『私は愛されたかっただけなんだ…』
『貴方は優しいですね。』
『なんでこうなっちゃったんだろう…』
未完成な私が居場所を見つけた話。
☆
ただの自己満です。
名前変えられません。
暗殺教室×ブルーロック
イトナくん落ち
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目次
プロローグ
私は、愛されたかっただけなんだ。
あの人みたいに、強くなりたかった。
でも——全部、無駄だった。
みんな、私じゃなくて「私の才能」しか見ていない。
勝手に崇めて、讃えて、期待して。
そして、その期待通りにいかなければ、今度は勝手に失望する。
……一体、何がしたいのだろう。
この椚ヶ丘に来れば、変われると思った。
けれど、ここも同じだった。
成績がよければ価値がある。
強ければ価値がある。
役に立てば価値がある。
価値のない人間は、落とされる。
結局、見られているのは「結果」だけ。
一度でいい。
面白い刺激がほしい。
過程や中身を、ちゃんと見てくれる人が現れてほしい。
そう願っていたことが、本当になるなんて。
あのときの私は、思いもしなかった。
——月が欠けたあの日、私の運命もまた、静かに動き始めていた。
---
✾設定✾
名前:糸師 蘭(いとし らん)
年齢 / 学年:15歳 / 3年E組
性別:女の子
外見:パッと見キツめの印象を与えるが、話すと柔らかい
髪型・髪色:ロングウルフ / 赤茶色
目の色:エメラルドグリーン
身長・体格:148cm、着痩せタイプ
長所:努力家。人の気持ちに寄り添える
短所・コンプレックス:すぐにぼーっとする。自己評価が低い
E組に落ちた理由
浅野学秀に告白され続け、断ったのに諦めてもらえず、ビンタしてしまった
その結果、成績不振ではなく E組に落とされた
しかしこのことは誰にも言いたくないため、勉強が追いつかず落ちたと言い張っている。
暗殺の時間
「起立!」
澄んだ声が、山の校舎に響く。
日直の潮田渚くんが、まっすぐ前を見据えている。
「気をつけ!」
ガチャリ、と教室中で安全装置が外れる音。
「れーーい!!」
次の瞬間、銃声が一斉に炸裂した。
黄色い影が、残像のように揺れる。
私たち椚ヶ丘中学校3年E組は、殺し屋。
標的は――目の前で笑っている、この担任。
「おはようございます。発砲したままで結構ですので、出欠を取ります」
弾丸の雨の中、涼しい顔で出席簿を開く。
「磯貝くん」
「はい!」
「……糸師さん」
『……は、はい!』
銃を握る手に、じんわり汗がにじむ。
未だに慣れない。撃ちながら返事をする、この異様な朝に。
やがて弾切れの音がぱらぱらと響き、静寂が落ちる。
「遅刻なし、と。素晴らしい!先生とても嬉しいです」
嬉しそうに触手を揺らすその姿は、どう見てもただの担任教師だ。
けれど。
(……ほんとに、殺せるの?)
国が用意した対先生特殊弾。
当たれば効くはずの弾丸。
私たちの視線を感じ取ったのか、殺せんせーはにやりと笑う。
「では、実演をお見せしましょう」
そう言って、自分の触手へ銃口を向けた。
パンッ、と乾いた音。
触手の先端が、弾け飛ぶ。
『……っ!?』
思わず息を呑む。
しかし次の瞬間には、傷口はぐにゃりと再生していた。
「殺せるといいですねぇ。卒業までに」
柔らかな声。
けれどその言葉は、鋭く胸に刺さる。
ここは、椚ヶ丘中学校3年E組。
通称――暗殺教室。
始業のベルが鳴る。
すべての始まりは、三年生の春だった。
月が、七割蒸発した。
世界を震撼させたその犯人が、ある日突然教室に現れた。
「月をやった犯人です。今日から君たちの担任になりました」
そう名乗った、この超高速生物。
そして政府は私たちに告げた。
一年以内に、この生物を暗殺せよ。
できなければ、地球は爆破される。
突拍子もない話。
それでも、今こうして銃を握っている。
(……いつか、本当に撃てる日が来るのかな)
黄色い触手が揺れる。
笑顔の担任を見つめながら、私は今日も引き金に指をかける。
それからの時間
それから、本当にいろいろなことがあった。
まず――
赤羽業
赤い髪の問題児が、E組に戻ってきた。
教室の空気をかき乱すような笑みを浮かべて、殺せんせーに真正面から挑む。
ナイフも、毒も、罠も。
けれどそのたびに、触手にあっさりいなされてしまう。
きっちり“手入れ”までされていた。
最初は怖かった。
何を考えているのか分からない目。
楽しそうに暗殺を仕掛ける姿。
(……この人、本当に中学生?)
でも。
ちゃんとクラスに戻ってきて、
「今度は正面から殺す」なんて言うところを見ると、
悪い人じゃないんだってことだけは、分かる。
怖いけど。
やっぱり、少しだけ。
次に来たのは、新しい先生。
イリーナ・イェラビッチ
金髪碧眼の、色気の塊みたいな女の人。
元プロの殺し屋らしく、暗殺方法はハニートラップ。
私を見るなり、ぱっと目を輝かせた。
「アンタ……!ハニトラの才能あるわ!」
『………は…?』
思わず変な声が出た。
そんな経験ないし、する予定もない。
顔が熱くなる私を見て、イリーナ先生はくすくす笑うだけだった。
……絶対、やらない。
そして。
新しい“転校生”。
自律思考固定砲台
通称・律さん。
殺せんせーを暗殺するために作られた兵器。
なのに、なぜか私のスマホに住み着いた。
最初は怖かったけれど、今は普通に会話ができる。
淡々としているけれど、どこか優しい。
暗殺の技術も少しずつ上がって、
クラスメイトも先生も暗殺者で、
それが当たり前になりつつある毎日。
――そして今日。
いつもの時間に登校すると、
私の隣に新しい机と椅子が置かれていた。
『……?』
(前に言ってた転校生……?)
律さんいわく、
その人物は“とても強い”らしい。
律さんよりも、ずっと。
(律さんより強いって……それもう何?)
予感は的中。
どうやら本当に来るらしい。
(今度はどんな人だろ……いや、そもそも人?)
