公開中
冬の終わりの温度計
https://tanpen.net/blog/06df42b5-c8da-4ed9-9e41-f392c77ba397/
2026/07/27 冬の終わりの温度計
11月3日火曜日。気温14度。
新品のノートを見つけたので、日記をつけることにする。続かない可能性もある。
今日は私の学校は創立記念日で休みだった。重い腰を上げて部屋の掃除をした。そしてこのノートを見つけた。だから創立記念日に偶然日記をつけ始めたわけではなく、むしろ創立記念日だったから日記をつけるという行動につながったのかもしれないけど、賢ぶってもメリットはないからもうこれ以上ややこしいことは言わないでおく。
妹(以下ももと呼ぶ)は当然学校があった。ももは中学生でというか中3の受験生なのでピリピリしてるかもしれない。いや、言うほどでもない。ももの希望する高校は偏差値的には余裕らしいけど、最近また揺れていて、もしかしたら変えるかもしれないらしい。あと成績が不安定とかなんとか。詳しくは知らない。
14度は、11月にしては高い。いや、普通か。調べたら東京の11月の最高気温は16度くらいだった。平均が12度くらいだからまあ普通。でもそんなに寒くない。11月は元からそんなに寒くないのか。
11月5日。気温9度。
今日が何曜日か曖昧だしわざわざスマホを手に取るほどでもないので曜日は書かないことにする。3日が火曜日ってことを考えたら今日は木曜日だと簡単に導き出せるけどそれも面倒なのでこれからはしない。文字数は少ない方がいい。腕が疲れる。と書いているこれのせいで文字数が増えて腕はもっと疲れる。と書いているこれのせいでまた文字数が増えての無限ループが続く。無意味。
今日は学校があった。7時間授業はきつい!おまけに昼から雨が降ってきた。嫌だった。低気圧で頭痛とかは私はないけどももはずっと昔からある。
ももは今日傘を忘れたらしくてずぶ濡れで帰ってきた。いつもカバンに入れてる折り畳み傘もこのあいだの雨の時に使って家に置きっぱなしだったとかなんとか言ってたけどよく分からない。低気圧で頭痛がするなら朝の時点で頭痛がしていたはずなんじゃないか、それで今日は雨だとかわかるんじゃないかと思う。てか天気予報見ればいいのにアホなのかな。言いすぎた。調子に乗ると、言いすぎる。
11月11日。気温15度。
ポッキーの日だ。学校がえりにコンビニに寄ってポッキーを探したがなかったのでプリッツを買った。今食べている。久々の味がする。
ももは多分いじめられている。ノリ(食べる方ではなく文房具の方)がなくなったのでとりあえずももに借りようと部屋に入ったらすごい落書きみたいなのをされてる教科書がももの机の上に置いてあってやばかった。気まずかった。正直にいうと私は薄々勘付いていたのでなんだかより気まずい。5日の日記書いてるときも「まあいじめっ子に折り畳み傘取られたんだろーなー」と思っていた。私は悪い姉だ。ガハハ。ももも限界きたら助け求めるだろうし正直そこまで深刻な認識はしていない(「ももも」わかりにくい)。こういうのが本人を自殺に追い詰めるんだろうか。じゃあこれは実験?流石に非道だ。かわいそうだ。
11月12日。気温15度。
とーきょーの空気はそんなに綺麗じゃないことを実感した。とーきょーって呼ぶとアホみたいだ。東京。
11月18日。気温12度。
ももは今日から期末試験だ。今日、明日、明後日で終わりらしい。短くて羨ましい。私は12月上旬にある。私も勉強しなきゃいけない。
11月27日。気温11度。
全体的に理系がむずかい。
最近スクワットを始めた。毎日20回やっている。足が生まれたてのこじかみたにいになる。情けない。小鹿?子鹿?漢字はどちらだろう。小さい鹿か、子供の鹿か。
