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3「8月10日」
202X年8月10日 午前。動画投稿サイト“つべ”にて、1本の動画が投稿される。
タイトルは『今密かに話題沸騰中! クッションの穴にテニスボールを入れるゲーム やってみた』。
『動画内容詳細』
タイトル通りである。痔緩和用の円形で黒いクッションが床に置かれており、中央に開けられた穴に向かってテニスボールを投げ入れるというもの。再生時間は7分もある。
概要欄にはこう記載してある。
『意味のないことを楽しい時間に変換する――これがうちの暇つぶしだ!』
※202X年4月2日にて、Xアカウントの動画投稿機能を用いて投稿した動画のノーカット版です。
この動画の公開コメントを以下に載せる。
・何を見せられているの……?
・需要が分からん。どこ層を狙っているんだ?
・ボールがバウンドする時はとても煩い。でもXの声は小さい。調整してほしい。
・ゴミゲー。
……など。
これを視聴したアンチスレの反応を以下(「」内)に載せる。
(かなり見どころのない動画だったため、暴言注意)
***
「ねえ、クッションの穴にテニスボールを入れる動画みたけど、あれ7分もいるか? 3分位に圧縮しろや」
「3分も見てられねえわ」
「10秒もいらん」
「てか、あれ撮ったのって4月って書いてあるけど、その頃ってXが病んでた時期と被るじゃん」
「だよな、俺も気になったわ」
Xが今のソロ実況をし始めたことの発端は、“慧眼グルド”というとある有名動画投稿者兼、ラジオ風生放送配信者グループを卒業したことである。
“慧眼グルド”は日本のゲーム実況界の黎明期を支えた立役者のうちの1つで、結成以来Xは12年前から活動を続けている実況界の巨匠とも名高いグループに所属していた。グループといっても集団という意味ではなく、実況は2人組のコンビで行っており、その凝縮された笑いのエッセンスと中毒性のあるクオリティの高さから、近年話題沸騰中のゲーム実況ジャンルにて再生数ランキング1位の動画『大乱闘ましゅーず!』は金字塔であり、少なく見積もっても1700万再生はゆうに超えている。
Xはその2人組の一人であったのだ。
ただ、2人しかいないコンビであるにもかかわらず、Xも、その相方であるYも笑いにストイックだったため、活動年数にしては投稿した動画本数は少なめ。5年前から月額有料チャンネルを開設し、週に1回のラジオ風生放送配信を行い、引き続き動画投稿も継続。しかし、30半ばを過ぎて、そのストイックな配信スタイルが牙をむいた。
先にXの精神に不調をきたし始め、ついに202X年1月にXが疲労で入院したという衝撃的な知らせが発表、ファンを震撼させる。Xは4月上旬まで休養に専念し、徐々に生放送に参加するなどして再び日常に馴染んできたかに思えた4月26日、Xの口から“慧眼グルド”の卒業を宣言する。翌月5月2日にはX卒業ライブを敢行し、Yとともに温かく彼を送った――という経緯(いきさつ)がある。
“慧眼グルド”卒業後、今までの活動がストイックだったためか、固く守っていた過去の信条に反発するかのように現在は“つべ”・“ミリオンdeil”双方の概要欄には「実況としてのゆるさ」を掲げて活動を行っている。
「結局ノイローゼって言って“慧眼グルド”の生放送休んで養生してたのに、その裏でこんなつまらない動画撮ってたんだな」
アンチスレには、なおもXが投稿した動画の批評が流れた。
「動画から迸るクソさと相まって、新たなクソ要素が発掘されるなんて朗報じゃねえか」
「満を持して出した感が強いのは分かるが、あんな中身のない動画を今まで温めてたとは思えん。アップする動画が思いつかなくて、つなぎとして新たなう〇こひねり出した感じじゃないの」
「長い、つまらない、聞こえないの糞三拍子揃ってるXさんの動画。
まあ、配信者じゃないからねwww。
ただのおっさんの独り言プレイ動画だから仕方ないよねwwww。せめてアーカイブは何回も再生できるんだから、今の視聴者の総数をぶち抜くくらいの再生数いったれよ信者さんwww」
余談だが、“ミリオンdeil”生放送配信時の視聴者数は平均して800を超えるかどうか。
そして、動画投稿から7時間が経過した段階で、この動画はわずか23回しか視聴されてなかったという。
当時のファンであるX信者――Xアンチと対比して熱狂的過ぎるファンのことを『X信者』と呼んでいた――の数を露骨に示した、何とも言えない再生数である。