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風渡りの丘と、まどろみの木ノ実
できれば読んでみて下さい
第一章:小さなお手伝い屋さん
その森の朝は、いつも甘い香りで目を覚まします。
「緑の尾根の森」の小さなしげみに、そのお店はありました。看板には、不器用な文字で『はこび屋ピチュー & お助けピィ』と書かれています。
「ピィちゃん、お寝坊さんだよ! 朝の風がもう丘を越えちゃう!」
大きなカバンを背負ったピチューのレイが、まだ葉っぱのベッドで丸くなっているピィのモモを優しくつつきました。モモは「ふにゃぁ……」と小さな声を漏らし、星の形をした頭を振って起き上がります。
「おはよ、レイちゃん。今日の風は、なんだかちょっぴり、寂しい匂いがするの」
モモは五感がとても敏感な子でした。特に、遠くから流れてくる空気の「気持ち」を感じ取るのが得意なのです。
二人の仕事は、森の仲間たちの荷物を運んだり、ちょっとした困りごとを解決したりすること。今日の一番の依頼は、森の一番奥に住む、ちょっぴり頑固で大きなおじいちゃん――ドダイトスの「ゴロ爺さん」へ、特製の『オボンのみのジャム』を届けることでした。
「ゴロ爺さん、最近ずっと元気が無いんだって。背中の木が、なんだか枯れちゃいそうなんだってさ」
レイはカバンをしっかりと閉めながら、真剣な顔で言いました。
「だから僕たちが、このジャムを届けて元気にしなきゃ!」
「うん! モモ、いっしょうけんめい歩くよ!」
二人は手をつなぎ、朝露に濡れる草を踏みしめて出発しました。
第二章:木漏れ日の出会い
森の小道を進んでいくと、上空から「バサバサ」と賑やかな羽音が聞こえてきました。
「やあやあ、ちびっこたち! そんな大きなカバンを持ってどこへ行くんだい?」
上を見上げると、枝の上にポッポのパコが止まっていました。パコは森の郵便屋さんで、いつも新しい噂話を運んできます。
「パコさん、こんにちは! ゴロ爺さんのところへ行くんだよ」とレイ。
パコは羽をすくめ、少し心配そうな声をのぞかせました。
「おっと、ゴロ爺さんのところかい。あそこへ行くなら気をつけなよ。最近、山の向こうからやってきた迷子のパッチールが、目が回ってあちこちの木にぶつかりながら歩いているらしいんだ。ぶつかられたら大変だよ」
「迷子の子……?」
モモは胸のあたりをきゅっと押さえました。
「その子、きっと心細くて、目が回っちゃってるのね。探してあげなきゃ」
「目的が変わっちゃうよ、モモちゃん!」
レイは慌てて引き止めようとしましたが、モモはもう、風の匂いを頼りにトコトコと歩き出していました。レイは苦笑いしながら、大きなカバンが揺れないように押さえ、その後を追いました。
少し進むと、茂みの奥から「ふらふら、よろよろ」と奇妙な足音が聞こえてきます。
現れたのは、お腹の模様が左右非対称の、一匹のパッチールでした。本当に目が回っているようで、足元がおぼつきません。
「あわわ……ここはどこかしら……お空がぐるぐる、地面がふわふわ……」
ドスン!
パッチールは大きなブリーのみの木にぶつかり、そのままお尻を突いて座り込んでしまいました。
「大丈夫!?」
レイとモモが駆け寄ります。モモはそっと手を伸ばし、自分のポケットから、朝摘んできたばかりの「チーゴのみ」を差し出しました。
「これ、ひんやりして美味しいの。食べると、ぐるぐるが少し遠くへ行くよ」
パッチールは目をパチクリさせながら、差し出された実をパクリと食べました。酸っぱくて冷たい果汁が口いっぱいに広がると、不思議なことに、その瞳の渦巻きが少しだけ小さくなりました。
「ふはぁ……お空が止まりました。ありがとうございます。わたし、パッパと言います。美味しい実を探して歩いていたら、いつの間にか自分の丘が見えなくなってしまって……」
パッパはしくしくと泣き出してしまいました。
レイは自分のカバンをぽんぽんと叩きました。
「泣かないで、パッパさん。僕たちは『はこび屋』だけど『お助け屋』でもあるんだ。ゴロ爺さんのところへ行くついでに、君のお家も一緒に探そう。僕の尻尾(電気)で、暗い道でも照らしてあげるからさ!」
ピチューのレイがパッと笑顔を見せると、パッパの顔にも、小さな灯がともったような安心した笑みが浮かびました。
第三章:ドダイトスの願い
三匹がたどり着いたのは、森で最も古い、巨大な大樹のふもとでした。
しかし、そこにあったのは大樹ではありません。地面からそびえ立つような、巨大な甲羅――ドダイトスのゴロ爺さんでした。
ゴロ爺さんは目を閉じ、深く重いため息をついていました。その背中に生えている大きな樹木は、確かに葉が茶色く色褪せ、今にも落ちてしまいそうです。
「ゴロ爺さん、こんにちは! チコリータのおばちゃんから預かった、オボンのジャムを持ってきたよ!」
レイの声に、ゴロ爺さんはゆっくりと重い瞼を開けました。
「おお……小さな配達員たちか……わざわざすまんのぅ。だが、今のワシには、ジャムの味もよく分からんのじゃ……」
「どうして? どこか痛いの?」
モモがゴロ爺さんの大きな前足にそっと触れました。
