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第三話
こんな茶番じみた交渉は初めてである。
なんだかひどく疲れた。こんなに疲れたのは仲間と共に帝国軍を半壊させた時以来かもしれない。
ルークは今自分が上手く笑えているかすら怪しく思えてきた。
「では、私はこれで。」
「何を言っている?これからだろう」
(⋯陛下こそ何をおっしゃっているのですか?)
もう帰りたいのに、これからと言われてしまった。
なぜかほんのちょっぴり泣きそうな表情をいつもの笑みで上手く隠しつつ、ソファに座り直す。
こんなに泣きたくなったのはいつ以来か。
「これから、とは?」
「婚約を発表しなければな?お誂向きに今、ここでパーティーが開かれているそうではないか。しかも、お前が主役の。」
「主役とは恐れ多い。このパーティーは“帝国と王国の和平締結十周年を記念したもの”です。むしろ主役は陛下では?」
ほんの少し声に苛立ちが混じってしまったのはこのパーティーが毎年行われるたび当時を思い出してしまうからか、それとも最近仕事が立て込んでいたことに加えて茶番劇にまで付き合わされ、疲れて表情も取り繕えなくなっているからか。
傍から見ればいつも通りニコニコしているが、長い付き合いから苛立ちを感じ取ったかザインの眉がピクリと動く。
「⋯悪かった。」
「いえ。主役かどうかは置いといてパーティーは行われておりますから。」
「ゴホン。つまり、今日このパーティーで婚約を発表しろ。」
もう何を言われても驚かない気がする。
大体、仮の婚約なのだからそんなに大々的にやらなくてもいいのでは?という疑問も浮かんだが、それでは虫よけにならないのか。と自己完結する。
「かしこまりました。⋯その後はすぐに帰ってもいいですか?」
「あぁいいぞ。ただし、帰れるならな?」
何やら不穏なことを言われてしまい、不安を胸に抱えたまま、ルークは二人と共にパーティー会場へ戻っていった。
***
ルークがザインの言った言葉の意味を理解するのはパーティー会場でザインの口から大々的に婚約が宣言された後だった。
見目麗しく、今や【聖女】ともてはやされているイリーネの婚約は衝撃的な事件だったようで、現在、ルークは婚約に興味津津な野次馬根性のある者たちに取り囲まれていた。
やれ、おめでたいだの。馴れ初めはだの。羨ましいだの。
適当に流すも、パーティーには帝国からも来賓が来ている大規模なものだったので、捌き切れない。
結局ルークはパーティーが終わるまで帰ることができなかった。
クタクタになりつつも、鋼の意志で姿勢を整えていつもの嘘くさい笑みを貼り付けて部屋に戻る。
「やぁやぁ〜!宰相閣下♡まさか【聖女】を捕まえちゃうなんてさ!やるね〜!」
このウザさ加減は⋯。
振り向き相手を見て、思わず口元がヒクリと引きつってしまった。
そう、キリスだ。キリスはルークの表情を見て目に見えて驚く。
「えぇ!?隊長の表情が変わった!?」
「⋯私をなんだと思っているのですか?後、もう隊長ではありません。」
余程驚いたらしく、昔の呼び方で呼んでくるキリスに力なく返す。
しかし、キリスは聞いていないのか「そんな」「今確かに」「ほんのちょっとだけだったけど⋯」「天変地異でも起こるのかな」とブツブツ呟いている。
そんなに驚くことだろうか。もう少し表情を変えた方がいいのかもしれない。そう考えているとキリスが急に顔を上げた。
「ちょっと天変地異の前触れかもしれないからさ!報告してくる!」
そう言い残し、キリスはサッと消えるように去っていった。流石は隠密部隊隊長というべきか。
何にせよ最後にまぁまぁ疲れる相手が来てしまったルークは部屋に入るや否や着替えもろくにせず、星星の薄明かりが照らすベッドに倒れ込んだのだった。
ちなみに、その後3日寝込んだ。
+++
話はパーティーが行われる一週間前に遡る。
ザインの下に一人の女性が訪れた。ザインと女性が互いに椅子に腰掛ける。
「して、パーティーの近いこの時期にどのような要件だ?―――イリーネ嬢。」
女性―――イリーネは飲んでいた紅茶から顔を上げ、穏やかに微笑む。
「そろそろ動こうと思いますの。」
「⋯もう下準備はいいのか?」
「えぇ。十分ですわ。それに⋯これ以上は婚期を逃してしまいますもの。」
茶目っ気たっぷりにウィンクをするイリーネを見てザインはルークに同情した。
このご令嬢は以前からルークを想っているのだ。それもかなり熱烈に。
しかし、公爵令嬢である彼女と平民からの成り上がりであるルーク。反感を買われるのはイリーネの愛するルークだ。だから、そうならないために数年前からゆっくり、しかし確実に根回しを始めていた。
イリーネは食えない令嬢だ。ザインも進んで敵には回したくない。
「ですので、陛下にも協力していただきたいのですわ。」
「ほう?我は一体どうすればいい?」
「人質になってくださいまし。」
サラッととんでもないことを言われてしまったザインは思わず持っていたティーカップを取り落とす。
白い滑らかな陶器がパリーンッと高い音を立てて割れる。
イリーネは物憂げにほうっとため息を吐きつつ、左手を頬に添える。
「わたくし、宰相様のことはわかっているつもりですわ。だからこそ、わかるのです。宰相様がわたくしに望むものはないでしょう。」
それはそうだろうな、とザインは思った。
ルークは基本、何事にも執着しない。金も、生きることに必要な分だけあればいいと思っている節があるし、地位も名誉も、今となっては得る必要もなければ、ザインにクビにされれば、その日限りの生活を始めるだろう。食事も、以前よりはマシになったが、それでも一日何も食べない日は珍しくない。休息も、あまり取らないし、住居は王城の一角にある小さな部屋を進んで使っている。趣味と呼べるものもない。
ルークと交渉するのはザインでも骨が折れた。ザインは遠くの昔を思い出しつつ、ため息を吐いた。
「ですので、宰相様が唯一信頼しておられる陛下に交渉材料となってほしいのですわ。」
本当にルークがザインを信頼しているのかはわからないが、ザインにはこれを手伝う通りがない。
「⋯我は己に益のあること以外はしない。」
「【聖女】」
「うっ⋯。」
イリーネの言葉にザインはうめく。その反応にイリーネはクスクスと楽しそうに笑った。
「嫌ですわ陛下。お忘れになられたの?わたくし、言いましたでしょう?わたくしを【聖女】として掲げて利用するのならば、一つお願いを聞いてくださいと。そういう約束でしたわよね?」
「⋯そうだったな。」
戦後直後、王国と帝国の仲は最悪と言ってもよかった。
王国の手に堕ちた元帝国人たちへの迫害が起ころうとしていた。
それをなんとかしようとしたザインは帝国の信仰する女神にそっくりなイリーネに目をつけた。
⋯本当は、それだけではないのだが。
「はぁ。わかった。その茶番。我も手伝おう。」
「まぁ、ありがとうございますわ、陛下。」
「して、いつ決行だ?」
「1週間後のパーティー。なんてどうでしょう?」
この令嬢め、最初から仕組んでたな?
ザインは深々とため息を吐いた。
あとがき
設定を考えるごとに、ザインの方が主人公っぽいな〜なんて思っていました。
もしかしたらザイン主人公でスピンオフを出すかも⋯?