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三頁 花客
「どうも、|常磐《ときわ》トキって言います。この度、3-Bの担任になりました! よろしくね。ふふっ、まあ私のことはみんな知ってるかな? 結構前からこの学校にいるし、自分で言っちゃうけど有名だから。ということで、高校生活最後の一年、思う存分楽しみましょうね!」
みんなの前に立って、トキ先生__常磐トキが朗らかにそう言った。
登校時になびきが名前を出していた、学校一の美人教師、みんなのカリスマである。
……なびきが『マジでトキ先生じゃん。よかったね、よがりん。美人教師と一年間一緒だよ』という目線をこっちに送ってきてとてもうざい。睨み返す。なびきはもう一度、気持ち悪い笑みを見せてから、すぐに前へ向き直った。
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高校三年生、初めての授業もつつがなく進み、昼休みになった。
僕は人のいないところを探して、パンを片手に席を立つ。
「よ、よがりん、進級早々ぼっち飯……? 僕はかすみんと食うけど、……自主的なぼっちだよね? 友達ができなかったわけじゃないよね? ならまだいいんだけど……」
というなびきの心底心配そうな声が脳内で再生され、舌打ちをひとつ残した。
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人が少ない場所を探して歩き回っていると、非常用の階段に辿り着いた。
__だが、そこにはひとりの女子生徒がいた。
「なあに、もう襲いに来たの? 全く、最近の子は気が早いんだから__変態ばっかりね。私が相手してあげるわ、どんなプレイがお好み?」
「待て待て待て、君は何か絶望的な勘違いをしている」
何コイツ!? 出会って最初のセリフそれ!? 怖すぎるんだけど!
非常階段に腰かけていたその女子生徒は、抑揚の少ない声でそんなことを言ってきた。
「……ん? お前、隣の席の__確か、|染井《そめい》|園乃《そのの》だったか」
「え、今気づいたの? ショック……」
最初にかけられた一言がアレだったからテンパって気づくのが遅れたけど、そうだ、こいつは染井だ。
__染井園乃。無表情な女子生徒。よく言えば凜としている。隣の席にはなったものの、彼女とは挨拶を交わした程度だったため印象があまり残っていなかった。
僕がすぐ気づかなかったことに対して、染井は割とガチで凹んでいるらしかったが、僕もそれどころではなく、
「いや、まず前言を撤回しろ。僕は変態じゃねえ」
「名前」
「は?」
おもむろにひと単語だけ言われて、僕は頭に疑問符を浮かべる。
「名前。『よがり』って言うんでしょ。性的快感を表情や態度に出すっていう意味があるらしいわよ」
「マジかよ!? 僕は満足するとか、得意になるって意味だと思ってたんだが」
「それもあるけど、現在は私が言った意味で使われることも多いらしいわよ。ドンマイ。……まあ、あなただけが悪いってわけじゃないわ。名前に自然と性格が寄っていっちゃったのかも」
無表情なまま投げやりに慰めるようなことを言う彼女を尻目に、僕は「嘘だろ……」と頭を抱えた。
僕、そんな卑猥な言葉でなびきとか|由良《ゆら》さんに呼ばれてたの……?
「そう気を落とさずに。私の隣でご飯を食べられるんだからプラマイゼロ、いえ、むしろ圧倒的にプラスじゃない」
「ああ、うん……もういいや」
僕は諦めの境地に達して、非常階段に腰かけた。彼女とは人ひとり分空けた場所に。
「……で、染井さんはここで何してたの?」
「別に何も。お昼食べないから、けど教室とかうるさいし。それでここに行き着いたの」
染井さんはけろりとそう言った__ははあ、それで運悪く僕は彼女と出会ってしまったと。
本当に運が悪い。最悪だ。
「本当に理由なんてそれだけだったんだけれど、でもまあ、結果的にはよかったわね。__ここ、桜がよく見えるのよ」
けれど__まあ、悪くはないなと、少しだけ思った。
染井さんは窓の外の桜を指して、楽しそうに微笑んだ。