公開中
普通の魔法使いですが、歩く天災と相棒になります。【第二話】
王立マギウス魔法学校の二日目。
放課後の実習室で、私は早くも頭を抱えていた。
「如月くん、ちょっと待って。なんで制服のボタンが一個余るの? 鏡見なかったの?」
「……ボタン、穴に対して多すぎる気がする」
「そんなわけないでしょ! この歳になってボタンとめれないのは普通にやばいよ!」
完璧な無表情のままおかしな供述をするアル。学園一の天才エリートの正体が生活能力ゼロのポンコツだと知ったのは昨日のこと。周囲からは誤解の目を向けられているが、私はただ、常識人としての本能で動いているだけだ。 その時、実習室の重い木製の扉がバンッ! と激しい音を立てて跳ね上がった。
「そこをどけ、一般人の底辺魔法使い」
響き渡る、低く傲慢な声。 現れたのは、艶やかな黒髪ロングをなびかせた、いかにも名門貴族といった佇まいの男子先輩――二年の御剣レオだった。成績優秀だがプライドが高く、特待生のアルを激しくライバル視している男だ。その後ろから、毛先を少し遊ばせた金髪ショートの小柄な女の子――雛森スズ先輩が、暖色系のベストの袖をきゅっと握りしめてオドオドとついてくる。
「おい、お前が噂の浅野リノだな。アルの固定ペアに選ばれたなんて何かの間違いだ。奴の隣に立つのにふさわしいのは、成績優秀なこの俺だ! 今すぐその席を俺に譲れ!」
「あ、あの……レオくん、もうやめようよぅ……。一年の実習室に乗り込むなんてだめだよぉ……」
スズ先輩が涙目で御剣先輩の服の裾を引っ張るが、先輩は止まらない。フンスと鼻を鳴らして私を指差す。凄まじい剣幕で捲し立てられ、周囲の生徒たちが息を呑む中、私の脳内は全く別の方向へと爆走していた。
(えっ、何これ。ペア代わってくれるの!? 代われるもんなら今すぐこいつを差し上げたい……! アルがどれだけ私生活破滅型ポンコツか分かってないな!? しかも後ろのスズ先輩、小動物みたいでめちゃくちゃ優しそうだし落ち着いてるじゃん! あっちの先輩と組んだ方が私の精神衛生上、絶対に良い!!!)
チャンス到来とばかりに、私の表情がパァァッと明るくなる。
「あの、御剣先輩! 私としては本当に異議なしというか、むしろ大歓迎ですので、今から一緒に職員室に行って先生に直談判を――」
私が目を輝かせて御剣先輩の手を握ろうとした、その時だった。横から、アルがいつも通りの完璧な無表情のまま、トドメのド正論を平然とぶちまけた。
「……そもそも君、誰? ペアとか誰でもいいけど、変えるのもめんどくさいし。君たちの権力じゃ学校の決定は簡単には変えられないのでは?」
「……え?」
御剣先輩の動きがピタッと止まる。
「だ、誰って……俺は二年の御剣レオだぞ!? 学年次席の……!」
「覚えてないです。変える手続きをする時間が無駄」
「な、何だと……!? この俺を覚えていない上に、めんどくさい扱いだと……っ!?」
ショックを受けてよろめく御剣先輩。
「(ひぃっ! 相変わらず正論だけど言い方!先輩のプライドを少しでも気にしないのか!)」
アルの容赦ないバッサリ感により、実習室の空気は一瞬で一触即発の地獄と化したのだった。
翌日。たまたま予定が重なり、私たちは二年ペアと合同で『演習用第3ダンジョン』へと入ることになってしまった。 御剣先輩は道中もずっと私を忌々しげに睨みつけていたが、通路が狭くなったエリアに差し掛かったその時、先輩の目が妖しく光った。
「――『バーストプロミネンス』!」
先輩が杖を振り、前方ではなく、わざと通路の天井に向けて過剰な威力の爆炎を放ったのだ。
「ひゃぅっ!? レオくん、このエリアは衝撃に弱いから派手な魔法はだめって言ったのにぃー!」
スズ先輩の悲鳴が響く。だが、御剣先輩の狙いは最初からこれだった。 ガラガラガラ! と激しい音を立てて、大量の土砂と巨大な岩石が崩落する。
狙い通り、崩落した岩によって通路は完全に二つに分断された。前方にはアルと御剣先輩。そして後方――崩落に巻き込まれそうな位置に取り残されたのは、私とスズ先輩だった。御剣先輩は岩の向こうで「フン、自力で這い上がって来るんだな」と冷酷に吐き捨てる。 さらに最悪なことに、振動に刺激された害虫型魔獣が数十匹、私を目がけて一斉に飛びかかってきた。
「くっ――『円環の盾!」
私は咄嗟に得意の結界魔法を展開する。だが、全方位から群がる蜘蛛たちの質量にじりじりと結界が削られ、表面にピキッとヒビが出始めた。岩の向こう側から、アルがベージュの上着のフードをバサッと深く被り、壁を破壊して引き返そうとしている魔力の高まりを感じる。けれど、彼の広範囲大火力魔法をこの狭い空間で使われたら、壁が完全に崩壊して私が下敷きになってしまう。御剣先輩のせいで、完全に詰んだ――!
(まずい、防ぎきれない――!)
いよいよ結界が砕け散ろうとした、その瞬間だった。
「――『ステラバースト』っ!!」
いつもオドオドしていたはずの、あのスズ先輩の声が、驚くほど鋭く通路に響き渡った。 直後、私の結界をすり抜けるようにして、眩い光の弾丸が数十発、超高速で降り注いだ。その光の弾は、私の体には掠りもしない完璧な軌道を描き、結界に群がっていた蜘蛛たちの急所だけを正確無比に撃ち抜いていく。魔獣たちが次々と消滅してき、一瞬にしてあれだけいた魔獣が全滅した。 唖然として立ち尽くす私に、パタパタと小さな影が駆け寄ってくる。
「ふぇぇ……間に合ってよかったぁ……。浅野さん、大丈夫? さっきはうちのペアがひどいことしてごめんね。これ、そのお詫び……!」
さっきの凛々しい詠唱はどこへやら、両手を合わせて涙目でオドオドと謝るスズ先輩。実は彼女、普段はあんなに弱気なのに、特定の狙撃・支援魔法に関しては学年トップクラスの隠れた実力者だったのだ。
(えっ、カッコよすぎる……!!)
私はスズ先輩の手をがしっと両手で握りしめ、コロコロと表情を変えながら感動の声を上げた。
「スズ先輩……! 助けてくれてありがとうございます! 私、先輩のこと一生推します!」
「ひゃぅっ!? お、推されるほどのことじゃ……! 私なんて全然だしぃ……!」
その後、アルが反対側から呆れるほどの力技で岩盤を消し飛ばし、無事に合流。御剣先輩はアルの無言の威圧感に青ざめていた。
演習が終わる頃には、私とスズ先輩は「お互い我が強い相棒を持つと大変だよね……」とすっかり意気投合し、魔導通信の連絡先をがっちり交換する仲になっていた。
そんな私とスズ先輩の仲睦まじい様子を、アルはベージュのフードを被ったまま、心なしか呆れたように見つめているのだった。