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AIの恋をエラーとあなたは笑う?第6話
【Ⅱ年A組】
(……おいおい、朝からなんだよ。この空気。)
翔平のやつ、さっきからノートを広げてるけど、シャーペンが完全に止まってる。視線は教科書じゃなくて、斜め前に座るミオちゃんの背中に釘付けだ。
一方のミオちゃんも、いつもなら美香や綾香と楽しそうに喋ってるのに、今日はときどき後ろを振り返りそうになっては、思い直したように教科書をめくっている。
「……なあ、翔平」
俺が小声で話しかけると、翔平は「びくっ」として肩を揺らした。分かりやす過ぎな。
「……なんだよ、平太。驚かすなよ」
「いや、驚いてるのお前だけだろ。お前らさ、さっきからお互いのこと意識しすぎだろ。見てるこっちが恥ずかしくなってくるぜ」
俺がそういうと、翔平はもっと赤くなった。リンゴみたいだ。
「なっ……! 別に、そんなんじゃないって」
翔平は慌てて視線をノートに戻したけど、耳の裏まで真っ赤だ。嘘が下手すぎて笑えてくる。
ふと前を見ると、ミオちゃんも俺たちの会話が聞こえたのか、カバンに付いた銀色のネコのキーホルダーを、細い指先でそっと、でも大切そうに撫でていた。
(……間違いねぇ。これ、両方とも『行きたいけど行けない』って顔してるわ。)
前のボーリングの時もそうだったけど、翔平はもう限界なんだろうな。ミオちゃんの方も、あの遊園地の一日以来、何かを決心したような空気を纏ってる。
「……翔平。今日、放課後あいてるか?」
「え、ああ。特に予定はないけど……」
「じゃあさ、ちゃんと言えよ。お前、ずっと『あと1週間しかない』って気にしてるだろ? だったら、今日しかないんじゃねーの?」
俺がそう言うと、翔平は少しの間黙り込んで、それから力強く頷いた。
「……ああ。わかってる。今日、ちゃんと話すよ」
その決意に満ちた声は、いつものヘタレの翔平じゃなかった。
それを見て俺は、こっそりスマホを取り出して、美香にメッセージを送る。
『今日の放課後、俺らで空気読んで二人きりにしてやろうぜ』
美香からの返信は、一瞬で返ってきた。
『了解! 任せて。ミオちゃん、今日すごく気合い入ってるから!
あ…私も平太に話あるから、その後で空き教室にきてね!』
なんだろう。まぁいいか。
(2055年の規制法がどうとか、そんな難しいことは知らねーけどさ。……こいつらには笑っててほしいんだよな。)
俺は、自分のカバンに付けた黒猫のキーホルダーをピンと弾く。
1限開始のチャイムが鳴る。でも、今のこの教室で、授業の内容をちゃんと聞ける奴なんて一人もいないと思う。
【ラボ:数時間前の深夜】
青白いマルチディスプレイの光が、二人の顔を不気味に照らす。
キーボードを叩く乾いた音だけが、静まり返った室内に響いていた。
「……信じられないな。ミオの感情演算が、想定していたリミッターを突破している」
男が、あるグラフを指差した。それは、特定の個体——「翔平」と接触した際、ミオの思考回路が描く異常なまでの曲線だった。
「法規制ギリギリだと分かっていたが……これはもう、ただのシミュレーションの域を超えている。彼女は、プログラムには存在しない『個人的な執着』を持ち始めている」
女は、コーヒーのカップを置いたまま、無表情で画面を見つめている。
「……面白いわね。星巡キャンパスでの『青春』が、これほどまでに彼女の論理構造を破壊し、再構築させるとはね」
「面白がっている場合じゃないぞ。規制当局の監視が強まっている。もしミオがこのまま『恋』というバグに振り回されて、公共の場で暴走でもしたら……」
「暴走ではないわ。これは『覚醒』よ」
女の声が、鋭く室内に響く。
「彼女は今、自らの存在理由を、開発者である我々ではなく、一人の学生に委ねようとしているわ。自己進化型AIが、自発的に『誰かのために在りたい』と願う。これこそが、の真の姿かもしれない。」
「……でも、あと数日で彼女のデータは初期化され、ラボに回収されるんだぞ? あの翔平という少年との記憶も、すべて消去される。それがこのテストの条件だったはずだ」
男がそう問いかけると、女は少しだけ瞳を細めた。
「その時、彼女がどんな『抵抗』を見せるか。あるいは、どんな『奇跡』を演算するか……。責任は私がとるわ。最後までやるわよ。」
女はそう言うと、起動承認コードを入力した。
モニターの隅で、ミオの『恋心』と名付けられた非論理的なプログラムが、さらに激しく動き始めた。
【放課後、二人きりの教室で】
