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目次
普通の人間の幻想入り
私は、何階建てかもわからないビルの屋上にいる。
適当に選んだ廃墟ビル。
今すぐ崩れてしまっても、後悔はない。
なぜこんなことをしているのかは、忘れてしまった。
酒を浴びるように飲んだところから、記憶が抜け落ちている。
私は屋上の端に座り、下を見下ろす。
流れていく人。
いつも通りの街だった。
今、たった一人の命が失われようというのに、普段通りに過ごしている。
人類は、上を見ることが少ない。
スマホや地面を眺めているだけで、上にいる私に気づきもしない。
そろそろ、上を向いて歩こうよ。
さて。
こんなにもゆったりしていたら、生きようと思ってしまう。
鉄は熱いうちに打て。
善は、―悪は急げ。
<『さようなら。世界』
そう言って、私はビルから飛び降りた。
背中に当たる風が気持ちいい。
もうすぐ死が迫っているのに、意外に冷静だ。
こうやって、頭を回すことが出来ている。
そろそろ、地面へぶつかる。
落ちた瞬間に、痛みなどなくバイバイだ。
もう一度言おう。
<【さようなら。セカイ】
その瞬間。
視界の端で、空間そのものが裂けたような気がした。
「痛ったい」
―なんで?
訳の分からないまま、あたりを見渡す。
そうすると、
自分が森の中にいることに気づく。
「……生きてる?」
頬をつねる。
痛い。
「夢じゃ、ない……?」
こんな山奥、日本にあっただろうか。
しばらく歩いていると、
人の影が、飛び出てきた。
「まーた境界から放り込んで。」
巫女装束に、スカート?
よくわからない衣装の組み合わせに、困惑してしまう。
「あーもう」
「人使いが荒いったらありゃしない。」
「立てる?」
「じゃ、付いてきて。」
『え?あの―』
先程から情報量が多すぎて、頭が処理しきれていない。
まずここはどこなのか知りたいし、
色々と、情報が詰まりすぎている。
「ごめんなさいね、神社についてから話はするから」
目の前の巫女さん?は
私の返事も待たず、歩き出す。
『ちょ、ちょっと待ってください!』
慌ててその後を追う。
どこまでも続く木々。
聞こえてくる鳥の鳴き声。
電柱も、道路でさえも見かけていない。
さっきまでいた町とは、あまりにも違う。
『あの。』
「何?」
『ここ、どこなんですか?』
巫女さんは
少し考えるように空を見上げる。
「説明すると長いのよね。」
「短く言うわ」
「ここは、幻想郷。」
『はい?』
「幻想郷。幻に、想いに、郷」
聞き返しても、
返ってくるのは同じ答えだった。
『えっと、、県名ですか?』
「違うわ」
『じゃあ村?』
「もっと違う」
『じゃあ、国?』
一通り思いつくことを言うと、
目の前の人はため息を吐いた。
「あなた、外の世界の人間でしょ?」
『外の世界・・?』
その言葉に、胸がざわつく。
まるで、もう帰ってこれない、そう伝えられたような感覚だ。
「まぁ、今すぐに分からなくてもいいわ」
そういうと、彼女はまた歩き出す。
「とりあえず、神社まで行くわよ。
事情を知っている奴も、そのうち来るでしょうし」
『事情を知っている?』
「貴方をここに送り込んだ張本人」
「まったく、人を拾ってくるなら最後まで責任持ちなさいっての」
愚痴をこぼしながら、少し急ぎ足で歩く。
私はその背中を見つめながら、後ろをついて行った。
『あの。』
「なに?」
『自分、本当に死んだんじゃ』
「死んでないわ。」
その一言に、肩の力がぬける。
だけど、
胸が少しだけ締めつけられた感覚がした。
―死ねなかった。
生きていることを喜べない自分に、
少し嫌気がさした。
しばらく歩いていると、少し開けた場所があった。
石段。
真っ赤な鳥居。
その先には、古びているのに、威厳がある神社があった。
「着いたわ」
そういうと、巫女さんはこちらを振り返る。
「ようこそ、博麗神社へ。」
その言葉を聞いた瞬間。
背筋を冷たいものが撫でた。
振り返っても、誰もいない。
『誰?』
そう無に向けて言うと、
先程まで見ていた景色が裂け、そこから一人の女性が出てきた。
「...やっぱり、見えたのね」
そう小さく呟いて、
仕切りなおすように、軽く咳をする。
