みじかい。何も考えていない。
7/2
(完結。)見栄っ張りは正直2話目以降あまり意識してないけど太陽とか夏は意識しているのでまあはいそういうことです。
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目次
あつい
2026/06/29 あつい
「お前また、嘘ついたのかよ…。」
佐川が呆れたようにつぶやいた。私は思わず口元に力を入れて、それから「ついてない!」と言った。嘘ついてない、ということ自体が嘘だった。佐川も当然それくらいわかってるんだろうが何も言わずに息を吐いた。むかついた。言いたいことがあるのなら言えばいいのに、もったいぶらずに放てばいいのに、それは遠慮なのか、もちろん遠慮なんかじゃないんだろうってそれくらいは流石にわかるよ、選択肢として出しただけで…だからこれは見放しなのか、見放しなんだろうな。もやもやとぐるぐると、頭の中で回るそれを捕まえて、私は佐川に差し出した。
「なに、悪いの。」
「わるかねえよ、好きにすりゃいいんじゃねえの。」
ひどく冷たく響いた佐川の言葉に私は驚きを隠せなかった。驚きというか困惑というか動揺。困惑と動揺はかなり≒だけどともかくそんな感じで、どもった。「な、あ、はあ、そう。」それでも平静を装った。視線が泳ぎすぎたのでバレバレだったはずだ。無意味。
「そんなこと繰り返してたら、…あーいや。」
佐川はそこで止めてなんでもない、と言いたげに首を横に振った。もやもやが、頭の中で回るだけじゃなくて、増殖していく。埋め尽くしてきて鬱陶しい。振り払うように私は声を張り上げた。
「はっきり言いなよ!」
佐川はびくっと肩から頭にかけてを震わせた。それも一瞬ですぐに眉をひそめたけど。睨み合う。睨んでいるのはもしかしたら私だけなのかもしれない、佐川は元から目つきが悪いので私は今睨まれているのか睨まれていないのかよくわからない。
言うことなんかねえよ、と佐川は吐息混じりに吐き出した。
私は少し、傷ついた気がした。
「あっそう。私も言うこと、なんてないから、じゃあね、おせっかいやめてね!」
多分気のせいだった。私は通学カバンを掴むと踵を返して部室を出た。完全に開き切っていないドアにぶつかって腕が痛かったがそれに反応するのも癪だったので無視して突き進んだ。廊下を歩いているとちょうど部活にやってきたらしい先輩とすれ違って「え、鍵空いてなかったー?」などと言われたが「帰ります、予定できたので!」とだけ答えて歩みも止めずに立ち去った。
イライラして、億劫で、焦燥もあったし、どこかに罪悪感もあったかもしれないが、とにかくメインはイライラだったし、しかしそれを肯定したくなかった。できれば億劫の方をこの状況でのメインの感情にしたかった、そっちがなるべきだと思った。だが感情をそんなふうにコントロールできるなら佐川に対抗してムキになることだってなかったわけだし、だからつまり私は私をコントロールすることがとにかく苦手なのかもしれないけど、それは今考えることではないし、じゃあ今なにをするべきなのかというと感情のコントロールで、でもコントロールが苦手だから…なんていう無限ループに陥った思考回路に対してのイライラも生まれた。
学校を出て10分ほどにあるバス停に着くと腕時計と時刻表を見比べて次のバスまであと何分か確認した。2分。きっとあっという間。ベンチに座り、足はとっくに地面につくのに子供みたいにぶらぶらと持て余すふりをした。
じりじり照らす太陽は、全てを追い込むよう、あるいは包み込むようだった。
太陽とツキ
2026/07/01 太陽とツキ
去年だった。6月になっちゃった、と黒板の日付を見て泣くあやこに、愉快な気持ちになったのを覚えている。なんだこいつ面白い、というような。6月になったからどうして泣くのかなんて訊かなかったのでわからないが、もし訊いていたらあやこのことだから5月が亡くなってしまったとかなんとか返っていたのかもしれない。6月以降のことは知らない。私が不登校になったからだ。知る由もない。
