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目次
letter 第一話
エドおじさんへ
無事日本へ到着することができました。
そちらは大丈夫でしょうか?僕はこれからの生活が心配でたまりません。
明日は初めて学校のみんなと授業を受ける日です。
新しい学校は小さな学校で、生徒全員あわせても20人もいないのです。
その上クラスは歳で分かれているので、僕らのクラスは6人しかいません。
エドおじさん、僕はいつになったら帰れるのでしょうか。
いつになったら僕の故郷は平和になりますか。
---
「今日は転校生が来ています。さ、入って」
「ハ、ハートランドから、来ました、レイニー・ギャラガー、です」
レイニー黒板の前に立つと、慣れない日本語で自己紹介をした。
「今日からここがあなたの席です。じゃあ、挨拶して授業を始めましょう」
担任の相田先生が授業を始める。最初は数学らしい。
「ねえねえ」
隣の席の女子生徒がレイニーに話しかける。
「頭のやつ、後で触っていい?」
レイニーの頭には毛に覆われた犬の耳がついている。
ハートランドの地方ではそのような種族が独自の文化を築いている。しかし、差別の種となっているのも事実である。
それを触りたいなんていう人間はいなかった。レイニーはそれに困惑した。
「え?」
「なんか、かわいいからっ」
letter 第二話
「これが、かわいい?」
「うん。ダメ?」
レイニーは悩んだ。髪の毛を引っ張られ引きずられる気がしたからだ。故郷でそんな扱いをされてきた。
そんなことを考えていると、隣の女子が頭を撫でた。レイニーの体が思わず跳ね上がる。
「ごめんね!びっくりした?」
「いや…」
結局髪の毛を引っ張られることはなかった。ここにはこんなに優しい人がいるのかとレイニーは考えた。
「私、|文《ふみ》って言うんだ。名前」
---
昼休みの青空は綺麗だった。レイニーはクラスの仲間に連れられて校庭へ出た。故郷ではこんな風に走り回ることもできなかった。
しかし一瞬目を離し空を仰ぐとどうだろう、クラスの仲間はいなくなっていた。
「……みんなー?」
「…レイニー、ちょっとこっち来いよー」
レイニーを呼んだのは|素輝《もとき》と|春冶《しゅんや》だった。素輝はサッカーが上手く、春冶は数式の計算が速かった。
二人がいたのは校舎の裏だった。その先には崖があって少し危ない。崖の下には川があると相田先生から教えられていた。
「こっちこっち。見ろよ」
二人が指差した先には———
二つの山の隙間から覗く綺麗な青空だ。レイニーにそれを示す彼らのワイシャツの白色がよりそれを鮮明に現していた。
レイニーはそれを見たことが無かった。見たことのある空は、いつでも煙に覆われた空だった。
letter 第三話
レイニーは目を見張った。そして、何よりこの感情を言葉にしたかった。
しかしその時はそれができなかった。「綺麗」と言う言葉を知らなかった。ただただその景色に見惚れているしかなかった。
レイニーの隣の席にいた文がレイニーに話しかける。
「どう?綺麗?」
「きれい?」
「こういう景色のこととか、綺麗って言うんだよ。他の時も使うけどね」
きれい。それはレイニーが知った言葉の中で一番大切にしたいと彼自身が思った単語であるかもしれない。
「…きれい……」
「…そうだね……」
「……ねえ、日本語、教えて…!」
letter 第四話
応接間の振り子時計が午後6時を示すベルを鳴らした。文はレイニーにひらがなのテキストを持ってきた。
「じゃあまず、これ。なぞってごらん?」
レイニーは薄く書かれた“あいうえお”をなぞった。二、三回ほどなぞった後、横の白紙に書いた。レイニーは種族の頭の構造上、やればすぐ覚えてしまうタイプらしい。
「上手。これは『あいうえお』って読むんだよ」
「あ、い、う、え、お」
「覚えた?」
「うん」
「じゃあ、次。カ行」
その後レイニーはたった一時間半で濁音、半濁音含めたひらがなを全て習得してしまった。
「じゃあ、テスト。これは?」
「だ」
「これは?」
「い」
「これ」
「す」
「これ」
「き」
「繋げて言ってみて」
「だ、い、す、き。?」
文は悪戯っぽく笑うだけだった。レイニーはそれを見ると、なぜか頭についた耳に力が入らず、垂れてしまうのであった。
letter 第五話
その後レイニーは何かを見つける度に文へ「あれは何?」「これは何?」と聞くようになった。
そのおかげでレイニーは空を、椅子を、人を、時計を知った。
しかし、レイニーには自分の言った「だいすき」の意味だけがわからなかった。友達に聞いてもわかる気がしなかった。
レイニーは相田先生のところへ行った。わからないことがあれば先生に聞くしかない。
「先生、だいすきって、どういう意味ですか?」
「うーん……難しいなぁ…」
相田先生はこんな質問をされること自体初めてだった。教師の職についてまだ2年。右も左もわからない小娘としてやり繰りしている彼女には難しい。
「そうだな……レイニーはさ、誰かといて心がほっとした時って、ある?」
「うーん…」
どうだろう、今まであっただろうかと考える。いや、一度だけ。
「あります。みんなで山を見た時です」
「その時感じたものが、だいすきっていうものだよ」
レイニーは納得がいった。きれいっていうことは、だいすきってことなんだ、と。
letter 第六話
「レイニーの住んでたところって、どんなところなの?」