律さんという前例があるせいで、人間とは限らない気がしてくる。
しかも、席は私の隣。
(……ちゃんと話せるかな)
そんなことを考えていると。
「ねぇ、糸師さん」
振り向けば、にやりとした笑み。
赤い髪。
「転校生来るみたいだけど、大丈夫〜?」
『えっと……』
どうして私に聞くの。
視線が怖い。
「カルマくん。あんまりからかっちゃだめだよ」
助け舟を出してくれたのは潮田くん。
ほっとしたのも束の間。
「え〜?そんなつもりないんだけどなぁ」
距離が近い。
「ねぇ?」
『……ひぇ』
情けない声が漏れる。
その瞬間。
ガラッ。
教室の扉が開いた。
一斉に視線が向く。
期待と緊張。
そこに立っていたのは――
全身白づくめの人物。
静かなのに、空気が重くなる。
妙な威圧感をまといながら、ゆっくりと教室へ足を踏み入れた。
転校生の時間
全身白づくめの男は、つかつかと教室に入ってきた。
そして、すっと片手を差し出す。
一瞬で空気が張り詰める。
次の瞬間。
――ポンッ。
乾いた音とともに、その手の中から白い鳩が飛び立った。
『……!?』
な、なにこの人。
教室がざわつく。
「ごめんごめん、驚かせたね。転校生は私じゃないよ」
軽い調子で肩をすくめる。
「私は保護者。まぁ白いし、“シロ”とでも呼んでくれ」
どこか芝居がかった口調。
けれど目だけが、笑っていない。
ふと視線を教壇に戻すと――
そこにいたはずの殺せんせーが、いない。
代わりに、床に広がる黄色い液体。
(え……液状化!?)
びくびくと震えながら、ゆっくり元の形へ戻っていく。
(そんなに怖かったの……?)
殺せんせーとシロが、にこやかに、しかし探り合うように会話を交わす。
そして。
「では紹介しよう」
シロが振り向く。
「おーい、イトナ! 入っておいで!」
その瞬間。
――ドゴンッ!!
背後の壁が、爆ぜた。
『えっ……!?』
振り向く。
そこに、座っていた。
白い髪の、私たちと同じくらいの年齢の男の子。
さっきの音は、壁を突き破った音……?
(か、壁って壊れるものだっけ……?)
混乱する私たちをよそに、少年は淡々と言う。
「俺は……勝った」
感情のない声。
「この教室の壁より強いことが証明された。それだけでいい」
殺せんせーも、珍しく反応に困ったような顔をしている。
シロが補足するように告げた。
「堀部イトナだ。名前で呼んであげてくれ」
堀部、イトナ。
見た目は普通の少年なのに。
なのに。
空気が、重い。
「ああ、それと」
シロがにこりと笑う。
「私は少々過保護でね。しばらく彼を見守らせてもらうよ」
そのとき。
「ねぇイトナくん」
軽い声。
赤い髪が揺れる。
「ちょっと気になったんだけどさ」
赤羽くんはにこにこと笑っている。
「今、外から来たよね? 外、土砂降りなのに……なんで一滴も濡れてないの?」
ぴたり、と空気が止まる。
堀部くんはゆっくり周囲を見回し、
ふいに赤羽くんの髪を撫でた。
『……!?』
距離が近い。
「おまえは、多分このクラスで一番強い」
無表情のまま、そう告げる。
「でも安心しろ。俺より弱い。だから殺さない」
ぞくり、と背筋が冷える。
堀部くんは視線を教壇へ向ける。
「俺が殺したいのは、俺より強いかもしれないやつだけ」
まっすぐに。
「この教室では殺せんせー。あんただけだ」
殺せんせーは、なぜか余裕たっぷりにようかんを口に運ぶ。
「強い弱いとはケンカのことですか、イトナくん? 力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」
その言葉に。
堀部くんは、じっと先生を見つめた。
そして。
「立てるさ」
静かな声。
「だって俺達、血を分けた兄弟なんだから」
――しん、と教室が凍りつく。
(……え?)
兄弟?
黄色い触手の担任と?
頭が、追いつかない。
けれど。
この日を境に、E組の日常はまた一段階、狂い始めることになる。
兄弟の時間
「え……今、兄弟って……?」
「き、兄弟ぃ!?」
クラス中がどよめく。
……私は声に出せなかったけど、頭の中は同じくらい大騒ぎだ。
けれど当の本人は、そんな空気など意に介さない。
堀部くんはまっすぐ殺せんせーを見据え、
「負けたほうが死亡な。兄さん」
さらりと言った。
物騒すぎる。
どうやら放課後に勝負をするらしい。
堀部くんが教室を出た瞬間――
「ちょっと先生!! 兄弟ってどういうこと!?」
「そもそも人とタコで全然違うじゃん!!」
質問攻め。
もはや半分罵倒。
けれど殺せんせーは触手をぶんぶん振るだけ。
「先生にも心当たりがありません!」
本気で困っている顔だった。
---
昼休み。
私の隣には、堀部くん。
それだけで机の周りの空気が重い。
なのに。
机の上には、山のようなお菓子。
(……甘いもの、好きなんだ)
無表情で、ものすごい勢いで口に運んでいる。
(あ……あのチョコ、美味しそう……)
つい見てしまう。
その瞬間。
――目が合った、気がした。
でも。
堀部くんの目は大きくて、焦点が読めない。
合ったのかどうか分からないまま、私は慌てて視線を落とす。
心臓が変にうるさい。
「すごい勢いで甘いモン食ってんな」
前原くんが笑う。
「甘党な所は殺せんせーと同じだ」
はっとして教壇を見ると、ちょうど殺せんせーもお菓子を頬張っていた。
「兄弟疑惑で皆やたら私と彼を比較してます。ムズムズしますねぇ」
そう言いながら、触手で何かを取り出す。
「気分直しに今日買ったグラビアでも見ますか。これぞ大人のたしなみ」
わ、出した。
しかも堂々と。
(見ちゃだめ見ちゃだめ……)
そう思った瞬間。
隣でも、がさごそ。
恐る恐る横目で見ると――
無表情のまま、ものすごい威圧を放ちながら。
グラビアを、見ている。
(……え)
ページをめくる手つきが、やけに真剣だ。
(……巨乳好きまで一緒……?)
「……これは俄然信憑性が増してきたぞ」
岡島くんが真顔で言う。
「そうかな……?」
渚くんが苦笑い。
「そうさ!! 巨乳好きは皆兄弟だ!!」
「三人兄弟!?」
教室が一気に騒がしくなる。
『……ふふっ』
思わず、笑ってしまった。
さっきまでの緊張が、少しだけほどける。
そのとき。
また、視線。
そっと隣を見る。
今度ははっきり、目が合った。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
けれどすぐに、逸らされる。
表情は変わらない。
でも。
(……なんだったんだろう、今の)
胸の奥が、ざわりとする。
怖いはずなのに。
得体が知れないはずなのに。
私は――
堀部イトナという存在が、少しずつ気になり始めていた。
放課後の勝負よりも。
その正体よりも。
隣にいる彼のことが。
どうしてか、気になって仕方がない。
勝負の時間
放課後。
教室の真ん中には、殺せんせーと堀部イトナが立っている。
私たちは隅っこに固まり、息を殺して見つめる。
堀部くんが上着をするりと脱ぎ捨てるだけで、空気が張りつめた。
背後でシロが軽い声をかける。
「ただの暗殺は飽きてるでしょ、殺せんせー。
ここはひとつルールを決めないかい?
