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さよなら、幽霊さん(第一章) 8
『ねぇ』
誰だろう、僕を呼ぶ声がする。周りが真っ白で何もわからない。
『ねぇ、遊ぼうよ』
僕は今疲れてるんだ、少し休ませてくれよ。
『ねぇ……』
しつこい、僕は───
『なんで見捨てたの?』
「ガっ……!!はぁ……っ……はぁ……」
眼を開けると、そこは小屋の中だった。跳ね起きた拍子に周りの埃を巻き上げてしまって|噎《む》せていると小屋の扉がゆっくりと開いた。
「何しちょるんか、こんなとこで」
背後から響いた祖父の|嗄れ声《かれごえ》が僕の身体を縛り付けた。
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ダイニングの古びた腰掛に座っていると、奥から醤油が少し焦げた香ばしい匂いが漂ってきた。祖父の調理を見てみると、片手で割った卵をフライパンで焼きながら、もう一つのフライパンで何やら肉を器用に焼いている。それを皿に盛り付けることなくフライパンごと食卓の上に置いて、こちらを見やった。僕がいただきますと呟いて肉を頬張っていると、祖父がぶっきらぼうに僕に話しかけてきた。
「……肉、旨いか」
「……うん、美味しいよ、じいちゃん」
「…昨夜罠に掛かったのをその場で捌いたけぇ、臭みはないじゃろ」
そう言って、祖父は黙った。先程から会話はぎこちないが、肉は本心で美味しいと言った。醤油と自家製の唐辛子入りの醤油胡麻ダレを絡めたソースで焼かれた肉は驚くほど柔らかく、それでいて臭みもない。そして、塩と胡椒でシンプルに味付けされた目玉焼きに、肉の脂が溶け出たソースを絡めて白米の上に乗っけて食べるととてつもなく美味しい。ちなみに祖父は農家として畑を耕す傍ら、猟師として時折山に籠って害獣を駆除している。捕ってきた動物は山の中にある猟師小屋か、もしくはこの家の裏にある解体処理場で捌いて精肉として近所の肉屋に売ることもある。
昨晩何も食べていない空きっ腹に米と肉を夢中で流し込みながら、先程から無言の重い空気を変えようと祖父に話しかけた。
「この鹿肉美味しいね」
「……その肉は鹿じゃのうて、穴熊じゃ」
「…………」
気まずい雰囲気に耐えながら肉と一緒に白米を食べていると、祖父が唐突に僕に聞いた。
「……昨日、おめえ小屋ん中でなんしちょったんかね」
「……昨日帰ったら、鍵掛かってて」
「………六時以降に帰ったんか?」
「……うん」
祖父はいつも夕方の六時になると家の鍵を閉める。いつも僕は夕方の四時半ぐらいに家に帰ってきて二階の自分の部屋に籠るため、それを見越した祖父が六時に農作業を終えてから朝まで山に猟に出るために家に鍵をかけたのだろう。その証拠に、僕が肉を食べる傍ら祖父は冷蔵庫から何やらラップで包まれた皿を取り出して、電子レンジで温めて食べていた。恐らく昨日僕に食べさせる予定で作り置きしていた料理だろう。
「珍しいな、おめぇがすぐに帰ってこんっちゃ……」
「ちょっと寄るところがあってね……」
「……じゃあ、昨日は儂が帰るまでずっとあん中におったんか?」
「……うん、まぁね」
「……そりゃあ、すまんかったな」
「…ううん、早く帰らなかった僕が悪いよ…」
お互いに謝っていると、祖父がぼそりと呟いた。
「……寒く、なかったか……?」
「……」
僕はそれを聞こえなかったふりをしてご飯を食べ終えると、手を合わせてから自分の部屋に駆け込んだ。