公開中
キメ手のキマリ
最初に言っとくけど、オレの住んでる世界は別にファンタジーな世界じゃない。
能力だとか異能だとか、そんなのは漫画とかアニメとかの世界だけで現実じゃ一切ありえないことだってはっきり分かってる。
それを踏まえたうえで、オレのバカみたいな告白を聞いてほしい。
実はオレ、人に触れるだけで、その人を|**薬物中毒にする**《キマらせる》ことができるんだ。
どうしてそうなったのかと言われれば、おそらく高校一年生の頃に発症した中二病のせいだろう。
あの頃のオレは、とにかくカンフー映画にハマってた。バッタバッタと敵をなぎ倒す主人公にあこがれて、自分なりに中国武術の練習をしたりもしてた。
そんなある日のこと、一本のカンフー映画に出てきた悪役にオレは心から惹かれてしまったんだ。
なぜならば、その悪役は両手を**毒手**にしていたからだった。
毒手にした手というのは、かすっただけで人の肌をじわじわ溶かす。
その映画の主人公も毒手に散々苦しめられた。
でも、結局、その悪役は倒されてしまう。仕方の無いことだ。
しかし、オレの憧れまでは倒すことができなかった。
オレも毒手にしてやる!
心から、そう決意したんだ。
そして、過去へ続く。
---
毒手を作るためには、まず毒を仕入れないといけない。
だけど、毒を売ってる店なんて無いことに気づく。
どうすれば毒を手に入れられるんだろうか?
毒__といえば虫?
でも、虫は触れないしな……。
毒__といえば花?
でも、どれに毒があるのか分かんないな……。
毒__といえば薬?
そうだ、薬なら家に沢山ある!
ひらめいたオレはすぐに行動を移す。
家中の風邪薬や痛み止めをバケツにブチこんでぬるま湯で溶かすと、利き手じゃない左手を突っ込んだ。
最初は怖かった。やっぱり止めようかと思ったこともあったけど、ここまで来て諦めるのは男らしくないと自分を説得させて、なんとか突っ込み続ける。
日々は苦痛だった。トイレに行くときも一緒にバケツを持ち込まないといけないし、寝る時もずっと突っ込んだままにしないといけない。食事の時もそうだ。
そんなことがあっても、少しぐらい大丈夫だろうと手を引っ込めることは絶対にしなかった。
なぜなら、これは欲求との勝負でもあるからだ。
たまに両親に心配されることがあったが、自由研究のためだと伝えてなんとか理解してもらった。
棚にあったはずの薬が減ってることについても聞かれたけど「ボケてるんだよ」とか言ってなんとかその場を誤魔化す。
そして、一ヶ月後。
ようやくこの日が来た。左手をバケツから引っこ抜く。
オレは驚愕した。左手が面白いぐらいに緑色になってたんだ。
やった……成功だ!
達成感や幸福感、この上ない満足感がオレを包み込む。
気づけば涙が溢れ出ていた。目の前が鮮やかな虹色になっていく。
聞いてるか? あの時の悪役よ!