リングの外に足がついたら、その場で死刑。どうかな?」
……私たちは、本当に教室でこんな勝負を見ることになるのか。
どうやら殺せんせーも、その条件をのんだらしい。
「ただしイトナくん。観客に危害を与えた場合も負けですよ」
先生も条件を追加する。
堀部くんは静かにうなずいた。
「では合図で始めよう。暗殺――
開始!」
瞬間、私たちの目は一点に釘付けになった。
――触手。
さっきまで普通の少年だった堀部くんの頭から、触手が伸びる。
『……!?』
私たちは目を見開き、息を呑む。
触手を握る手に、圧倒的な威圧感が漂う。
殺せんせーの顔に、怒りの色が満ちた。
「どこで……どこでそれを手に入れた!!
その触手を!!!」
怒りに染まった顔は、真っ黒に近い。
触手も跳ねる。
シロは冷静に言った。
「君に言う義理はないね、殺せんせー。
だが……これで納得しただろう。
両親も違う。育ちも違う。
だが、この子と君は兄弟だ」
理解できない現実。
私たちは、ただ目の前で繰り広げられる戦いを見守るしかなかった。
触手が飛び交う。
当たれば、軽症ではすまないだろう。
その瞬間――
殺せんせーは不意を突き、対先生ナイフを堀部くんに放った。
堀部くんは外へ投げ出される。
『……勝った……?』
しかし、堀部くん自身も何が起きたのか分かっていない様子だった。
「先生の抜け殻で包んだからダメージは無いはずです。
ですが、君の足はリングの外に着いている
ルールに照らせば君は死刑。
もう二度と先生を殺れませんねぇ」
堀部くんは黒い触手を纏わせ、鋭い目で先生を睨む。
「生き返りたいのなら、このクラスで皆と一緒に学びなさい」
殺せんせーも、答える。
「性能計算だけでは、そう簡単に計れない。
それは経験の差だ。
君より少しだけ長く生き、少しだけ知識が多い。
先生が先生である理由は、経験を君たちに伝えるため
この教室で先生の経験を盗まなければ……
君は私に勝てません」
私はその瞬間、思った。
――人ではないはずなのに、先生はまるで人のように見えた。
別れの時間
黒く染まった触手を振り回し、堀部くんが殺せんせーに飛びかかる――
と思った瞬間、針のようなものが堀部くんに刺さった。
彼はその場に倒れ込む。
『…!』
咄嗟に私は堀部くんに駆け寄ろうとした。
「糸師ちゃん!危ないよ!」
茅野さんが私を引っ張り、離れた場所へと導く。
『で、でも……!』
「大丈夫。殺せんせーに任せよう」
そう言われて、少し正気に戻る。
恥ずかしくなった。
どうやら針を刺したのは、シロの仕業らしい。
「すいませんね、殺せんせー。
どうもこの子はまだ登校できる精神状態じゃなかったようで。
転校初日なのですが、しばらく休学させていただきます」
……確かに、あのままじゃ危なかったかもしれない。
しかし殺せんせーは黙っていない。
「待ちなさい!担任として、その生徒を放っておくわけにはいきません。
一度このクラスに入ったからには、卒業まで面倒を見ます。
それにシロさん、あなたにも聞きたいことが山ほどあります」
そう言うと、触手でシロを掴んだ――
『触手が……!』
しかし次の瞬間、先生の触手は溶けた。
「対先生繊維。
君は私に触手一本触れられない。
心配しなくても、またすぐ復学させますよ、殺せんせー。
3月まで時間はないから、責任を持って私が家庭教師としてサポートします」
そう告げると、イトナくんは壊した壁の向こうへ歩いていった。
私たちはただ、何も言えず見送るしかなかった。
その後、先生はようやく正気に戻ったらしい。
「恥ずかしい……恥ずかしい……」
『……。』
さっきまでの、あの威圧的で怒れる殺せんせーはどこへ……?
その後、先生から色々な情報を聞く。
シリアスな話から、突然恥ずかしがったり、
先生は人工的に作られた生物だったり――
いや、どうでもいい情報ばかり。
でも、つまりイトナくんも人工的に作られた存在……?
私には人にしか見えないけれど。
「ねぇ、糸師ちゃん」
『!?』
声の方を見ると、茅野さんだった。
「ねぇねぇ。糸師ちゃん、イトナくんのこと気にしてたみたいだけど……
もしかして、脈あり?」
『……へ……?!?!?
ち、ちが、違い……違います…!』
私は慌てて首を横に振った。
「えー、そうなの?
私はそうだと思ったんだけどなぁ〜」
『……えっ……?』
「……ねぇ、蘭ちゃんって呼んでもいい?」
え、どうしよう。
嬉しさで胸がいっぱいになる。
『は、はい……。』
――これも全部、堀部くんのおかげかもしれない。
目の前の世界はまだ危険だらけだけど、
少しだけ、心が温かくなった瞬間だった。
プールの時間
E組に入ってから、本当にいろいろなことがあった。
最悪な新しい先生のことも、修学旅行の騒動も。
あの先生が来た日、私は妙な胸騒ぎがして授業を休んだ。
あとで聞いた話は、想像以上に酷いものだったけど。
それでも私たちは、変わらずこの山の上で“変な日常”を続けている。
けれど最近――
寺坂くんの様子がおかしい。
いつも一緒にいる吉田くんたちとも、どこかぎくしゃくしている。
昨日なんて、殺せんせーが吉田くんのために作った木製バイクを壊していた。
見たことのないスプレーまで撒いて。
正直、少し怖かった。
(……殺せんせーのこと、そんなに嫌いなのかな)
そう思っていただけだったのに。
それが、あんなことになるなんて。
---
次の授業はプール。
殺せんせーお手製の巨大プールへ、みんなで移動する。
今日の先生は、なぜか粘液でやけにベタついていた。
前の授業でわかったことだけど、先生は泳げない。
それなら、水中は大きなチャンスのはず。
着替えてプールへ入ると、寺坂くんが銃を持ったまま声を張り上げた。
「よーし、そうだ!!
そんな感じでプール全体に散らばっとけ!!」
詳しい説明はない。
水の中、互いの距離だけがやけに広がる。
不安が、胸にじわりと広がった。
寺坂くんが先生に銃口を向け、何かを叫ぶ。
その瞬間、殺せんせーの顔がしま模様に変わった。
次の瞬間。
凄まじい爆発音。
水が、空へ跳ね上がる。
『っ……!!』
激流に体が巻き込まれる。
息が、できない。
水が重い。
どこが上かもわからない。
必死に手をかき、ようやく水面に顔を出したとき――
視界の先に立っていたのは。
白装束の男、シロ。
そして。
見慣れない、触手を持った少年。
『……堀部、くん……?』
水遊びの時間
水の中でふやけた触手を抱えながらも、殺せんせーは必死に私たちを救出していった。
けれど――戦える状態じゃないのは、誰の目にも明らかだった。
「原さんがまだだ!」
焦りが走る。
そのとき。
赤羽くんが静かに何かを囁いた。
次の瞬間、寺坂くんが迷いなく動く。
放たれた策。
昨日撒いていたあのスプレー――
人間でいう花粉のようなもの。
触手を持つ者には、致命的な刺激になる。
動きが止まった。
「今だ!」
次々と浴びせられる水。
触手が、ぶくりと不自然に膨れ上がる。
その中心にいる少年――
堀部糸成は、ただ立ち尽くしていた。
私は。
動けなかった。
(……可哀想)
敵なのに。
さっきまで私たちを殺そうとしていたのに。
なのに、あの顔は――
一瞬、目が合った。
“見られたくない”とでも言うような目。
胸が、きゅっと締め付けられる。
けれど次の瞬間、彼は視線を逸らした。
膨れ上がった触手を見下ろし、驚愕に染まる表情。
殺せんせーが、いつもの穏やかな声で言う。
「どうです。皆で楽しそうな学級でしょう。
そろそろちゃんとクラスに来ませんか?」
少しの沈黙。
「……フン」
短く吐き捨てると、糸成はシロを追って背を向けた。
その背中は、強敵というより。
ただ、どこにも居場所がない子供みたいに見えた。
再開の時間
あれから数日。
お手洗いから教室へ戻ると、空気が明らかにおかしかった。
「サイテー。」
「不潔。」
……え?
