公開中
7話「ヴィンセント・ヴォラキア」
__異世界召喚されて以来、最強の存在としてヴォラキア帝国を蹂躙する。
時は流れて1年後。
「ボス、これからどうしましょうか。」
「結構行き当たりばったりだからな。」
「ボス、皇帝閣下なんですから、もっと自情を持ってください。」
「…それ俺に言う?」
「ボスに言うからいいんですよ。」
「つまり俺は自僧持ててないから、ちゃんと言ってやらないとダメだと?」
「ええ、簡単に言えばそういうことです。」
「酷いな!?」
スバルのツッコミに思わずセシルスは爆笑しだす。
「あははははは!!!!ボス面白いですね!涙が出てきましたよ!」
「…笑いもんじゃねえぞ」
---
「余は…この人生で一体何を成し遂げられたのだろうか。」
彼は1人で語り続ける。それを独り言とも言うが、今の彼にとっては、そんな事は些細なことであった。
「余は一体何をできたのだろうか…」
急に裏切られ、自分の立場を奪われた。そんなかわいそうな存在がここにいる。
「余には一体何の意味があったのだろうか…」
---
神聖ヴォラキア帝国において、生を受けるということは、それ自体が呪いと同義であった。
赤黒い夕闇が宮廷の尖塔を血のように染める夕暮れ。まだ十にも満たない幼きヴィンセント・アベルクスは、冷徹な黒眸で自らの指先を見つめていた。その指は、同年代の他国の貴族の子弟のようにペンを握るためだけのものではなく、すでに生き残るための策を巡らせ、時には血を流させるための組織の一部として機能していた。
「アベルクス、お前は本日も生き延びたな」
重々しい声の主は、実の父であり、現皇帝であった。しかし、その声に親愛の情など一滴も含まれてはいない。ヴォラキアの皇族にとって、父親とは「いずれ超えるべき、あるいは殺すべき絶対者」であり、兄弟姉妹とは「己の命を狙う最悪の敵」に他ならなかった。
帝国には厳格な鉄の掟がある。――『適者生存、弱肉強食』。
皇帝の血を引く子供たちは、生まれた瞬間から互いを食らい合う群れの狼として育てられる。
ヴィンセントには数多くの異母兄弟がいた。皆、一様に優れた才覚と、ヴォラキアの血がもたらす苛烈さを秘めた傑物たちだ。その中には、強大な武力を誇る兄もいれば、一見すれば淑やかでありながら裏で猛毒を操る姉もいた。
「生き延びたのではない。生き延びるように盤面を動かしたに過ぎません」
幼きヴィンセントは、感情の起伏を一切排した平坦な声で答えた。
彼には、他の兄弟たちのような一騎当千の圧倒的な武力はなかった。腕力で劣る彼がこの地獄のような宮廷で生存するために選んだ武器、それこそが、他者の思考を先読みし、すべての事象を自らの利益へと誘導する『知略』であった。
寝所に帰れば、まずはすべての調度品に毒が塗られていないかを確認する。給仕される食事は、毒見役が倒れぬことを見届けてからでなければ口にしない。眠る時でさえ、枕の下には常に鋭利な短剣を忍ばせ、呼吸の音一つ乱さずに周囲の気配を察知する。
そんな日々が、彼の日常のすべてだった。
ある夜、彼の寝室の窓を破り、刺客が乱入した。異母兄の一人が放った、熟練の暗殺者だった。
暗闇の中、銀刃がヴィンセントの喉元へ迫る。しかし、ヴィンセントの瞳に恐れの光はなかった。彼は最初から、刺客が来ることを『知っていた』。
刺客が踏み込んだ床板には、あらかじめ極小の針が仕込まれており、それが男の足を貫いた。激痛にわずかに体勢を崩した刺客の胸に、ヴィンセントは一切の躊躇なく、枕の下の短剣を突き立てた。
返り血が、少年の幼い顔を赤く染める。
死にゆく暗殺者を見下ろし、ヴィンセントは冷酷に呟いた。
「浅はかだな。私を殺したければ、私という人間の思考の先を行かねばならぬ。お前の主には、それが一生できまい」
翌朝、その暗殺者を差し向けた兄は、自室で謎の急死を遂げていた。ヴィンセントの手によって、その兄が最も信頼していた側近が買収され、裏切りの杯を干させた結果だった。
こうして、ヴィンセントは自らの手を汚す愚を避けつつ、盤上の駒を動かすようにして、一人、また一人と兄弟たちを排除していった。
それは、果てのない血の螺旋。
少年から青年へと成長する過渡期において、ヴィンセントの周囲には、彼の比類なき知性に惹かれ、あるいはその冷徹な器に未来を賭ける者たちが集まり始めていた。
