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第五話
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大きな音と共に店のドアが開く音。
その音に驚いたルーク含めた店内にいる者に静寂が降りた。
ルークは敵の可能性を考え我に返り勢い良く後ろのドアの方へ振り向き―――己の目を疑った。
品のない店には不釣り合いな貴族らしい出で立ちの女性が立っていたからだ。
しかも、ルークの顔見知りの侯爵令嬢様―――イリーネであった。
一体どうしてこんなところに?思わず声をかけようとしてハッとする。そうだ。
今は変装中でしかも潜入調査中なのだ。
ここでイリーネに声をかけても彼女はルークの変装に気づけないかもしれないし、伯爵にはルークだとバレてしまう。
が、ここでイリーネは店内を見渡し、ルークをジッと見つめるとそれはもうとびきり美しい笑みを浮かべた。
嫌な予感がする。ルークはキョトンと首をかしげて見せたがイリーネはクスクスと笑っている。
これは⋯バレているな。そう確信し、どうしようか思考を巡らせる。
「嫌ですわ。婚約者がいながらこんなところへ来て⋯わたくしに妬いてほしいのかしら?」
気づけば目の前にいたイリーネに耳元で囁かれ、尻尾を踏まれた猫のように飛び上がってしまう。
いけない。変装中は役になりきりすぎて普段は隠している感情が表に出てしまうのだ。
ルークはなるべく平然を装いつつ、恐る恐るイリーネの顔を伺う。
顔はとても笑顔なのだが、なぜだか圧を感じる。ルークはスーッと両手を上げた。
降参である。
***
さて、どうしてこの場にイリーネが現れたのか。それはルークが王城を出た数分後の出来事である。
ルークを見送ったザインは執務室で書類制作に追われていた。
王様とは適当にハンコを押すだけの仕事をしていると思われるかもしれないが、とんでもない。
むしろ、そんなハンコを押すだけの簡単な仕事が増えればいいのに、とザインは常々考えていた。
そんな夢物語にも似た妄想に思いを馳せていると突然。執務室のドアが勢い良く開いた。
ノックもなく勢い良く開くドアに「敵襲か!?」と思わず声をあげるが、そこに立っていたのはイリーネだった。
ある意味敵襲よりも厄介かもしれない。
「⋯今日は何用だ?イリーネ嬢。」
恐らくルークのことに関してだろうが、一応聞く。
「宰相様が休暇から帰られたとお聞きしまして急いで伺いましたの。」
(うん。まぁ、そうだろうな?)
案の定の回答に最早息をする気力も起きなくなってきたザイン。
大体、このご令嬢は王に対して敬意というものがないのではないだろうか?
そう考えたが、冷静に考えてザインを敬う人間が身内に少ないことに気づき更に気力が減る。
「あー。残念ながらルークは今潜入調査に出てもらっている。しばらく帰って来ないぞ?」
「そう、なのですね⋯」
明らかに落胆した様子のイリーネにザインは少し感動した。
イリーネにもあったのだ。人並みの感情が。
「陛下?今失礼なことをお考えになられたのでは?」
「⋯気のせいだ。」
適当に誤魔化すザインにイリーネは疑いの目を向ける。
「⋯まぁいいですわ。では、わたくしはこのまま帰ります。」
「え」
「え、とはなんですか?」
「いや、てっきりルークのもとへ行くのだとばかり⋯」
「そこまで束縛は激しくないつもりですわ。」
入念に準備をしておいて今更何を⋯
そう口に出さないことに心血を注ぎ過ぎたせいかザインは別のことで口を滑らせた。
「まぁ、娼館に行くとはいえ。ただの任務だからな。」
「⋯は?」
イリーネの口からとんでもなくドスの効いた声が出た。あ、不味い。とザインが思ったのも後の祭り。
ザインはこの後、憲兵顔負けの事情聴取をイリーネから受けるのだった。
***
「なぜ、こちらにいるのでしょうか?」
店を出て今夜泊まる予定だった旅館の一室にイリーネを招き入れた頃にはルークはすっかり宰相モードとなっていた。
正直、男性の泊まる部屋に女性を。更にいうと侯爵令嬢様を招き入れるのはいかがなものかと思ったのだが、事情が事情で、他人に情報が漏れるわけにはいかないのでこうして部屋に招き入れた。
キリスはというと「ごめん〜オレこの|娘《こ》気に入っちゃったからまだ帰らないね」と言ってそのまま娼館に残っている。やはり目的は女漁りだったか。
さて、イリーネはというとしばらく笑顔に圧があったのだが、部屋につく頃にはすっかり収まっていた。
「わたくしの婚約者が婚約早々に夜のお店に向かわれたと聞かされては向かいたくもなりますわ。」
「⋯なるほど、それは申し訳ありません。」
要は世間体が悪いということか。と恋愛にはひどく鈍い感想をルークは覚えた。
ひとまず謝ったルークにイリーネは若干複雑そうな顔をしたが、それも一瞬のことでまた綺麗に笑顔を作った。
「いいえ。宰相様が謝ることはありませんわ。むしろわたくしこそお仕事を邪魔してしまってごめんなさい」
「いえ。お気遣いなく。」
恐らくだが、ルークはこの件から降ろされるがルーク的には仕事が減ったので楽になったぐらいだ。
ただ、ルークは一つイリーネに聞きたいことがあった。
「ところで⋯」
「なんでしょう?」
「私は前の部隊で変装が得意な方だったのですが、イリ―ネ嬢⋯」
「イリーネでお願い致しますわ。」
「⋯イリーネ様はどうしてあの大勢の人物の中から私を見つけられたんですか?」
この質問にイリーネはパチパチと数回瞬きしたあと朗らかに微笑みながらこう言った。
「愛の力、ですわ」