視線の先にいるのは――殺せんせー。
「あ、蘭ちゃん」
小声で事情を教えてくれた。
「なんかね、殺せんせーが下着ドロやったらしいの」
『えっ……』
頭が、追いつかない。
そんなこと、するはずがない。
私はそのまま先生の前へ行った。
「にゅや!?ち、違います!!
私は決してそんな事はしていません!!」
あまりにも必死で。
逆に少し怪しいくらいで。
でも。
(この人が、生徒の信頼を失うことするかな……)
胸の奥が、静かに答えを出していた。
そこへ、茅野さんが小声で近づく。
「蘭ちゃん! 私、殺せんせーやってないと思うの。蘭ちゃんは?」
『私も……してないと、思います……』
ほっとしたように、彼女は笑った。
「よかった。実はね――作戦があるの」
真犯人を捕まえる。
先生の疑いを晴らすために。
『……わ、私も参加したい、です』
「本当!?ありがとう!絶対捕まえようね!」
胸が少し震えた。
でも。
(先生を、助けたい)
その気持ちは本物だった。
---
夜。
山の下のマンション前に、想像以上の人数が集まっていた。
こんなに。
みんな、先生を信じてるんだ。
律さんの分析では、この建物の可能性が高いらしい。
……と、そのとき。
『あれ、先生?』
どう見ても“盗む側”の動きで潜伏している殺せんせー。
「先生も真犯人を捕まえに来たんだな。
って、なんで下着見て興奮してるんだよ……」
苦笑いが広がる。
……うん、疑われても仕方ないかも。
そのとき。
「あ……!黄色い頭の大男!」
現れた影。
殺せんせーは一瞬で距離を詰め、捕獲。
ヘルメットを外す。
「……あの人!
烏間先生の部下の人!」
どうして、そんな人が。
その瞬間。
白い幕が殺せんせーを覆った。
対殺せんせー繊維。
閉じ込められる先生。
「国に掛け合って烏間先生の部下をお借りし、この幕までおびき寄せてもらったんですよ。」
聞き覚えのある声。
「シロ!!」
胸が冷たくなる。
なんで、また――
そのとき。
白い幕へ、もう一つの影が飛び込んだ。
細い体。
無機質な瞳。
『……堀部くん……!』
今度は、自分から幕の中へ入っていく。
その横顔は。
どこか、焦っているようにも見えた。
戦いの時間
その直後、宙を切る触手の音が響き渡る。
幕の向こうは見えない――けれど、殺せんせーの声から、苦戦しているのがわかる。
堀部くんの触手が先生を掴み、持ち上げる。
「俺の勝ちだ、兄さん。
お前を殺し、たった一つの問題を解く…!」
そう叫ぶ堀部くん。
その瞬間、先生は無情にも地面に叩きつけられる。
――助けられない。
ただ、目の前で戦うのを見守るしかない――
『…殺せんせー…!』
堀部くんの触手は容赦なく振り下ろされる。
しかし、先生は軽やかにそれを避けた。
「えぇ、見事です、イトナくん。
1学期の先生なら、ここでやられていたかもしれません。
でもね、君の攻撃パターンはあまりにも単純です。」
「どんなに速くても、どんなに強くても、
どんなに保護者が策を練っても、
どんなにテンパりやすい先生でも、三度目なら順応して見切れます。」
「馬鹿な…こんなはずが…!!」
「イトナくん、先生だって学習するんです。
先生が日々成長しなければ、生徒に何を教えることができるというのでしょう。」
すると、幕が光を放ち、目が眩むほど眩しく輝いた。
――っ
目が慣れ、視界が戻ると、先生は堀部くんを抱えて立っていた。
堀部くんは意識を失っているようだ。
「そういうことです、シロさん。
彼をE組に預け、あとはおとなしく去りなさい。
…あ、それと」
「私が下着ドロじゃないということも、ちゃんと広めてください!!」
先生……確かに、証明に来たと言っても過言じゃないかも。
茅野さんも必死に訴える。
「私の胸も正しくは…B!!…だからBなんです!!」
そんなやり取りの最中、堀部くんがうめき声を上げる。
「う…っぐぁ…っ!
い…痛い…頭が…痛い…!!」
――!!
シロが淡々と口を開く。
「度重なる敗北のショックで、触手が精神を蝕み始めたか…
ここらが、この子の限界かな。」
な、なんでそんなことを……
シロは、堀部くんの保護者じゃないの……?
「これだけ私の策を活かせないなら、
イトナ、君が結果を出せなければ、組織も金を出せなくなる。
君に情がないわけではないが、次の素体を運用するためにも、
どこかで見切りをつけなければならない。
…さよならだ、イトナ。あとは一人でやりなさい。」
そう言い残し、シロは静かに背を向けた。
追いかける時間
堀部くんを置いて、去ろうとするシロを先生が制する。
「待ちなさい!…あなた、それでも保護者ですか!!」
シロは冷酷に返す。
「教育ごっこはもう終わりだ、モンスター。
なんでもかんでも壊すことしかできないくせに…
私は許さない。お前の存在そのものを。」
そう言い放つと、シロは背を向けて去っていった。
――殺せんせーとシロには、何か深い因縁があるのだろうか…?
その瞬間、堀部くんの触手が暴れ出し、私たちの方へ飛んでくる。
「危ない!!」
先生が身を挺して受け止め、私たちを守る。
『せ、先生…!!』
堀部くんは息を荒げ、フラフラとどこかへ飛んでいった。
――どうすれば…このままじゃ街の人まで危ない…!
『私…行きます…!』
え!?とみんなが私を見る。
気づけば私は走り出していて、後ろから「蘭ちゃん!」と声が追いかけてくる。
息を切らしながらも、頭をフル回転させる。
考えろ…考えろ…
あ、そうだ…!
