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碧き森のともしび屋 〜ヤミカラスとランプラーの夜歩き〜
長くなりましたが読んでくれたら嬉しいです〜😭
第一章:星降る夜の小さなあかり
その森には、人間が一人も立ち入りません。
ただ、木々の葉が擦れ合う音と、ポケモンたちのささやき声だけが、静かに流れる場所でした。
深い緑に包まれた「常磐(ときわ)の密林」。その中央に、ひときわ大きな巨木が立っています。幹には、だれが作ったわけでもない、ぽっかりと空いた大きな空洞がありました。そこが、ヤミカラスのクロの家であり、彼が営む「ともしび屋」の店構えでもあります。
「ともしび屋」といっても、何かを売るわけではありません。クロの仕事は、夜の森を歩くポケモンたちのために、あたたかな光を灯して道案内をすること。そして、夜が怖くて眠れない幼いポケモンたちに、小さな明かりを届けることでした。
「さて、今夜もそろそろ、仕事の時間だな」
クロは自慢の黒い羽を毛づくろいすると、きょろりと大きな目を動かしました。クロの帽子のような頭の羽には、一本の枯れ枝が器用に挟まれています。その枝の先には、いつもなら、青白い炎を浮かべた相棒がいるはずでした。
「おーい、ルミィ。置いていっちまうぞ」
クロが空洞の奥に向かってカァと鳴くと、暗闇から、ぽわん、と小さな紫色の炎が浮かび上がりました。
ランプラーのルミィです。ガラス細工のような体をゆらゆらと揺らしながら、ルミィは少し眠そうにクロのそばへ浮き上がってきました。
『……もう、そんな時間? クロ、焦らせないでよ。夜はまだ始まったばかりじゃない』
ルミィの体の中で揺れる炎は、とても不思議な光を放っていました。かつて人間の街にいたランプラーたちは「魂を吸う」なんて恐れられていたようですが、この森に住むルミィの炎は、全く別のものでした。彼女の炎は、森の底に眠る古い記憶や、だれかの優しい思い出をエネルギーにして、ぽうっと温かく灯るのです。
「今夜は星が綺麗だが、西の谷のほうは霧が深い。あっちの道を通るチコリータたちが迷子にならないよう、早く行ってやらないと」
クロがそう言うと、ルミィは「わかったわ」と頷くように、体を一度上下に揺らしました。
クロは器用に足でルミィの頭のリングを掴み、そのまま大きな翼を広げて、夜の空へと飛び立ちました。
第二章:霧の谷の迷子たち
夜風はひんやりとしていて、クロの羽を心地よく撫でていきます。
下を見下ろすと、昼間は元気に走り回っているポケモンたちも、今はみんな身を寄せ合って眠っていました。大きなカビゴンの お腹の上で、何匹ものピチューが丸くなって寝息を立てています。その平和な景色を見るのが、クロは大好きでした。
しかし、西の谷へ近づくにつれ、クロの予想通り、白い霧がじわじわと木々の隙間を埋めていきました。
視界が急に悪くなります。
「うへえ、こいつは思ったより深いな。ルミィ、少し光を強くしてくれ」
『まかせて。……ん、しょ』
ルミィがぎゅっと力を込めると、彼女のガラスの身体の中で、青白い炎が大きく膨らみました。
その光が霧を優しく押し返し、周囲の木々を、まるで夢の中の景色のように淡く照らし出します。
すると、下の方から、小さな、そして今にも泣き出しそうな声が聞こえてきました。
「……きゅう。……きゅ、う……」
「おっと、誰かいるな」
クロは静かに羽を羽ばたかせ、声のする地面へと降り立ちました。
ルミィの光が照らし出したのは、大きな木の根元のくぼみで、がたがたと震えている二匹のチコリータでした。頭の大きな葉っぱをすっかり丸めて、お互いに身を寄せ合っています。
「やあ、こんばんは。こんな夜更けに、どうしたんだい?」
クロができるだけ優しい声で話しかけると、チコリータたちはビクッと身体を強張らせました。夜の闇の中から、真っ黒な鳥のポケモンが現れたのですから、無理もありません。
「きゅう……、おかあさんとはぐれちゃって……。霧で、どっちに歩けばいいか、わからなくて……」
一匹のチコリータが、涙目を浮かべながら言いました。
『大丈夫よ、小さな可愛い子たち』
ルミィがふわふわとチコリータたちの目の前に降りていきました。ルミィのあたたかい光がチコリータたちの身体を包み込むと、不思議なことに、彼らの震えがすうっと収まっていきました。ルミィの炎には、相手の心を落ち着かせる、不思議な温もりがあったのです。
