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【第一部】第五作戦:真夜中の出来事
第四作戦:白十字救済会「サナトリウム」 の続きです
フェイが「パーティー」と宣言して少し経った後ーー
「おらぁ!もっと飲め飲め!」
フェイは軍の紋章の描かれたラベルが貼られた酒瓶を片手に持ち、アースの肩に腕を回して顔をうっすら赤らめて酔っていた。普段のクールな彼女からは少し意外な、無邪気さが見える。
「だから、僕は飲めないんですってば…。」
酔ったフェイのあまりにも近すぎる距離感に、酒を飲んでないはずのアースの顔まで心なしか赤くなっている。アースは麦茶の入ったボトルを片手に持ちながら、静かに焦っていた。
「おいガキ、顔が赤くなってるぞ。」
それを見たイーサンが、同じく酒瓶を片手に持ちながらも全く酔ってない様子で、口元を不敵に歪めて笑って揶揄った。
「ふえっ!?あ、赤くなってないですよ!熱いんです!」
アースはその言葉に驚きと恥ずかしさで更に顔を赤くし、空いている片手を顔の前に持ってきて顔を隠すようにした。完全に図星のようで、本人は必死だが、周りから見ればただの"照れ隠し"にしか見えなかった。
一方でフェイは酒瓶に入った酒を飲みながらも、ウトウトし始めている。
「ったく、三十路も超えて、ずっと下戸(げこ)のままだな、フェイは。」
イーサンもアースのその様子を面白そうにしながらも、フェイの方を見てそう呟いた。
「あ、そういえばお酒って飲めるんですね…戦争中にお酒ってあんま聞いたことなくて。」
「まあな、俺たちの生まれたヴァルハイト大帝国の帝国軍は他国との貿易が盛んだ。そのおかげで、俺らのような泥臭い軍人でも、普通は高級な酒が飲めるってわけだ。ま、お前には関係ないだろうがな。」
アースがふと思い出したように問いかけると、イーサンは真夜中、空に浮かぶ満月を見上げながらそう話す彼の声音に、いつも通りの荒々しさや威圧感はない。彼の端正な顔が、明るく燃えるような赤髪が、月光に照らされて美しく光り輝いている。
「─で、お前はいつからそこにいたんだ?カイ。」
イーサンがふと視線を地面に落とし、後ろも見ずに声を一段と低くしてそう言った。アースもその言葉に驚いて辺りを見ると、空いていた一個の席に、カイが座っていた。
「いつからって‥ついさっきさ。上に報告してたからね。」
カイは平然とし、いつも通りの笑顔を絶やさずに酒瓶に入った酒を飲みながらそう答える。アースは彼がいつの間にか、"音も気配もなく"座っていたことに、ただただ疑問と困惑することしかできなかった。
「お前は前からそうだったよな。勝手にどっか消えたかと思えば、いつの間にか近くにいる。」
イーサンが少し苛立っているような声でそう言うと、立ち上がって座っているカイの目の前に立ち、彼を見下ろす。イーサンの大柄な体躯が作る影が、カイを覆い、辺りを暗くする。
「なぁ、お前の体から血の匂いがするのは気のせいか?聖十字騎士団のようなやつじゃない…俺たちの仲間の匂いが。お前、殺したんじゃないだろうな?」
イーサンは眉を顰め、カイの瞳を真っ直ぐに、自身の深紅の瞳で見つめてそう問いかけた。アースはそのイーサンの言葉にさらに困惑し、眉をハの字にするようにして下げ、眠っているフェイの背中に片腕を回して体を支えながら、カイの方に視線を向ける。
「…匂いまで嗅ぎつけるなんて、本当に犬みたいだね、イーサン。」
カイははぁ、とため息をつき、目を開いてイーサンの目を見つめ返す。燃えるような深紅の瞳を持つイーサンとは対照的にカイは、あのアルヴァレックに似た、底冷えするような海の青い瞳をしていた。そこに笑顔は一切ない。口を固く閉ざし、真一文字に結んだまま、本性を表した。それこそ完全に、「聖十字騎士団団長・アルヴァレック・スピエタート」のものと全く同じだった。
「やっぱりそうだ。お前、帝国側の人間じゃないな?」
イーサンが腰に下げた剣の柄へと手をかけ、いつでも引き抜ける準備をする。対するカイは、そんなことも慣れたとでもいうように、冷徹に、無表情で冷めた目で見つめていた。
「せっかく、俺が、何度も、何度も、計画して実行してきたのに、縁というのは残酷だね。」
カイは首を傾け、再びあの笑顔の仮面を貼り付けて笑った。いつもの優しいカイ伍長ではない。ただただ不気味な、化け物という風にしか、アースには見えなかった。
「う、うそ…??」
状況を察してしまったアースは絶句し、カイを恐怖と悲しみが混じった瞳で見つめる。
「嘘じゃない。真実だ。お前、何をしようとした!!!」
イーサンはチッと舌打ちをし、アースに現実を突きつけた後、轟くような怒鳴り声で叫びながら、剣を鞘から「シャラァァァァン」と音を立てて完全に抜いた。
「うるさいな、鼓膜が痛いじゃないか。」
カイは笑顔で目を細めたまま、言葉とは裏腹に全く気にしていない様子でそう言った。
「思い出した。お前があの日、一人で屋上で立っていたのは……!!!」
「お前が、ミゼリアを、俺の恋人を殺したのか!!!」
イーサンがハッとして目を見開き、声音を落とした直後、雷のような、天を裂く声で怒鳴り散らかした。彼の異能の力が、小さな火花となってパチパチと音を立てて弾ける。
「気づくのが遅いよイーサン!そうさ!殺したさ!あんなクソ女、死んで当然だったさ!」
カイも目を見開いて狂ったように笑いながらそう衝撃の事実を口にした。同じくカイの異能の力も、冷気となって周囲を凍らせていく。
「…まずい!みんな、離れろ!!」
このままでは危ないと悟ったアースは、眠っているフェイの体を担ぐと、自身の刀剣を腰に下げてその場から離れると同時に、周囲の他の兵士にも大声で叫んで知らせた。
アースは走って、再度サナトリウムへと走っていった。
「なにーってまた貴方!?」
数十分後、白いパーカーを着た少女がアースに気づいて驚きの声を上げた。
「フェイ曹長を頼む!!」
アースはベットの上にフェイを横たわらせると、そのままサナトリウムの建物を駆け出していった。
「あっ、ちょっとー!!」
少女の叫び声も虚しく、既に十数メートル離れた彼の耳に届くはずもなく、少女は額に手を当てながら、俯いて「やれやれ」と呆れたようなため息をついた。
「はぁ、はぁ…」
呼吸を荒くしながら、イーサンとカイがいる方へと、疲労が溜まっている足を必死に動かし、痛みに耐えながら駆け抜けていく。首筋で結ばれた二つ結びが走る際に起こる風によって揺れ、月光を反射しながら輝く。
「(止めなくちゃ、二人を。あの二人を争わせたら、絶対にダメだ。)」
本能としてそれを感じながらも、苦しそうに顔を少し歪めながらも、足を動かし走り続ける。
とんでもないことに巻き込まれたと、悟りながらーー
(第五作戦:真夜中の出来事 終)