もし堀部くんが暴れ回っているなら、ニュースに何か出るはず…
私は携帯を取り出し、ニュースをチェックする。
『携帯電話ショップ襲撃事件…?』
犯行の内容からして、イトナくんくらいしかできないだろう。
――これが手がかりかもしれない。
私は携帯ショップ周辺を探していると、工場のような建物から声が聞こえた。
「勝ちたい…勝ちたい…」
もしかして…
私は物音を立てないようにそっと覗き込む。
『…っ!』
見つけた。
堀部くんは工場の隅で座り込み、何かを呟いている。
さすがに今、私なんかが話しかけたら…一発でやられるだろう。
考えた末、先生たちに連絡することにした。
メールを送ると、すぐ行く!と返事が届く。
私は隠れながら、堀部くんの様子を見守る。
「どうすれば…」
堀部くん、何か悩んでいるように見える。
携帯ショップばかり狙った理由も、きっとあるはず。
少しでも…力になれたら…
でも…なんで私、こんなに必死になってるんだろう…
まだ、話したこともないのに…
今日は考えることが多すぎて、頭の中はぐちゃぐちゃ。
でも…一つだけ、はっきりしている。
私は、堀部くんと一緒に授業を受けたい。
だから…助けてあげたい。
私は、一歩足を踏み入れた。
人質の時間
私は堀部くんに歩み寄る。
堀部くんは私に気づいたようで、鋭い目をこちらに向ける。
――攻撃が来る。そう思い、思わず目を瞑った。
「にゅやっ」
聞き覚えのある声が、ふんわりと私を包む。
『殺…せんせー…』
恐る恐る目を開けると、そこには笑顔の先生がいた。
「駄目ですよ。全部一人で解決しなくても大丈夫です。
あなたには仲間がいます。あとは私たちに任せてください。」
そのあとから、仲間たちが走ってやってくる。
「ちょ、ちょっと!蘭ちゃん!女の子が一人でうろちょろしてちゃ危ないよ…!」
――怒られてしまった……
『す、すみません…』
「兄さん…」
イトナくんが弱々しく声を出すと、先生は明るく返す。
「殺せんせーと呼んでください。
私は君の担任ですから。」
寺坂くんも力強く言った。
「すねて暴れてんじゃねーぞ、イトナ。
てめーには色々されたが、水に流してやるからおとなしく着いてこい。」
イトナくんは弱々しく立ち上がり、私を睨みつける。
「うるさい…。勝負だ…殺せんせー…。
今度は…勝つ…。」
「もちろんいいですよ。でもお互い国家機密の身。
どこか空き地でしましょう。その後は皆でバーベキューでもしながら、先生の殺し方を考えましょう。」
『先生…』
その瞬間、何かが投げ込まれ、室内は一瞬で煙に包まれた。
「な、なに…!?」
慌てて先生を見ると、全身が少しずつ溶けていく。
「これは…対先生物質のパウダー!!」
皆が咳き込み、視界はさらに悪化する。
「イトナを泳がせたのも、予定のうちさ。殺せんせー。」
煙の奥からシロと、同じ服を着た人物たちがゆっくり歩いてくる。
視界が悪く、何が飛んでくるかわからない中、対先生弾が飛んでくる。
「さぁ、イトナ。君に最後のご奉公だ。」
堀部くんにネットがかけられる。
――…!!
気づくと、堀部くんはトラックに押し込まれ、そのまま走り去っていった。
私たちは咳き込みながら、必死で工場を飛び出す。
『ど、どうしよう…』
「駄目だよ、糸師さん。ここは先生に任せよう。」
私はその言葉に、力強く頷いた。
助ける時間
殺せんせーは猛スピードで堀部くんを追った。
私たちも全力で後を追いながら、その間に作戦会議をする。
赤羽くんの提案によると、クラスメートを呼び出して先生の援護をする、という作戦だ。
たしかに。シロはこれまで、先生に不利なものばかり使ってきた。
今回もきっと何か仕掛けてくる。
でも、それは私たちには効かない。
ここで私たちがシロを倒せば、先生を守ることができる。
徐々に生徒たちが集まってきた。
「なぁーんだ。下着ドロ、先生じゃなかったんだ。」
「ま、まぁ俺は最初からそう思ってたけどなぁ。」
「嘘つけ。」
こんな時間にうろつくのは危ないはずだけど、皆がそばにいると少し安心できた。
やっと先生たちに追いつく。
堀部くんはネットをかけられ、身動きが取れない。
『…っ』
「ねぇ、糸師さん。」
『ひぇ、あ…はい…?』
赤羽くんが私に声をかける。
「糸師さんは特別にイトナを助ける係に行って。
…というか、行きたいんだよね?」
べ、別にそんなことは…
あの…ニヤニヤしないでください……
『わ、わかりました…』
私は音を立てないよう、堀部くんにそっと近づく。
堀部くんと目が合った瞬間、少し心臓が跳ねる。
「お、まえ…」
被せられたネットは、堀部くんの触手を溶かし始めていた。
――急がないと危ない……
『す、すみません…
あの、し、失礼します…』
急ぎながらも、優しく丁寧に、体を傷つけないようにネットを外していく。
ちょうどその間、みんなはシロたちに攻撃を仕掛けていた。
「俺は…無力だ…」
『…!』
私は言葉にならず、少し離れた場所から堀部くんを見守る。
そのとき、殺せんせーとシロが対峙し、話し始めた。
「去りなさい、シロさん。
イトナくんはこちらで引き取ります。
あなたはいつも周到な計画を練りますが、生徒たちを巻き込めば、それは台無しになります。
当たり前のことに早く気づいたほうがいい。」
「モンスターにコバエが群がるクラスか。
たいそうウザったいねぇ。
でも確かに、私たちの計画には根本的な見直しが必要なのは認めよう。
…くれてやるよ、そんな子は。
どのみち2、3日の命。
みんなで仲良く過ごすんだね。」
――2、3日…?
執着の時間
私たちは、堀部くんの命があと二、三日しかもたないかもしれないことを知った。
殺せんせーの話によると、彼にはとても強い“執着”があり、その執着によって触手が体から離れないらしい。
触手を切り離すには――
その執着を消す必要がある。
「でもなぁ……」
「身の上話なんて、素直にするとは思えねぇな。」
確かに。
本人から聞き出すのは、かなり難しそうだ。
そんな空気の中で、ふいに不破さんが口を開いた。
「そのことなんだけどさ。
ちょっと気になってたのよ。どうしてイトナくん、携帯ショップばっかり襲ってたのか」
みんなの視線が集まる。
「それで、律に彼に繋がる情報を探してもらったんだけど……」
少し間を置いてから、彼女は続けた。
「……堀部糸成って、ここの社長の息子だったの」
その会社は、世界的なスマートフォンの部品を提供していた町工場だったらしい。
けれど一昨年、大きな負債を抱えて倒産。
そして社長夫婦は――
息子を残したまま、姿を消した。
教室に、静かな空気が落ちた。
なんとなく、みんな理解してしまった。
どうして堀部くんが“力”や“勝利”に執着しているのか。
その時、寺坂くんが口を開いた。
「……つまんねぇな」
少し苛立ったような声だった。
「それでグレただけって話かよ。
みんなそれぞれ悩みぐらいあんだろ。重い軽いはあるだろうけどな」
そう言って、彼は肩をすくめた。
「俺らのとこで面倒見させろや。
それで死んだら……そこまでだろ」
寺坂くんたちが……?