ももは期末試験の結果が悪かったらしくて母親に怒られてる。怒られてるところをちょっと覗いてみたら答案用紙が見えた。数学か理科か、用紙にグラフがあったのでまあどっちかだろうが、点数が41点でほんとに結構悪かった。受験生なのにそんなんでいいのか。ちょっと笑ってしまう。あるいはいじめのせいでメンタルが危ういのかもしれないというのは私の行き過ぎた憶測である可能性もあるので、他のところでも何か変化がもしあったなら、私は仕方ないからももがいじめられていることを母親か誰かに言おうと思う。その時は『今日(あるいは最近)気づいたんだけど…』で切り出す。『もも、もしかしたらいじめられてるかも』というセリフを今から用意している。
12月1日。気温13度。
この日記見られたら(特に親に!)終わりだなと常々思う。
11月上旬くらいまでは時々見かけてた「まだ夏服着てる…。」みたいな生徒が最近流石にいなくなってることに気づいた。制服の移行期いつ終わったんだろう。11月に入って終わったのか、11月の2週目くらいまでだったのか、覚えていない。学校からの連絡を遡ってきちんと確認するほど気になるわけでもない。気温12度とかでよく夏服着れるよねいくらカーディガンありといえど。
明日から期末試験だ。理系が不安。あと副科目。くそう、安泰なのが文系しかない。いうほど安泰でもないし。
12月5日。気温10度。
土日は嬉しい。
ももの模試の結果がB判定だったらしい。よかったね。でも前はS判定だったから下がったってことで母親はうっすらピリピリというかはっきりイライラ。B判ならいいだろ。
12月6日。気温7度。
寒い。ももに勉強を教えて欲しいと言われた。初めて教えて欲しいとか言われて私はちょっと調子に乗った。自分の勉強も全くなのに三平方の定理を見てやった。2時間。
ももは勉強のセンスがないと思う。私もない。けどももは努力をするタイプだから今までそれで補っていた、が、それも最近はうまくいっていない感がある。努力ができないよりずっと良いっていうのはその通りだけどねー笑。
12月7日。気温9度。
テスト爆散アニメが見たい。好きなアニメはないし、気になっているアニメもない。でも無性にアニメが見たい。これは現実逃避なんだろうか。現実逃避なんだろうな〜。Netflix入りたい。アニメじゃなくてドラマでも良い。
12月9日。気温5度。
試験終わって開放感。あと2週間とちょっとくらいで冬休みに入るからテスト返却以外は気が楽。だけど冬休みは、ももの勉強の追い込みとかで、家はそんなにいい空気じゃないかもしれないなあーという気がかり。友達と遊びに行って家にはなるべくいないようにするという選択肢も浮かぶが、私には軽いテンションで遊びに誘えるほど仲の良い友達がいないから、そんな選択肢はあってないようなものだ。
最近ももは落ち着いている感じがする。いやまあずっと落ち着いてたかな?ももは元からそんな元気な性格ではないし。まあ「最近は以前に比べて落ち着いている」と仮定して、その理由はいじめの緩和とかなのかもしれない。そりゃいじめっ子も受験あるだろうしね。よかったね。
12月13日。気温8度。
日曜日は楽しい。見たいアニメを探した。興味を持ったアニメはなかった。アニメ探しに結構費やした。
12月14日。気温5度。
気温が一桁になってきてて怖い〜寒い。
試験がほとんど返ってきた。意外と全部良かった。安心した。なんだかんだ言って1番点数が低かったのは理系とかじゃなくて家庭科だった。
スクワットやってない。期末試験の勉強しなきゃだから、と言い訳していた。
12月18日。気温9度。
修了式だった。ももの中学もそうだった。冬休みの課題が多い。うちの学校はいわゆる自称進学校ではないと思う。とはいえ偏差値的に超進学校では絶対にない。どっちに近いか考えたら圧倒的に前者だけど勉強勉強っていうわけでもないからやっぱり微妙だ。ももは静か。勉強している。12月下旬から冬季講習があるらしい。うわあって思う。
---
「お母さん桃香のこと送ってくからねーっ。」