**オレも毒手になったぞーーッ!!**
涙を撒き散らしながら嬉し泣くオレ。
思わず左手で目をこすりそうになったが、寸前に引っ込める。
危ない危ない。
やがて、夏休みも明け、久しぶりの高校生活が始まった。
しかし、流石に毒手のまま登校するのはマズいだろうと思い、左手にアームガードを着けて登校する。
友達から「なに着けてんの?」って聞かれるとき、とても返答に困ってしまう。
「毒手さ」って言っても分かるわけないだろうし、そこでとりあえず「実は、オレの左腕に紋章が浮かんでしまったんだよ。この紋章を見た人間は悪魔に取り憑かれてしまう」とか言って誤魔化した。厨二病って、こういうとき便利だよな。
さて、実はオレ、好きな子がいるんだ。
でも、未だに告白はできてない。
だって、恥ずかしいじゃんか。
その子の名前、ハッパちゃんって言うんだ。
ちょっと天然が入ってて、すごく可愛い。
オレも、ちょっとはアプローチしてるんだけど、天然のせいか全然気づいてもらえない。
だけども、大胆なことはしたくない……。
オレは、ハッパちゃんの事をぼんやりと考えながら廊下を歩いていた。
すると、ドン、と人にぶつかってしまう。オレは尻もちをついた。
「あ、ごめん」って謝ろうとしたけど、ぶつかった相手の顔を見て、オレは凍りついてしまう。
「おいテメエ、なにぶつかってきてんだぁ?」
マズい……。
こいつは学年の中でも屈指の不良生徒だ……。
日々の生活費をカツアゲで補っていて、日々、他校の不良共と抗争を繰り広げている。
そんなヤバい奴にぶつかってしまったオレ。
体は筋肉が張り詰めたように動かなかった。
「オイ! 聞いてんのか?」
「は、は、はい……!」
「テメエのせいで、学ラン汚れちまったんだけどぉ! どう責任取ってくれんだぁ!?」
黒光りするリーゼントを震わせながら、サングラスの裏から目をギョロつかせて、メンチを切ってくる。
「べ、べ、弁償します!」
オレは、喉から声を振り絞って叫んだ。
そして、ポケットから五千円札を取り出して不良に差し出す。
不良はニヤリと笑みながら五千円札を掴み取った。
「今度ぶつかったら、弁償だけじゃ済まさねぇからな!」
廊下の中央を堂々と歩き去っていく不良の姿を見ながら、オレは情けなさを感じていた。
こういうとき、カンフー映画の主人公ならどうするんだろうか?
あの不良が悪役だとしたら、きっと主人公はあいつをぶっ倒すんだろうな。
いや待て、そうだ。オレは悪役の方に憧れてるんだった。
だったら、不良の方が主人公になるのか?
……なんだかよく分かんないや。毒手のせいかな?
はあ、オレにも勇気があったらなぁ……。
こうして放課後が終わり、悶々とした気持ちで学校を出るオレ。
今日で五千円も盗られちゃったよ……。
今月のお小遣いだったのにさ……。
これじゃ駄菓子屋にもいけないよ……。
肩を落としながら歩くオレ。
そんなオレの元に、一人の天使が駆け寄ってきた。
「ねえ、キマリくん! 休み時間、大丈夫だった?」
「あぁ、うん……」
「ホント災難だったよね。でも、ケガなくてよかった!」
自分がされたわけでもないのに、こんなに心配してくれる……。
やっぱり、ハッパちゃんは天使だ……。
オレは頬を掻く。
「えっと、ハッパちゃんはこれからどうするの……?」
「え?」
「いや、だからさ、友達と帰ったりしないの……?」
「あー、なんだか今日はね、キマリくんと帰りたくなった!」
「そう、なんだ……」
え!? オレと帰りたくなった……?
やってきた……!
ついにやってきたぞ……!
告白のチャンスが……!!
失敗は許されない!
何気ない話による雰囲気作りで、告白成功率を少しでも上げていく。
そして、オレは夕日の見える河のほとりで、ハッパちゃんに告白した。
告白と同時に、左手のアームガードも外して見せた。
いずれ、この左手について聞かれることもあるかもしれないし、先に伝えておかないと。
「こんなオレだけど、付き合ってください!」
「……えーと?」
ハッパちゃんは戸惑っている。
しかし、それはオレの告白の返答についてじゃなかった。
おそらく、毒手についてだった。
「キマリくん、それ何……?」
「あぁ、毒手だよ」
「毒手? いや、それ大丈夫? めちゃくちゃ緑色だけど!?」
「まあ、大丈夫だよ。でも、あんまり触らないほうがいいかも。あ、それで、お返事は?」
沈黙が続く。
嫌な予感がした。
ものすごく、嫌な予感が。
「__ごめんなさい。ちょっと、その、怖いかも……」
「あ、うん……」
オレは最後まで何気ない返事でその場をあとにした。
ああ、断られちゃった……。
毒手が怖い、だってさ……。
ははは、って笑えるかよ。
毒手のせいだ……。
全部、全部、全部、毒手のせいだ……!