あやこは感受性が人一倍強くて心底どうでもいいようなことで涙を流す。付き合っていられないと思う。時々ひどくつまらないときに見に行くくらいがちょうど良い。あやこはたとえば消しゴムで文字を消すのにも眉尻を下げて罪悪感でも抱いている表情を浮かべるし髪の毛を切るのもためらわれるようで前はともかく後ろは何年も伸ばしているらしい。それでも数年前にあまりにも長いからと半ば強制的に母親に連れて行かされたという。ヘアドネーションしたらしい。
あやこは可哀想だ。社会人になれば世の中に溢れる理不尽とかそんなものに耐えられなくなって死にそうだ。中高生の今も学校には他人の悪口や誰しも経験する程度の裏切りがたくさん落ちているのに、それにどう対応しているんだろうと、私は廊下であやことすれ違いたびに不思議になる。去年はどうしていたっけ。去年も一昨年も私はあやこと確かにクラスメイトだったはずなのにどうにも思い出せない。単純に忘れただけかもしれないしそもそも知ること自体がなかったのかもしれないし、あやこの行動なんて、意識が向いていないときを除いて、すべてきれいに脳みそに到達することもなく消え去っているのかもしれない。クラスが離れて、当たり前にあったものが当たり前じゃなくなって今更気になり始めたのだろうか私は、と考えたあとであくびをした。クラスメイトのゆきえが「大きいあくびですね。」とわざとらしく言った。
「あ、能登先生のまね。」
付け加えられたそれで、ゆきえの台詞を脳内であらためてリピートしてみるとたしかに似ていた。理解すると急におかしくなってふつふつ笑った。
そのとき教室のドアが開かれて私は口角を三日月みたいにした状態のまま見やった。あやこがいた。慣れないような様子で恐る恐る足を踏み入れて自身の友人のもとに向かうとなにか話し始めた。遠かったし教室はその他の雑音でなんにも聞こえなかった。そもそもあやこの声なんかを上手く見分けられる自信がなかった。
ゆきえは英単語帳をぺらぺらめくって、次の英語の授業で行われるらしい小テストのために勉強していた。視線をあやこからそちらに戻して彼女の勉強する様をぼうっと眺めていると、ふと目があってあんたはしなくていいのと訊かれた。もう消えてしまった三日月をまたつくって「あきらめてる。」と言うと呆れたように笑われた。
あやこはいつのまにか教室から出て行っていた。いつ、戻ったんだろう。知ったところでなににもならないそんなことより気になるのは、あやこがいつ死ぬのかだった。それこそ知る必要なんてないのにと自嘲の表情が思わず浮かんだ。その表情は9割くらいの確率できちんと三日月になっていたと思うけど、もしかしたら月なんて名乗れないようなものになっていたかもしれないし、しかし結局のところ信頼できるのは目の前のゆきえが「なあにそのかお。」と不可解そうにしたことだけだった。
2027年6月ももうすぐ終わるけど、あやこはまた泣くのかな、ねえ、泣いてほしい。それが救いだから泣いてよ。じゃないと私また不登校になるよ。
プールの夏
2026/07/02 プールの夏
なっちゃん。わたしのあだ名だった。名前がなつみだから王道に安直になっちゃん。名前が「い」から始まっていればいっちゃんになっていただろうし「さ」ならさっちゃんだった。
ゆうちゃん。友人のあだ名だった。名前はゆいかだけどゆいちゃんより「ゆ」をそのまま伸ばしただけみたいなゆうちゃんの方が呼びやすいからこうなった。
そして私は今、もう1人の友人のあだ名について思考していた。隣の席で生真面目に板書をしている芽衣子だ。ぱっと浮かぶのはめいちゃんとかだけどつまらないので却下だった。なっちゃんとかゆうちゃんとか、幼い頃からのあだ名たちが大体シンプルなのは、日常で連呼するからとにかく呼びやすさわかりやすさを重視しているせいだと思う。それはそれで良いが飽きてきたので、未だあだ名をもらったことがないという芽衣子にはなかなか考えられた、呼びやすさなんて二の次のようなものをつけたい。
