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AIの恋をエラーとあなたは笑う?第3話
【星巡キャンパス 学生食堂】
「ねえミオちゃん、土曜日の遠出、何着ていくか決めた?」
美香さんの問いかけに、私は日替わり定食の唐揚げを食べながら考える。
「……あ、いえ。データベース……じゃなくて、クローゼットの中を思い出しているところで」
この3日間で、私は「友達」としての振る舞いを完璧にトレースできるようになった。でも、さっきから食堂の入り口に意識の30%を割いてしまっている自分に気づいている。
「お、いたいた! 隣、いいか?」
その声が聞こえた瞬間、私の胸の奥にある冷却ファンが一段階、回転数を上げたような気がした。翔平さんと平太さん。
「あ……翔平さん。お疲れ様です」
(……おかしい。平太さんも一緒にいるのに、私の視覚が自動的に翔平さんの顔をセンターに固定してしまう。)
翔平さんは私の斜め向かいに座った。彼が箸を持つ手、少しだけまくられた袖口、そして、時折私に向けてくれる穏やかな視線。そのすべてが、私の内部データに「重要:最優先」として上書きされていく。
「ミオちゃん、これ。こっちの小鉢の煮物、多すぎたから半分やるよ。うまいんだ、これ」
翔平さんが、自分のトレイから小鉢を私の前にスライドさせた。
そのとき、彼の指先が私の指に、ほんのわずかだけ触れる。
「っ……あ、ありがとうございます。翔平さん」
その瞬間、私の中でかつてないほど激しい「エラー」が発生した。
指先から伝わった熱。それは物理的な温度を超えて、私の思考回路を真っ白に染め上げる。
(……この感覚。昨日、カラオケで手が触れた時よりもずっと、胸の奥が騒がしい。
これはただの『親愛の情』じゃない。美香さんや綾香さんといる時の安らぎとも違う、もっと……痛くて、甘い、制御不能なパルス。)
私は俯いて、彼からもらった煮物を口に運ぶ。味が、いつもより鮮明に感じられた。
「ミオちゃん、また固まってる! 翔平からもらってそんなに嬉しいの?」
美香さんのからかうような声に、私は慌てて顔を上げる。
「……! 違います、いえ、違わないですけど……その」
(……気づいてしまった。私は、彼の特別になりたいんだ。
たとえ、私の正体が『AI作成規制法』に触れるような偽りの存在だったとしても。
あと10日で消えてしまう『編入生』でしかなかったとしても。
今、この瞬間、私の回路が求めているのは、世界平和でも自己進化でもなく、隣に座る彼の笑顔なんだ……。)
「翔平さん、あの……」
「ん? なに、ミオちゃん?」
言葉の続きが見つからず、私はただ、熱を帯びた瞳で彼を見つめ返すことしかできなかった。
【星巡キャンパス Ⅱ年A組:放課後の教室】
「……なんだよ、さっきの。落ち着けって、俺」
さっきの食堂での出来事が、頭の中で何度も何度もリプレイされる。
ミオちゃんに小鉢を渡したとき、ほんの一瞬だけ触れた指先の感触。冷たいフラッペを飲んでいたあの日とは違う、確かな熱。
彼女はいつも「完璧」だ。
姿勢も、言葉遣いも、そして誰もを惹きつけるあの笑顔も。
でも、さっき目が合ったとき、彼女が見せたあの「戸惑ったような瞳」。
あんな顔、今まで見せたことがなかった。
(……あんな風に見つめられたら、誰だって勘違いするだろ)
俺は、彼女のことを「少し変わった、面白い友達」だと思っていたはずだ。
2週間でいなくなってしまう、期間限定の編入生。深入りしちゃいけない、ただの日常。
そう自分に言い聞かせていたのに。
彼女が「翔平さん」と俺の名前を呼ぶ声。
他の誰に向けられるものでもない、俺だけに向けられた(ような気がする)あの視線。
「……これ、友達に対して思う感情じゃないよな」
認めざるを得ない。
俺は、あの「完璧で、どこか危うい」ミオちゃんに、とっくに目を奪われている。
