編集者:桜木ミント
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目次
幸せの元へ
一九四五年八月六日午前八時一五分。広島に原子爆弾が投下される。
―私は白田菊子。広島で母さんと弟の三人で暮らしている。本当はお父さんもいたんだけど…。
お父さんは兵隊として戦地に行ってしまった。でも、お父さんもみんなも言ってたから大丈夫!もうしばらくしたら、楽しい暮らしが待ってる、って。
そんなことを考えながら空を見ていると、お母さんの慌てた声が聞こえる。
「き、菊子!警報よ」
お母さんは弟を抱えて防空壕に走っていく。私も慌ててお母さんを追いかける。
「はあ…。良かった、無事に着けて」
息を切らしながらほっと息をつく。
壕には私たち以外にも、沢山の人がいた。近所の人や友達もいて、みんな避難できたんだ、と安心して、友達の真子ちゃんに話しかける。
「真子ちゃんも避難できたんだね。よかったー」
真子ちゃんは私に気がつくとにっこりと笑う。
「うん。菊子ちゃんもいたんだね」
それから少しお話しながら時間がたつのを待っていたが、なかなか爆撃の気配はない。
「真子ちゃん、この警報間違いだったのかな?」
その時、警戒警報が解除されたことが知らされる。
「あ、解除されたね。じゃあまたね」
真子ちゃんとさよならの挨拶を交わして、お母さんたちと家に帰る。お母さんは家につくと、朝ごはんの準備を始める。
「お母さん、もう心配ないよね?」
お母さんは私の方に振り返って優しく笑う。
「ええ、もちろんよ。ほら、菊子。朝ごはんできたわよ」
お母さんが食卓にご飯を運んでくる。
その時、キュイーンとい甲高い音が聞こえてきて、私達は急いで家を出る。そのとき、鼓膜が破れそうなほどの爆音とともに、目を開けてられないほどの強い光が襲う。私はしばらく意識を失った。
幸せの元へ −2−
気絶していた私が目を覚ますと、お母さんが必死に私を揺すっている。意識がはっきりしてくると、全身を強い痛みが襲う。私はお母さんに視線を向けた。私はお母さんの姿を見て、とても驚いた。顔の右半分が黒く焼けただれている。目はもはや開いていない。
「お母さん!どうしたの、ねえ、何があったの!お母さん、顔どうしたの!」
お母さんは私が目を覚ますと、涙を流しながら抱きしめる。
「菊子!よかった、生きてたのね。よかった…」
私はお母さんに抱きしめられながら辺りを見回す。そこは、今まで見たことのない景色が広がっていた。家が倒壊して、瓦礫が燃えている。植物はなく、全てが黒い灰のようになっていた。よく見ると。人のような形をしているものもある。痛みで転げ回る人、瓦礫に挟まれて血を流している人、黒焦げになった赤ちゃんを抱いて泣き叫ぶ人、狂ったように叫んでいる人。私はみんなの姿を見て、例えようのない恐怖を感じた。みんなが、見たこともないようなひどい火傷や怪我をしていたからだ。
「菊子、さあ、壕に行きましょう!立てる?あ、なんてこと…」
お母さんの言葉を聞いて正気に戻る。立ち上がろうとすると、左足に強い痛みを感じる。足を見ると、いろいろな破片が刺さっている。多くの傷があり、血がどんどん流れていく。
「痛い痛い!なんで…私の…?」
私はお母さんの肩を借りて怪我をした足を引きずって歩く。その時、お母さんが弟を抱いていることに気がつく。弟は、切り傷はあるものの、目立った火傷は無く、私は少し安心する。壕へ着くまでの道は地獄のようだった。もう誰だかわからないような死体がいくつも転がっていた。私はそこに知り合いがいないか気が気じゃなかった。壕に着くと、そこにはたくさんの怪我人がいた。もうすでに息を引き取っている人もいて、私はできるだけ見ないようにしようとしたが、それは無理なほどの人がいる。怪我の治療をしてもらうときに、お母さんを見ると、背中に大きな火傷がある。私も自分の腕を見ると、ひどい火傷がある。黒くなっていて、痛みは感じなくなっていた。私たちは治療を受け、包帯をまき、暗い壕の中でひっそりと影のように座っていた。それから数時間がたち、夜になった。人が死んでいく中で、私の心はどんどん弱っていった。
傷跡を見ようと包帯を外すと、私は吐き気を感じた。私の腕には、うじが湧き、色もおかしくなっていた。まるで自分のものではないような腕を見て、私は言葉を失う。
(嘘…。これが…私の…?信じられない。信じたくない)
時間がたつにつれて体調も悪くなる。もう動く元気すらでない。
その時、お母さんの悲しみに溢れた叫び声が聞こえて、私はかろうじてお母さんのもとに向かった。そこには、泣いている母と、もう息をしていない弟の姿があった。私は泣きながら弟に抱きつく。
「うわああっ…。ねえ、待ってよ。お姉ちゃん置いてかないでよぉ…」
弟は、まだ二歳だっために、急激な環境の変化に対応できなかったのだ。
幸せの元へ
あの日から二日がたった。そこで私たちは救われた。救助隊が来てくれたのだ。でも、私は彼らに素直に喜ぶことはできなかった。(もう少し早く来てくれてたら弟は死ななかったかもしれないのに…)救助隊の人だって苦労しているはずだった。でも私は弟を失った悲しみや精神的疲労がかさなり、そんなことを考えてしまった。
私と母は、救護所に搬送された。だがそこは、たくさんの負傷者であふれかえっていた。私は、そこで初めてあのときの被害の大きさを思い知った。
毎日のように人が減っていく。そこで私は再び真子と再開した。
「あ…真子…ちゃん?」
真子ちゃんは私の方を振り返った。
「え…菊子ちゃん?よかった…」
私は親友に再開できた嬉しさと、弟を失った悲しみで、泣き出してしまう。
「菊子ちゃん!大丈夫?みんな…避難できたの?」
私はしばらく泣き続けた。
「…お…弟が…ぁっうぅ…」
真子ちゃんはその言葉で何があったかを察した。
私はお母さんを呼んだ。お母さんは、真子を見て涙を流す。
「真子ちゃん…生きてたのね…本当に良かったわ…」
真子との再開で、私は少し元気を取り戻した。
私たちは、それから何日も話したりしていた―
一九四五年八月一五日。約三一〇万人以上の日本国民の命を奪った戦いが終わった。私たちは敗北した。
―二〇二五年。私たちは覚えている。戦争の悲惨さを。核兵器の恐ろしさを。命というものの尊さを。平和というものが、どれだけ大事なのかを。
私はもう年をとった。でも、これだけは後世に伝えなければならない。戦争は、私たちが知らない数多くの命を奪ったもので、二度とこの歴史を繰り返してはいけないということを。