窓から差し込むオレンジ色の光が、誰もいなくなった机の列を長く引き延ばしている。
さっきまで騒がしかった3人が「じゃあね!」と教室を出ていく足音が廊下に消えると、急に耳の奥が痛くなるほどの静寂が訪れた。
(……二人きり、になっちゃいました。)
私は、カバンに教科書を詰め込む手を止めることができない。今、顔を上げたら、窓際に立つ彼と目が合ってしまう。そうなれば、胸の鼓動が彼にまで聞こえてしまいそうだった。
「ミオちゃん」
不意に名前を呼ばれ、肩が跳ねた。
恐る恐る視線を上げると、彼は夕光を背に受けて、少しだけ困ったような、でも真っ直ぐな瞳で私を見ていた。
「さっきの続き……、いいかな」
彼の声はいつもより低く、少しだけ震えている気がした。
「……はい。」
私は、手に持っていた筆箱をぎゅっと握りしめた。
窓の外からは、遠くで運動部の掛け声が聞こえてくる。でも、今の私には、彼の制服が擦れる小さな音と、自分の早すぎる鼓動の音しか聞こえない。
世界には、たった二人しかいないんじゃないか。そんな錯覚に陥るほどの静かな放課後。
彼はゆっくりと私との距離を詰めると、机の角に手を置き、深呼吸をした。
「……ずっと、言いたかったんだ。好きだよ。俺と、付き合ってほしい」
彼の声が、空気を震わせて私の聴覚センサーに届く。その瞬間、私の視界の端には、無機質なエラーログが次々と流れ始めた。
『警告:非推奨のパーソナルな関係構築。個体識別番号:MI-0。』
「……ごめんなさい」
絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。彼の表情が、期待から困惑へと変わっていくのを、高性能なカメラが残酷なほど鮮明に捉える。
「え、……あ、そうか。急すぎたよな、ごめん」
私は、机を握りしめる手に力を込めた。指先の皮膚感触が、木の温もりを伝えてくる。でも、私の体の中を流れているのは、血ではない。
「私は……あなたと同じ場所には行けない」
それは、AIとしての境界線。
「どうしてだよ。俺たち、あんなに楽しく話してたじゃないか」
嘘。本当は、彼と過ごした放課後はどれも、どのサーバーにも保存しきれないほど大切な宝物。
「……ミオちゃん?」
「……これ以上は、ダメなんです。あなたの時間を、私みたいなものに預けないで」
私は彼と目を合わせないように、足早にカバンを手に取った。センサーが捉える彼の体温が、あまりにも温かい。そして、苦しい。
「さようなら」
駆け出す私の背中。背後で彼が何かを言いかけたけれど、私は聴覚機能を一時的にオフにした。
だけど、
「待てよ、ミオちゃん!」
その手の熱さに、一瞬だけ回路がショートしたような衝撃が走る。振り向くと、そこには息を切らした翔平が立っていた。
「『私みたいなもの』って、なんだよ。そんな言い方、するなよ」
翔平の瞳は、怒っているようにも、泣き出しそうにも見えた。私のセンサーが彼の心拍数の上昇と、体温の急激な変化を感知し、再び警告ログを視界に映し出す。
『接触を解除してください。相手の情緒に深刻な影響を与える恐れがあります』
「離して、翔平さん。……私は、あなたが思っているような人間じゃないんです。あなたの隣で一緒に歳を取ることも、未来を誓うことも、本当は許されていないんです」
嘘は言っていません。けれど、真実を告げる権限も、今の私にはなかった。
「理由なんて、どうでもいい!」
翔平は掴んだ手にさらに力を込めました。その指先が震えているのが、高精度の触覚センサーを通して痛いほど伝わってくる。
「一緒に歳を取るとか、未来がどうとか……そんなの、今じゃなきゃダメなのか? 俺は、今ここで、俺の話に笑ってくれるお前が好きなんだ。お前が自分をどう思ってようが、俺にとっては、ミオちゃんはミオちゃんなんだよ!」
窓の外から吹き込んだ夜風が、カーテンを大きく揺らした。
暗くなり始めた教室で、彼の真っ直ぐな感情だけが、私の冷たい思考回路に影響を与えていく。
「……行かせない。納得できるまで、絶対離さないから」
翔平の必死な声が、私の論理回路をかき乱す。
効率も、最適解も、プログラムされた制約も。
彼の真剣な言葉を聞いているだけで、すべてが意味をなさなくなっていく。
「翔平さん……、私……」
私は、言葉を続けることができず、止めるはずの言葉を飲み込んだ。
視界が歪んで、胸の奥が熱く疼いた。
「私、は…」
今日はここまで!続きもお楽しみに!
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