毒手がなければ、ハッパちゃんと付き合えたというのに!!
結局、毒手なんて不便でしかないんだ……。
だとしたら、オレの1ヶ月間は……?
まさか、無駄で終わるというのか?
嫌だ、嫌だ!
そんなの、オレは絶対認めないぞ!
気づけば、家のベッドの上で反省会。
心身両方とも疲れていたので、眠るに入るのに時間はかからなかった。
---
一ヶ月後。
オレはお小遣いを持って駄菓子屋に出かけた。先月の分は不良に盗られたので、実に一ヶ月ぶり。
駄菓子の大人買いほど楽しいものはない。
口笛を吹きながら駄菓子屋近くを歩いていると、聞き覚えのある声がオレの心を震わせる。
そこにいたのは不良生徒の集団。しかし、ただたむろしているわけではない。
ハッパちゃんがそこにいた。ハッパちゃんと不良生徒はどうやら言い争いをしているみたいだ。
「なあなあ、遊ぼうって言ってんだろ!?」
「いや! 私、あんたたちの事嫌いだから!」
「あぁ? 舐めた口ききやがってよ〜……」
一ヶ月前にオレをカツアゲした不良生徒が一歩、前に出た。
二人は睨み合っている。オレはただ物陰から覗くばかり。
「なによ? |決闘《タイマン》する?」
「フン。チビのくせに生意気じゃねぇか!」
いかにも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ。
助けたい……。
助けたいけど……。
どうしても勇気が出ない……。
足が震えて、目の前が真っ暗になりそうだ。
そうだ。こういうとき、映画の主人公ならどうするんだろうか……?
きっと、主人公ならあいつらの前に正々堂々と現れるはずだ。
オレはカッコイイ主人公が好き。
だけど、この左手を懸けてマネをしたのは、主人公ではなく悪役の方だった。
あの映画の悪役も、毒手での生活に不便したんだろうな……。
しかし、今のオレがマネしたいのは、主人公のようなタフな精神だ。
主人公のようなタフな精神に、悪役のような豪快な精神。
これらを持ち合わせれば、絶対にオレは主人公になれるはず……。
もっと、自分を奮い立たせるんだ……!
動け、動け、動け、動け!!
死ぬほど勇気を念じに念じまくった。
__**その時だった。**
オレの背後に、人が現れたような気がした。
まるで煙が流れてきたみたいに、音も無く立っている。
姿は見えない。しかし、聞き覚えのある声がその人から発された。
「キマリくん、キミにしかこの状況を変えることはできない!」
この声、この声質、間違いない……。
あのカンフー映画の主人公の声だ!
まさか、オレを応援するために!?
でも、もう少し……!
《《あと一声》》が欲しい……。
あと一声あれば、絶対にハッパちゃんを助けられる……。
その時、また新たな人影がオレの背後に現れたような気がした。
「キマリ、お前ならやれる。その毒手で愛する者を救ってみろ」
あ、悪役の声だ……!
オレが憧れた悪役の声だ……!
心臓の鼓動が一気に高くなるのを感じる。
その時、体の奥底から沸々と勇気が湧き出てきた。
勇気が体中を駆け巡り、左手が熱くなる。
今のオレなら、動ける……!
意を決して、物陰から飛び出した。
|愛する者《ヒロイン》を救えるのは、オレしかいないんだ!