なんだか、とても珍しい気がする。
でも――
どこか似ているのかもしれない。
寺坂くんと、堀部くん。
そんなことを思っていると、
赤羽くんが寺坂くんに声をかけた。
「それはいいんだけどさ」
にこっと笑って、続ける。
「糸師さんも混ぜてあげてよ」
『……え、!?』
思わず声が出てしまった。
な、なんで私!?
「あ、それ私も賛成ー」
中村さんまで……!
「はぁ?なんでだよ。
糸師は関係ねぇだろ」
寺坂くんが眉をしかめる。
「いやいや、関係あるよ。とっても」
赤羽くんは楽しそうに笑うと、こちらを見る。
「……ね?糸師さん」
黒い笑顔だった。
『……ひぇ。は、はい……』
ここで断ったら、絶対にまずい気がした。
想像するだけで背筋が寒くなる。
「はぁ……?チッ。まぁ、一人も二人も変わんねぇか」
寺坂くんは面倒そうに舌打ちする。
「行くぞ」
『は……はい……』
私は、なるべく一メートルほど距離をあけて後ろを歩く。
すると後ろから声が飛んできた。
「それじゃ、糸師さーん。楽しんでねー」
振り返ると、赤羽くんが満面の笑みで手を振っていた。
……やっぱり赤羽くん、怖い。
ラーメンの時間
「やっと目を覚ましたか」
寺坂くんが、木にもたれて眠っていた
堀部くんに声をかけた。
堀部くんは、はっと目を開くと、驚いたように周りを見回す。
……私は、その少し後ろに立っていた。
「対触手ネットをリメイクしたバンダナよ」
狭間さんが、
頭のバンダナを気にしている堀部くんに説明する。
「てか、蘭ちゃん。そんな離れなくても……」
『……!?』
思わず体がびくっとした。
なるべく邪魔にならないように、と思って距離を取っていたんだけど。
……もちろん、怖いっていうのもあるけど。
「お前……」
堀部くんが、こちらを見る。
『……っ!
ど、……どうも……』
思わず近くの木の陰に半分隠れながら返事をする。
「怖がらないで、糸師さん」
狭間さんが、にこりと微笑んだ。
「大丈夫。私がいるから」
満面の笑み。
……でも、その笑顔、ちょっと怖いです。
---
それからなぜか、
村松くんの家――というか、ラーメン屋に行くことになった。
寺坂くん、吉田くん、村松くん、狭間さんたちは
楽しそうに話しながら歩いている。
私はその少し後ろで、会話をなんとなく聞きながら歩いていた。
堀部くんは――
私の少し前を歩いている。
さっきまでの様子と違って、今は落ち着いているみたいだった。
---
店に着くと、
堀部くんの前にラーメンが置かれる。
そして――なぜか、私の前にも。
堀部くんは何も言わず、すぐに食べ始めた。
私はどうしたらいいのか分からなくて、村松くんの方を見る。
「蘭ちゃん、なんかさっき活躍してたみたいだし」
村松くんは笑いながら言った。
「食べていいぜ。まずいけどな」
『あ、ありがとうございます……』
ぺこりと頭を下げて、そっと箸を取る。
『い、いただきます……』
一口、食べてみる。
……そんなに、まずくはない。
でも、正直――
少し、何かが足りない気がする。
その時だった。
「不味い」
堀部くんが、ぽつりと言った。
「おまけに古い」
みんなの視線が集まる。
「手抜きの鶏ガラを化学調味料で誤魔化している。
トッピングの中心には、自慢げに置かれたナルト」
彼は淡々と続けた。
「四世代前の、昭和のラーメンだ」
……ほ、堀部くん。
意外と詳しい。
「こんな店、チェーン店でも近くにできたらすぐ潰れる」
箸を握る手に、力が入る。
「……うちの親でも、勉強してでも、無惨に負けた」
小さくつぶやく。
その言葉を――
寺坂くんは、肘をつきながら、じっと見ていた。
バイクの時間
どこか辛そうな顔でつぶやいた
堀部くんに、
吉田くんが声をかけた。
「じゃ、次はうち来いよ」
吉田くんはにっと笑う。
「こんな化石ラーメンと比較になんねぇ、現代の技術見せてやるから!」
こ、今度は吉田くんの家……?
私、邪魔になってないかな……。
吉田くんの家もお店なんだ……。
モーターズ……ってことは、車関係?
みんなが中に入っていく。
私は小さな声で、
『お、おじゃまします……』
と呟きながら、こそっと後をついていった。
---
「じゃあイトナ。これかぶれ」
吉田くんが渡したのは――ヘルメットだった。
堀部くんは特に疑う様子もなく、それを被る。
そして吉田くんについていくと、
広い場所に出た。
……レース場、みたいな場所。
『こ、これ……全部、私有地……!?』
思わず小声でつぶやく。
吉田くんは一台のバイクにまたがり、
堀部くんはその後ろに乗った。
その時。
「糸師さん。こっち」
狭間さんが手招きする。
『あ、は、はい……』
私はこそこそと移動して、狭間さんの隣へ行った。
次の瞬間――
ブォォォン!!
エンジン音が響き、
吉田くんのバイクが勢いよく走り出す。
「いいの?中学生が無免で」
狭間さんが面白そうに言う。
「吉田んちの敷地内だしなぁ」
寺坂くんが肩をすくめた。
その時。
キキキィィッ!!
激しい音を立てて、バイクが急停止した。
しかも――斜めに。
『!?』
い、今……
堀部くん、投げ出されてませんでした!?
私は慌てて走り出す。
飛ばされた人影のところまで駆け寄った。
『ほ、堀部くん……!?』
そこには――
頭が木に突き刺さっている堀部くんの姿。
『え、ええっ!?』
私は慌てて、ぐいっと引っこ抜いた。
ヘルメットをしているから……
た、多分大丈夫だとは思うけど……!
顔をのぞき込む。
……。
……あれ?
『……き、気絶してる……?』
ど、どうすれば……!?