『私たちは「ともしび屋」。あなたたちのお家は、この谷を抜けた先にある、陽だまりの丘ね?』
「うん、そう。お母さんが待ってるの……」
「よし、じゃあ俺たちの後ろをついてきな。このルミィの明かりが見えるだろ? これをじっと見つめながら歩けば、霧の中でも絶対に迷わないさ」
クロは胸を張って、カァと頼もしく鳴きました。
第三章:ともしびが繋ぐもの
歩みはゆっくりでした。チコリータたちの歩幅に合わせて、クロは地面をぴょんぴょんと跳ねるように歩き、ルミィはその少し先を、まるで道標のように照らしながら進みます。
霧の奥からは、時折、夜行性のホーホーの鳴き声や、ウパーたちが水辺で遊ぶパチャパチャという音が聞こえてきました。昼間なら怖がらない音も、夜の霧の中では恐ろしいものに聞こえてしまうものです。チコリータたちはそのたびに足を止めそうになりましたが、ルミィがその場でくるりと一回転して、火花をパチパチと綺麗に散らすと、嬉しそうにまた歩き出しました。
『クロ、見て。あそこに大きな影があるわ』
ルミィが声を潜めて言いました。
霧の向こうに、確かに巨大なシルエットが佇んでいます。チコリータたちはひっと息を呑み、クロの後ろに隠れました。
しかし、クロは慌てず、目を細めました。
「心配ない。あれはただの岩だ。……いや、違うな。あれは……」
近づいてみると、それは岩ではなく、大きくて古いフシギバナでした。彼は目を閉じ、静かに瞑想をしているようでした。背中の大きな花からは、夜の間にだけ放たれる、甘く優しい香りがかすかに漂っています。
フシギバナは、光の気配を察して、ゆっくりと重い目蓋を開けました。そして、クロとルミィ、その後ろにいる小さなチコリータたちを見ると、深く、地響きのような声で言いました。
「……おお、ともしび屋の若者たちか。今夜も良い光を灯しているな……」
「こんばんは、長老。チコリータの坊主たちが迷子になってね。送り届ける途中さ」
「そうか、それは感心なことだ。チコリータたちよ、その光についていくがよい。あの光は、この森の優しさそのものだからな……」
フシギバナはそう言うと、背中の花を少し揺らし、眠り粉を混ぜた、キラキラと光る胞子を霧の中に少しだけ撒いてくれました。それがルミィの光と混ざり合い、まるで夜空の天の川が地面に降りてきたかのような、美しい光の道を作り出しました。
「わあ……きれい……!」
チコリータたちは恐怖をすっかり忘れ、目を輝かせてその光の道を歩き始めました。
第四章:夜明けと、あたらしい夜のために
谷の霧を抜け、なだらかな斜面を登りきると、そこには見覚えのある、大きなクヌギの木がありました。
木の下では、一匹の大きなメガニウムが、心配そうに右往左往しています。
「おかあさん!」
チコリータたちが叫びながら、トコトコと駆け出していきました。
メガニウムはハッと振り返ると、涙を流しながら我が子たちを抱きしめました。何度も何度も、鼻先を押し当てて無事を確かめています。
しばらくして、メガニウムはクロとルミィのほうへ歩み寄ってくると、深く、丁寧に頭を下げました。
「ありがとう、ともしび屋の皆さん。この子たちを見つけてくださって、本当に……何とお礼を言えばいいか」
「気にするなよ。俺たちの仕事は、夜を少しだけ歩きやすくすることだからな」
クロは少し照れくさそうに、羽で頭を掻きました。
『お母さんに会えてよかったわね。今夜はもう、温かくして眠るのよ』
ルミィが優しく語りかけると、チコリータたちは「うん!」と元気よく返事をしました。
東の空の地平線が、かすかに紫色からオレンジ色へと変わり始めていました。
夜明けが近づいています。それは、夜を生きる「ともしび屋」にとって、一日の終わりの合図でした。
「さて、ルミィ。俺たちも帰って、一眠りとするか」
『ええ、そうね。今夜もいい夜だったわ』
ルミィの炎は、チコリータたちの感謝の気持ちを受け取ったせいか、最初よりも少しだけ、あたたかいピンク色を帯びていました。
クロはルミィを再び足に捕まえると、朝焼けの始まりを告げる空へと飛び立ちました。
下からは、メガニウムとチコリータたちが、小さくなる二人の光を、いつまでもいつまでも、見送っていました。
新しい一日が始まります。そしてまた、太陽が沈めば、彼らの優しい夜歩きが始まるのです。
(おわり)
読んでくれてありがとうございました