**「やめろぉぉ!!」**
腹から精一杯の声を振り絞った。
不良生徒がこっちを向き、睨みつけてくる。
「ああ? なんだ?」
ハッパちゃんもオレを不思議そうに見つめていた。
「キ、キマリくん!?」
「ハッパちゃん、キミを助けに来た!」
言えた……。
主人公しか言えないセリフ、第一位。
オレはハッパちゃんを背にしながら、不良生徒と睨み合う。
「テメエ、よく見りゃ、前にカツアゲしたヤツじゃねぇか」
はは〜ん。さては、またカツアゲされに来てくれたのかなぁ?」
「違う!」
「じゃあ、なんだ?」
オレは一切怯えずに宣言する。
**「お前らを懲らしめに来た!!」**
一瞬の沈黙、不良共の汚い笑い声が響き渡った。
「ギャハハハ! 本気で言ってんのかよ!?」
**「__本気だーッ!」**
湧き上がる決意のまま言葉を返す。
不良生徒共が、ゾロゾロとオレの周りに近寄ってくる。
「さ〜て、主人公気取りのお坊っちゃんを返り討ちにしてやるか〜!」
ちょうどいい。
この毒手の力を存分に発揮できるチャンスがようやくやって来た。
オレは、ゆっくりと左手のアームガードを外す。
様々な薬に溺れて緑色に変色した左手をヤツらの前に晒した。
正直、その時のオレはとても興奮していたと思う。
これが明らかな悪役を前にしてしまった主人公の宿命というべきか。
「なんだよその手? マーカーでも塗ってんのか?」
「__毒手さ」
「ドクシュ? おいおい、頭イカれてんじゃねぇのか?」
イかれてる……か。
確かにそうだろうけど……。
主人公はイカれてるぐらいがちょうどいいんだよ。
「さあ、来い!」
オレが意気込みと同時、ケンカの幕は開かれた。
まずは、手下の不良共が襲いかかってくる。
すかさず、オレはそいつらの手首を捻り上げて雑に後ろに突き放す。
手下共は地面を転がったのちに起き上がろうとしてくるが、その時を待たず、手下共の体に変化が訪れた。
「へ、へは、へはははは!」
「ぐ、ぎ、ぎへへへへへ!」
突然、手下共が恐ろしいほどに笑い始めた。
体はみるみるうちに緑色に変色していき、地面をのたうち回りながら大爆笑している。
まるで中学生の頃に薬物乱用防止教室で見た、薬物中毒者の映像のようだ。
こんな光景を見てしまった不良共は、次は自分がこうなると思ったのか、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていく。
やった。勝った……。
この毒手で!
いや待てよ……これはもう毒手じゃない。
毒手というのは、触れただけで人の皮膚を溶かす。
しかし、この手は触れただけで人をキマらせる。
そうだ____**キメ手だ!**
この手は、キメ手と呼ぼう!
それは置いておくとして、ケンカを終えたオレはハッパちゃんに話しかける。
「ハッパちゃん、ケガはない?」
「う、うん……。その、キマリくん?」
なんだ? ハッパちゃんの様子がいつもよりおかしいぞ……。
あ、そうか、このキメ手のせいか……。
オレはアームガードを着けようとしたが、ハッパちゃんの声に遮られた。
「キマリくんに、ちょっと言っておかないといけないことがあって……。
まず、助けに来てくれてありがとう! すごくかっこよかった!」
あと、あとね……」
ハッパちゃんは顔を赤らめてモジモジしていた。
「あの時、告白を断っちゃってごめんなさい……!
私、毒手が怖いって言ったけど、実はウソついてた……。
本当は、本当は……」
ハッパちゃんが膝まである黒いソックスの裏地をめくりあげる。
オレは、そこに広がっていた衝撃的な光景にただただ驚愕した。
「私、毒足なんだ」
ハッパちゃんの足は、オレと同じように緑色に変色していた。
毒足、オレの理論でいえばキメ足と呼ぼう。
しかし、まだまだハッパちゃんの告白は止まらない。
「それで、最後に……今度は私からになっちゃうけど……。
私と、付き合ってください……!」
オレは衝撃の連続でどうにかなりそうだった。
まるで薬でキマったみたいに。
「は、は、は、は、はい! 付き合います!!」
そして、オレとハッパちゃんは付き合うことになった。
キメ手とキメ足の最恐カップル、おそらく前人未到だろう。
しかし、まだオレたちは知らなかった。
オレたちみたいに**キメてるヤツら**は、まだまだこの世界に沢山いることを。
「ほぉ。ヤツらがキメ手とキメ足を持つ日本人か……!」
どうやら、主人公は暇知らずなようだ。
続きそうだけど、続かないよ。