私は完全にパニックになっていた。
すると――
寺坂くんが近づいてきて、
ぺしっ、と
堀部くんの頬を叩いた。
その瞬間、堀部くんの目がぱちりと開く。
……なるほど。
活を入れればよかったんだ。
私は、ひとつ学習した。
堀部糸成の時間
次に、狭間さんが
堀部くんに一冊の本を差し出した。
何やら小声で話している。
「復讐したいでしょ。シロの奴に」
そう言って、彼女は本の表紙を軽く叩いた。
「名作復讐小説、モンテ・クリスト伯。
全七巻、二千五百ページ。これを読んで暗い感情を増幅させなさい」
そして、少しだけ声を潜めて続ける。
「最後の方は復讐やめるから、そこは読まなくていいわ」
「むずかしいわ!!」
寺坂くんが即座にツッコミを入れる。
「狭間!!お前は小難しい上に暗ぇんだよ!!」
「何よ。心の闇を大事にしなきゃ」
「もうちょっとねぇのかよ、簡単にテンション上がるやつ。
だってこいつ、頭悪そうじゃ——」
そこで寺坂くんの言葉が止まった。
「……!?」
驚いた顔で、堀部くんを見ている。
私も何事かと視線を向ける。
その瞬間。
堀部くんの目が――血走っていた。
ギシギシ、と歯を鳴らしている。
これって……
『触手の……発作……!?』
気づいたときには、
バンダナはいつの間にか外れていた。
黒い触手が、うねうねと動いている。
「やべぇ、離れろ!!」
「逃げるわよ!!」
みんなが一斉に走り出す。
でも——
私は、動けなかった。
その場に立ったまま、
堀部くんを見上げていた。
「蘭ちゃん!!」
「糸師さん!!」
周りから声が飛ぶ。
けれど、足が動かない。
堀部くんの目を見る。
さっきまでと違う。
そこには——
強い執着の色があった。
私は、小さく呟く。
『……あのとき、何も言えなくて……ごめんなさい』
堀部くんは、黙ったまま私を見ている。
『私……堀部くんは、無力じゃないと思います』
少しだけ、息を吸う。
『私は……頑張っても、何も成し遂げられないし……』
『でも、堀部くんには……私にないものがあるなって、思って……』
『その……こだわりっていうか、諦めないところというか……』
『そういうところ、すごいなって……』
しばらくの沈黙。
そして——
「……お前は」
堀部くんが低く言う。
「離れろ」
触手がゆらゆらと揺れる。
鋭い目で、私を睨んだ。
でも。
『……嫌です』
私は、はっきり言った。
『堀部くん……触手に頼ってばっかりじゃ、弱いままです!』
一歩、近づく。
「おい!!糸師!!離れろ!!」
寺坂くんが叫ぶ。
その瞬間。
「……お前には関係ないだろ!!」
堀部くんの触手が、こちらに向いた。
『……っ』
怖い。
でも——
助けたい。
シュッ、と触手が動く。
私の足をかすめた。
『……っ……!』
痛みが走る。
でも。
『だ、駄目です……っ……!』
私は必死に、暴れだす堀部くんを抑えようとする。
「離……せ……!!」
堀部くんが叫ぶ。
「俺は適当にやってるお前らとは違う……!!」
「早くあいつを殺して……勝利を……!!」
必死に、私を振りほどこうとする。
そのとき——
寺坂くんが、ゆっくりと近づいてきた。
「おい、イトナ。俺も考えてたよ」
そう言って、寺坂くんが口を開いた。
「俺だって、あんなタコ今日にでも殺してぇってな」
私は必死に、暴れる
堀部くんを押さえつける。
「でもな」
寺坂くんは続ける。
「テメーに今すぐあいつを殺すなんて、無理なんだよ」
「無理のあるビジョンなんて捨てちまいな。
楽になるぜ」
その言葉に、堀部くんが叫ぶ。
「うるさい!!」
触手が勢いよく振るわれる。
『寺坂くん!!』
バシィッ!!
触手が寺坂くんに叩きつけられる。
「ぐっ……」
寺坂くんは苦しそうな顔で、それを受け止めた。
「に、二回目だし……弱ってるから捕まえやすいわ……」
触手を押さえながら、無理やり笑う。
「吐きそうなくらい痛ぇけどなぁ……」
そして、ぽつりと続けた。
「……吐きそうといったら、村松んちのラーメン思い出した」
「んな!?」
村松くんが声を上げる。
寺坂くんは気にせず話を続けた。
「あいつさ、あのタコに経営の勉強勧められてんだよ」
「今は不味いラーメンでもいい。
いつか店を継ぐときが来たら、新しい味と経営手段で繁盛させてやるってよ」
少し息を整えながら、続ける。
「吉田も同じこと言われてた」
「いつか役に立つかもしれないってな」
寺坂くんは、堀部くんを見る。
「……なぁ、イトナ」
そして――
ゴツッ
拳で堀部くんを殴った。
「っ……」
「一度や二度負けたくらいでグレてんじゃねぇ!!」
寺坂くんは怒鳴る。
「いつか勝てりゃいいじゃねぇか!!」
「タコを殺すって言ったってなぁ、今やれなくていい」
「百回失敗したっていいんだよ」
「三月までに一回殺せりゃ、それだけで俺らの勝ちだ」
そして、少し声を落として言う。
「親の工場だって、そのときの賞金で買い戻せばいいじゃねぇか」
「そしたら親も戻ってくる」
しばらく沈黙が流れる。
やがて、堀部くんが小さく呟いた。
「……耐えられない」
「次のビジョンができるまで……
俺は、何をして過ごせばいい……」
寺坂くんは呆れたように言う。
「はぁ……?」
そして、にやりと笑った。
「今日みたいに馬鹿やって過ごすんだよ」
「そのために俺らがいるんだろうが」
堀部くんの目が、わずかに見開かれる。
「俺は……」
ぽつりと呟く。
「……焦ってたのか?」
寺坂くんは肩をすくめた。
「……おう。だと思うぜ」
その時だった。
「目から執着の色が消えましたね」
いつの間にか、
殺せんせーがそこに立っていた。
「イトナくん。今なら、君を苦しめる触手細胞を取り払えます」
静かな声で続ける。
「一つの大きな力を失う代わりに——」
「君は、多くの仲間を得る」
そして、にっこりと笑った。
「殺しに来てくれますね?
明日から」
堀部くんは少しの間、黙っていた。
そして――
今まで見せたことのないような笑顔で言った。
「勝手にしろ」
「この力も……兄弟設定も」
少し肩をすくめる。
「もう飽きた」
挨拶の時間
今日も、少し変わった日常が始まる。
……でも、今日はいつもと違う。
堀部糸成くんが、このクラスに加わったのだ。
色々なことがあったけれど、こうして同じ教室で授業を受けられるのはやっぱり嬉しい。
胸の奥が、少しドキドキしているのを感じる。
ちょうどその時、堀部くんが教室に入ってきた。
触手はもうなく、代わりにバンダナをつけている。
その姿を見ただけで、自然と顔が熱くなる。
──そういえば、隣の席だったんだ。
少し緊張して、手が冷たくなる。
うまく話せるかな……なんて、不安が胸に広がる。
でも、挨拶しないことには何も始まらない。
私は意を決して声をかけた。
『えっと……あの……おはようございます。
体調は、大丈夫ですか……?』
ちゃんと笑えているだろうか。
こんなにドキドキするなんて、自分でも驚いている。
「……ああ、おはよう。」
それだけの短い返事。でも、その声を聞いただけで、心がちょっと弾む。
とりあえず、“挨拶”という名のミッションはクリアだ。
――少しだけ、自分が成長した気がした。
そして、もっと彼のことを知りたいという気持ちが、静かに芽生えているのを感じた。
連行の時間
それから、一週間後──
ちらっと見ただけなんだけど、
堀部くんには趣味があるみたいだ。
どうやらラジコンを作るのが得意らしい。
ちょうど今、作業をしているようだ。
邪魔はしちゃいけないけど……挨拶だけはしておこう。
『…あの……また明日……』
「…また明日」
堀部くんは目をラジコンに向けたまま、静かにそう返してくれた。
心の中で小さくガッツポーズ。挨拶できた!
