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#5 地獄
及川の問いかけに、体育館の空気が凍りつく。
「……#名前#ちゃん。その傷、誰にやられたの?」
いつもの甘い声じゃない。
低く、地を這うような、逃げ場のない声。
#名前#はガタガタと震えながら、パーカーの袖を必死に掴んだ。
(言えない。言ったら、みんなに気味悪がられる。嫌われる。居場所がなくなる)
絶望が渦巻く中、ふと、部室の壁に貼られた言葉が脳裏をよぎった。
――『コートに、上を向かなくていい理由なんてない』
(……わたし、**変わりたい**から……。だから、言わなきゃいけないんだ……)
#名前#は意を決して、血の混じった唾を飲み込み、震える唇を開いた。
そこから溢れ出したのは、青城のメンバーが想像もしなかった「地獄」だった。
「これ、お母さんが……。機嫌が悪いと、いつも殴って、蹴って……。
『あんたなんて、産まなきゃよかった』『生きてるだけで汚らわしい』って、毎日……」
「……っ」
金田一が顔を背け、京谷が信じられないものを見るように目を見開く。
「それだけじゃなくて……。お金、足りなくなると……
『あんたの体くらいしか価値がないでしょ』
って、知らない大人の人のところに……『そういう仕事』に、無理やり……」
#名前#の声は、もう感情が枯れ果てたように平坦だった。
「お父さんと、お兄ちゃんも……。お母さんがいない時、
夜中に部屋に来て……気持ち悪いこと、いっぱい……。逃げたくても、
どこにも、私の味方なんて、いなくて……っ」
パーカーの下で、#名前#の指が自分の腕の傷を抉るように強く握られた。
「だから、ここに来れば……強くて、真っ直ぐな皆さんの隣にいれば、
私も少しは『普通』になれるかもって……。
でも、やっぱり、汚いですよね……。私、生きてちゃ、だめなんだ……」
言い終えると同時に、#名前#は糸が切れたように床に崩れ落ち、嗚咽を漏らした。
及川は絶句し、握りしめた拳から血が滲むほど強く爪を立てていた。
岩泉は、京谷がつけた口元の傷を拭うことすら忘れて、呆然と#名前#を見つめている。
国見は、呼吸すら忘れたような顔で、ただ#名前#の傷だらけの腕を凝視していた。
誰も、言葉が出なかった。高校生の彼らが知るはずもなかった、あまりにも残酷で救いのない現実。
「……誰が」
沈黙を破ったのは、及川だった。
「**誰が、生きてちゃだめなんて**言ったの。……そんなゴミみたいな連中、俺が絶対に許さない」
その瞳には、今までに見たこともないような、激しく、冷たい怒りの炎が宿っていた