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3 その左手に触れていたい
「ジェス様、おはようございます」
ジェス様と婚約してから、もうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。
「おはよう。アシュリーは今日も可愛いな」
ジェス様は、私の前では手袋をしなくなり、時々触れるようになった。
一緒に心の距離も近くなったみたいで嬉しい。
けれど……近すぎたり、たくさん褒められるのはまだ慣れなくて、いつも戸惑ってしまう。
そんな私を見て、ジェス様は楽しんでいるようにも見える。
「ジェス様も、いつもかっこいいです」
でも、壁があるよりずっといい。
私がそう言うと、凄く嬉しそうに、無邪気に笑う。
ジェス様は、必ず私と一緒に朝食を食べてくれる。
お仕事で少し疲れたお顔をされている時も、前日がお休みで一緒に過ごせた翌日のご機嫌な時も。
一度、凄く疲れているときに、無理をしなくてもと伝えたことがあった。でも、ジェス様は私といると元気が出るから、と言ってくれた。
私を、そこにいるだけの私を必要としてくれることが、堪らなく嬉しかった。何度も、ずっと心に溜めていた思いが溢れそうになった。
この人と、こんな時間をずっと過ごしていたい。
「ジェス様、少しお話が」
私の隣に座るジェス様に、少し怖い表情のミースが耳打ちする。
聞いてはいけないと分かっていても、こんなに近いとどうしても聞こえてしまう。
「……シェナル伯爵様…ら……お手紙……ます」
途切れ途切れで聞こえた言葉たちが、頭の中をぐるぐると回る。
シェナル伯爵…………お父様から……?
手紙……もしかして、帰って来いと言われるのかも……
「アシュリー、どうした?」
ジェス様と、離れたくない。
「えっ……あっ、えっと……ごめんなさい」
ジェス様に顔を覗き込まれて、やっと現実に戻ってきた。
無意識のうちに、ジェス様の左手を握っていたらしい。
私がさっき思っていたこと、聴こえちゃったかな。
「……アシュリー、話をしようか」
ジェス様がそう言ってミースに目配せをする。すると、白い封筒が差し出された。
内容は、お父様から私に、早く帰って来い、というものだった。
シェナル家にはメイドも、誰かを雇うお金もない。私がいなくなれば、家事をする人も、仕事を押し付けられる人もいない。
お父様とお姉様は、私が公爵家に受け入れられるとは思ってもいなかったから、すぐに追い出されて戻ってくると思っていたらしい。
お前だけ幸せになるなんて、許さない。
手紙の最後に力強い字で書かれたその言葉。
これは……お姉様の字。
「……ミース、準備を」
「かしこまりました」
ジェス様がミースにそう伝える。
じゅんび…………私が帰るための……
「ジェス様……今までありがとう……ございました」
どうしても堪えきれずに、涙が溢れてしまった。
「は…⁉︎」
そんな私を見て、ジェス様とミースが物凄く焦っている。
ジェス様の指が、私の頬に触れた。大好きな手が、止まらない涙を拭う。
「アシュリー、急にどうしたんだ。何の話だ」
「……ですから、私はシェナル家に帰って…………ジェス様、準備って……私が帰る準備を……」
そう言うと、ジェス様は安堵のため息を吐いた。
「アシュリー、誤解だ。ここにいて良いんだ。私だって、アシュリーと離れたくない」
ジェス様の離れたくない、という言葉が強く響く。
さっきの、私の心の声が聴こえていたから……
今度は安心して涙が溢れてしまって、涙越しにジェス様の焦った顔が見える。
「不安にさせてしまってすまない。……君に泣かれると困るな」
「いえ……私の早とちりで…………ごめんなさい」
ジェス様は私の体を抱き寄せ、頭を撫でてくれる。
暖かい、包み込まれている安心感。
「君はすぐ謝るな、家の影響か。……アシュリー、話せるところまででいい、君が家でどんな生活をしていたか、教えてくれるか?」
椅子に座り直して、ジェス様と向かい合わせになる。
家での生活……
「……暗くて、狭い、倉庫が私の部屋でした。朝早く起きて、父と姉の朝食を作って、家事をして……お父様のお仕事のお手伝いも…………上手くできなかったら怒られて…………」
言葉を探して、繋げて、声に出すのが何だか怖くて。いつもより、話すのに時間がかかった。
それでも、ジェス様は私の目を見て、手を握って、聞いてくれた。
「そうか……辛かっただろう、よく頑張ったな。アシュリー」
さっきとは違う涙が溢れて、ジェス様の温かい胸でたくさん泣いた。
ここへ来るまではあれが当たり前だと、私が不出来なのが悪いのだと思っていた。しんどかったけれど、できない自分を責めるだけだった。
でも……頑張ったな、と私を認めてくれる人がここにはたくさんいて、それが何より嬉しい。
私は、この場所も、貴方も、貴方を取り巻く全てが大好き。
「ミース、調べて欲しいことがある。頼めるか?」
今までの分もたくさん泣いたアシュリーは、安堵と疲れで眠ってしまった。ベッドまで運び、寝かせた後。
アシュリーの話を聞いて、違和感を覚えた。
色々と調べなければいけないことがあるようだ。
「……かしこまりました」
アシュリーが、そんなに辛い思いをしていたなんて。会ったときにあまり夕食を食べられなかったのは、家での扱いのせいだったのか。
