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一話:引きこもり皇太子
悲しいよ…データが消えてワタクシ悲しいよー
「なんで今日も|翠華《すいか》様は来られないのよ!?」
花の宮の上級妃ーー、|果菜《かな》は今日も怒り狂っていた。
(翠華様も、面倒臭いから来てあげたらいいのにな)
果菜が割った花瓶を片付けながら、侍女の|綺沙《きさ》は心の中でそう呟いた。
いくら皇帝の翠華様だって人なのだから好き嫌いはあるのだろうが、流石に妃になってから一回も果菜の所に行かないと言うのは少し酷いと思う。
「今日も果菜様の所に皇帝陛下は来なかったわね」
「…そうですねぇ」
ここまで来ると、なぜ自分達はここを掃除しているのか分からなくなってくる。どうせ、翠華様は来ないのに。
「なんでも皇帝陛下は“皇后の忘れ形見”に執着してるらしいから」
「ああ」
現在の皇帝陛下、翠華様は亡くなった皇后の息子ーー、いわば皇太子殿下を「皇后のように死なないために」だとかなんとか言って、皇太子を一室に閉じ込めているらしい。
(虐待じゃね?)
そうは思ったが、この国に皇帝陛下より偉い者は居ない。院もお亡くなりになった。
「…きっと今日も来ないわよね」
「いえ、果菜様は素晴らしいお方なのですから。来るに決まっておりますよ」
そう、そうよね、と果菜は一人で頷いていた。
相変わらず、強い妃だなあと思った。
ーー少し経ち
「綺沙」
「なんでしょう」
「これを、牡丹の部屋に持って行ってくれないかしら」
牡丹の部屋ーー、つまり皇太子殿下の部屋だ。
「分かりました」
きっと唐菓子か何かの献上品だろう。
皇太子に何か献上すれば声をかけてくれる確率が上がる。
トントン、と牡丹の焼き印が入った木製の扉を叩いた。
シーン…
(もっかい叩いてみるか)
トントントン
シーン。
トントントントントン!
(いないのかよ)
そのまま菓子を置いて帰ろうと思った、がーー
「引きこもり皇太子が部屋にいない!?」
つまり、翠華の監視下に引きこもり皇太子がいないと言うこと。
(何があったんだ…)
誘拐?
もしや身代金目当てで?
脱走?
不吉な考えが頭に浮かぶ。
「皇太子でん…」
「何者だ」
また戸を叩こうとしたその時、1人の、なかなか美形の男が綺沙の手首を掴んできたのだ。
「何者、と言われましても」
「…花の紋がある着物、花の宮の侍女か?」
図星を突かれて綺沙は黙る。
が、ここで何か喋っても数少ない花の宮の侍女だとバレてしまうので、言い訳はしない事にした。
「はい」
「…名は?」
「…綺沙。|麗 綺沙《れい きさ》と申します」
「綺沙、か。良い名だな。まるで美女のための名前のようだ」
こやつは何を言いたいのだろう。頭の中に、その疑問だけが浮かんだ。
「で?貴方様の名は何と言うのですか?」
「俺か」
男はうーん、と悩み、こう名乗った。
「|瑞 凛希《すい りんき》と言う。牡丹の部屋の護衛だ。其方は麗、綺沙だな?」
「はい」
(早く戻りたいなー、面倒くさいから)
世の中に自己紹介ほど面倒くさいものはない。
「それで一つ提案がある」
「…何ですか?」
「お前が今日、皇太子…殿下に唐菓子をあげられなかったのを果菜妃には隠しておいてやろう。だから、“上の身分の者には解けぬ”という謎をといてはくれぬかーー」
(謎?謎?謎おおおお?)
家が探偵をしていた綺沙にとって、謎解きは一番好きな事であり、大嫌いな親を唯一上回る才能を持つ事だった。後宮に出てきたのも、親を見返す為。
ーーもし後宮で謎を解いた噂が広まったらーー?
「お引き受けします!解かしてください!」
「…分かった。これで交渉完了だな。今日の夜、月の宮で集合だ。分かったな?」
「はいぃぃぃ!なっぞとっき♩」
この時の私は、まだ気づいていない。
この男が何者なのかをーー