うんうん唸っているとチャイムが鳴り響き4時間目が終わった。ロッカーに教科書をしまいに行く芽衣子の背中をぼんやり眺めて、眺めつつしっくりくるあだ名を探す。
芽衣子。めいこ。めーちゃん。めー、ひつじ。羊飼い。…流石にない。芽衣子の「いこ」の部分に焦点を当てるべきか。それとも逆から呼んでこいめ…恋?ただの名詞だ。ない。芽衣子の好きなものから連想したりするのはどうだろう。芽衣子の好きなもの。アイス。ピノ。あとプール。そのままピノとかプールか。だけど名前要素だって少し入れたい。できるなら名前と芽衣子の好物やらを掛け合わせたちょっとおおってなるような二重の意味を持ち合わせるものがいい。芽衣子の苗字は高梨だ。おしゃれ。「梨」。芽衣子って梨好きだっけ。聞いたことないし好きだったとしても梨をそのままあだ名にするのは印象に残らなすぎてすぐに忘れられそう。
「何がいいと思う?」
私は前の席のゆうちゃんに訊いた。ゆうちゃんは振り向いて「わたし?」と自身の顔を指差す。うんゆうちゃんに訊いたよと頷けば彼女は眉を下げて「なにが。」と当たり前の疑問をぶつけてくる。戻ってきた芽衣子にも声をかけて私はあだ名を考えていることを説明する。
「たかめいでいいんじゃない。」
ゆうちゃんは適当に答えた。なるほど苗字と名前の最初の2文字をとったらしい。たかなしめいこ。たかめい。
「ちょっと可愛くない。」もっと可愛いのがいい。
芽衣子は下がってきていたらしいメガネを押し上げて曖昧な笑みを浮かべていた。勝手にあだ名を考えられていて複雑な気持ちなんだろうか。
「たかめー。」ゆうちゃんはどこからか取り出したトランプをシャッフルし配りながら、また適当そうに提案する。
「やっぱり可愛くない。た、がだめなのかなあ。じゃあた抜きで、かめー。亀になっちゃうか。えーっとじゃあめーこ…はそのまますぎるし。」このトランプでなにするんだろう。大富豪?お昼ご飯食べてからのほうがいいんじゃないかと思いつつ配られた手札を見る。そのとき芽衣子が口を開いた。
「別にあだ名、いらないけどな…。」
「えーっ。」
「7並べしよー。」
肩をすくめる芽衣子と驚愕する私と自身のトランプを確認し誘うゆうちゃん。7並べはいやだなババ抜きがいい。だけど意見を述べる時間もなくそれぞれ7が机に出てくる。私は7を持っていなかったようでゆうちゃんと芽衣子から4種類の7はあっという間に揃ってしまいさっさと始まった。
「え、じゃあ、とりあえず仮でプールね!あだ名。プール好きでしょ芽衣子。もうすぐプールの季節でもあるし!」
芽衣子がスペードの6を出して私の番がやってきた。ハートの8を抜き取った。芽衣子あらためプールは苦笑して「あだ名っぽくない。」と言う。私もそう思う。7並べが終わったら早急に考えなければ。とはいえプール要素は入れたい。やっぱりもうすぐ、ていうかもう入ってるけど、夏だし。来週の体育で水泳をやるらしいし。教室のカーテンの隙間からもれる光も、やけに眩しいし黄色いので、そういうところで私は夏を知るわけだ。
ダイヤの5を机に置く。
さようなら夏休み
2026/07/02 さようなら夏休み
窓越しに見た空はどんよりしていた。太陽は雲に隠れていてまだまだ顔を覗かせてこないことを悟った。
「天気どう?」
美衣子に訊かれたのでわたしはカーテンを閉めながら「悪い。」と答えた。雨降ってると付け加えると美衣子は難しい顔をした。最後くらいいい天気で、いてほしいよねー。呟きにしては長いけど呟きくらいの声量でこぼされたそれに、それほど賛同の気持ちがあるわけではないけれどなんとなく相槌を返す。わたしにとっては最後ではないのだから賛同の意がないのは当然のことだった。