もっと早く、気付いてあげられていれば……
それでも、彼女は強い。私が何でも守っていかなければいけないほど、彼女は脆くない。自分の意思を持って生きていける人だ。
私が守るのではない、救うのではない。その逆でもない。
二人で、支え合っていきたい。
彼女が安心できる、弱い部分を出せる、笑顔になれる。そんな、居場所でありたい。
「アシュリー様、お上手です」
「そうかしら……良かったわ」
結婚式の日が近づいてきている。お城も準備で一層忙しくなり、私はダンスの練習をしている。
上品で軽やかなステップを、ヒールを履いて、ドレスを着て踊るのは難しい。
ちゃんと練習して完璧にできるようにならないと、この前ジェス様と一緒に踊ったときに足を踏んでしまったから……
ダンスはとても疲れるけど、すごく楽しい。
「ミース、もう一度……」
「アシュリー、ダンスの練習か?」
まだまだ不安な部分がたくさんあるから、ミースに練習を頼もうと振り返る。
「ジェス様っ」
すると、ミースではなく、お仕事から帰ってきたジェス様がいた。
「おかえりなさい、ジェス様。今日のご帰宅は夜になると……」
夜まで会えないと思っていたから、不意打ちでお顔を見ると凄く緊張してしまう。
「ただいま、思ったよりも早く終わったんだ。……アシュリー」
「はい、何でしょう?」
私の名前を呼んだジェス様は、私の前に跪き、手を差し伸べた。
「私と、一曲踊ってくださいませんか?」
「……喜んで!」
ジェス様の手に触れると、音楽が流れた。たくさん練習したけれど、やっぱり緊張してしまう。
私が少しバランスを崩すと、ジェス様がすぐに支えて、合わせてくれる。
ジェス様と踊るの、好きだなぁ。
って、今はダンスで触れているから聴こえているんだった……
「…………」
ジェス様は完璧に踊っているけれど、お顔が真っ赤。
なんだか、私まで照れてきてしまった。
「アシュリー。ダンス、上手くなったな」
「ありがとうございます……!」
曲が終わると、ジェス様が褒めてくれた。
練習を頑張って良かった。
「アシュリー様、ジェス様。そろそろ休憩なさっては如何でしょうか?」
「えぇ、そうするわ。ミース、付き合ってくれてありがとう」
そういえば、ずっと練習していたわ。
ミースが声を掛けてくれて、二人でお茶をすることになった。
「そうだ、アシュリー。式で着るドレスを何着か仕立てるのだが、色はどんなのが良い?」
紅茶を飲みながら、ジェス様が言う。
白いドレスの他に、お色直しのドレスが数着あるらしい。
色、かぁ……
「青色がいいです」
「青か……アシュリーはなんでも似合うから、いつもと違って新鮮で良いだろうな。」
私が普段着るドレスはピンクが多くて、青のような寒色を着ることは少ない。似合うかは分からないけれど、ジェス様がそう言ってくれて安心できた。
「普段のドレスではあまり見ないが、青色が好きなのか? 好みをちゃんと聞けば良かったな。今すぐにでも青色のドレスを準備……」
「しなくていいです! ……その……ジェス様の、瞳の色なので……好きなんです」
初めて会った時、一瞬で目を奪われた。その優しい眼差しに救われた。大切な日のドレスは、一番好きで、愛しい色がいい。
改めて言葉にすると凄く恥ずかしい。それに、ジェス様の反応もない。引かれたかしら……?
「……そうか。きっと、似合うだろう。」
ジェス様は、言葉を絞り出し、喜びを噛み締める、嬉しいような、どこか泣きそうな、そんな顔をしていた。
「じゃあ、指輪の宝石もその色にしようか」
「……はいっ!」
「友人に宝石好きの奴がいるんだ。聞いておくよ」
3話です、お待たせしました!!!
読んでいただきありがとうございました〜〜〜如何だったでしょうか!!
是非、ファンレターや応援コメントなどで感想を伝えてくださるととっても嬉しいです!
また、何か間違いや疑問などあれば優しくご指摘くださると助かります!
4話もお楽しみに!!!
🌷┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
私は読心能力が使えるキャラクターが登場する物語が大好きでして、改めて自分が今まで好きになったコンテンツを思い返すと、そのような類のものがとても多いです。もうほぼ無意識で、呼吸をするかのように読心能力を持つキャラを愛しています。
役に立つかっこいい能力ではあるものの、精神的ダメージがその分あるハイリスクハイリターンなので、使うか使うまいか、みたいな能力者の葛藤、苦しみも大好きです。
異世界物語というほぼ初の試みで、大好きな属性を盛り込めて最高です🎶
あとがきで自我を出し過ぎました!!!!
つまらないものですが、お詫びにジェスとアシュリーの設定を置いておきます。
名前:ジェス・フォルジェ
年齢:24
誕生日:11.19
身長:179㎝
能力:読心
(左手で触れると他者の心を読むことができる。しかし、直接触れなければいけないので、手袋などをすると触れても聞こえない。使える者は極僅か。また、個人差はあるが読心は心身に大きな負担を与える。)
好:グラタン、甘いもの
嫌:野菜全般
一人称:私
名前:アシュリー・シェナル
年齢:19
誕生日:5.23
身長:154㎝
能力:なし
好:特に好き、というものはないが王都のご飯は美味しい
嫌:特になし
一人称:私