自然とニコニコしながら歩いていると、前方に中村さんたちの姿。
「あ、蘭ちゃんじゃーん!
なんかいいことあった〜?」
『えっ、いや……そんなことないです……』
「でも〜、ちょー笑顔じゃん!」
「ほらほら、早く吐いちゃいな。
楽になるよ〜?」
あっという間に絡まれて、そのまま連行されてしまった。
……そういえば、少し機械の音が聞こえた気がしたけど……
気のせいかな?
『あの……どこに連れて行かれるんでしょうか……』
「そりゃもちろん、カフェでしょ!」
色々質問攻めにあいながら、その日は帰宅した。
信じる時間
次の日。
教室に入ると、何やら騒がしい。
『……?』
女子が男子に怒ってる……?
それにしても、男子っていつもこんなに早かったっけ……?
状況が分からなかったので、近くにいた片岡さんに聞いてみた。
『…何かあったんですか……?』
話を聞くと、男子たちが女子のスカートの中を偵察する計画を立てていたらしい。
そして男子(主に岡島くん?)たちの思惑がわかると、女子たちは怖い顔で息をピッタリに「男子サイテー」と罵る。
……こういうことを考える男子も怖いけど、今の女子はそれ以上に怖い。
その時、中村さんが私に向かって言った。
「ちょっと!蘭ちゃんも遠慮なく怒っていいよ!?
これは全部岡島が悪いんだし!」
「え!?俺だけ!?
ラジコン作ったイトナも悪いぞ!!」
──それは違うと思うけど……
きっと、堀部くんのことだし、暗殺のために作ったはず……だよね?
「はぁ?俺は…」
『…あの…堀部くんは多分、暗殺の為に作ったんだと思うんですけど……
……私はそう思います。』
咄嗟に口を開いてしまった。
「そう思いますって、え、何?
もうそういう関係!?」
「ちょっと!今のドキドキした!」
『え…え…!?』
そんなつもりじゃ……。
また勘違いさせてしまった。
こ、これ以上は堀部くんにも迷惑がかかる……。
謝ろうと、堀部くんの方を見ると、
少し驚いた顔で私をじっと見つめている。
顔が熱くなって、思わず赤くなる。
……こうして、からかわれて勘違いされる
の繰り返しが、また始まったのだった。
挨拶の時間、糸成くんSide
昨日はいろいろあった。
そして今日から、なぜか学校に行くことになった。
触手もなくなり、体調が悪くなるかと思ったが、むしろ体はとても楽だ。
学校なんて、いつ以来だろう。
まったく覚えていないわけではないけれど、とても久しぶりな感覚がする。
教室に着くと、色々なやつから挨拶される。
見たことはあっても、名前までは知らないやつばかりだ。
今日から、こいつらと過ごすのか……。
……別に、嫌な感じはしなかった。
教室に入り、自分の席に座る。
隣には、見覚えのあるやつがいた。
昨日の……。
名前は……いや、名前は聞いたことがない。
そいつは少し迷ったのか、決心したのか、声をかけてきた。
「えっと…あの…おはようございます。
体調は大丈夫ですか…?」
言うのをためらっていたので、何か大事なことかと思ったが、ただの挨拶だった。
『ああ、おはよう。』
そう返す。
ラジコンの時間
俺が学校に通うようになって、一週間ほどが経った。
最近は、殺せんせーに半ば無理やり勉強させられているストレスで、ラジコンばかり作っている……。
放課後。
隣の席のやつに「また明日」と声をかけられたが、作業に集中していた俺は、顔を上げることもなく、
『……また明日』
とだけ返した。
今日はそろそろ完成に近づいていた。
そのまま放課後になっても作業を続けていると、いつの間にかクラスの男子たちが俺の周りに集まっていた。
「おー、よくこんなの作れるな」
周りからの質問に適当に答えていると――ちょうどその時、ラジコンが完成した。
さっそく試運転のため、廊下を走らせる。
すると、職員室から出てくる女子たちの姿が視界に入った。
それを見た岡島と前原が、
「見えたか……」
「いや、カメラが追いつかなかった……視野が狭すぎるんだ」
と、やけに真剣な様子で話し合っている。
その時、小さな足音が聞こえた。
あれは……隣の席の――
「あれ……糸師さんじゃね?」
「ちょ、この角度からだったら見えるよな……!?」
俺は咄嗟に、ラジコンを後ろに引いた。
「お、おい!イトナ!?
なんでバックさせたんだよ!?」
……俺にもよくわからない。
ただ――見せたくない、そう思っただけだ。
「あーあ、もったいねぇなぁ……。
でも、こいつさえあれば……ふふふ」
「岡島キモい」
「誰だキモいって言ったの!!!」
あいつ……糸師って言うのか。
周りの会話が頭に入ってこない。
ただ、理由のわからないモヤモヤだけが、胸の奥に残った。
またねの時間
私、何してるんだろう……。
今日は朝から、罪悪感と後悔で頭がいっぱいだった。
“そう思います”とか、“信じてます”なんて、あんな言い方しちゃって……。
みんなに勘違いされるし、堀部くんにも迷惑が――
……そんなつもりで言ったわけじゃなかったのに。
ただ、そう思ったから、口にしただけなのに。
これからは、ちゃんと考えてから行動しないと……。
それにしても……周りからの視線が痛い。
こういう時に限って、隣の席だなんて……運が悪すぎる。
一応、授業中なんだけどな……。
すると、殺せんせーが口を開いた。
「皆さん!授業に集中してください!
まぁ、先生もその二人の関係は気になりますがねぇ……」
いつも以上にニヤニヤしながら、先生は私を見る。
どうしていいのかわからず、私は俯いた。
――少しだけ気になって、目だけで横を見る。
堀部くんは……寝ているみたいだった。
……よかった。
なるべく、迷惑はかけたくないから。
やがて授業が終わり、放課後になる。
堀部くんは、いつの間にか起きていて、ラジコンを作っていた。
「……蘭ちゃん、一緒に帰ろ〜!」
茅野さんが声をかけてくれる。
「私もいいかな〜?
糸成くんとの話も気になるし〜?」
矢田さんもそう言って、楽しそうに近づいてきた。
『……あの、そういう関係じゃ……』
うまく言葉が続かない。
今の状況じゃ、挨拶もしにくい。
それに……すごく気まずい。
……また日を空けてから、声をかけよう。
そう思って、堀部くんの後ろを通り過ぎようとした――その時。
「……糸師」
え……名前。
「またな」
思わず、声のした方を見る。
堀部くんと、目が合った。
その目は、まっすぐに私を捉えていて――
『……はい。
……また……明日』