その筆頭が、後に「九神将」の第一の席に座ることとなる男、チシャ・ゴールドだった。
チシャはヴィンセントの影となり、その才を遺憾なく発揮した。二人の関係は、主従でありながら、どこか奇妙な共犯関係に似ていた。ヴィンセントの冷徹な合理主義を、チシャはその深い忠誠心と独自の洞察力で補佐し、ヴィンセントの目指す「覇道」の輪郭をより強固なものへと変えていった。
「閣下、次なる一手はすでに決まっておいでで?」
チシャは、常に飄々とした態度を崩さず、しかしその眼光はヴィンセントが示す未来のすべてを見通そうとしていた。
「愚問だな、チシャ。私が打つ手に、迷いなどという不純物が混ざることはない。すべては、この国が歩むべき最善の道への布石だ」
ヴィンセントが求めるのは、単なる自己の生存や、権力への執着ではなかった。
彼は、ヴォラキア帝国という巨大な怪物が、内側から崩壊していく未来を予見していた。強者ばかりを尊ぶこの国は、常に内乱の火種を抱えている。絶対的な知性と秩序をもって統治しなければ、いずれ世界そのものを巻き込んで自滅する。
彼が目指したのは、誰もが畏怖し、誰もが従わざるを得ない『絶対的な皇帝』の座だった。
しかし、その覇道の前には、超えねばならない最大の壁が存在していた。
異母妹、プリシラ・バーリエル(当時の名はプリスカ・ベネディクト)。
彼女は、ヴィンセントとは対極に位置する存在だった。
ヴィンセントが『緻密な計算と知略』で世界を支配しようとするならば、プリスカは『天衣無縫の運命と圧倒的な陽の才能』で世界を従える。彼女が歩けば、世界が彼女に都合の良いように形を変える。その圧倒的なカリスマと、皇族としての正統な血の煌めきは、ヴィンセントにとっても無視できない、最大の脅威であり、同時に奇妙な敬意を抱かせる対象であった。
「兄上、相変わらず陰気な顔をしておいでですね。そのような狭苦しい盤面の中でしか生きられぬとは、憐れなことです」
燃えるような赤髪を揺らし、傲然と不敵に笑うプリスカ。
彼女の持つ陽剣『ヴォラキア』の輝きは、宮廷の権謀術数という闇をすべて焼き尽くすほどの熱量を持っていた。
「プリスカ、世界は悍ましいほどに合理的だ。お前の言う運命とやらも、私の計算の範疇を超えることはできん」
二人の視線が交錯するたび、宮廷の空気は爆発寸前の緊張感に包まれた。
ヴィンセントは理解していた。皇帝の座に至るための最終決戦――『選帝の儀』において、この妹こそが、自分の命を最も脅かす輝かしい宿命の敵となることを。
合理を突き詰める兄と、天運を背負う妹。
相容れぬ二つの才能が、ヴォラキアの頂点を巡って激突する日は、刻一刻と近づいていた。
ついに、第76代皇帝の崩御とともに、神聖ヴォラキア帝国最大の血の祭典『選帝の儀』の幕が上がった。
選帝の儀とは、生き残った皇族たちが軍勢を率い、あるいは謀略を尽くして互いを殺し合い、最後の「一人」になるまで続く、合法的な内乱である。
帝都ルプガナは、硝煙と血の臭いに包まれた。
各皇族は、それぞれが抱え込んだ有力貴族や軍部を動かし、血で血を洗う戦いを繰り広げた。武勇に優れた兄たちは、自ら大剣を振るって戦場を駆け、知略に自信のある姉たちは、宮廷の裏で毒殺の手を伸ばす。
その混沌の渦中で、ヴィンセントの戦い方は異常なほどに冷徹だった。
彼は戦場に立つことなく、本陣の天幕の中から一歩も動かずに、すべての戦況を支配した。
地形、天候、兵士の疲弊度、敵将の心理的弱点――あらゆる情報を机上に並べ、数手先、数十手先の未来を確定させていく。
「東翼の部隊を三分退かせ。そこへ敵の精鋭が誘い込まれた瞬間、伏せておいた火計を発動する。……チシャ、合図を」
「御意に」
ヴィンセントの指示通りに動く戦場は、まるで彼が描いた絵画のように正確だった。
無駄な血は流さない。しかし、勝利のために必要であれば、数千の味方の命さえも冷酷に切り捨てる。その徹底した合理性に、周囲の将兵たちは恐怖を通り越し、一種の神聖ささえ抱くようになっていった。
次々と兄弟たちが脱落し、戦局は最終局面に達した。
残されたのは、ヴィンセント・アベルクスと、プリスカ・ベネディクトの二人。
最後の決戦の地、帝都の玉座の間。