1階からお母さんに言われて、私は自分の部屋からはあいと返事をする。聞こえたかはよくわからないが、追撃がないことを考えるとちゃんと聞こえたんだろう。あるいは言っただけで満足して返事なんて求めていなかったのかもしれない。スマホの左上に表示されている今日の日付を確認すると、12月23日で、確か今日から妹の桃香の塾の冬季講習が始まるんだっけ、とうっすら思い出した。受験生は大変だ。私も去年は同じようなことをしていたんだろうが、もはや忘れてしまった。
桃香が帰ってきたのは19時を超えた頃だった。リビングでお昼ご飯の残りのチャーハンを夕ご飯として食べつつテレビを見ていた私は、重そうなリュックを背負って帰ってきた彼女に、なんとはなしに声をかける。
「おかえり、塾どうだったの。」
桃香の手によって少々乱雑に床に置かれたリュックは見た目通り重いらしく、どさっとそれなりに大きな音を出した。桃香はほんとうに僅かに肩を震わせているような気がした。無論、さほど視力の良くない私の認識なので、実際は何も震えていないのかもしれないが、一度そういうふうに捉えてしまうと気になって仕方がなくなるものだ。俯いて自分のリュックを見下ろす彼女に私はさらに何か言おうとしたけれど、キッチンから聞こえてきた、今からちゃんとした夕ご飯作るからーというお母さんの声に遮られた。私は「いや、もうこれ食べちゃったからいらない。」とチャーハンの最後の一口を食べ終えて席を立ち上がる。流しにお皿を置きながら桃香を見やったが、彼女はもう顔を俯かせてはいなかった。リュックを引きずるようにしてリビングから出ていく。自分の部屋に戻るんだろう。
それで、塾はどうだったんだろう。まあいいや。私はソファに腰掛けて、桃香に話しかけたせいで一部見れていなかったテレビにまた意識を向けた。
翌日も桃香は冬季講習に行った。19時を超える頃に帰ってきて、すぐに自分の部屋に行った。お母さんが夕ご飯を食べにくるよう呼んでも返事すらしなかった。部屋で勉強しているんでしょう、と少し上機嫌に言うお母さんに、果たして桃香はそれほど勉強し続けられる人間なんだろうか、と疑問を抱かなくもなかったが、私よりお母さんの方が桃香のことを知っているのは周知の事実だったので口をつぐんだ。代わりに、「ご飯食べないのは良くないんじゃない?」と一般論を口にした。
桃香は冬季講習でも成績が振るわないらしい。12月25日、今日はクリスマスのはずなのにお母さんは機嫌が悪そうだし、桃香はすぐに自分の部屋にこもってしまった。リビングには私とお母さんだけになって気まずいったらありゃしない。20時ごろになるとお父さんも仕事から帰ってくるが、まだあと30分以上もある。この沈黙を埋めるために何か話すか、しかしそれが地雷に触れれば余計面倒だ。ならば黙っておくべきか、なんてことを考えてしまい面白いはずのテレビにはなかなか集中できない。去年もこんな感じだったか、こんな空気だったか、果たして。記憶を辿って、そんなことはなかった、と首を横に振る。私は冬季講習やその直前に成績が急に落ちるなんてことはなかったはずだ。多少揺れることはあれど、誤差の範囲だったのだろう。
「さくら。」
突然、お母さんに名前を呼ばれて、私は背筋を伸ばす。ソファに座った状態のまま振り返って「なに。」と答える。
「桃香の成績がどうして下がったか何か知ってる?」
心臓が少し跳ねた。全然、気のせいかもしれないけど。なんと言うべきか、ぐるぐると思案する。学校でいじめられてるからかなあ、などと正直に知っていることを話すべきか。しかし今は冬休みで桃香は学校に行っていないのだから、冬季講習でも成績が振るわないことの理由にはならないだろう。それともなるのか?尾を引いているのだろうか。テレビから聞こえる芸人の叫び声が鼓膜を震わせる。それはあるいは私の内側の震えなのかもしれないと、非現実的なことを余裕のないはずの脳みそのどこかで考えている。それから何秒かして、言う。
「いや、知らない。なんでだろーね。成績、どんな感じだったの。」
嘘でないと悟られないために作った口調がいつもの私と同じだったのかはわからない。ため息をついたお母さんの反応からは何も汲み取れない。