応接間で漢字の練習をしていた時、文が質問した。レイニーは躊躇った。なぜあんなところの話をしなければいけないのか。
「…ひどいところだよ」
「それだけ?」
レイニーは戸惑った。遣る瀬無い感情を抱いた。なにせ故郷では血の匂いを嗅ぎ、銃声が聞こえ、目の前で仲間が死んでいくのを見ていた。そんなことはもう葬って、まっさらなまま生きていきたいのだ。
「私は、なんとかできると思う」
「君なんかにわかるわけないよ!」
違うよ、と文は言った。自然と溢れてしまったような声だった。
「レイニーならどうにか変えられると思うよってこと。世界を」
letter 第七話
「おはようございます」
応接間で寝泊まりすることとなり、レイニーは学校の事務の手伝いをすることになった。レイニーが申し出たのだ。
「おはよう、今日の郵便はこれだけだよ」
青いスクーターの郵便局員さんからいつものように郵便を受け取る。見るとレイニー宛ての国際郵便だった。
「君宛てかい?なら君直接のお届けになるよ。ゆっくり読んでね」
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中身を開けるとハートランドの政府からの手紙だった。
要約すると国に帰ってこいという手紙だった。戦争の人員が必要であり半年以内に帰ってこないと家の財産を罰則金として持っていかれるらしい。
レイニーは怒った。しかし、彼は堪えた。
ここで零れ落ちることは、国に負けることと同じだと考えた。それだけは絶対にしたくなかった。
レイニーは応接間の裏口から外に出た。校舎の裏に行くと彼は深く息を吸い、吐いた。
空は朝方とは思えない程の茜色をしていた。
letter 第八話
レイニーが休日郵便局員に連れてきてもらったのは、町にある図書館だった。
レイニーは自分に何ができるか知りたかった。レイニーはそれについて何も知らなかった。
レイニーは新聞を置いてあるコーナーへ行く。故郷では新聞など意味がなかった。どこかへ行きたいという気持ちを強めるだけだった。
東京では冬の時期に花火を上げるらしい。お祭り……なども良いと思ったが、所詮レイニーもただの子供。レイニーは耳を垂らしトボトボと書籍コーナーへ進んでいった。
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彼が本を眺めている時見つけたものがあった。あるスピーチを評価したものだった。
その人は自分の2つだけ年上の女子中学生で、環境問題や戦争に対する政治家の対応を批判する内容をテレビカメラの前で話したらしい。
彼女は一人でそのような活動や思いを抱える団体へ交渉をし、スピーチをさせてもらえるよう手立てをしたのだという。
さらに驚いたことに、彼女のスピーチを聞いたある政治家は国会でその内容を挙げ、迅速な対応をするよう働きかけた。そして、彼の言ったことは真実になった。
レイニーは頭の中が透き通っていく感覚になった。そして自分の考えを改めた。
子供でもできることは十二分にある。まだ希望がある。そう考えるだけで、レイニーは走り出したくなってきたのだ。
letter 第九話
「市でスピーチをしたいって??」
相田先生は驚いた。どちらかというと内気なレイニーがそんなことを言うと思わなかった。
「はい。したいです」
「……そうかぁ…」
相田先生は悩んだ。生徒の意見ややりたいことは尊重してあげたい。しかし、たかが子供だ。まともに取り合ってもらえるとは思えないのだった。
数秒考え込むだけの時間が両者に流れた時…
「先生、みんなでお願いしましょうよ」
素耀と春冶、文が立っていた。
「先生、レイニーの故郷を変えたいんです」
「戦争は無くせると思います!」
レイニーは心打たれた。一人じゃない。自分だけの力でできなかったことは、束になればできるかもしれない。相田先生も同じことを思っていた。子供のエネルギーは計り知れない。言葉を選ばないのであれば、自分たちだけでなんでもできると思ってる。けど、それは事実かもしれない……!!
letter 第十話
「スピーチぃ??」
最初の壁は校長だった。なかなかなことを言うなと思った彼だった。そもそも市が真面目に取り合ってくれると思わなかった。
「それは私たちも一緒です。なので、校長先生の力が必要なんです」
「うーむ…」
蓄えた髭を撫でながら考え込む。このアクションをする時は悩んでいる時だ。
「お願いします。僕らには時間がないんです」
レイニーが言った。校長はその言葉を聞くと静かに頷き、こう言った。
「…レイニーくん。君はあまり自我を出すような子じゃなかった。そんな君がそんなにもというなら——仕方がない。力になろう」
レイニーは驚いた。自分の力で、もう二人の心を動かしたのだ。
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「近藤さん。中学校の校長先生から、お電話がかかってきています」
「おーう、送ってくれー」
市役所職員である近藤は受話器を手に取った。相手は校長だ。
「はい、代浮市役所の近藤でございます。…ええ。え?スピーチ??」
近藤は困惑した。中学生にスピーチをさせろと?そんなこと市長に提案すれば諸々に驚くほど時間がかかる。
「ええ。そうなんですか。……そのことに関してはまた後日対面で、はい、はい。失礼します」
これはまた面倒な仕事が増える。冗談じゃない。彼のため息は空調の音に掻き消されていった。