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Ⅴ「たかいたかい」
並木道の影が、いっそう深く伸びて二人の足元を飲み込んでいく。
「……シュウ?」
ふ、とシュウの視線が揺れた。
耐えきれなくなったように。
「ご、ごめん。約束とか盾になるとか、恥ずかしくなってきただけ」
うつむいた彼の首筋が、夕闇の中でも分かるほど赤く染まっている。
繋いでいた指が、滑り落ちるように離れる。
触れていた場所が、夜露に打たれたように冷え込む。
(…………?)
チカゼの返事は、喉の奥で止まったままだ。
「どうしたの?」
シュウが心配そうに声を潜め、彼女の言葉を待つ。
「風の流れが変じゃない?」
「風?」
それは、風の魔法使いにしか捉えられない、些細で作為的な違和感。
上から下へ、左から右へ。
空気は幾度も二人の周囲を旋回。
だんだん近づいて、包囲網を狭めてくる。
チカゼが「囲まれてる」と言いかけた、その時だった。
(⁉︎)
シュウの背後に、何かいる。
白銀の精霊。
輪郭は陽炎のように曖昧で、実体がない。
まるで月光が形を成したかのように、ゆらゆらと透き通っている。
何より不気味なのは、それ自体から魔力が一切感じられないことだった。
精霊がその“腕”と思わしき部位を振り上げるのを、チカゼは見逃さなかった。
「逃げるよ」
咄嗟にシュウの腕を強く掴み、引き寄せる。
シュウも素早く状況を察し、翻りながら迎撃の構えをとった。
**「迎撃風」**
**「氷壁!」**
二人の足元に魔法粒子が収束し、術が形を成そうとした。
精霊から、嫌がらせのように暴風が炸裂した。
逃げ場のない突風が二人を叩く。
毎朝、鏡の前で苦労してきつく編み込むチカゼの髪。
それも容赦なくバラバラに解き放たれた。
「最悪……! 許せない、どうしてくれるのよこの髪!」
「落ち着いて……」
練り上げた魔法粒子は無残に吹き飛ぶ。
魔法は不発。
さらに、足が地面から遠ざかりそうだ。
上昇気流が二人の身体を大地から引き剥がす。
シュウがチカゼを庇うように抱き寄せる。
竜巻はその重さごと二人を軽々と押し上げる。
視界が激しく回転し、並木道が遠ざかる。
風の精霊は、二人を遥か上空へと舞い上げた。