「全然ダメなのよ。」お母さんはそれだけ言った。お母さんの中の『全然ダメな成績』がどれほどかは見当がつかないけれど、さらに突っ込むのもためらわれて、ふうん、という反応を示した。それからまたテレビに体を向けた。ひどく退屈だった。テレビだけじゃなくて、なにもかも退屈に思えた。
年越しも正月も終わり、あと数日で3学期が始まる。私は1月に入ったくらいから、自室で課題に励んでいる。桃香もそうしているようで、なのにも関わらずなかなか成績は上がらないらしく、お母さんはもうここ1週間くらいはずっと神経質になっていて私まで気が重くなる。桃香が成績を上げてくれれば全部解決するのになあ、と思う。桃香の受験も、お母さんの苛立ちも、私への被害も。あとたぶんお父さんも少しくらいはうんざりしているだろうから、それも解決する。桃香自身のプレッシャーはそれほどマシにならないかもしれないが、少なくとも今よりはマシだろう。
成績を上げてくれという私の願いとは裏腹に、結局桃香は最後まで変わらなかった。あんなに部屋にこもっているのに、一体何をしているんだろうとなにかを疑ってしまうほど。
もう直ぐバレンタインデーだ。私の学校の中はそれでいろめきだっている一方で、私の家の中はそんなこともない。なぜならバレンタインデーの前日である2月13日は桃香の第一志望の高校の受験本番なのだ。冬季講習の最後に行われた模試ではB判定が出たらしく、合格確率は60%と決して低くはない。合格する可能性の方が高いんならそれほどピリピリすることないじゃないか、と思うが、完璧主義の節があるお母さんはそうともいかない。中学受験で親の方が熱量が高いということはよく聞くが、高校受験でもそういう家庭はあるらしい。少なくともここに。いや、私は桃香の熱量がどれほどかなんて知らないから、わからないけど。
受験当日、朝起きて階段を降りると桃香とお母さんはもう準備を終えていて、ちょうど家を出るところだった。いってらっしゃーい、とまだ眠い中で言ってリビングに歩く。お父さんはソファでテレビを見ていた。呑気というか無責任。キッチンに行って冷蔵庫から食料を探す。朝ごはんに適したものは見つからず視線を横にずらすと、カゴにパンが入っているのが視界に入った。食パンを1枚とって、面倒臭いからジャムも何もつけずにそのまま食べた。
「今日、桃香、何時に帰ってくるの?」
食べ終えて手を水で軽く洗いながら私はお父さんに向かって訊ねたが、返ってきたのはさあ、というやっぱり無責任な言葉でいっそ呆れた。私の時は何時くらいに終わったっけ。覚えてない。1年も前のこと。今まで、思い出そうとしたこともない。
結局桃香が帰ってきたのは16時だった。彼女は形容しがたい表情をでソファにどかっと座った。放り出されたリュックはそれほど重くなさそうで、私は安堵に近い何かを抱く。
桃香は決して無表情ではなくて、確かに何かが滲んでいたけれど、それが満足なのか期待なのか、それとも心残りがあるのか、はたまた絶望なのか、私にはよくわからなかった。だから訊いた。
「どうだった、試験。」
桃香は答えなかった。お母さんに視線をやったら、お母さんは小さくため息をついた。
「結果はひとりで見るから。」
合否が出るのは試験の1週間後だった。つまり今日の12時。食器を洗っているお母さんに桃香はそう告げて、返事も待たずに部屋に戻っていった。私は食べているアイスがソファに触れないよう気を付けつつ体をキッチンの方に捻って、
「受かってる自信ないのかなあ?」と言った。不合格だったらそれはそれで怒涛の展開になるだろうし、もちろん本人的にはなんにも面白くないんだろうけど、私としては受かっててもどっちでもわくわくしてしまうなと少しの罪悪感と共に思う。
「さあ、どうだろうね。」
お母さんはなんだか興味を失ったみたいな口調だった。試験から結果までの1週間、ずっとそわそわしているわけにもいかないから、こんな調子になるのも当たり前なのかな。私が去年受けたのは私立高校で結果は翌日に出たからよくわからない。