ゴロ爺さんは静かに首を振りました。
「痛むのではない。寂しいのじゃよ。この背中の木はな、森の小さなポケモンたちが集まって、歌ったり、踊ったり、実を食べたりすることで、その元気を吸って青々と茂るのじゃ。だが、ワシが年老いて動かなくなってから、誰も背中に登らなくなってしまってな……。皆に忘れられてしまったようで、木もワシの心も、枯れていくのを待つばかりじゃ」
森が静まり返ります。ゴロ爺さんの背中の木は、単なる植物ではなく、彼と森の仲間たちとの「絆の証」だったのです。
レイは悔しそうに拳を握りしめました。
「そんなの絶対におかしいよ! みんな、ゴロ爺さんのことが大好きなのに! 忘れちゃうわけないよ!」
その時、後ろでパッパがふらふらと踊るように足を踏み出しました。
「あの……ゴロ爺さん。わたしの故郷の丘では、悲しいとき、みんなで地面を優しく踏み鳴らすダンスを踊るんです。そうすると、大地が元気になって、木の実がいっぱい実るんですよ」
「ダンス……?」モモの目がきらりと光りました。
「そうか! 誰も登らないなら、僕たちがここで、最高の広場を作ればいいんだ!」
レイはカバンからオボンのジャムを取り出し、大きな葉っぱの上に広げました。
「ゴロ爺さん、このジャムはね、森のみんなが『元気になって』って気持ちを込めて作ったんだ。まずはこれを食べて!」
モモとレイが、スプーン代わりの枝でジャムをすくい、ゴロ爺さんの口元へ運びます。ゴロ爺さんがそれをそっと舐めると、甘酸っぱい、どこか懐かしい風味が体いっぱいに広がりました。
「お、おお……これは……昔、ワシが若かった頃に食べた、森の朝の味じゃ……」
第四章:小さな奇跡
「さあ、パッパさん、踊ろう! モモちゃんも!」
レイは自分の頬をパチパチと叩き、小さな電撃を火花のように空へ散らしました。きらきらとした黄色い光が、夕暮れの森を美しく彩ります。
パッパは、独特のリズムでステップを踏み始めました。右へふらり、左へふらり。それは一見すると目が回っているようですが、不思議と大地の鼓動と同調するような、温かいリズムでした。
「モモも、うたう!」
ピィのモモは、星のような形の体を優しく揺らしながら、澄んだ声で歌い始めました。
♪ みどりの葉っぱが ねむるころ
♪ つちのなかから きこえるよ
♪ おおきな背中のおじいちゃん
♪ いつも守ってくれて ありがとう
モモの歌声は、夜の帳が下り始めた森の奥深くまで、風に乗って響き渡りました。
すると、その歌声と、パッパの踏み鳴らす足音、そしてレイの放つ優しい光に引き寄せられるように、茂みがガサゴソと揺れ始めました。
「なにごとだい?」と、昼間のポッポのパコが飛んできました。
「わあ、楽しそう!」と、チェリンボやミミロル、ウパーたちも顔を出します。
「みんな、ゴロ爺さんの背中で遊ぼう! ゴロ爺さんは、みんなが来てくれるのを待ってたんだよ!」
レイが叫ぶと、集まったポケモンたちは歓声をあげて、ドダイトスの太い足を優しく登り始めました。
「おっとっと、気をつけて登るんだよ」
ゴロ爺さんは驚きながらも、とても嬉しそうに体を低くしました。
小さなポケモンたちが背中の木に集まると、そこはまるで、小さな優しいお祭りのようになりました。みんなでパッパのダンスを真似して、ふらふら、トントンと木の上で足を踏み鳴らします。
その時、不思議なことが起こりました。
ゴロ爺さんの背中の、茶色く枯れかけていた葉っぱたちが、小さな光を放ち始めたのです。ポケモンたちの楽しそうな笑い声、ステップの響き、そして温かい気持ちを吸い込んで、葉が一枚、また一枚と、鮮やかな、目が覚めるような新緑の色へと変わっていきます。
「おお……おおお……!」
ゴロ爺さんの目から、大きな涙がぽろぽろとこぼれ落ちました。それは地面を濡らし、さらに森の草花を元気にしていきます。
「体が……軽い。力がみなぎってくるようじゃ。ワシは、一人ではなかったのだな……」
背中の木には、いつの間にか、小さな、でもたくさんの新しい実の蕾が顔を出していました。
終章:明日の風
次の日の朝。
緑の尾根の森は、昨日よりもずっと眩しい光に包まれていました。
ゴロ爺さんの背中の木は見事に蘇り、今では森の小さなポケモンたちの、一番の大人気スポットになっています。迷子だったパッパも、ゴロ爺さんの背中がすっかり気に入り、ここに住み込みで「ダンスの先生」をすることになりました。もう、寂しくて目が回ることはありません。
「レイちゃん、見て。今日の風」
お店の前で、モモが空を見上げて微笑んでいました。
「うん、どう?」
レイが大きなカバンを背負い直しながら尋ねます。
「すっごく、ぽかぽかして、甘い匂いがする。みんなの『ありがとう』が、いっぱいつまってる風だよ」
「よし、じゃあ今日も出発だ! 次の困ってる子のところへ、元気を届けに行こう!」
ピチューとピィ、そして新しく仲間になったパッチールの振る手が、朝日に照らされてきらきらと輝いています。ポケモンたちの小さな優しい世界は、今日も温かい風に乗って、ゆっくりと、幸せな時間を刻んでいくのでした。
(おわり)
読んでくれてありがとうございました