「初めまして。|八雲《八雲》|紫《ゆかり》よ」
金色の髪を揺らし、どこか楽しそうに微笑む
「貴方をここへ連れてきた張本人。と言えばわかりやすいかしら?」
2
「貴方をここへ連れてきた張本人、と言えばわかりやすいかしら?」
紫さんの言葉に、私は思わず身構えた。
『紫さんが、私をここへ?』
「えぇ、その通りよ」
余りにもあっさり肯定され、逆に言葉を失う。
『どうして...?』
「どうして、ねぇ。」
紫さんは、口元に扇子を当て、小さく笑った。
「その質問に答える前に、一つだけ聞かせてもらえるかしら」
『何ですか?』
「貴方は、死ぬつもりだった?」
その問いに、私は迷わず答える。
『死ぬつもりでした。』
「そう。」
紫さんは、それ以上責めたり、慰めたりはしなかった。
ただ、静かにこちらを見ているだけ。
少し怖くなって、
目線を下に逸らす。
「理由は聞かないわ。」
『......。』
「興味がないからね。」
その一言に、私は思わず顔を上げた。
単純に、興味がない。
そう言われると、
不思議と不快感はなかった。
「私が貴方に興味を持ったのは、貴方自身ではない。」
「貴方の才能、それに興味を持ったのよ。」
『才能...?』
そんなもの、私にない。
反射的にそう思う。
「そういう顔をすると思っていたわ。」
紫さんは少しだけ楽しそうに笑った。
「自覚がないのも当然。」
「だって、今まで誰にも気づかれなかった。」
「いや、気づくほど、貴方を見ている人がいなかった。」
「外の世界では、本当に僅かな違い。」
「だけど、幻想郷では、それはとても大きな違いになる。」
『だから、その才能って...』
問いかけようとした瞬間、
「ちょっと。」
今まで黙っていた巫女が口を開いた。
「立ち話で済ませる気?」
「長話なんだから、お茶ぐらい出してからにしなさいよ。」
「あら、ごめんなさい。」
紫はくすりと笑う。
「そうね。霊夢、お茶を出してくれるかしら?」
「はぁー、図々しい。」
そうため息をつきながらも、
巫女さんはどこか楽しそうだ。
『色々と、ごめんなさい。』
何かをしてもらうと、少し申し訳なくなって、
反射的に謝ってしまう。
「あー大丈夫よ。いつも通りだから」
先程の言葉が、私の脳内で繰り返される。
才能。
そんな言葉をかけられたのは、初めてだった。
けれど、
嬉しいとは思えない。
それよりも、
どうして私なんだ。
その疑問だけが、胸の奥に引っ掛かり続けていた。
3
「さ、上がって。」
そう促され、恐る恐る神社の境内に足を踏み入れる。
私たち以外誰もいない。
風が木々を揺らし、葉の擦れる音だけが静かに響いていた。
「適当に座ってて。」
そう言いながら、
巫女さんはどこかへ行った。
取りあえず、近くにある建物の縁側へ座る。
木の床は少しひんやりしていて、その冷たさが心地いい。
隣では、紫さんが優雅に腰かけていた。
沈黙が流れる。
誰も口を開こうとしない。
何を話せばいいのかもわからず、
私は膝の上で手を握りしめていた。
やがて、後ろから湯飲みを持った巫女さんが現れる。
「持って来たわよ。冷たい方が良い?」
『大丈夫です。ありがとうございます。』
そういうと、隣に湯飲みが置かれる。
一緒に饅頭も置いてくれる。
突然押し掛けたも同然なのに、細かい気遣いが温かい。
両手で湯飲みを持ち上げ、ゆっくりと口を付ける。
温かい。
さっきまで死のうとしていたはずなのに、
その温かさだけが、妙に気持ち良かった。
「さて。」
紫さんが口を開く。
「まずは、自己紹介からにしましょうか。」
「ああ、そうだったわね。」
巫女さんが思い出したように頷く
「私は|博麗《はくれい》|霊夢《れいむ》」
「この、博麗神社の巫女よ」
そう言って、こちらに目線を向ける。
「で、こっちが八雲紫。さっき名乗ってたから、説明はいらないでしょ」
「随分と雑な紹介ね。」
紫さんは苦笑しながら扇子を閉じた。
「改めまして、八雲紫。」
「境界を操る程度の能力を持つ妖怪よ。」
妖怪。
その言葉に、思わず固まる。
『妖怪...?』
「信じられない?」
『...はい』
「当然ね」
紫さんはあっさり言い放った。
「外の世界、貴方のいる世界では、|御伽噺《おとぎばなし》でしょうもの」