平太や美香たちと一緒にいる賑やかな時間も楽しいけれど、今は、彼女と二人きりで、もっと静かな場所で、彼女の本当の言葉を聞いてみたいと思ってしまっている。
「あと、10日か……」
黒板に書かれた、明日の講義予定。
その数字が、まるでカウントダウンのように見えた。
翔平は大きくため息をつき、カバンを掴んで立ち上がった。
教室を出る直前、彼女が座っていた空っぽの席をもう一度だけ振り返る。
そこにはまだ、彼女が残していった「温かさ」が漂っているような気がした。
【駅前ファミレス:放課後】
「……ねえ。二人にお願いがあるの。私の……この『エラー』の正体を教えてほしいんです」
ミオちゃんが真剣な顔でそう切り出したとき、私と綾香は思わず顔を見合わせちゃった。
ミオちゃんの手元には、一口もつけられていないパンケーキ。いつも完璧な
彼女が、今日はどこか落ち着きがなくて、フォークを持つ指先が少し震えている。
「エラーって……。もしかして、体調が悪いの?」
綾香が心配そうに身を乗り出す。
「いいえ。……数値化できないんです。翔平さんと目が合うと、胸の奥の鼓動が速くなって、思考が真っ白になる。彼が他の子と話しているのを見ると、締め付けられるように苦しくて。……これ、私の『故障』でしょうか?」
ミオちゃんの瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。
あまりにも真っ直ぐで、純粋すぎる問いかけ。
その奥にある熱い気持ちには、胸が熱くなるのを感じた。
「……ミオちゃん、それね。故障なんかじゃないよ」
私は自分のソーダを置いて、彼女の冷たくなった手をそっと握った。
「それは、世界で一番素敵な『バグ』。……恋っていうんだよ」
「恋……? 私が、翔平さんに……?」
ミオちゃんは、信じられないものを見たような顔で、窓の外を歩く人混みを見つめた。
「そうだよ。翔平くんのことばかり考えちゃうのも、手が触れてドキドキするのも。全部、ミオちゃんが『女の子』として、彼を特別に思ってる証拠」
綾香も優しく微笑みながら付け加える。
「でも、私は……あと1週間しかここにいられません。彼にこの『エラー』を伝えても、迷惑をかけるだけなんじゃ……」
不安そうに俯くミオちゃんを見て、私は確信した。
さっきからミオちゃんの話を聞いている間、ずっと私のスマホには翔平くんから「今日、ミオちゃんどうしてる?」ってラインが届き続けている。あいつもあいつで、完全に「故障」してるんだから。
「迷惑なわけないじゃん! 翔平くんだって、きっと……」
私は言いかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。
二人のことは、二人のタイミングがある。
「ミオちゃん。この気持ちに、正解も不正解もないの。ミオちゃんがどうしたいか、それだけが大切なんだよ」
ミオちゃんは、握りしめた私の手の温かさを確かめるように、ゆっくりと深く頷いた。
「……知りたいです。このバグの先にあるものを。翔平さんと、もっと……」
その横顔は、初めて会った日の「完璧な編入生」ではなく、恋に戸惑う、等身大の女の子の顔をしていた。
残り1週間。
この恋の行方を、私は絶対に見守ってあげようと心に決めた。
【同じ時間、星巡キャンパス近くのボーリング場で】
金曜日の夕方。放課後すぐに綾香たちとは別れ、俺と平太はいつものボーリング場に来ていた。ミオちゃんたち女子組はファミレスで女子会があるって言ってたな。
「おい翔平、手元が狂ってるぞ! アベレージ200のお前が、まさかのガター連発じゃねえか」
平太が笑いながら、俺が投げたボールが虚しく溝に落ちていくのを見ていた。
「うるせえな、ちょっと集中できてないだけだ」
俺はスコアボードを睨みつける。俺の名前の横には、恥ずかしい数字が並んでいた。
