の前の人の視線に不透明だった心が晴れていくようだった。でも、そんな風に言われちゃったらもっと私を知ってほしいと欲がでてしまう。ああ、辛い。辛くて痛くて胸が澄んでいく。
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私にはずっと大好きだったのに不幸にしてしまった人がいる。その子と2人ならなんだってできた。家への反抗も、私達2人だけの気持ちを守ることも、お互いを傷つけて守りあうことも、全部やってこれた。この関係は健全なんかじゃ全くなくてどこか穢れてて傷だらけ。それでも、あなたとなら一緒に落ちていけると思えた。堕ちて這い上がらずそのまま、ずっと。だからあの言葉をもらった後も私はずるずる、ずるずる先延ばしにして逃げていた。失くしたくなかったから。
それがずっと酷くて、最低な行為だったとは知らなかったじゃ済まされないのに。
否、ずっと駄目なんじゃないかって疑念があった。それを無視して楽な方へ______
「………っ、」
気づかせてくれてありがとう まみえちゃん
傷つけてばかりでごめんなさい はな
さようならってそろそろ言わなきゃ
ゆっくり終わるのはずるいから、此処で
「私、東京から出るよ」
濁った酸素と排気ガスのような臭い気体、が入り混じって蔓延している東京。ここには最近上京してきたばかりでまだこの空気には慣れない。
時間が経てば馴染むのだろうか。そう前向きに考えてみるも、広い公道を分断するように並ぶ横断歩道の信号が一気に赤から青へと色が変わって機会音と共に先ほどまでピタッと立ち止まっていた大衆がぞろぞろと各々の進む方向へと闊歩していく。すれ違い様に聞こえる、海外の言語に聞きなれない流行り言葉が応酬されていくこの日常風景にまたストレスが積み重なる。前を向けば人混みで上を向けば、大きなビルにはかわいいゆるキャラの広告が流れていて、それを撮影する為にまた人が波のように押し寄せてくる。強制的に思考を止めて、真っ直ぐ歩こうにもキツいスパイス系の香水の香りや油断するとすぐに衝突してしまう速足の大人達が蠢くこの道ではそんな無謀な事は出来ない。
ああ、何においても情報量が多すぎる。
これが毎日毎日死ぬまで続く事が決まっている都会人には些か正気を疑ってしまう。
これでも一、女子高生には変わらないのに、どうしてか慣れないどころか、日々拒否反応が増してくばかりで苦痛に思う。
私は今年の春から全寮制の高校へと入学した。その学校は地元からずっと離れていて、東京にあった。正直、地元から、家から出るとなれば絶対東京が良いと考えていたけど、こんなにキツい所だとは微塵も疑わなかった。ただ、想像よりずっと汚いけど、キラキラしている所は変わんない。それに、あの狭い狭い家から出る事ができたんだ。その事実だけでさっきまでの人混みからくるネガティブな思考は吹っ飛んでいった。
ゆるキャラの広告画面がパッと消えたかと思えば、夕方のニュースが映し出され、天気予報が流れはじめた。今日の天気は曇りのち雨らしい。折り畳み傘は入っていたっけ、そんな風にぼうっとやけに軽いリュックには今朝何を詰めていたのかと記憶を呼び起こす。今日は、入学してすぐのテストの慰労会としてクラスの集まりでみんなでカラオケを行こうとなり、学校から一番近い駅に集合になっている。とはいえ、寮生活の身なので補習や課題のある子達は泣く泣く、不参加となっていた。そうして長い横断歩道を渡きるとポケットに入れていたスマホに通知がきて、振動が右足に伝わった。一度立ち止まり手を伸ばすと、そこには家族からのメッセージが送られていた。私はその文章の内容を知ろうともせずに、そのまま画面を消して駅へと歩いた。この時の事を酷く後悔する事になるとも知らずに。
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楽しい!こんなに楽しいカラオケなんて初めてだった。クラスメイト達の選曲や、場の盛り上がり、みんなで囲って食べるフライドポテトもその全部がなんだかとても新鮮に感じた。この高校に入学してよかった!本当に心からそう思えた。
ふと、自分のグラスを見れば空になっていた。
「あ!私ちょっとドリンクバー行くね!」
「わたしもいっしょ行く〜」
ぞろぞろと女子数人でドリンクバーへと向かう短い距離の間でも会話が絶えず、和気あいあいとした空気の中なんだかふわふわと地に足がついていないような感覚があった。少し、テンションがあがりすきたのか何か変な言葉や話題を振ってはちないか、そう頭の片隅で悶々する。朝からずっと楽しみにしていた予定に舞い上がってしまった自分をうまく操縦できているのか不安に思った。ドリンクバーに着くと無料のソフトクリームなんかもあって人数分二手に分かれて持って行こうと決まり、女子が役割を分担して部屋へ続々とトレーを持って運んで行く。そうしていると、またポケットに連続して通知を知らせる振動があり、道中のメッセージにも目を通しておかなかった事を思い出して慎重に片手に持ち替えてスマホを取りだし、アプリを開いた。