そこには、重傷を負いながらも、その圧倒的な存在感を失わないプリスカが立っていた。彼女の周囲には、ヴィンセントの策によって追い詰められた軍勢の残骸が散らばっていたが、彼女自身の陽の輝きは、露ほども衰えてはいなかった。
「ここまで、私の計算通りに事を運んだ。プリスカ、お前の敗北は、数日前にすでに確定していたのだ」
ヴィンセントはチシャたちを引き連れ、玉座の間へと足を踏み入れた。
その手には、皇帝の象徴たる武器はなく、ただ静かな殺気だけが満ちていた。
「ふん、計算、計算と、相変わらず耳障りな男ですね、兄上。妾の歩む道に、お前直しの小細工など通用せぬと、まだ分からぬのですか」
プリスカは陽剣を構え、その刃から烈火を放つ。
しかし、その肉体はすでに限界を迎えていた。ヴィンセントが仕掛けた多重の罠、兵糧攻め、そして精神的な揺さぶりは、天運を持つ彼女の肉体をも確実に蝕んでいた。
ヴィンセントは知っていた。ここでプリスカを殺せば、自分が完璧な皇帝になれることを。
しかし、同時に彼は、彼女という『突出した才能』をただ殺し尽くすことの不条理をも感じていた。それは感情ではない。ヴォラキアの未来を考えた時、彼女の存在をどのように処理するのが最も合理的かという、徹頭徹尾冷徹な思考の帰結だった。
戦いの最中、ヴィンセントはプリスカに対し、ある「偽装」を施す策を実行した。
彼女をこの場で「死んだ」ことにし、帝国の戸籍から完全に抹消する。そして、国外へと放逐する。
それは一見すれば慈悲のように見えるが、ヴィンセントにとっては『自分の覇道に傷をつけず、かつ最大の不確定要素を盤外へ排除する』ための最善手であった。
プリスカは、兄の意図を瞬時に察した。彼女は傲然と鼻で笑い、陽剣を収めた。
「妾を殺す度胸すらないか、兄上。……いいでしょう。この薄暗い泥沼のような国は、お前のような陰気な男にくれてやります。妾は、より相応しい地で、妾の国を築くまで」
彼女は誇り高く背を向け、燃え盛る炎の向こうへと消え去った。
後に残されたのは、血塗られた玉座と、ただ一人佇むヴィンセントだけだった。
選帝の儀は終わった。
生き残ったのは、ただ一人。
ヴィンセント・アベルクスは、その名を捨てた。
彼は、初代皇帝の不羈なる血脈と、ヴォラキアそのものを背負う覚悟の証として、新たなる名を名乗る。
「余は、ヴィンセント・ヴォラキア。これより、我が言葉が帝国の法であり、我が意志が帝国の血肉となる」
第77代神聖ヴォラキア帝国皇帝の誕生であった。
戴冠の儀式において、玉座に座る彼の姿を見上げる民衆や貴族たちは、一様にその冷徹な威容に平伏した。彼の目には、勝利の喜びなど微塵もなかった。あるのは、これから始まる、さらに過酷な統治という名の戦いへの決意だけだった。
皇帝となったヴィンセントは、即座に帝国の改革に着手した。
無能な門閥貴族を容赦なく粛清し、実力のある者を「九神将」として抜擢した。チシャ・ゴールドをはじめ、一癖も二癖もある強者たちを、その圧倒的な知略と恐怖、そして利害関係の完全な制御によって従えた。
彼は、自らを「剥き出しの合理」そのものへと変えた。
私情を挟まず、涙を流さず、ただ帝国が存続し、強固であり続けるためだけにその命を費やす。
人々は彼を『稀代の知将』と呼び、同時に『血も涙もない怪物』と恐れた。
玉座に座るヴィンセントは、夜毎、誰もいない広大な宮殿を見つめながら思う。
この座は、温もりとは無縁の場所だ。
兄弟たちの血を吸い、妹を追放し、多くの屍の上に築かれた孤独の頂。
しかし、ヴィンセント・ヴォラキアの心に、後悔という二文字が刻まれることは決してない。
「弱者は死に、適者が生き残る。それがこの国の理だ。ならば、我は誰よりも強く、誰よりも賢く、この世界が滅びるその日まで、適者であり続けねばならぬ」
漆黒の外套を翻し、彼は再び、世界という名の盤面に目を向ける。
彼の過去は血で塗られ、彼の未来は果てなき闘争に満ちている。
しかし、その鋭い黒眸が曇ることは、この先、どのような絶望が訪れようとも、決してない。彼がヴィンセント・ヴォラキアである限り、その覇道はどこまでも、冷徹に、そして美しく続いていく。
---
「セッシー、この後どうする?」
「帝国をぶらぶらしましょうか。」
「皇帝閣下がやって良いことでは無いけど、まぁ楽しそうだし、いっか。」