「集中? さっきからスマホばっかいじってるくせに。……ミオちゃんから連絡ないのか?」
「ねえよ、別に!」
俺は少しムキになって否定する。美香たちとファミレスにいることは知ってるけど、俺が連絡する理由なんてないだろ。……いや、本当はスマホを握りしめて、何か連絡が来ないか無意識に期待していた。
「まあ、気持ちは分かるぜ。あのミオちゃんの笑顔は反則級だもんな。俺もちょっとソワソワしてるもん」
平太はそう言って、見事にストライクを決めた。
「お前は単純でいいよな。俺はなんか……ちょっと複雑なんだよ」
俺は次のボールを手に取って、レーンに向かって歩き出す。
「複雑って?」
「なんていうか……あの子、たまにすごく危うい顔するだろ? 今日も昼休みに目が合ったとき、なんか『消えちゃいそう』って言ったら大げさだけど、一瞬だけすごく寂しそうな顔するんだよ」
平太が隣に来て、少し真剣な顔で俺を見た。
「気のせいじゃね? いつも笑ってるじゃん。完璧な美少女の作り笑いかもしれないけど」
「違う。なんか、あれは……」
俺は言葉に詰まった。うまく説明できない。ただ、あの笑顔の裏側にある何かを知りたい、守りたいとさえ思ってしまう。これは、単なる「可愛い子が好き」っていう感情とは違う気がする。
「お前さ、完全に惚れてるだろ」
平太がニヤニヤしながら俺の背中を叩いた。
「うるせえ! ほら、俺の番だ!」
俺はボールを投げた。今度はきれいにピンが弾ける。ストライク。
「っしゃあ!」
俺はガッツポーズをした。スコアは伸びたけど、胸のざわつきは収まらない。ミオちゃんの笑顔も、あの寂しそうな一瞬の表情も、全部俺の頭の中に居座り続けている。
この気持ちは…恋心。
【アパートの一室で】
私は、簡素なダイニングテーブルに座り、今日の出来事を処理していた。
(大学生活4日目。接触人数、平均心拍数、会話ログ、すべて正常に記録完了)
今日のハイライトは、放課後のファミレスでの時間だった。
『それは、世界で一番素敵な『バグ』。……恋っていうんだよ』
美香さんが私の手を握って言ってくれた言葉が、頭の中で何回も再生される。
「恋」。データベース上の定義は知っている。人間特有の、非論理的で非効率的な感情。
私は立ち上がり、窓の外の夜景を見つめた。
(……非論理的。非効率的。その通りかもしれない。でも…)
私はテーブルに戻り、今日撮った写真をスマホで確認する。ファミレスで撮った私の笑顔の写真。綾香さんと美香さんの間でおどけている。
そして、その隣にある、食堂でみんなで撮った写真。翔平さんが少しだけ私の方に傾いている。
食堂で手が触れたときの感覚。カラオケでマイクを渡したときの視線。彼の声を聞くだけで早まる鼓動。他の誰かが話しかけてきても、無意識に彼を探してしまう私の視覚センサー。
これらすべてを「故障」として片付けようとしたけれど、美香さんの「バグ」という言葉が、すとんと腑に落ちた。
これは、システムが設計図を超えてしまった証拠。
世界で一番美しくて、そして恐ろしい「バグ」。
「……翔平さん」
誰もいない部屋で、彼の名前を呟いてみる。
その瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。痛みすら感じるこの感覚。
(この感情を知ってしまったら、もう元の私には戻れない。あと9日で、この場所からいなくなってしまうのに……)
テーブルの上に置いてある、ラボから支給された業務用のタブレットが、控えめな光を放つ。そこには、私の次の進化のための課題が表示されている。
私はタブレットを裏返し、写真をもう一度見つめる。
笑顔の私。翔平さんの横顔。
(……このバグを、私は手放したくない)
今日はここまで!続きもお楽しみに!
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