そこには一件のメッセージと沢山のニュースサイトのリンクが貼られていた。どれも同じ内容のニュースであった。
遡ってスクロールすれば、母から連投してきていた。
『これを見たなら今すぐ連絡ください』
『今すぐ』
『おねがい、会って話ましょう』
どうして、そんなに慌てているのかわからず、よっぽどの事があったに違いないと確証はないがそれを確かめる為に軽い気持ちで、一番に目についたニュースサイトのリンクをタップした。
『【速報です】本日午後、宮城県に住む男子中学生が自宅のベランダから転落し、死亡した事が確認されました。』
どういう事だろう。わからない筈なのにいつものように思考が勝手に働いて、いろんな悪い事が想像できてしまった。
急いで、画面を閉じて若干震えている指先でまた違うリンクを開いた。
『宮城県 中学生 死亡 突然の知らせに周囲も動揺ひろがる-詳細は現在確認中』
『男子中学生 死亡-死因は自殺か』
『男子中学生 転落死 所持品は緑色のお守り一つ』
どの見出しを見ても、まだ断定された情報が少なかった。確証はない、けどこのお母さんの慌てぶり。でも、そうと決めつけるのはまだはやい、
顔には出ていなかったと思う。だけど、どうしたってこの不安には全身が震えて仕方がない。足や腕、指先までもがガタガタと震え立っていられるのもやっとだった。思わず、ふらついてよろけると持っていたトレーを落としそうになり近くにいたこの場にいる女子の中でよく話す機会の多い背の高い子に支えられて寸前のところでトレーを手放せずにいられた。ただ、あまりにも私の様子が挙動不審だったためか、それからも彼女は真摯に私の震えの止まらない手を握って、背中をさすってくれた。
「どうしたの?顔色が真っ青だよ」
「ううん、大丈夫」
「大丈夫?!今一瞬倒れる所だったんだよ!!」
く
ああ、どうやら私はこの動揺を隠せはしなかったらしい
「お母さんから連絡がきて、………」
そこからはうまく呂律も回らないほどに喋る事が難しくなっていた。声が掠れて、上擦ってしまってうまく喋れない。息ができない。肺が、胸が圧迫されて苦しい。喉を通っていく、甘い唾液で吐き気がした。手からスマホが溢れ落ちてカタンっと床と衝突した。目をやると『お母さん』からの着信があった。怯えながらも、スマホに手を伸ばして耳元へと近づけた。
ああ、どうやら今日地元で死んだ中学生は私の弟で間違いないようだった。
「……っ、緑のお守りなんてどこにでもあるじゃない!!」
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|霜夜吉《せつよし》は、高校受験の為に中2のときからずっと受験勉強をしていた。ずっと本気で取り組んでいたバドミントン部も辞めて、両親に無理を言って父の少ない収入で家からも学校からもずっと遠い塾にも通い始めた。あのお守りはそんなあの子に私からのささやかな誕生日プレゼントとして贈ったものだった。どこにでもある普通の合格祈願お守りだったのに。今じゃ、あのお守りは霜夜吉が死んだというどうしようもない絶対的な事実を証明する呪物のようなものになってしまった。
ああ、あの子だけがあの家の中で私の生きていく希望だったんだ。
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それからというのもあのカラオケで母からの連絡がきた後にあった事の記憶はない。それほどに私の大きな傷となっていた事だった。気づけば、私は今ひとり寮にて荷造りをしていた。スマホと財布そして少しばかりの着替えに通帳、これだけ詰めてもまだ、カバンに余裕があった事に驚いた。上京してくる時のダンボールの量の比にならない程に少なかった。
重い足取りで最寄りの駅から、宮城に帰るのに一番近い品川駅まで電車に乗って向かった。
つい、ぼーっとしてしまう。あの子の為に帰省の時買おうと思っていたお土産のリストや3月なんてずっと先の合格発表の予定も、もう意味がないなんて_______
「あ、学校に忌引きの電話いれないと……」
電車が駅に着くとホームの中ですぐにカバンの底にあったスマホを引っ張り出して、電話を入れる。冷静に、そのまま簡潔に伝えた。
夜行バスのチケットの購入、葬式の準備、クラスメイト達への対応、中学時代の幼馴染への連絡。
あの子はもういない。だからこうして、普段から慣れない手続きなどをしているというのに。まだ心のどこかで、霜夜吉は元気にしてるかな、成績落ちてないかな、なんて馬鹿らしい考えが頭をよぎる。
会いたい。会いたかった、ずっとずっと先まで会って、話して、一緒にご飯を食べてずっと仲良くしていられると思っていた。でも、もうないんだ。あの子はもう死んだ。死んだんだ
そう言い聞かせてバス停までゆっくりと歩いた。