美衣子はもうすぐ死ぬ。もうすぐというか、今日帰ったら、らしい。先月に7月6日に死ぬねと伝えられて、咄嗟に「何十年も後の?」と訊いたがしっかり「2027年の。」と今年を指されたので確定だった。なぜその日付に固執しているのかはわからないし、特段興味もなかったけれど、ただ悪天候が嫌なら死ぬの延期すればという提案が頭に浮かんだ。言えばわたしが美衣子に死んでほしくないくらい執着していると思われそうで、まあきっと美衣子ならそんなことに思考のリソースを割かないんだろうと理解しつつ、しかしわたしが勝手にむず痒くなってしまう未来が見えてたので口にはしなかった。
チャイムが鳴り響いた。下校完了時刻の30分前を知らせるものなんだろうと時計を見やり理解する。普段特に用もない限りさっさと学校を出るわたしは初めて聞いた。美衣子は何も言わずに立ち上がってぐーっと伸びをした。猫みたいだった。でも確か美衣子は猫アレルギーだ。どうでもいい情報が出てきてどうでもいいからと数秒で消えていく。しっかり閉めたつもりのカーテンにそれでもできていた隙間を今度こそ無くすと、机の横にかけているカバンを手に取った。先に教室のドアに歩いている美衣子を追う。
廊下に上靴と床がこすれる音が響く。2人分。わたしより背の低い美衣子を見下ろすと視線に気がついたのか彼女もこちらを見上げた。目つきが悪いのはいつものことだけど本当にいつものことだっけとふとしゃぼん玉みたいに疑問が生まれる。こんなのは杞憂で本当にいつものことなんだろうとすぐに割る。頭の中でぱちんと音がする。しゃぼん玉の割れる音が「ぱちん」なのかは知らないけど。
「傘持ってきてる?」
美衣子に訊く。きゅっきゅっという音にかき消されそうなので少し声を張ると、大きすぎたようで廊下に響いて肩をすくめた。
首を横に振る彼女に、じゃあわたしの傘に入る、と続けようとしてやめた。それからわたしも持ってないと嘘をついた。美衣子は「ふうん。」とつまらなそうに口は動かさずに言った。
下駄箱の床はびちゃびちゃまではいかないが水に濡れていた。滑りやすそうなので気をつけつつ自分の制靴を取り出し代わりに上靴をしまう。ちょっと汚くなってきたかな上靴、と思う。もうすぐ夏休みなのでそれまで置いておいてもいいか。7月21日から夏休みなのであと2週間くらいだ。靴を履き替えた美衣子がわたしの横に並んで私たちは昇降口に向かった。
雨がざああとただの雑音を出していた。美衣子は「うるさい。」と言った。美衣子はうるさいのが苦手だ。猫と同じ。特に何も言わずに当たり前のように屋根の下で立ち止まっていたわたしは、当たり前にように雨の中に入っていく美衣子に少し驚いてなにか声をかけようとして、けれど雑音のせいで聞こえないかもしれないと至って諦めて後に続いた。カバンを傘として使おうとも考えたがノート類が濡れたら嫌なのでむしろわたしがカバンの傘になって走った。
「ねえ美衣子わたし、バスなんだけど!」
「だからなに。」
「公共の場にびしょ濡れ人間いたら、嫌じゃない?!」
雨を気にして大声で話すわたしとは対照的に美衣子はいつも通りの声量で言う。「かなり嫌だよ、どうするの。傘持ってくればよかったのに。」
持ってる。いまカバンの中に入っている。今からでも取り出してあっ折り畳み傘持ってたーととぼけて使えば良いだろうか。だがわたしだけ傘をさしているなんて、側から見れば相合傘をしない奇妙な二人組になってしまう。それともそんなこと誰も気にしないだろうか。
10秒ほど悩んで諦めてわたしはカバンを開いた。あっ折り畳み傘あったーと想定通り言おうとしてわざとらしすぎるだろうと口をつぐんだ。さしても、あたしも入れてなんてことは言われなかった。
バス停で美衣子と別れた。徒歩で帰宅する美衣子の背中を眺めて、明日風邪ひくんじゃないなどと浮かんできた。それから彼女に明日なんてないことを思い出した。あの発言が嘘の可能性だってもちろんあるし普通はそっちの方が高いが、それでも念の為、わたしは今すぐに救急車か警察でも呼ぶべきなのかもしれないと思った。だけどそんなことにわたしの時間を使うのもなあ。
バス停のベンチに座ると濡れたスカートが直接触れて不快だった。透明の屋根越しの空に太陽はやはりなくてちょっと喜ばしいようだった。