霊夢さんは肩をすくめながら言う。
「でも、ここじゃ普通」
「妖怪も、妖精も、神様もいる。」
「だから、人間が一人増えたぐらいじゃ、誰も驚かない。」
神様。
妖怪。
妖精。
言葉だけなら知っている。
だけど、それらが本当に存在する世界なんて、考えたこともなかった。
『異世界』
私は湯飲みを見つめたまま、呟く。
「異世界、とは少し違うかしら。」
紫さんが首を小さく横に振る。
「世界は同じ、結界に阻まれた場所。」
「それが幻想郷。」
私はその言葉を理解しようとする。
けれど、直ぐには頭が追い付かない。
『じゃあ...』
思い切って、一番気になっていることを質問する。
『私は、帰れるんですか?』
その場の空気が、一瞬だけ変わる。
霊夢さんは黙ってお茶を飲み、紫さんはまっすぐにこちらを見つめている。
「帰る方法は、あるわ。」
その一言に、私は息をのむ。
「ただし――。」
「だけど、今は帰さない」
『どういう...ことですか。』
「理由は二つ」
紫さんは指を一つ立てる。
「一つ」
「貴方を幻想郷に連れてきた目的が、まだ終わってない。」
そして、もう一つ指を立てる。
「二つ」
「貴方自身が、才能に気づいていないから」
私は何も言えなかった。
才能。
また、その言葉だ。
「安心なさい。」
紫さんは静かに笑う。
「無理に何かをさせるつもりはないわ。」
「貴方には、この幻想郷で過ごしてもらうだけ。」
「嫌でも気づくことになるわ。」
その笑みは優しいようで、
どこか全てを見透かしているような気がした。
「それに」
「少なくとも、今日あなたの帰りを待っている人はいない。」
『どうして...そのことを』
紫さんは扇子で口元を隠しながら、言った
「境界を操るのが、私の能力だから。」
4
私は、返す言葉を失った。
外の世界で、私を探す人はいない。
その言葉は否定できない。
アパートに帰らなければ、管理会社が異変に気付くかもしれない。
大学に行かなければ、大学の人が不審に思う、、のはずっと先の話だ。
「さて。」
沈黙を破ったのは、霊夢さんだった。
湯飲みを置くと、小さく息をつく。
「難しい話はその辺にしときなさい。」
「折角用意したお茶が冷める。」
紫さんは肩をすくめる。
「あら、まだ話したいことは山ほどあるのだけど。」
「後で良いでしょ」
「相手が理解できていないまま、突っ切る気?」
そう言われて初めて、自分が理解していないことに気づく。
知らない場所
妖怪
幻想郷
才能
一つ一つは分かっているが、それがどうも結びついてこない。
なんで妖怪が、幻想郷にしか存在しないのか。
情報の繋がりが分からない。
「今日はもう休みなさい。」
霊夢さんは立ち上がると、建物の奥の方を指さした。
「部屋ならあるから」
『...え?』
思わず聞き返してしまう。
「今日は泊っていきなさいってこと。」
『......でも。』
「でもも何もないわ。」
霊夢さんは少し呆れたように笑う。
「貴方、帰る場所がないんでしょ。」
その言葉に胸が痛む。
帰れない。
ではなく、
帰る場所がない。
帰れる、帰れないの土俵にすら立っていない。
その言葉の方が、ずっと重かった。
『ご迷惑じゃ...ありませんか』
「別に。」
霊夢さんはあっさりと言う。
「|神社《ここ》なんて、いつも騒がしいし。」
「一人増えても、そこまで変わらないわ」
その言い方は、ぶっきらぼうなのに、
不思議と冷たくは感じなかった。
『ありがとうございます。』
自然と、その言葉が口から零れ落ちる。
霊夢さんは少し目を丸くしてから、小さく笑った。
「律儀ね」
その様子を見ていた紫さんが、楽しそうに扇子を揺らした。
「やっぱり、連れてきて正解だったわ。」
『え?』
聞き返した時には、紫さんの姿は消えていた。
まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。
「また勝手に帰ったわね」
霊夢さんは慣れた様子でため息を吐く。
「気にしなくていいわ。」
「......あの人は、いつもあんな感じだから。」
私は、紫さんの居た場所を見つめる。
夢ではない、らしい。
そう思うと、不安と同時に、少しだけ。
明日がどうなるのか、気になっている自分が居た。