アイスもとっくに食べ終え、テレビもお父さんに取られてつまらなくなった私は自分の部屋に戻ることにした。階段を上がって右に曲がったときに1番手前にあるのは桃香の部屋で、その奥が私の部屋だ。数学Aの課題月曜までだったしやろう、と算段を付けながら階段をのぼり切り顔を右に向けたとき、手前の部屋のドアがわずかに空いていることに気がついた。それとほとんど同時に、なにかを叩く、それとも殴るなのか、どっちでもいいか、ともかくそんな音も聞こえた。決して大きくはなかったけれど私は思わず肩を跳ねさせる。
「ええ、ちょっと、どうしたの。」
それからそろ、とドアを開ける。右手でスマートフォンを握った桃香がいた。彼女の左手でぐしゃっとなっているのはたぶん受験票だ。写真らしきものが載っている。受験結果、見たのかな。へえ、じゃあもう12時超えてるのか、と知る。
「結果見たの、どうだった。」
この様子からそれほど良くはなかったのかもしれないな、と理解しつつ訊く。桃香はなにも言わずに、かといって無反応というわけでもなく、顔を上げてこちらを見た。目があった。桃香の、名前に違わずうすい桃色をしている瞳が私を捉える。何秒でそうなったかはわからないが、だんだんと目元は歪んできて、まんまるの瞳もまぶたが重なったりまつげの影になったりしてうすい桃色と認識できなくなっていった。代わりに何の色もついていない透明の液体が湧き出てきて目からぽろぽろ溢れていった。
つまり泣き出した。
うわあ、と思った。同時に、ああこれ落ちたんだな、と確信した。
「落ちたからって、そんな、悔しいの。」
私の口をついて出たのはそんな言葉だった。我ながらなかなか酷いな、と認識して、慌てて取り繕おうとするが、取り繕える言葉も浮かばない。
とりあえずお母さんを呼んでこようか。私が踵を返しかけたとき、
「…のせいだあ。」
桃香が鼻をぐずぐず鳴らしながら言った。勝手に閉じるタイプのドアのノブにかけようとした私の手はそれで止まって、また体を桃香に向け、ええっと、なんて、と聞き取れなかった部分について訊ねる。
「佐伯のせいだあ。」
中学3年生にしては幼すぎる口調だったが、桃香はさっきより大きくはっきりと言った。私に訊ねられたからもう一度繰り返した、といったような調子ではなく、たぶん私が訊ねていなくてもそう喚いていたんだろうと思った。桃香は目から涙をぽろぽろ落としてまた何か口を動かした。けれどそこから出てきたのは嗚咽だけで、私は反応に困る。
ていうかそんなことより、さえきって、誰だそれ。知らない人だ。桃香は姿勢を少し崩して俯く。涙がフローリングに落ちていく。
それを眺めながら、早くお母さん来てくれ、という気持ちと、もうちょっと桃香の言葉を聞いていたい、という気持ちが競り合っていた。ひどく退屈な日常が、消極的なはずの桃香の行動によって変わるのかもしれない、と思った。期待だった。
「佐伯が邪魔するから…と、冬季こうしゅ、う、同じとか、おかしいだろ、おかしいだろそれ、なんだよ。」
桃香が嗚咽と共に落とした、悲しみより怒りの方が大きい発言と口調に、私は驚いてぱちぱちとまばたきをした。
桃香ってこんな性格だったんだ。怒れるんだ。ただ泣くことしかできない、いや、泣くことしかできてないけど、怒りっていう感情を露わにできるんだこの子。今まで私の目に映っていた彼女はいつまでもどこまでも受け身で、静かで、大人っぽいというよりむしろ子供特有の甘えというものを抱えていて、と同時に内気でもあって、そのふたつの相互作用のせいで悪い方向に行っている。みたいな感じだった。
佐伯が誰なのかは私にはわからないけれど、もしかしたら桃香をいじめている同級生なのかもしれないけど、そんなことを訊ねる気にもなれない私は、新しい発見と、桃香が私の期待に応えてくれたことに、ただ高揚していた。
桃香の背中をさすると、彼女は息苦しそうにそれでもぜえぜえと荒く呼吸した。
こんなことも、日記に書かなくてはいけない。高揚する頭で、あのノートを最後にどこに置いたか思い出そうとした。少なくともこの冬が終わるまでは書けるはずだ。ページは十分に残っているから。