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さようなら夏休み
2026/07/02 さようなら夏休み
窓越しに見た空はどんよりしていた。太陽は雲に隠れていてまだまだ顔を覗かせてこないことを悟った。
「天気どう?」
美衣子に訊かれたのでわたしはカーテンを閉めながら「悪い。」と答えた。雨降ってると付け加えると美衣子は難しい顔をした。最後くらいいい天気で、いてほしいよねー。呟きにしては長いけど呟きくらいの声量でこぼされたそれに、それほど賛同の気持ちがあるわけではないけれどなんとなく相槌を返す。わたしにとっては最後ではないのだから賛同の意がないのは当然のことだった。
美衣子はもうすぐ死ぬ。もうすぐというか、今日帰ったら、らしい。先月に7月6日に死ぬねと伝えられて、咄嗟に「何十年も後の?」と訊いたがしっかり「2027年の。」と今年を指されたので確定だった。なぜその日付に固執しているのかはわからないし、特段興味もなかったけれど、ただ悪天候が嫌なら死ぬの延期すればという提案が頭に浮かんだ。言えばわたしが美衣子に死んでほしくないくらい執着していると思われそうで、まあきっと美衣子ならそんなことに思考のリソースを割かないんだろうと理解しつつ、しかしわたしが勝手にむず痒くなってしまう未来が見えてたので口にはしなかった。
チャイムが鳴り響いた。下校完了時刻の30分前を知らせるものなんだろうと時計を見やり理解する。普段特に用もない限りさっさと学校を出るわたしは初めて聞いた。美衣子は何も言わずに立ち上がってぐーっと伸びをした。猫みたいだった。でも確か美衣子は猫アレルギーだ。どうでもいい情報が出てきてどうでもいいからと数秒で消えていく。しっかり閉めたつもりのカーテンにそれでもできていた隙間を今度こそ無くすと、机の横にかけているカバンを手に取った。先に教室のドアに歩いている美衣子を追う。
廊下に上靴と床がこすれる音が響く。2人分。わたしより背の低い美衣子を見下ろすと視線に気がついたのか彼女もこちらを見上げた。目つきが悪いのはいつものことだけど本当にいつものことだっけとふとしゃぼん玉みたいに疑問が生まれる。こんなのは杞憂で本当にいつものことなんだろうとすぐに割る。頭の中でぱちんと音がする。しゃぼん玉の割れる音が「ぱちん」なのかは知らないけど。
「傘持ってきてる?」
美衣子に訊く。きゅっきゅっという音にかき消されそうなので少し声を張ると、大きすぎたようで廊下に響いて肩をすくめた。
首を横に振る彼女に、じゃあわたしの傘に入る、と続けようとしてやめた。それからわたしも持ってないと嘘をついた。美衣子は「ふうん。」とつまらなそうに口は動かさずに言った。
下駄箱の床はびちゃびちゃまではいかないが水に濡れていた。滑りやすそうなので気をつけつつ自分の制靴を取り出し代わりに上靴をしまう。ちょっと汚くなってきたかな上靴、と思う。もうすぐ夏休みなのでそれまで置いておいてもいいか。7月21日から夏休みなのであと2週間くらいだ。靴を履き替えた美衣子がわたしの横に並んで私たちは昇降口に向かった。
雨がざああとただの雑音を出していた。美衣子は「うるさい。」と言った。美衣子はうるさいのが苦手だ。猫と同じ。特に何も言わずに当たり前のように屋根の下で立ち止まっていたわたしは、当たり前にように雨の中に入っていく美衣子に少し驚いてなにか声をかけようとして、けれど雑音のせいで聞こえないかもしれないと至って諦めて後に続いた。カバンを傘として使おうとも考えたがノート類が濡れたら嫌なのでむしろわたしがカバンの傘になって走った。
「ねえ美衣子わたし、バスなんだけど!」
「だからなに。」
「公共の場にびしょ濡れ人間いたら、嫌じゃない?!」
雨を気にして大声で話すわたしとは対照的に美衣子はいつも通りの声量で言う。「かなり嫌だよ、どうするの。傘持ってくればよかったのに。」
持ってる。いまカバンの中に入っている。今からでも取り出してあっ折り畳み傘持ってたーととぼけて使えば良いだろうか。だがわたしだけ傘をさしているなんて、側から見れば相合傘をしない奇妙な二人組になってしまう。それともそんなこと誰も気にしないだろうか。
10秒ほど悩んで諦めてわたしはカバンを開いた。あっ折り畳み傘あったーと想定通り言おうとしてわざとらしすぎるだろうと口をつぐんだ。さしても、あたしも入れてなんてことは言われなかった。
バス停で美衣子と別れた。徒歩で帰宅する美衣子の背中を眺めて、明日風邪ひくんじゃないなどと浮かんできた。それから彼女に明日なんてないことを思い出した。あの発言が嘘の可能性だってもちろんあるし普通はそっちの方が高いが、それでも念の為、わたしは今すぐに救急車か警察でも呼ぶべきなのかもしれないと思った。だけどそんなことにわたしの時間を使うのもなあ。
バス停のベンチに座ると濡れたスカートが直接触れて不快だった。透明の屋根越しの空に太陽はやはりなくてちょっと喜ばしいようだった。